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Part.44 だから小物って言うな

「あんた達、普段からこんなモン食べてんの!? ほんと、許せないわね!!」


 宿に到着して身体を洗い、今は俺のシャツをワンピース代わりに上から着ているヴィティア。いつでも食べられるように揃えておいた飯を、驚くべき速度で貪り食っていた。


 余程、腹が減っていたのだろうか。宿に居たトムディは、ヴィティアの格好を見て相当な衝撃を受けたようだったが……今は、呆然とヴィティアの様子を眺めている。


 いつの間にか俺の肩に戻って来ていたスケゾーも、困惑しているようだった。


「……いつも、何食べてんだよ」


「ピーナッツを袋で買って、一日一粒食べてるわ。お金が無い時はいつもそうよ」


 栄養価…………!!


 あまりの言葉に涙が出て来てしまった俺は、片手で瞼を覆った。何だよ、こいつは貧乏だったのか。この見た目からすれば当たり前だが、全く知る由もなかった。いや、でも前に会った時とは随分と格好が違うような。


 特に、トムディには衝撃的だろう。トムディは口にハイボールキャンディーを突っ込んだまま、阿呆な顔でヴィティアを眺めている。


 骨付き肉に何の遠慮も無くかぶりついたヴィティアは、そのままの状態で俺とトムディに凄みを利かせた。


「毎日お腹いっぱい食べられるなんて、幸せな事なんだからねっ!?」


 確かに、怒ってはいるが、ヴィティアはものすごく嬉しそうだった。食べる勢い的に。


 ヴィティアが細い身体つきなのは、もしかしてそれが原因だったのか。リーシュと比べると、悲しくなってしまう胸囲も……今は俺の服に隠れて、身体の凹凸など見えなくなっているが。


 トムディが、ようやく俺を見て言った。


「グレン。……この娘は?」


「あー、知り合いと言うべきか、元・敵と言うべきか……」


 ヴィティアは骨と化した元・骨付き肉の食べられる所を探しながら、俺を睨んだ。


「どっちでもないわよ!!」


 どっちでも無いらしい。じゃあ、この関係は一体何なんだよ。


 用意したもの全てを綺麗に平らげると、ヴィティアはやっと落ち着いた様子で、水を飲んだ。こいつは何という、一人大宴会だろう……やはり人間、空腹と睡眠には勝てない。食べる為ならば盗みもする、か。


 それにしたって、不可解な事ばかりだ。


「なあ、ヴィティア。何でお前が金に困ってるんだよ……お前、魔導士養成所には入ってたみたいじゃないか。成績も良かったんだろ? スタンダードな魔導士だったみたいだし、別にパーティーに入っても苦労しないだろ。ミッションを受ければ良いだけの話じゃないのか」


 しかし、現実はそうならなかった。そんな事は分かっている。問題は、何故そんな状態になってしまったのか、だ。


 …………ヴィティアは、押し黙ってしまった。


 そりゃ、言いたく無い事も世の中には山程あるだろうが……裸にローブ一枚で真昼間のセントラルを彷徨いて、その上盗みまで働いたんだぞ。事情を聞かない訳にも行かないだろう。


 俺は腕を組んで、ヴィティアの様子を見ていた。やがて、ヴィティアは諦めたのか――――溜め息をつくと、言った。


「…………魔法が使えないのよ」


「その、両手のヤツだな?」


 ヴィティアの手の甲に、ようやくトムディが気付いたようだった。


 魔法陣ともまた違う、不思議な模様。綺麗な図形と文字が並ぶ魔法陣と違い、こちらは特に決まった形を持っていないようにも思える……まあ、何かの意味はあるのだろうけど。


 両手に刻まれた、真っ赤な刻印。以前、サウス・ノーブルヴィレッジで初めてヴィティアと出会った時には無かったものだ。……という事を考えれば、ある程度の予測は付いていたが。


「ノーブルヴィレッジの一件でコケたからか?」


 ヴィティアはサイズの合わない俺の服で手の甲を隠し、足を組んだ。苛々としながら、カールの掛かったと言うよりは、既にただの癖っ毛と化している髪を撫でる。


「別に、同情して欲しい訳じゃないわよ。失敗した私が悪いんだし」


 俺の予測は当たっていた。ヴィティアは、恐らくサウス・ノーブルヴィレッジの一件で、騒ぎの首謀者に当たる男――――に、魔法を封じられたのだろう。……仮にも、仲間ではないのか。あまり、人道的な行為とも思えないが。


 魔法封じと言えば、魔導士の使うベーシックな魔法を根こそぎ封じる妨害魔法、なんてのは聞いた事があるが……これは魔法じゃないんだ、それとも違う。わざわざ魔法ではない知識を仕入れているのは、魔導士にこれを解除させない為だ。


