Part.60 俺はヒットだ
「…………ギャンブル、だと?」
スキンヘッドの男は訝しげな顔をして、俺の提案に驚いているようだった。俺はテーブルに投げたトランプの封を切って、中のカードを取り出した。
それをそのまま、相手に渡す。
「ブラックジャックだ。……ただし、カードはこいつを使う。イカサマなんて仕込んでねえから安心しろ」
男はカードの中身を一枚一枚確認して、俺の言葉の真偽を確かめているようだった。……何の事はない、本当に唯のトランプだ。特に細工もしていない。
俺はスキンヘッドの男を指差し、言った。
「俺がプレイヤー。お前がディーラーだ」
その言葉に、スキンヘッドは怒りを見せた。
「ディーラーだと……!? お前、ブラックジャックのルールを分かって――――」
「百セルやるよ」
「は…………!?」
ブラックジャックは、単純なルールだ。ディーラーとプレイヤーは互いに二枚のカードを引き、ディーラーは一枚のカードが公開された状態でゲームが始まる。その状態から互いに一枚ずつカードを引き、最終的に手を作り終えたら公開する。カードの合計が二十一に近い方が勝利となる。二十一を超えてしまった場合はバーストと言って、必ず負ける役になる。
プレイヤーは自分の手札を決めるまで、ディーラー側の残り一枚のカードが一体何の数字なのかが分からない。最終的に決まる相手の数を予想しながら、自分が引くか引かないかを決めるというゲームだ。
「もし俺が負けたら、百セル支払う。そっちが賭けるのは、その髪飾りだ。それなら、やる価値もあるんじゃないか?」
対してディーラーは、カードの合計値によって引くカードの枚数が決まる。カードの合計値が十七よりも低ければカードを引き、それ以上なら例え十七でもカードを引くことは許されない。ブラックジャックは、ディーラー側が人間的にゲームを操作する事ができないゲームだ。
だから、もし一対一でやるなら、俺は自ら少し不利な条件を出さなければならないだろう、と思っていた。とはいえ、これだけの対価なら――……
「…………本当だな?」
スキンヘッドの男はほくそ笑んで、俺の提案に乗る姿勢を見せた。
――――やっぱり、あの髪飾りに金銭的な価値は無かったんだ。と、俺は確信を持った。
ヴィティアが他に持っていた装備が、まだこの場所にあるのかどうか知らないが。ヴィティアが騙されたであろうタイミングから、それなりに時間は経過している。と考えると、既にヴィティアが過去装備していた武器や防具は、既に全て売られた後なのではないかと予測していた。
連中にとっては、髪飾りの存在を持て余していただろう。奪ったは良いが、売る先が無かった。もしも売られていたとしたら、俺はセントラル・シティ中を聞き込みに周るしか無かったが、この状況なら――……
「男に二言はねえよな。…………ゲームを始めるぜ」
乗って来る、か。
俺は椅子に座り、スキンヘッドの男と向かい合った。男はカードを丁寧にシャッフルしながら、俺の様子を窺っている。
ゴミ同然の髪飾りに百セルを賭けて挑むなどと馬鹿げた事を、とでも思っているのだろうか。……思っているんだろうな。だらしなく緩んだ顔は、既にこの先がどうなろうとも構わない、と言っているように思えた。
俺の所にカードが配られる。俺の手札は――……二と、キング。ジャック以上は十として換算されるから、俺の手札は今、十二という事になる。
「さーて…………おお、こりゃ運が良いな。……へへ、今更止めるって言っても無駄だからな?」
対して、スキンヘッドの男の手札は――……ダイヤのクイーン。
十二というのは、一番良くない数字だ。ジャック以上が十になるということは、引く可能性が最も高い数字は十だという事になる。だが、手札の合計が二十一を超えてしまったら、必ずゲームに負けてしまう。
対して、スキンヘッドの男は十を抱えている。伏せられているカードは、十である確率が最も高い。……だとすると、二十である可能性が最も高い、と言い換える事ができる。
もしもエースなら、この時点でブラックジャック。俺の負けが確定する、が。
「さあ、どうする? ヒットか? ステイか?」
男は既に、勝った気でいるようだ。……それもその筈、か。普通に考えれば、まず俺の負けで間違いない所だ……元々、ブラックジャックは運次第で確実に負ける可能性のあるゲームだ。相手もその展開を望んで、挑んだ筈だ。
イカサマのされていない、新品のカードを今、奴がシャッフルして、自分でカードを配っているのだから。
「ヒットだ」
俺は、宣言した。スキンヘッドの男がカードを一枚、俺に投げて寄越した。
さて、どうするべきか――……
「おっと」
俺は手札を取り落として、テーブルに広げた。
二。キング。そして、今引いてきたスペードの七。カードの合計値は十九だ。その数値が、スキンヘッドの男の目に留まる。
「悪いな。落としちまった」
俺は、スキンヘッドの男の目を見た。
――――――――相手の手札は、二十だ。
「おう、構わねえよ。どうせこれから公開するんだ、関係ねえ。じゃあ、勝負といこうか」
