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Part.47 男は嫌い

 喫茶店『赤い甘味』では、そろそろ日も落ちようと言うのに、元気にウエイトレスが紅茶を配っている。


 前略。


 俺達は、死んでいた。


「ごめんっ!! ごめんなさいっ!! 許して、ね?」


 どうしようもなく、ヴィティアが謝罪した。


 結婚相手を探すことになった俺達。しかも相手はドラゴン。写真を見るに、一見して『マグマドラゴン』の種族に見えるが……マグマドラゴンの体表は赤いが、こいつは緑。同一種かどうかも分からない。


 まず、二足歩行してタキシードを着るドラゴンなんて、少なくとも俺は見た事がない。


 喫茶店のテーブルに突っ伏したまま、俺はドラゴンの写真を今一度、視界に入れた。ボールペンの先で、テーブルを叩く。


「どーすんだよ…………」


「わ、私、北の方を探してみるからっ!! ほら、四人いるでしょ。セントラル大陸を四つに分けて、東西南北に分かれて探せば」


「見付かるかアァァァ!!」


「ごめんなさいっ!! もう黙りますっ!!」


 俺が一喝すると、ヴィティアは頭を下げて小さくなった。


 人間なら、まだ宿の記録を頼りにすれば。村から村へと移動して行くのだろう、場所も絞ることが出来るだろうが……こいつはドラゴンだ。まず間違いなく、普通の宿になんて泊まる筈がない。もし泊まりでもすれば、宿屋の亭主が失神してもおかしくない。


 どうする。ヴィティアの言う通り、セントラル大陸を四人で走り回るしかないのか? …………ミッション達成は一年後かな。


 リーシュが椅子の上で姿勢を正して、真上に手を挙げていた。


「はいっ!!」


 俺はボールペンの先をリーシュに向けた。


「はい、リーシュ」


「あの、お肉をですね。焼いてですね、セントラル・シティの周りを歩くというのは」


「ありがとう、リーシュ。……大丈夫だ、お前はそれでいい」


「ええっ!? もうちょっと私の話も聞いてくださいよ!!」


 焼いてどうするんだよ。ドラゴンは肉食だろうってか。山に住むドラゴンは、結構草食だったりするんだぜ。人を襲うドラゴン、というイメージがあるのかもしれないが、意外と好戦的ではなく、戦う理由は防衛本能だったりするもんだ。


 まあリーシュにしちゃ、まともな意見かもしれないが。…………そうか? かなりレベルが下がって来ている気がする。


「ドラゴンの居るダンジョンを中心に、セントラル・シティから近い順に攻略してみる、というのは?」


 そう言うのは、こんな時間でもハイボールキャンディーを絶やさないトムディだ。……こいつ、実は割とまともな意見を出すらしいということが、これまでの旅路でなんとなく分かって来た。


 少なくとも、ここに居る中じゃ唯一まともな相談が出来ると言っていい。……ビビリだが。


 だが、それだけでは駄目だ。


「師匠がドラゴン乗りでもあったもんで、実はドラゴンについて結構詳しかったりするんだが……見た事がない種類なんだよ」


「え、でもさ、同じドラゴンなら――――」


「いや、そいつは駄目っスね」


 トムディの言葉を、テーブルの上のスケゾーが制した。


「ドラゴンってのは、同種の仲間意識がすげえ強い魔物なんスよね。同じドラゴンでも、別種だと住む所も縄張りも違うし、生活スタイルも異なるんスよ。まあ、オイラの情報は魔界の情報なんで、人間界に住むドラゴンがどうかは分からねーですが……多分、居場所が分からないと、闇雲に探しても駄目っスわ」


