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Part.50 えっちなのはいけないと思います

 右腕に、衝撃が走る。


 殴り飛ばしたフィッシュマンは、更にその後ろのフィッシュマンに当たる。そこそこの威力で放たれた雷の拳が、その場に衝撃波を生み出した。


 数など関係無い。感電したフィッシュマンは不自然な声を漏らして、洞窟の奥に向かって勢い良く吹っ飛んだ。……一応、加減してやったんだけどな。やはり、それなりに弱い魔物だったらしい。


 ……たったこれだけの為に、一体どれだけの時間を使ったんだ。やっぱり、戦うのは俺とリーシュでやった方が良いのではないか。


 残りのフィッシュマンも、恐れをなして逃げて行く。


「…………あーあ。もう、さっさと探すぞ。ドラゴン」


 そう、俺が言った時だった。


 右の通路の奥に、緑色の影があった。不意に、俺と目が合う――……。


 …………暫しの間、俺達は見詰め合った。


 まだそんな所に居るのかよ!!


「な、何だってんだ、一体…………」


 阿呆ほど鼻血を垂らしたドラゴンが、俺を見ている。いや、俺を見ているんじゃない。見ているのは……ヴィティア?


 思わず、俺はヴィティアを見てしまった。不機嫌そうな瞳が、こちらに向く。


「何よ」


「いや…………待てよ」


 ヴィティアの裸を見ていたのか? ドラゴン、なんだよな。そんなものには興味がないはず……いや、もはやあれをドラゴンだと思うのは止めよう。何にしても、これはチャンスだ。さっさとあいつを捕まえて、おばさんの所に連れ帰ろう。その為には。


 俺は屈んで、俺のローブで全身を必死で隠しているヴィティアと目線を合わせ、言った。


「ヴィティア、少し、思い付いたんだが……一発でドラゴンを捕まえる方法があるかもしれない」


「…………な、何? そんな方法があるの?」


 俺はドラゴンに気付かれないように、指でドラゴンを指し示し、ヴィティアに伝えた。ヴィティアがドラゴンの方を見る――……続けて、俺はヴィティアに向かってその指を向ける。


 ドラゴンから、ヴィティアへ。ヴィティアから、ドラゴンへ。ヴィティアは、俺の人差し指の先を見詰めていた。


「おとり作戦だ」


「絶対に嫌」


 間髪入れずの返答だった。……流石に、これは駄目か。


 俺の提案も虚しく、ドラゴンの姿が隠れてしまった。……右の通路に逃げた事は分かった。後を追い掛けていれば、少なくとも知らない間に洞窟を脱出されていた、という事は無いはずだが。


 しかし…………。俺は、背中の三人を見た。


 リーシュ、トムディ、ヴィティア。全員を連れて、わいのわいのでドラゴンを追い掛けるのは少々、骨が折れるだろうか。


「…………スケゾー、ドラゴンを追い掛けるの、頼めるか?」


 俺は小声で、肩のスケゾーに声を掛けた。


「オイラは別に構わねえっスけど……見つけたら、どうします?」


「俺に居場所を伝えて、跡を付けて欲しいんだ。後から全員で合流する。その方が早いだろ」


「……まあ、そうっスね。じゃあ何かあったら、お互い意思を送るって事で」


「おー」


 スケゾーが姿を消す。俺達から比べれば、遥かに小さな身体だ。身を隠す事も容易い。無事、ドラゴンに気付かれなければ良いが。


 見た所、洞窟の中は魚系の魔物ばかりが彷徨いている。バレル・ド・バランタインの時のように、サキュバスなんて召喚された日には、俺もスケゾー任せになってしまう所があるが……まあ、一人でも大丈夫だろうか。


 リーシュが俺の隣に立った。スケゾーが居ない事に気付いたらしい。


「グレン様、スケゾーさんと何をお話していたのですか?」


「ああ、先に行って貰ったよ。……ヴィティア、さっさと服着とけよ。俺達も向かうぞ」


「わ、分かってるわよ……!!」


 ヴィティアがフィッシュマンの槍で作られた山の中から、自分の服を掴む。……どこで着替えるんだろう。俺は後ろを向いていた方が良いだろうか。


 全く、いつの時代も女だけは苦手だ。戦えないし、どうしても殴れない。


「わあ……グレン様!! フィッシュマンが、何かを落としていったみたいですよ」


 ……………………あれ。


 俺、今、フラグ立てなかった? …………フラグって何?


