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Part.57 激昂

「ただ魔界に行っても、どうしようもないと思うから……奴等は転移魔法を使って、自分達の拠点に戻るのよ。転移魔法の内容さえ分かれば、誰かが使って、そこに行く事も可能なはず。……私はもう、行く権利を失っちゃったからできない」


「…………ヴィティア。その話はもういいよ」


 まるで決められた言葉を話しているかのように、全く自分の話をしないヴィティアに――――俺は少し、苛立ちを覚え始めていた。


 ヴィティアが話す内容は全て、リーシュに関するものだ。確かに、リーシュを助けなければならないって事はある。……でも、かと言ってすぐに飛び付ける状況でもない。


 それはこいつだって、分かっている筈なんだ。


「だから、『スカイガーデン』を目指して。連中はもう、『スカイガーデン』の在り処に気付くはず。後追いにならないように……あんたなら、『スカイガーデン』の居場所を教えて貰えるでしょ?」


 でも、そんな俺の想いを他所に、俺の言葉を無視して、ヴィティアは話した。


 ぐらぐらと、腹の底から何かがせり上がって来るようだった。俺はヴィティアの閉じ込められている柵に手を掛け、鉄の支柱を固く握り締めた。暗闇に浮かぶヴィティアのぼんやりとした輪郭は、しかしヴィティアの存在を朧にしない。


 闇に紛れた夢のような場所でも、ここは現実だ。埃に塗れた地べたに座り、薄汚れたヴィティアがここに居る。


「なあ、ヴィティア。俺の話を聞いてくれないか」


「ただ、素直に魔法の跡を調べても駄目」


 ――――思わず、顔が歪んだ。


「そうなるリスクを恐れているから、別の場所に飛ぶダミーのポイントを幾つか持っていて、的を絞らせないようにしているの。転移魔法を調べ終える頃には、もうそこには居ないって算段よ……でも、一つだけタイミングがあるわ。それは、『金眼の一族』か、『ゴールデンクリスタル』を手に入れた時。連中は魔法」


「その話は、もういいって言ってるんだ!!」


 何かに焦っているような顔だ。……どうして、この状況で俺に事情を話さないんだ。


 ヴィティアも今、危険な状況にある。


 それは確かだ。こいつだって、それは分かっているんじゃないか。


 ヴィティアは俺から目を逸らした。……笑顔のまま、助けを求める素振りも見せない。


「魔法で転移するから、その時だけは本拠地に転移せざるを得なくなるの。……これで私の情報は全部だから、早くなんとかしてあげて。……こんなんじゃ、罪は消えないけど……許してくれ、なんて言わないから。それじゃ、頑張ってね」


 堪え切れない。


 溜まりに溜まった、ヴィティアへの疑問。コップから水が溢れるように、喉から吐き出される。


 どうして俺が、ヴィティアに怒りを覚えているのか、分かった。


 何かを諦めているからだ。もう俺と話す気は無いと、態度で示しているからだ。


「なあ、俺はそんな話を聞きたいんじゃない…………!! あの夜、何があったんだ!? お前は何をされた!! こんな所にぶち込まれて、助けて欲しいんじゃないのか!?」


 ヴィティアの顔から、微笑みが消えない。


 安心、ではない。幸福、でもない。ただ、希望の繋がっている人間を見送るだけの、意味の無い笑み。


 過去に、そんな顔をされた経験があった。


「私のことは、放っておいて」


 諦めた、者の。


「セントラルでは助けてくれて、嬉しかった。生きていて良いよって、言われてる気がしたわ。……でも、もうそれで充分よ。私はもう大丈夫だから、いつどうなるかも分からないリーシュを助けてあげて」


「充分も大丈夫も無いだろ!! お前、ここがどういう所か分かって言ってんのかよ!!」


「どういう所って…………売られるだけじゃない。別に私は、今までと変わりないわ」


 ――――その顔を、やめろ。


 俺は気が付けば、そんな言葉を、心の中で何度も繰り返していた。胃液をまるごと吐き出してしまいそうな程に、気持ちが悪い。頭に血が昇って、正常な思考で物事が考えられなくなる。


 恐らく、頭の中では分かっているのだ。……俺の言葉はもう、ヴィティアには届かないのだと。


「お前、知らないのか!! 命を賭けても奴隷を欲しがる冒険者なんかに、まともな奴は居ねえ!! 何かの高額ミッションの囮にしたいか、もっと危ない所に売って金が欲しいのか、とにかくそういう、奴隷を利用して何かをしたい連中なんだよ!! …………俺はコロシアムに出るぞ、ヴィティア!! 勝って、一緒に帰ろう!!」