 ヴィティアが驚いて、テーブルの上のスケゾーを両手で掴んだ。


「随分、頭の良い使い魔ね」


「少なくとも、ヴィティアさんよりは良いっスね」


「…………随分、イラつく使い魔ね」


 知識が豊富だけど、別に頭はそこまで良くない。……まあ、以前ヴィティアが使っていたゴブリンやオークなんかと比べれば、頭が良い部類に入るのかもしれないが。


 相変わらず、スケゾーはチェスのルールも覚えられない悪魔である。


「あーもう、いっそドラゴンを使い魔として契約しちゃうとか、出来りゃなあ」


「そうだよ、それだよ!! そういうのは出来ないの?」


 俺の言葉に、トムディが相槌を打った。……だが、これも手詰まりなのだ。


「ドラゴンなんて、そう簡単に使い魔に出来るもんじゃ無いんだよ。召喚契約できないから、魔界かなんかで直接会って、実体同士で結ばないといけないし……誇り高き種族なの」


「なんだよ。魔導士の癖に使えないな」


「お前に言われたくねーよ!!」


 第一、仮に魔界まで行ったとしても、二足歩行でタキシードのドラゴンなんて見た事がないしなあ。師匠の連れに居なかったという事は、当然マイナーな種族なんだろうし……クソ、聞いた事ねえよ、二足歩行のドラゴンなんて。


 二足歩行のドラゴン…………


「……………………あれ?」


 俺は今一度、写真のドラゴンを見た。


 なんか聞き覚えあるな……二足歩行のドラゴン? 誰か、そんな事言ってなかったっけ? そう、つい最近、そんな話が出たような……。


「……………………あ」


「何か良い案を思い付いたのかい?」


「トムディ、お前、セントラル・シティに来る時にドラゴンと会ったって言ってなかった?」


 そうだ。トムディ自身がスルーしていたから、すっかり忘れていた。あの時トムディは、『変な二足歩行のドラゴン』に道を聞かれて、慌てて【ヒール】を使ったんじゃなかったか。


 どんな状況だよ、相変わらず。


「ああ!! そうだ、このドラゴン…………!!」


 トムディが気付いたようで、ドラゴンの写真を手に取った……!!


 どうやら、ビンゴらしいな……!! 確かに、セントラル・シティから何処かに旅立つ予定でトムディに道を聞いたと言うなら、方角的にも頷ける話だ。まさか、こんな所でトムディの慌てっぷりが役に立つとは。


 ぎゃあぎゃあ騒いでいなければ、絶対に気付かず通り過ぎていた。自信がある。


 あの時確か、トムディは場所も言っていた。……水灯りの洞窟、だったか。調べれば、場所くらいは割り出せる筈だ。


「今日は準備して、明日、水灯りの洞窟に行ってみよう」




 *




 今回から宿は、男女別々の部屋になった。


『有り得ないでしょ!? リーシュ、あんた頭大丈夫!? 意味分かんないんですけど!!』


 と半狂乱になって叫んだヴィティアの提案によるものだ。……やはり、今までの状況はおかしかったのだなあ、と実感する。俺自身、パーティーなど組んだのはリーシュが初めてだったので、常識というものが分かっていなかった。


 だがよく考えてみれば、絶対におかしい。年頃の男女が同じ部屋という事があるか。同じベッドに入って来たりしないだろ、普通。


 という訳で、今日から安眠が約束された俺であるが。


「見れば見るほど衝撃的だな、この装備は…………」


 俺は今、リーシュのビキニアーマーを観察している。


 今回の相手はドラゴンという事で、相変わらずこれを着てミッションに挑もうと考えるリーシュの為に、防御魔法を掛けてやろうと考えた。リーシュからビキニアーマーを借りる所までは良かったが、一体どこに魔法陣を描いていいものかと、俺は悩んでしまった。


 肩紐の部分なんかじゃスペースが足りないので、やはり胸当ての裏だろうか。おっぱいの裏……ぐうっ。


「くっ……なんて防御能力の無い装備なんだ……」


「いやー、見れば見るほどご主人、変態チックっスね」


 俺はスケゾーを殴った。


「黙れ殴るぞ」


「もう殴ってるじゃないっスか!!」


 涙目になるスケゾーだが。……俺は場所を決めると、魔力を込める。上から描くのでは消えてしまう恐れがあるので、人差し指に熱を溜めて、焼き跡で魔法陣を作るのだ。


 防御用に魔法が掛けられた装備は、基本的に装備者の魔力を媒介にして使用される。強力ならば良いと思われがちだが、防御に気を取られて本来の能力が発揮出来ないようでは、レベル不足も良いところだ。これを装備するリーシュの魔力に負担が掛からないようにしなければならない。