 何か、とてつもなく嫌な予感がした。……が、ここは洞窟だ。リーシュとヴィティアを除いて、女の子なんて現れようがない。俺達を除いて人は居ない。召喚もない。


 まあ、大丈夫だろう…………。


 リーシュが言っているのは、貝殻……と思わしきものだ。やたらとでかい二枚貝が落ちている、先程までは無かった――……何だ、あれ? 下に、車輪のようなものが付いている。見た事の無いアイテムだな。


 徐に、二枚貝が開く。


 …………いや、待て。


 これは明らかにアイテムじゃない。これは…………魔物だ!!


「おい、さっさと俺達も行くぞ!! ヴィティア、まだか!?」


「ま、待って!! も、もうちょっと――……」


 貝殻の向こう側に、魔物が現れた。


「ふああ…………よく寝た」


 フラグって、こういうことだ。


 二枚貝の中から、赤い髪の女が現れた。呆けた様子で、欠伸をしている。


 下半身が魚の尻尾になっている。ということは……マーメイド? でも、マーメイドなら髪の色は、普通は青、だよな。


 呆けた瞳が、こちらを見る。……俺と目が合った。


「あ、なんだ。お魚ちゃん達が呼ぶから、何かと思ったら……人間? おいしそお……」


 まずい。…………まずい。…………まずい。


 スケゾーを呼び戻すのは、時間もコストも掛かる。それに出来れば、スケゾーにはドラゴンを追い掛けていて貰いたい――……やはり、俺が戦うしか無い。


 戦わなければ…………!!


「ギャアアアア!! 魔物だアアァァァ!!」


「いちいち驚くなトムディ!! 大丈夫だ、俺が殴る!!」


 俺は拳に炎を灯らせる。


 大丈夫だ、相手はたかが魔物じゃないか。人間ですら無いんだぞ。まして、俺達を喰おうとしている魔物なんだ。見た目が完全に人だろうが、ふ……服を着ていなかろうが、魔物は魔物である。


 俺は、赤い髪のマーメイドに狙いを定めた…………!!


「ねえ……そこの赤い髪のコ、こっちに来てよ。……血をちょうだい?」


 俺は、赤い髪のマーメイドに狙いを…………!!


「ほらほらー。人間の男って、こういう体型が好きなんでしょ? おいでー、おいでー」


 ――――――――狙いを定められない!!


「グレン、何してんの!? 倒すなら倒すで、さっさとやってくれよ!!」


 トムディが俺の背中を身体で押す。次第に、俺とマーメイドとの距離が縮まる……直視出来ない。何故だ……!? リーシュやヴィティアと出会う事で、少しは耐性が付いたかと思っていたのに……!!


 マーメイドは、俺に向かって手招きをしている。…………異様に顔が熱い。頭が回らなくなって来た。


 魅了の魔法でも掛かっているのか……!? 肌……肌……肌が!!


 リーシュが叫んだ。




「駄目です、トムディさん!! グレン様には、刺激が強すぎますっ――――!!」




 お前がそれ言うの!?


 俺の背中を押すトムディの動きが止まり、俺は背後を振り返った。リーシュは走り、俺の手を握り、右の通路に向かって引っ張る。


「スケゾーさんと合流しましょう!! 逃げた方が良いです!!」


 …………リーシュ。


 ヴィティアがようやく着替え終わった様子で、物陰から現れた。リーシュに連れられて、俺は走り出す。トムディが俺の後を追う。


 朦朧とした意識の中、俺は考えていた。


 …………そうか。俺、ヴィティア以外の女の子の裸を見たの、初めてかもしれない。


「むう、来てくれないの? ……残念」


 誘い受けの魔物だ。一度捕まれば、その面倒さは一般の魔物の比では無い。捕まらなければ遠距離から魔法を撃って来るのだろうが、そっちは大した問題でもない。だが…………


 俺は、二枚貝の下を見た。


「そっちが来ないなら……私の方から行くよ」


 車輪が転がり出した。トムディが蒼白になって、叫んだ。


「うおオォォォ追い掛けて来るよオォォォォ――――――――!?」


 俺は、確信した。


 …………今日は、女難の日だ。




 *




 右の通路を選んでから先は、一本道だった。ぬかるんだ泥に足を取られないようにしながら、俺は謎の赤いマーメイドから逃げつつ、ドラゴンの行方を追う。


 半ば本気で走っていた。足の短いトムディは、付いて行くのがやっとの状況で、泣きながら俺に抗議していた。


「そんな弱点あったの!? そんなの最初に言っとけよオォォォ!!」


「仕方ないだろ!! 俺は女だけは耐性が無いんだ!!」


 流石に、荷が重いか。俺はトムディを横脇に抱えた。


 走りながら、後方をちらりと一瞥する。リーシュとヴィティアは……何とか、付いて来ている様子だ。更にその後ろを、優雅にも走る二枚貝に乗って、マーメイドが近付いて来る。


 何なんだよ、あの貝は……!! トラップならトラップで大人しくしてろよ……!!