 もっとマイナーな、魔力を使う何か。と言うと……


「スケゾー、こいつは――――」


「呪いの類っスね。オイラも見たのは初めてですが」


 やはり、か。使い手が酷く少ないから、その分知識も少ない。解除は困難を極めるだろう。


「呪い?」


 スケゾーの言葉に、トムディが疑問符を浮かべた。


「セントラル大陸では殆ど使われない、魔法の亜種みたいなモンっスよ。東の海には、そんな技術を操る輩が居るらしいっスね。魔法は魔物の技術を人間がパクッて生まれたモノなんで、オイラ達にも見れば内容が分かるんですが、こいつは人間が独自に編み出した奴でしてね。……厄介なんスよね」


 そう、珍しい物なのだ。まして、東の海から来た人間なんて、もう絶滅しているとも言われているから手の付けようがない。可能性があるとすれば、直接その島まで行って、情報を得る位だが……。


「魔法って、全て使えないのか?」


「特定の魔法が禁止されているだけよ。【スティール】を使ったでしょ」


 そういえば、そうだったか。……まあ魔導士の使う魔法なんて、基礎魔法からの派生が殆どだ。基礎魔法を封じてしまえば、大概何も出来なくなる。


 トムディが何本目か分からないハイボールキャンディーの包装紙を開きながら、俺を見た。


「グレン、君の魔法でどうにかならないの?」


「悪いが、呪いは専門外だよ。スケゾーが言っただろ、魔法と呪いはそもそも発祥が違うんだ」


「よし、じゃあ僕がその、『呪い』とやらについて調べてみるよ。それでこの娘を治してあげようよ」


 危険が無い場所では強がるトムディが、胸を張った。


 ヴィティアが魚の死んだような目で、トムディを見詰めていた。


「…………出来る訳ないでしょ」


「や、やってみないと分からないだろ」


「あんたみたいにいつも飴咥えてるような、裕福なお坊ちゃまには無理よ」


「お前ハイボールキャンディーを馬鹿にするのかアァァァ!!」


「そっち!?」


 そういえば、リーシュがまだ帰ってないな。夕刻を過ぎた、そろそろ戻って来ても良い頃だと思う……ヴィティアを匿っていると知ったら、リーシュはどう思うだろうか。……場合によっては、何かフォローをしなければならないだろうか。


 どう見ても下っ端だったが、一応はサウス・ノーブルヴィレッジを襲った張本人、という事になっているからな……。


「トムディ、リーシュってまだ戻って来てないのか?」


「そういえば、何で一緒に戻って来なかったの? 途中で別れたの?」


「……へ? そりゃ、話してただけだからな。休みだから、どこにでも行くだろ」


 目を丸くしているトムディの言葉に、目を丸くしてしまった俺。謎の驚き合いが発生していた。


 スケゾーが手を叩いて、俺を指差した。


「そうだご主人、後でちゃんとフォローするんスよ」


「フォロー?」


 ヴィティアが腰を上げて、乾かした茶色のローブを手に取った。


「それじゃ、私は行くわ。……御飯、ありがとね。お陰で助かったわ」


 その時、部屋の扉が開いた。


 噂をすれば影が差す、とはよく言ったものだ。リーシュは部屋の扉を開き、中へと入って来る。丁度良い、ここで事情を説明してしまおう。


「おう、リーシュ。おかえり」


「ただいま戻りました…………あれ?」


 中に居るヴィティアを見て、リーシュの顔色が変わった。


 ……あれ、なんか元気が無い、な。そんなに、リーシュはヴィティアの事を恨んでいたのだろうか……どう見ても下っ端だったし、途中からは意識を失ってフェードアウトしていたものだが。戦っていたのも俺だし、実害が無かったから、油断していた。


 リーシュは、扉の前に固まってしまっていた。


「……あ、えっと、リーシュ? 一応、訳を説明したいんだけど……座ってくれるか?」


 だが、リーシュは動かない。……動かないぞ。参ったな、どうしよう。そんなにやばい事をした認識は、無かったな……。


「ああいや、さっき俺の財布を盗んだのがヴィティアだったんだよ。それで、仕方無く、な」


 やばい。もしかしてリーシュは怒っているのか。……一旦、謝るべきだろうか。どうやって謝ったものか。


 自分達のテリトリーに、敵を連れ込んだと思われたのだろうか。最早こいつは魔法が使えない、ただの小娘でしか無いんだが……そうだ。まずは、ヴィティアが俺達にとって脅威ではない事を説明しよう。それから、これまでの経緯について話せば。


 リーシュは暫し固まった後、不意に首を傾げた。


「その人、誰ですか?」


「忘れてただけかよオォォォ!!」


 思わず俺は、リーシュにツッコミを入れていた。


 変に勘繰っちゃったじゃないかよ!!