 俺は、ヴィティアに救いの船を出したつもりだった。


 だが、ヴィティアの顔は怒りに歪んだ。俺を睨み付けると、叫ぶように声を張り上げた。


「勘違いしないで!! 私はもう、あんたと居たくないって言ってるのよ!!」


 別の牢屋に閉じ込められていた何名かが、俺とヴィティアのやり取りに気付いて、視線を向けた。


 ヴィティアは勢いに任せて、俺に背を向けた。牢屋の柵に背中を預け、押し殺したように笑った。


「……私、また売られちゃったのよ? ……追放だって。もう、お前はいらないって。……でも、生きる権利はくれるんだって。いっそ、殺してくれた方がいいのに」


「簡単にそんな事、言うんじゃねえよ。……これまでの奴は、相手が悪かったんだよ」


 嘲笑するように、ヴィティアは嗤う。


「あんたって本当にバカね。じゃあ、あんたは違うとでも言うの?」


 ――――俺が?


 ヴィティアが何を言っているのか、分からない。




「どうせあんただって、いつか私を売るわよ」




 眉間に寄った皺に、より強い力が加わった。


 この鉄の柵を、今すぐにでも壊す事が出来たら。俺はヴィティアの頬を、思い切り引っ叩いていたかもしれない。こいつは心を閉ざして、俺の助けを拒んでいる。……それは、俺が危険になるからか。……それとも、裏切られたくないからか。


 俺に裏切られたくないから、もう俺には関わりたくないと、そう言うのか。


 何の根拠があって。


 ヴィティアの言葉が、涙に濡れる。


「私はね、あんたの敵だったのよ!? 同情だかなんだか知らないけど、余計なお世話だわ!! 始めっからずっと、そう思ってた!!」


「何だと…………!?」


「辛かったねとか、もう大丈夫だよとか、そんな言葉で私を騙すんでしょ!? 勝って一緒に帰ろう!? 何様のつもり!? 危なくなったら真っ先に捨てられるのは、どうせまた私なんでしょ!?」


 俺は、思った。


「うんざりよ…………!!」


 こいつは何度、ひとに裏切られて来たのだろうか。


 何度、甘い言葉に誘惑されて、手の平を返されて来たのだろうか。血を見たのだろうか。すっかり凍った心の奥底で、どれだけの悲鳴を上げていると言うのか。


 俺には。……俺如きには、その実情など、到底理解できる筈もない。…………でも。


「誰が裏切るんだよ!! 誰が裏切るんだ!! 言ってみろ、ヴィティア!!」


 それはきっと、心を閉ざしてしまったのだ。


「俺はお前を裏切ったのか!! 今までお前を裏切って来た奴と、俺が同じに見えるのか!! 本当にそう見えるのか!! もう一度よく見てみろ、お前!! 何の為に俺がここに来たと思ってんだ!! お前を助ける為だろうが!!」


 鉄の柵を力任せに押しては引っ張り、俺はまるで威嚇をするように、ヴィティアに言葉を叩き付けていた。ヴィティアは耳を塞ぎ、固く目を閉じて、俺の言葉をどうにか聞くまいとしていた。


 鉄の柵は、俺の魔力を吸い取っている。……魔法で、これを壊す事はできない。……くそ!!


「こんな所で諦めるのかよ!? 俺はな、お前が仲間を必要としてると思ったから、こんな事を言って――――」


「うるさいっ!! 帰れ!!」


 思わず、舌打ちをしてしまった。


「私は一人で生きて行くって決めたの!! 言われないと分からないの!? あんたなんか要らない、必要ない!! アホ魔導士!! ヘタレ!! バカ!! 大っ嫌い!!」


 俺の声は、もうヴィティアには届かない。


 どうしてだろうか。言葉では俺を突き放しておきながら、俺にはヴィティアが、必死で俺に助けを求めているように見えた。本当は誰かを信頼したいのだと、そう言っているように思えた。


 その望みが叶わないから、捨ててしまったのだ。届きそうで手の届かなかった可能性に絶望して、見る事を止めてしまったのだ。


 夜空に浮かぶ星は一目見ると掴む事が出来そうだが、一度手を伸ばしてみれば、あんなにも遠い。


 その『遠さ』に、いつしか空を見る事さえ、諦めてしまったのだ。


「もう、話す事なんて無いでしょ。さっさとどっか行って、もう私に話し掛けないで。…………間違っても、コロシアムに出場なんかしないでよね」


 俺は、歯を食い縛った。


 そんな理由なら、俺はそれを許してはならない。


 そうやって全てを諦めれば、幸せに生きる事が出来るとでも言うのか。…………違う。その先に待っているのは、ただ暗くて泥に塗れた道を、這いつくばって進むだけの人生だ。盲目になって、足掻くように両手をもがいているだけの、陸に打ち上げられた魚のような未来だ。