 ヴィティアが不服そうな顔で、俺の隣に並んだ。


「何なの!? 何で私の時は平気で、あいつは駄目なの!? ほんと信じらんない!!」


 …………何でだろうね。確かに、ヴィティアの裸はそんなに気にもしなかったな。何か、色気とは違うオーラを感じたのだろうか。


 道中、襲い掛かるフィッシュマンを殴りながら、俺は進んだ。リーシュがいつでも剣を抜けるように構えつつ、俺の様子を心配している。


「グレン様、大丈夫ですか?」


「あー…………ああ、ありがとう」


 心配してくれるのなら、とりあえずビキニアーマーを着るのをやめてくれ。


 慣れて来たような気がしていたのに、直近のハプニング続きで、すっかり戻ってしまったような気分だ。まあ、意識を失わなかっただけマシ、だろうか。そういえば、以前にリーシュから手を握られた時は、あっさり倒れていたな。


 どれだけ鍛錬を積んだ戦士であっても、弱点ゼロとは行かないものだ。俺の場合はそれが、女性だというだけで。


 …………格好悪いな。いつかは改善したい所だ。


「気に病まないでください、グレン様……!!」


 リーシュが、俺の手を握った。たったそれだけで、俺の中から煩悩が引いて行く。


「今度、私と特訓しましょうっ!!」


 …………もはや、煩悩しか浮かんで来ない。


 しかし……誘い受けのトラップが自ら動くなんて、聞いた事が無い。一体どんな洞窟なんだ、ここは。入口もそうだが、まるで冒険者を喰らう為に存在しているかのような洞窟じゃないか。


 あのドラゴンは、どこまで逃げたんだろう。もうすっかり姿が見えない……魔物に襲われていても良い筈じゃないのか? ……いや、ドラゴンを襲う魔物なんて居る訳無いか。……ちくしょうめ……!!


 マーメイドの放った火球が掠って、頬から血が出た。このままだと、ドラゴン探し所ではなくなる。まだか、スケゾー…………!! 同時にドラゴンとの距離も縮まっているとはいえ、お前もどこまで行ったんだ…………!!


 細い通路を抜けて、広い通りに出た。同時に、高く跳躍する。


 大きく反転して、俺はマーメイドを指差した。




 ――――――――来た。




「スケゾー、頼む!!」


 俺の肩に、スケゾーが現れる。


 スケゾーは両手を前に出し、後方のマーメイドに狙いを定めた。トムディは横脇に抱えている。リーシュは隣を走っていた。…………後ろに居るのはヴィティアだけだ。


「――――えっ」


 小さな、ヴィティアの呟きが聞こえた。


「きゃああああああ――――――――っ!?」


 スケゾーは、こんな姿をしていても悪魔だ。俺と同じ、炎の魔法を得意とする――……スケゾーが両手を前に出すと、青白い炎の波動が通路全体を埋め尽くすように放たれた。


 瞬間。岩石は灼熱に晒され、煙を出す程の高熱に襲われる。スケゾーの攻撃を確認してから俺は着地し、今走って来た通路を見据えた。


 …………貝殻のマーメイドは、跡形も無く消し炭になっていた。


「随分、派手な登場っスね。天敵にでも出会したっスか?」


「…………まあ、そんなとこだ」


 ある意味、天敵以上に天敵だったとも言える。或いは、宿敵と言うべきか。


 思わず、その場に座り込んでしまった。一瞬の判断ミスが、命取りになる事もある。状況はどうあれ…………無事にスケゾーと合流できて、良かった。


「まー、良かったよ。幸い、誰もダメージを受けていないしな」


「私が死ぬとこよ!! 無視するんじゃないわよ!!」


 ヴィティアが拳を振り上げ、俺に抗議していたが。避けられると思って撃ったのだが、際どい所だったのだろうか。まあ、無事だったので良しとしよう。


「ところでスケゾー、ここに……?」


「はい、どうやら行き止まりみたいっスね。何処かにドラゴンは隠れている筈っスわ」


 発光石に囲まれた、幻想的な空間。あるのは池……だが、池が海と繋がっているかどうか核心が持てない以上、何の迷いもなく海に逃げるとは考え難い。どう考えても、エラ呼吸が出来るようには見えなかった。


 大きな発光石に囲まれている。広いドーム状の形になってはいるが、見切りはそこまで良くはない、か。


 疲れてもいられない。……これだけ女難に遭ったのだ。もう、普通の魔物しか出て来ないに違いない。


「おい、出て来いよ!! この中に居るのは分かってんだぞ!!」


 俺は立ち上がり、脅すように低い声で叫んだ。


 洞窟の奥で、何かが動いた気がした。




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