二十だ。ブラックジャックなら、俺の手役など知った事では無いだろう……だが奴は、俺にカードが配られ、俺がそのカードの値を確認する様子を目で追い掛けていた。
そして今、俺のカードが公開され、奴に『十九』という情報が伝わった。その時確かに、スキンヘッドの男に安堵の色が浮かんだ。
奴の手は二十だ。
「それじゃあ、泣いても笑ってもこれが一度限りの勝負だ。二度は受けねえぞ、良いな」
やっぱりこいつは、ヴィティアと戦った時にイカサマを仕込んでいたのだろう。……そうでなければ、自分が損しないギャンブルに、こんなに慎重になる筈がない。四百セルを賭ける男の顔じゃない。
既にカードを公開する気でいるスキンヘッドの男。俺はテーブルを人差し指で叩いて、男に示した。
「何、勘違いしてるんだ? …………俺は、『ヒット』だ」
周囲が、驚愕に包まれる。
「は…………!? 何言ってやがるんだ、お前!? 今、『十九』なんだろ!? これがどういう事か分かって言ってんのか!?」
例えエースを引いても、数値は『二十』。既に俺が二を引いているから、ブラックジャックになる可能性はあの山の中、たったの三枚しかない、という事になる。
三以上ならバースト。殆どの場合、これでは負けになるだろう。確率から考えて、絶対に選択する手段ではない。
…………確率の勝負なら、な。
俺はスキンヘッドの男に、笑みを向けた。
「お前はディーラーだろ。良いから黙ってカードを寄越せ。…………『ヒット』だ」
スキンヘッドの男が舌打ちをした。カードを一枚、手に取る――……イカサマを疑っているようだ。その動きも当然だが、残念ながらカードには何も細工されていない。
俺の所に、カードが舞い込んで来た。
「クソッタレが!! 好きにしやがれ!!」
俺は手札の三枚を公開し、新たに引いて来た一枚を手に取る。
椅子から立ち上がり、俺はその一枚をテーブルに公開した。
「――――――――悪いな。髪飾りは、貰っていく」
俺が引いて来たのは、ハートの二。
静寂が訪れた。スキンヘッドの男は呆気に取られて、俺のカードを眺めていた。信じられないだろうか。……まあ、信じられないだろうな。
「お前…………!! カードには何も細工されてなかったぞ!? 一体どんなイカサマを使いやがった…………!!」
本当なら、この段階で殴り飛ばしたい所ではあるが。……まあ、仕方ないな。そういうのはキャメロンに任せて、俺はすぐにウエスト・タリスマンに戻らないと。……トムディの事もあるし、スケゾーといつまでも離れているのも少し不安だ。
「そのトランプの一番上、スペードのエースなんだよな」
一応、種明かしをしておいてやるか。程度の気持ちではあったが、俺はテーブルの上に置かれた髪飾りを手に取って、そう答えた。
「あァ…………!?」
「そこから、クローバー、ダイヤ、ハートと続く。数字も順番だ。まあ、新品じゃなけりゃ分からなかったけどな」
俺はトランプを指差した。
「お前、俺の目の前でシャッフルしてただろ。初期位置さえ分かってりゃ、俺はどのカードがどこにあんのか、把握できるんだよ」
「はあ!? そ、そんな神業みたいな事が出来る訳…………」
出来るものは出来るんだから、言ったって始まらない。その事は、奴がその身を持って、体験した筈なのだが。
まあ、既に決着した勝負だ。スキンヘッドの男は苦い顔をして、俺から目を逸らした。
「何だ、そんなゴミに百セルも賭けやがって……!! 持って行け、間抜けが!!」
「遠慮なく、そうさせて貰うよ」
俺は扉を開いて、階段の上を見た。キャメロンは既に戦闘態勢で、俺が出て来るのを待っていたようだ。俺と目が合う。
「あーそうだ、大将。この場所、もう特定されてたぜ。言っても遅いかもしれないけどな」
「あァ……!? 一体そりゃ、どういう意味…………」
階段の上から、一直線にキャメロンが飛び降りて来た。
どすん、とお世辞にも軽やかとは言えない着地音が響き、辺りに埃が舞った。思わず咳き込んでしまう俺だったが――……本人は優雅を気取っているのか、片足を上げて謎のポーズを取っていた。
「月夜に花咲くマテリアル・パワー!! イリュージョン!!」
あ、本当にやるんだ、それ…………
「まじかる☆きゃめろん!! 只今見参ッ!!」
どうでも良いけど、多分魔法少女は自分の事、『見参』とは言わないと思うぞ。勝手なイメージではあるけど。
……あ、場がフリーズした。奴等は、フリル付きロリータ装備に身を包んだマッチョに対応するだけの対応力という奴を持っていなかったらしい。……いや、どんな能力だよ。人生において全く必要無いよ、そんな能力。
一先ず、この場はこれで収束するんだろう。俺はさっさと撤退して、マグマドラゴンの所に戻るとするか。意外にも早く終わったから、驚かれるかもしれないが。
俺はそそくさとキャメロンの背中を通り、階段に足を掛けた。
「スキちゃん!!」
「キャメたん!? どうしてここに!?」
知り合いイィィィィ――――――――!?