 ……まあ、レベルに合わせて上書きしていけば良いだろう。


「スケゾー、頼む」


「あいあいっス」


 俺の対面にスケゾーが立ち、俺と同じようにリーシュのビキニアーマーに両手を翳す。


 懐かしいな。装備に魔法を掛けるなんて、自分の防具にしかやった事は無かったが。俺のスキルでリーシュの身体が護れるのであれば、これも誇らしい能力だろうか。


 魔法が飛ばなくても、どうとでもなる。バレル・ド・バランタインは俺の事を馬鹿にしていたが、やはり俺は魔導士が天職だ。


 リーシュの装備に、防御用の魔法が掛かる。装備に魔力の存在を慣らす為、暫くは魔力を与え続けなければならない。


 ……しかし、こうして見ると本当に、俺達はビキニアーマーを崇め称える変態に見えなくもないな。


 ヴィティアがここに居たのなら、『有り得ないでしょ!? あんたバカなの!?』と言っていそうだが。今は隣の部屋に居るからな。


「有り得ないでしょ!? あんたバカなの!?」


 声漏れすぎだぞ、ヴィティア。


 壁が薄いのだろうか。壁際に居るからか、ヴィティアと比べると遥かに小さいリーシュの声も聞き取ることが出来る。


「えっ、だ、だって……同じパーティーなんですから、普通じゃないですか?」


「普通じゃないわよ!! パーティーに属していたって、プライベートは別々なのが普通なの!! 幾らタコ部屋だって、性別くらいは分けるわよ!!」


 何とタイムリーな話題だろうか。先程まで、俺も同じ事を思っていた。


 よく考えてみれば、今ここに居るメンバーの中で、実際に誰かとパーティーを組んだ経験がある人間は、ヴィティアだけなのだ。当然、ヴィティアには外の世界の情報がある、という事でもある。


「そ、そうなんですか……」


「ほんと、有り得ない事なのよ? あんた、とっくにあのアホ魔導士に襲われててもおかしくないんだからね!!」


 俺、そんなに嫌われるような事をしただろうか。……全裸を見たのは不可抗力だしな。特に思い当たらない。


「グレン様はそんな事しません!!」


 おい、断言するなよリーシュ。お前のガードが甘いせいで、少しそんな気分にならなかった事も無いんだぞ。少なくとも、片手で数えられない程度の回数は。


 リーシュの中では、俺は聖人君子か何かに映っているのだろうか。


「もう……まあ、良いわ。私が居る間は、絶対に同じ部屋なんて許さないから」


「ヴィティアさんは、グレン様の事が嫌いなんですか?」


 沈黙があった。


 ビキニアーマーの強度を確認しながら、魔力量を調節する。対面のスケゾーが、俺の異変に気付いたようだ。


 俺が、背後の会話に集中している事に気付いているのだろうか。


「別に、あいつだけじゃないわよ。……私は、全般的に男が嫌いなの」


「レズなんですか」


「本気で殴るわよ」


 いけない。リーシュのボケが強烈なせいで、危うく魔法付与に失敗する所だ。……装備の方に集中しよう。


「…………ここからずっと西の方に進むと、スラムがあるわ。びっくりするほど治安が悪くて、ルールもない。大人の男しか生きて行けないような場所よ。……そこに行けば、あんたにも分かるかもね」


 西のスラム……懐かしいな。俺も以前に一度、訪れた事がある。


「スラム、ですか」


「あれは、人間じゃないわ。子供や女の人から食べ物を奪ったり、そもそも人間を殺して食べたりもするのよ」


 聞こえないが、リーシュは絶句しているのだろうか。


 まあ、サウス・ノーブルヴィレッジみたいな暖かい村に生まれたリーシュには、縁のない話だ。あの場所では、必ず誰かが誰かを護ろうとしている。そうすれば、結束の強い村が出来上がる。