「――――――――さよなら」




 ようやく、分かった。


 ヴィティア・ルーズが、一体何を必要としているのか。


 俺はヴィティアに背を向けて、歩き出した。真っ直ぐに牢屋の部屋を抜け、飄々とした男に手を振り、その場を後にする。


 遠くで、ヴィティアが安堵するような吐息を漏らした。それが更に、俺の怒りを増長させた。


 一度折れた脚が、二度折れる事は無いだろうと、誰もが思う。だが、実際には何度でも、別の場所を折る事ができる。これはそういう、屈折して更に屈折してしまった、『未来』や『希望』に対する、ヴィティアの回答だ。


 出入口まで戻ると、トムディとスケゾーが驚愕して、俺を見ていた。…………多分、俺はきっと、それは酷い顔をしていたに違いない。


「グレン? ……えっと、あー……ヴィティアは?」


 この腕は、何の為に鍛えてきたのか。


 ヴィティアのように、殴られ阻害され続けてきた人間に手を差し伸べる為だ。私利私欲の為に人を利用して、使い捨てる人間に鉄槌を下す為だ。


 握り締めた拳を振るう相手を、俺は間違えてはならない。




「トムディ。……俺は、三日後のコロシアムに出場する。ヴィティアは助ける…………絶対に」




 俺の言葉を聞いて、一瞬でトムディは現状を理解したようだった。トムディの隣を通り過ぎ、俺は繁華街を目指して歩き出した。トムディは頷いて、俺の隣を歩いた。


「分かった。準備しよう」


 何も聞かないトムディに、俺は少し感謝していた。……さっきまで、ヴィティアを疑っていたのにな。


 しかし、『ヒューマン・カジノ・コロシアム』に出るとなると、俺達二人ではメンバー構成に致命的な問題がある。……それと、気になる事もある。出来れば一度、セントラル・シティに戻りたいが。


「良いか、『ヒューマン・カジノ・コロシアム』の戦闘形式はトーナメントだ。一対一で行われる。連続した戦いである以上、どうしても回復要員が必要になる」


「そうか…………僕じゃ駄目だね」


 トムディは残念そうにしていたが。この状況で、無理にヒーラー役を買って出ない所は空気を読んでいると言うべきか。


 トーナメントだ。誰が誰と当たるか分からないから、出場人数は多ければ多い程有利。仲間同士で当たったら、どちらかが棄権すれば済む話なんだが……仲間が居ない。ここは、仕方無いと割り切るべきか。


 …………俺が勝てば済む話でもある。


「そうしたら、一度マウンテンサイドに戻って、ルミルに声を掛けてみようか?」


「いや、三日しか無いんだ、もう一度ここに戻って来る事を考えると時間が足りないな。それより――……『ヒューマン・カジノ・コロシアム』開催時期になると、コロシアムに臨時のヒーラーが集まるんだ。その中から、出来るだけ優秀そうなヒーラーを探して、仲間にしておいて欲しいんだ。金は幾らでも構わない」


 ヒーラーを雇う程度の金なら、この状況だと全く無問題だ。『ヒューマン・カジノ・コロシアム』で優勝するとなれば、全く比較にならない賞金が入って来る。


「覚えておいて欲しいのは、トーナメントの勝利条件は『相手を戦闘不能にするか、場外に落とす』こと。つまり、戦闘不能になるなら腕を飛ばそうが殺そうが、勝ちは勝ちなんだ。難しいだろうが、出来ればそんな状況でも対処できるヒーラーが望ましい」


「そ、そっか。分かった。…………グレンは、どうするの?」


「俺は一度、セントラル・シティに戻るよ」


 途方も無い話だ。勝てば莫大な賞金と、優秀な奴隷。負ければ死も厭わない――……当然、全世界から目も眩むような戦績を持つ強豪が集まって来る。このトーナメントに勝てるなら、全冒険者から見ても相当な実力者と認められる事は間違いない。


 トップクラスか、死か。…………やれるのか、俺に。


「スケゾー、お前もここに残ってくれるか」


「まー、トムディさんが残るなら、オイラがここに残らない訳にいかねーですからねえ」


 トムディが憤慨して、スケゾーを両手で掴んだ。


「前から思ってたんだけどさ、君は僕のこと、お荷物だと思っていないかい?」


「荷物とまでは言いませんが…………なんていうか、飴っスよね」


「今は食べてないだろオォォォ!!」


 …………まあこの様子なら、こっちは大丈夫だろうか。張り詰めた空気の中、俺は苦笑してしまったが。


「それじゃ、頼むよ。コロシアムの開催前までには戻るからさ」


「わ、分かった!! グレン、そっちは一人で大丈夫なの!?」


 トムディの言葉を背に、俺は歩き出した。




「心配すんな。――――――――ただの、探し物だよ」




 だが、恐らくとても大切な探し物だ。今、見付かるかどうかは分からない。


 俺は両の拳を握り締めた。




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