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Part.58 千年の龍に乗って

 セントラル・シティまでは、それなりに時間が掛かる。今から馬車を使っても、もう間に合わない…………最低でも一日半、いや、出来れば半日程度でセントラル・シティに着いている必要がある。


 懐かしい話だ。まさか、今更師匠の手を借りることになるとは…………。俺は手袋を外し、親指の先を歯で噛み千切った。


「灼熱の大地の加護よ!! 獰猛なる知性に静寂を称え、我が前に姿を現せ…………!!」


 選んだのは、召喚魔法。足下に魔法陣が現れ、真紅の光を放った。


 何の因果か、師匠は龍を好んで手下に加えていた。いや、友好関係を築いていた、と言うのが正しいだろうか……例えるなら、俺とスケゾーのような関係だ。


 唐突に強大な魔力が出現し、周囲に旋風が巻き起こる。目の前に現れる姿を、俺は多少緊張した面持ちで眺めていた。


「…………何の用だ、こんな時間に」


 こんな時間も何も、今は真昼間だ。場違いな時間に寝惚けたような低い声を出して、その魔物は姿を現した。


 しかし、久しぶりだ。通常のドラゴンが持つ体躯から考えても、明らかに大きい姿。燃えるような真っ赤な体表、同色の真っ赤な瞳。こんなモノが空を飛ぶのかと疑わしくなる程の、武骨で屈強な輪郭。


 それは、『マグマドラゴン』の一種だ。俺を見ると、巨大な宝石でも嵌っているかのような瞳が細く、鋭くなる。


「何だ。…………久し振りだな、小僧」


 俺はぎこちない笑みを浮かべて、『マグマドラゴン』に手を振った。俺は殆ど話をしていないから、名前もよく覚えていない――……そんな事をこの龍に言ったら、今すぐにでも火を噴かれそうだ。


 短気なんだよなあ、コイツ……。


「お久し振りっす、センセ。今日は俺が呼び出しました。……すいませんね、こんな時間に」


「全くだ、常識外れも良い所だぞ。今何時だ」


「十二時です。昼の」


「……………………そうか」


 マグマドラゴンは少しバツが悪そうな顔をして、俺から目を背けた。…………自分が悪いって事に気付いたな。ちゃんと謝れよ。


「マックランドの奴は、一緒じゃないのか」


「あー、最近は別行動してるんですよ。俺も、いつまでも弟子じゃないっすから」


「ふん。洟垂れの小僧が、生意気な口を利くようになったもんだ」


 一体、いつの話をしているのか。この龍から見たら、俺はいつまでも子供なんだろうな。


 結局、師匠と一緒に居た時間を考えると、この龍とも随分と長い時間、一緒に居た事になる。……それなのに名前を憶えていない俺って。


 まあ、師匠は彼の事を『お前』と呼ぶので、名前を聞く機会も早々無かったのだけど。


「急な願いで悪いんすけど、セントラル・シティまで乗せて行って欲しいんですよね。行きと帰り」


「何だ。久々に呼び出したかと思えば、馬車代わりか。良いご身分だな」


「いや、そういうんじゃないんで。……時間が無いんですよ、優秀なセンセなら、行って帰るのに一日も掛からないっしょ?」


 性格の悪い龍のご機嫌取りをする俺だったが。


 今、師匠がこの龍を使っていなくて助かった。世界広しと言えど、セントラル・シティまで馬車で二、三日の道程を一日以内で飛行できるのなんて、彼くらいのものだ。同じ龍でも、その速さはやはり、それぞれ異なる。


「…………ふん。まあ良いだろう。最近は人と関わる事も少なくなっていたからな」


 マグマドラゴンは翼を降ろして、俺にスペースを作ってくれた。俺は軽く跳躍し、マグマドラゴンの背中に乗る。


「振り落とされても知らんぞ。しっかり捕まっていろ……!!」


 俺はマグマドラゴンの背中から生えた角……なのか骨なのか分からない部分をしっかりと握って、飛翔の衝撃に耐え…………うおおっ!!


 師匠の背中にくっついていた事はあったが、一人でマグマドラゴンに乗るのは初めてだ。強烈な風圧に吹き飛ばされそうになるが、それをどうにか堪える……!!