 逆に、誰かが誰かを蹴落とす世界なら、立ち入る場所全てが戦場にも成り得る。


「それから貴族に買われたけれど、結局駄目ね。私を買ったママは私に優しくしてくれたけど、他は駄目。ゴミでも見るような目で、何度も唾を吐かれたわ」


「…………でも、家族だったんですよね?」


「女の子が欲しかった、ってね。男の四人兄弟だったから……ママが生きている頃は皆、優しかったんだけどね。病気になって死んじゃったら、途端に私は『家族』じゃなくなったの」


「ど、どうしてですか」


「さあ。……でも、本当は反対だったみたいよ。後でパパに言われたわ。『ママがどうしてもって言うから、仕方無く買ったんだ』って。後で分かったんだけど、スラムの子が貴族の街に住んでるって噂になって、周りから非難されてたみたい。……それで、私は手の平を返されたの」


 俺は、天井を見上げた。


「ご主人?」


 スケゾーが、不安そうな顔で俺を見ていた。


「信じられなかったわ。昨日まで笑顔でいた人が、ある日私に言うのよ。『あれはうちの子じゃない。同じ飯を食わせるな』。……卑怯だと思わない? ママが好きだったから、合わせてくれていたの? ママが居なくなったら、もう私には、何の価値もないの? ……じゃあ、私って何なの?」


 次第に、ヴィティアの声には悲壮の色が見え始めていた。


「ママだって可哀想よ。家族が受け入れてくれたって、信じていたのに。それは、ママに対する裏切りじゃない? 一度は拾ったんだから、私の事を大切にしてくれても良かったんじゃない?」


「…………ヴィティアさん」


「追い詰められた男は、誰も護ってくれないわ。……都合が悪くなれば切り捨てられるし、殺せるのよ。……だから、私も上辺では仲良くしてあげる。危険になったら、真っ先に切り捨てる事にしたわ」


 他人事ではない。何時だって、はみ出し者は嫌われる。これまで普通だった人間が、ある日はみ出し者扱いされる事だってある。悲しいことに、誰かを蹴落として価値を下げなければ、自分自身の価値を実感出来ない愚かな人間が居る。誰かを異端にしてしまえば、自分は間違いなく安全圏に居る――……そういう事を日常的にやる人間もまた、確かに存在するのだ。




「男は嫌い。……利用する事と、やらしい事しか考えられないから」




 ――――ならば、その腕は、何を護る為にあるのか。


 ヴィティアの心の内側にあったものを、垣間見たような気がした。……そして俺は、手を差し伸べられない人間の事を、改めて思い返していた。


「別に、あんたの事を信頼したからこんな話をしてるんじゃないわよ――――ただ、あまりにあんたが、世の中を知らなさ過ぎるからね。話してあげようかと思って」


「…………グレン様は、大丈夫です」


「どうだか。あんたが可愛いから、そばに置いてるだけじゃないの」


 …………あまり、いつまでも盗み聞きしているのも、良くないな。


 装備は完成した。会話の途中で悪いが、これをリーシュに届けなければな。俺はリーシュのビキニアーマーを手に取ると、立ち上がった。壁際から離れると、二人の会話も聞き取る事が出来なくなる。


 ……しかし、胸当ての裏側って意外と柔らかいもんだな。知らなかったけど、これは意外と触り心地が良いものだ。


「グレン、風呂空いたよー」


 奥の部屋から、トムディが顔を出した。


 …………リーシュのビキニアーマーを撫でている俺と、目が合った。




「いや、待てトムディ。……これは違うぞ? 俺は今、リーシュの装備に防御魔法を掛けていてだな。これはその為でだな。……おい、待て。部屋を出てどこに行くんだ。…………待て!! 待ってエェェェェ――――――――!!」



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