盛大に転んだ俺は、思わず階段の角に額を激突させていた。
スキンヘッドでガタイの良い男と、マッチョな少女服の男は互いに両手を合わせて、僅かに頬を染め、懐かしき旧友(?)との出会いに、目を輝かせていた。
…………スキンヘッドだからスキちゃん? それは流石に、馬鹿にし過ぎなんじゃないのか。いや、それとも名前がスキなんとかなのか……?
「何でスキちゃんが、こんな所に……!? 一体どうしたんだ!! お前はそんな奴じゃなかっただろう!!」
「フッ…………こんな無様な所、絶対にキャメたんには見せたく無かったのにな…………」
どうでもいいな、マジで…………。
「馬鹿野郎ォ――――――――!!」
いや殴るのかよ!?
スキンヘッドの男はキャメロンに殴られて、盛大に部屋の壁へと叩き付けられた。それを追い掛けたキャメロン、スキンヘッドの男の胸倉を掴み上げる…………!!
どちらもマッチョなだけあって、物凄い迫力だ。……片方が魔法少女のコスプレなんかしていなければ。
「キャ、キャメたん…………!?」
「良いかスキちゃん!! 俺達は武闘家だ!! 武闘家とは、その鍛え抜いた肉体を駆使して、迷える人々を救うのが仕事だ!!」
スキンヘッドの男が、目を見開いていた。
「俺達は千里の道にも匹敵する程の長い修行を超えて、武闘家になったんじゃなかったのか!! こんな光の当たらない場所で、チンケなイカサマなんてやる男では無かった筈だ!!」
「お、俺は…………」
「俺の目を見ろ、スキちゃん!! 俺の目に映っている物は何だ!? 何に見える!!」
周囲の男達もすっかりビビって、部屋の隅に隠れている。簡単にひっくり返ったテーブル、組み伏せられている男と組み伏せている男。しかし、キャメロンの瞳には涙が浮かんでいた。
スキンヘッドの男は全く意味が分からなかったようで、困惑していた。
「な、何に…………? お、俺にはお前の目に映るモノなんて、分からない…………!!」
キャメロンの瞳から、涙が溢れる。
「…………本当に、分からないのか…………?」
大きく口を開け、スキンヘッドの顔を目前にして、胸倉を掴んだ状態のまま。キャメロンの涙が、スキンヘッドの男の頬に落ちた。
「お前だ――――――――!!」
スキンヘッドの男が、再び目を見開く…………!!
「スキちゃん!! お前がどんなにやさぐれた生き方をしてもな!! どんなに絶望して、太陽に背を向けてもな!! ――――俺の瞳には、お前が映るんだ!! この場所でチンケなイカサマをやっているのは、他の誰でもない、お前なんだ!!」
真実に、気付いたのか。
スキンヘッドの男の目にも、涙が。
「それで良いのかよ!! 無駄にした時間は、もう二度と戻って来ないんだぞ!! 本当にそれで良いと言うなら、この俺を殴り倒して行けえぇぇぇ――――――――!!」
どこに行くんだよ。ここ、こいつらのアジトなんだろ。
でも、スキンヘッドの男には響く言葉だったらしい。
「ごめん、キャメたん…………!! ごめん、ごめんよ…………!! 俺…………!! 俺、もう駄目だと思ったんだ!! お前みたいにどんどん強くなっていく男と、肩を並べて歩く自信が無かったんだよ…………!!」
「まだ、やり直せる…………!!」
「キャメたん!!」
「スキちゃんっ!!」
お互いに泣きながら、全力で抱き合うマッチョの男、二人。
何これ…………。