「うおおおお――――――――っ!!」


 思わず、叫んでしまった。タリスマンの外れを歩いていた何名かの冒険者が、俺の状態を見て、驚愕している。それもその筈だ、ドラゴンの背に乗るなんて、普通の冒険者ならまず経験しない。扱うのはごく限られた、龍と信頼関係を結んだ者だけだ。


 師匠が平気な顔をして乗っていたのが、本当に信じられない。当然、背中の俺を魔法で護る訳だ。こんなもの、幼き日の俺なら確実に乗っていられない。


「セ、センセ!! もう少しゆっくり!!」


「何を馬鹿な。一日以内に到着したいのだろう? 心配するな。半日で移動してやるわ!!」


「徒競走やってんじゃ無いんですよ!! 三日以内に戻って来られりゃ、それで良いんだってわあ――――――――っ!!」


 俺の悲鳴も虚しく、マグマドラゴンはあっという間にウエスト・タリスマンの上空数百メートルに到達し、そのままセントラル・シティ目掛けて全速力で飛び出した。




 *




 暫くすると風の流れが安定して、俺も幾らかの余裕を持てるようになった。相変わらず、マグマドラゴンの名前は分からないままだが――……もうこの際、このままでも良いかなんて思い始めた俺である。


 だって、こんな機会でも無ければ彼を呼び出す事も無いのだ。上手く『センセ』で躱せば、それで済む話じゃないか。


「時に小僧、名は何と言ったか」


 お前も覚えてないのかよ。


「…………グレンオード・バーンズキッドです」


「そうか。千年も生きると人の名前なんぞいちいち覚えてられんでな。すまないが」


 さり気なく保険を掛けてきたせいで、結局俺が名前を聞く事は出来ないじゃないか。……この野郎。今の流れで、「いやー、実は俺も」なんて聞き出そうかと思ったのに。


 空は高い。俺達が馬車で二日以上も掛けて走った道が、あんなに小さく……意外と長い道程だった事が分かる。まあ、ウエスト・タリスマンはもうセントラル・シティの管轄じゃないしな。


「時にブレンよ」


「グレンだっつってんだろ」


 誰だよブレンって。ぶれねえな。


「失礼。千年も生きると人の名前なんぞ」


「もう良いよその台詞。何だよ」


「敬語が抜けているぞ」


「何でしょう先生」


 人の名前は間違える癖に、人の言葉遣いにはいちいち厳しい龍だった。……まあ、スケゾーの居ないこの状況でタイマンを張って勝てる相手でもない。ここは耐えよう。


 マグマドラゴンは少し間を空けると、俺に聞いた。


「その――――ヴィティア・ルーズという少女が、タリスマンの『ヒューマン・カジノ・コロシアム』に売られたという所までは分かった。……だが、少女は生きているのだろう?」


 背中に乗ってから俺は、マグマドラゴンにこれまでの経緯を話していた。奴等は魔界に居ると言うから、何か黒幕の事情を知っていれば、と思ったのだが――……流石に、龍では人間の世界に降りて来る事は殆ど無いと言っていい。無駄な努力かと、つい先程諦めたばかりだったのだが。


「そっすね。俺には、仲間の情報を与えて…………助けるな、って言われました」


 マグマドラゴンは、言った。


「不自然だな」


 俺は明後日の方角を見詰めて、マグマドラゴンに返答した。


「そっすね」


 あの時は、考える余裕も無かったけれど。よく考えてみれば、この話はおかしい事ばかりだ。


 すぐに、懸念点には上がっていた。……だが、どれだけ考えた所で、それは予想でしかない。だから、追求する事は諦めた。


「ビィティアとやらを売ったのは、事の推移から考えると、大きな事件の首謀者であるだろう事は分かる。……だが、ならば何故、ベティアとやらをその場で殺さなかった」


 マグマドラゴンは、流石に長く生きているだけあって、人間界の事情にも精通している。俺は少し、感心してしまった。


 どうせ言っても仕方がないから、その件については伏せて話していたのだけれど。


「もしも連中が本当にピティアとやらを邪魔だと思っているのなら、タリスマンなんぞに売る前に、さっさと殺してしまうべきだったのだ。そうなれば、お前に情報が行く事も無かったのだからな」


「…………そっすね」


「記憶が徐々に消えるというのも、この疑問に拍車を掛けている。こうなると、『まるでわざと』連中はブティアとやらを生かし、お前と会わせようとしているように見える」


 ウエスト・タリスマンの広告が、セントラル・シティの冒険者依頼所に貼られるというのも、少し妙な話ではある。確かに、全く無い話じゃない。無い話ではないが、セントラル・シティは誰かに頼まれでもしなければ、自分の管轄に無い街の情報を敢えて取り扱ったりしない。