「えっ? ……えっ?」


「ヴィティアだよ!! ヴィティア・ルーズ!! サウス・ノーブルヴィレッジで会っただろ!? 計画が失敗したから、もうただの魔導士……でもないんだけど……ただの人なんだよ!! そして俺の財布を盗んだのがこいつだったんだ!!」


「びてぃあ・るーず……?」


 対面のヴィティアが猛然とテーブルを叩いて立ち上がり、リーシュに詰め寄った。


 何だコレは。……一体、どういう展開なんだ。


「あんたねえ!! この顔を見て思い出せないの!? サウス・ノーブルヴィレッジを襲った張本人よ!? あんたもあの時、そこのアホ魔導士と一緒に居たじゃない!!」


 誰がアホ魔導士だ、誰が。


 しかし……ヴィティア自身はリーシュと、殆ど接点が無いからな。正直、覚えて貰えなくても無理はないか、と俺は思い直した。黒幕として出てきた割に、特に活躍もしなかったしな。


 依頼を受けただけだとも言っていたし、魔力枯渇するまで使って、そのまま動けなくなったしな。


 あれ。思ったよりもこいつ、本当にただの下っ端だったのかもしれない。


「えっ…………あっ!!」


「……やっと思い出したの?」


「『小物』の!?」


「だから小物って言うなあぁぁ!!」


 リーシュは胸を撫で下ろして、無事に思い出せた事に安堵の笑みを浮かべていた。……良かった。特にヴィティアが苦手とか、そういう事は無いみたい……だが。


 これを機会に、ヴィティアから先の『首謀者』についての事情を聞いておくのも悪くはない。リーシュが揃ってから、この話はするつもりだったが――……ヴィティアはリーシュの瞳をまじまじと眺めると、少し驚いているようだった。


 何だ? ……確かに、金色の瞳は珍しいだろうが……そんなに気にする事か?


「……っていうか、このコと一緒に旅してるの?」


「リーシュ・クライヌだ。まあちょっと、色々あってな」


「ふーん…………」


「ヴィティア、戻れ。リーシュも座ってくれ。全員揃ったし、本題だ。ヴィティア、お前の知っている事について洗いざらい話して貰うぞ」


 下っ端でも、内側に居た事は確実なんだ。リーシュの村を襲った理由、バレル・ド・バランタインとの関係性、『ゴールデンクリスタル』の事まで、知っている事は何でも説明させてやる。


 ヴィティアはびくんと反応して、俺と目を合わせた。


「……話すって、何を?」


「どうしてサウス・ノーブルヴィレッジを襲ったのか、とかな」


「待って待って、私、知らないわよ!! 本当にただ言われてやっただけだし、お金になるからだし……話したくても話せないから!!」


 本当か? ……まあ下っ端じゃ、何も情報は得られないか……舌打ちをしたくなる思いを堪えて、俺は腕を組んだ。


 これまでに得られた情報が本当なら、連中は二度、村を、街を襲っている。一度目はノーブルヴィレッジ、二度目はマウンテンサイド……二つの事件に繋がりがある事は、バレル・ド・バランタインの発言を通して把握できる。


「金は、幾ら貰える予定だったんだ?」


「せ、千セル……だけど」


 ヴィティアはリーシュの隣で、少し名残惜しそうな顔をした。


「バレル・ド・バランタインについて、何か知ってるか?」


「げえ、あのナルシスト? 顔も思い出したくないわ」


 ヴィティアはリーシュの隣で、今にも吐きそうな顔をした。


 ……この様子だと、本当に何も知らなさそうだな。一つの村を襲う代わりに千セル……まあ、ヴィティアならやり兼ねないだろうか。俺の財布を盗んだ事とはレベルが少し違うかもしれないが、金の為に危険を冒す事は平気でしそうな性格だしな。


 派手好きと言うのか、何と言うのか。箒で空を飛ぼうとして噴水に突っ込んだり、やる事が極端過ぎると言うのか。


 ヴィティアは怪訝な顔をして、口元を手で覆った。


「今思えば、変な仕事だったわ。ミッションを受けるつもりで冒険者依頼所に行ったら、変な黒いローブの集団に声を掛けられて、よく分からない魔法で変な所に連れて行かれて。そしたら、大きな国を作るのに協力して欲しい、って」


「いや……どう考えてもそれ、拉致監禁だろ。仕事じゃねえよ。気付けよ」


 まあ、気付いた所で拉致された後じゃ、一人では対抗する事も出来なかったかもしれないが。


 なんと愚かな……ヴィティアは急に青褪めた顔をして、その場に屈み込んだ。


「あの仕事のせいで私、追われてるのよ……」


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