 誰かに頼まれたから、あれは貼られた。ウエスト・タリスマンがそれをやる時は、奴隷の価値が高く、イベントが大きくなりそうな時だけだ。


 それにしては、チラシに示されている奴隷には魅力がない。……予想の範疇を出ないが、少し違和感を覚えるポイントではある。


「罠かもしれないですね」


 …………そんな事は、分かっている。


「正面から堂々と切り込む事だけが、戦ではない。相手の手を読み、それの裏を取った戦術を扱うというのも、武士として無くてはならない技術だ。……それでも尚、お前は前から行くと言うのか? あまり、賢い選択とは言えんぞ」


 痛い所を突かれたような、そんな気がした。


 普段の俺なら、こんな見え見えの罠に引っ掛かったりしない。加えて、『ヒューマン・カジノ・コロシアム』だ。どれだけ大きな事になるのか、その規模については今も、まるで予想が付かない。少し恐怖さえあった。


 ――――トーナメントに参加する人間全員が、トラップだったら。


 もはや、俺一人でどうこうできるレベルの話では無くなるのかもしれない。


 …………だけど。


「そいつは、この世界に陽は当たらないって、思ってんすよね」


 マグマドラゴンは黙ったまま、俺の話を聞いていた。


「腹黒くて自分よりも賢い誰かが、いつも自分を脅かしに来るって思ってんすよね。……体良く使われて、用が済んだら雑巾みたいに捨てられるんだと思ってんすよね。そんなのは耐えられないから、もう何も期待しないようにしよう、って思ってんすよね」


 ヴィティアの中に、信頼できる人間がいない。


 或いはそれは、ヴィティア本人でさえも、信頼出来ないのかもしれない。己が確固たる信念を持っていれば、そんな世の中でも、歩いて行く事が出来たのかもしれない。


 だが、それ程にヴィティアは強くなかった。期待されて努力し、中途半端に誉められる。そんな『成功体験』を持たされてしまったから。




「行くなら正面からだ。……そうじゃなきゃ、意味がない」




 俺の言葉に、マグマドラゴンは満足そうな笑みを浮かべた。


「自ら修羅の道を行き、人に示そうと言うのか。…………その姿勢は嫌いではないぞ、私はな」


 ヴィティア・ルーズにもう一度、誰かを信頼させる為には。


 この旅だって、それが目的だ。俺が耳聡くヴィティアの言葉を覚えていなければ、通り過ぎていた内容。だが、ヴィティアの心をもう一度俺達に向かせるのなら、無くてはならない一つのアイテム。


『…………そう。大切なママの髪飾りまで奪われて、もう自分が何者なのかも分からないのよ。……本当に、馬鹿』


 まだ、セントラル・シティにあると良いが。


 ヴィティアはヴィティアなりに、どうにか自分を立て直そうと必死だった。俺はそれを手伝ったつもりでいた――……だが、それは成立していなかった。ヴィティアの心はとうに壊れてしまっていて、どうにか見てくれだけを取り繕っていたに過ぎなかった。…………だから。


「捕まっていろ、小僧!! そろそろ下降するぞ!!」


 結局『小僧』って言ってんじゃねえか!!


 急激に角度を変え、マグマドラゴンは下降を始めた――――…………って、もう着いたのかよ!! 昼に出たのに、まだ日が落ちて無いじゃないか!! 一日どころか、半日も掛からなかった。流石の速度に、俺は感服した。


 やはり、ドラゴンというのは人が遠く及ばない力を持った生命体なのだ。魔力も筋力も段違い。……その事を、より強く感じさせる。


 でも、師匠はこんなドラゴンと、一対一の関係で友情を持っていたんだよな。


「敢えて言うものかと思っていたが!! 小僧、お前も成長したな!! 昔のマックランドによく似ているぞ!!」


 いつか、俺にも出来るだろうか。


 今回呼び出したマグマドラゴンは、俺が師匠の肩書きを利用したからこそ、協力してくれた。多分、単体の俺が協力してくれと頼み込んでも、この龍は動いてくれなかっただろう。


 でも、スケゾーは振り向いてくれたのだ。…………龍だって、きっと、いつかは。


「お前はボティアを救える!! きっとな!!」


 俺は叫んだ。


「人の名前を…………!! 覚えろ――――――――!!」


 なんのこっちゃ。






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