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(前略)あまりもの冒険譚! - 俺の遠距離魔法が、相変わらず1ミリも飛ばない件。 -  作者: くらげマシンガン
第三章 万人を救う至高の聖職者(まだ本気出してないだけ)
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Part.33 リーシュの記憶に関する弊害

 場の空気は冷え切っている。叫んだルミルの言葉を聞いて、バレルは俺から顔を離した。リーシュが焦って、俺の服の裾を引っ張る。


 どうやら、気にしてくれているらしい。リーシュは小声で、俺の耳元に唇を近付けた。


「キッ、キス、されませんでしたか」


「されねえよ」


 気にするポイントが、かなり間違っていた。


「そうじゃねーのよ、グレンオード。お前、ソロだと結構強いって話も出てるからさ……一応、アドバイスしてやろうかなと思ってよ。別に、悪い意味じゃねえんだ。他の職業の方が得だろって、そういう話がしたいわけ」


 バレルはそう言って、両手を広げた。俺はつい、怪訝な表情になってしまう……これから何を言われるのか、何となく察しが付いていたからだ。


「魔法が飛ばないって時点で、もう魔導士は止めた方が良いじゃねえか。他の職業探した方が、ずっと得じゃんよ。俺もよ、昔は聖職者目指してた時もあったよ? でもとっとと諦めて、今は召喚士やってんだよ」


 召喚士。その言葉に、俺はルミルが言っていた事を思い出してしまった。


『召喚士になった友達がいて。魔法を扱う方の中には魔物を仲間として連れ歩く方も居るって、知っていたので』


 先程、ルミルがそう言っていたのは。恐らく、この男の事なのだろう。苦笑していたのは、あまり良くない出来事がそこにあったからだ。つまり、こいつはルミルに嫌われるような何かをして、聖職者への道を諦め、召喚士になった。


 召喚士も、魔導士と同じポジションだ。覚えていく魔法の種類に、魔物を呼び寄せるモノが多いというだけ。積極的に魔力を使う職業には変わりないが。


 俺はバレルを見詰めたまま。特に、感情も起こらなかった。


「……そうか。でも、俺は魔導士で行くって決めてるからよ」


 リーシュが見ている。……これ以上、不安にさせたくないという気持ちもあった。


「わっかんねえよなァ、そういうの。この世は才能よ? 才能と血。血統が強い奴がクールだって、そういう風に世の中は決まってんの。無理して才能の無い所で頑張っても無駄じゃんよ」


 当然のように、バレルは言う。


「まー、後は運かな。……そういう事が分からねえ奴、吐き気がする程嫌いでさ。……つい、踏み潰したくなるんだよなァ」


 一瞬だけ、魔力が俺に向いた。


 瞬間、俺は、スケゾーと魔力を共有した。何時でも戦う事が出来るように――……しかし、バレルの魔力は俺の方向を向いただけで、俺に襲い掛かっては来なかった。


 どこまで制御出来ているのか、分からない。……俺から手を出すべきではない、が。


 喫茶店の扉が開いた。


「そう言って貴方が、どれだけの人の期待を裏切って来たと思ってるの? ……勝手に家を飛び出して、おばさんが泣いていたわよ」


 扉を開いたのは、ルミルだった。バレルを力一杯に睨み付け、ルミルの方が今にも殴り掛かりそうな雰囲気だったが。……しかし、関わりたくない気持ちが勝っているようにも見えた。


「帰って。……もう、顔も見たくない」


 バレルはルミルの顔を見て――……そして、苦笑した。ルミルはもう話を聞かないと分かったのだろう。


「やれやれ……まっ、今の所は仲良くやろうぜ、グレンオード。明日の敵は今日の友って言うじゃんよ」


「昨日の敵、な」


「あ、それとさ。銀髪の嬢ちゃん、そのでっかい剣、何なの? 親の形見か何か? いやー、大変だねえ」


 馬鹿にされたと感じたのだろう。リーシュの目が大きく見開かれた。珍しく、その表情には怒りの色が見える。


「バレル!!」


「はいはい、出て行きますよーっと……でもよ、案外ルミルみたいな気の強い奴が、一度折れると従順なんだよなァ……好きだぜ、俺、そういうの」


 ぶつぶつと喋りながら、バレルは喫茶店『赤い甘味』から出て行った。既にルミルは震える程怒っており、リーシュも自身の剣を握り締めて、怒りの瞳でバレルの背中を見詰めていた。


 ぽつりと、呟いた。


「これは…………私の、武器です…………」


 …………リーシュ。


 バレルが出て行くと、ルミルは俺に苦笑した。……別に何を気にする事も無いが、ルミルにとっては胸が痛いだろう。


「ごめんなさい。……紅茶、淹れ直しますね」


「あー、いや、いいよ。今日はこれで出て行くからさ」


 気の遣い合い。仕方無く、俺は席を立った。




 *




 都合良く宿を取る事ができたので、俺達はサウス・マウンテンサイドに暫くの間、滞在する事となった。ツインベッドの部屋は無かったので、マウンテンサイドに居る間はリーシュと別々の部屋になる。俺としてはゆっくりできて良いが、リーシュの事は心配でもある。


 夜も更けて、辺りがすっかり寝静まった頃。……俺は、宿の部屋でまだ起きていた。窓からは月明かりが漏れ、その向こう側にはマウンテンサイドの街並みが見える。煉瓦造りの家に囲まれた、何とも静かな街だ。夜になってみると、よりその静寂は存在を主張し、ふとすると呑み込まれてしまいそうになる。


 窓を開けて、桟に腰掛ける。ここは二階だ。宿から出て行くリーシュの姿は、いつもよりも小さく見えたが。


「おい」


 びくんと反応して、辺りを見回しているリーシュ。やがて俺の存在を発見すると、不安そうな表情で俺を見上げた。


 ビキニアーマーは、リーシュの戦闘装備だ。何の理由も無く着て、夜の街を出歩く事などない。それが分かっていた俺は、二階からリーシュを見下ろした。


「昼間寝てた奴が、まだ何かやろうって言うのかよ。……いい加減に、俺も見過ごせないぞ」


 リーシュは自身の大きな剣を抱き締めて、唇を噛んだ。


 好き放題訓練すれば、ある日唐突に強くなる訳でもない。日々の鍛錬は確かに重要だが、度を過ぎれば逆効果にもなる。身体を壊してダウンしている時間と、オーバートレーニングをしている間の時間では、ダウンしている時間の方が長い事が多い。


 何より、精神的にも大きな負担になる。


「悪い事は言わないから、今日は寝ろ。サウス・マウンテンサイドに暫く滞在する事もできる。無理してやる程の事でもないだろ?」


 俺がそう言うと、リーシュは俯いた。こいつが真面目なのは、俺もよく知っている。近頃のミッション事情を見て、そろそろ焦り出す時期では無いか、とも思っていた。


 リーシュはまだ、見習いでもいい。今はとにかく、ミッションの経験や魔物と戦う経験を積んで行く方が有意義だ。


「…………もう、少しなんです。今だけ、見逃して頂けないでしょうか」


 だが、リーシュはそう言った。もう少しというのは、何の話だろうか。何か、自分の中で考えている事があるのかもしれないが……。


 リーシュの魔力が人よりも多いと言ったって、限度もある。……賛同はし難い。


「なあ、リーシュ。別に、そんなに急ぐ必要も無いんだぜ? 今の所、別にミッションがクリア出来ない訳でもない。リーシュが役に立っていない訳でもない」


「私は、立っていないと思います」


 うっ。…………少し、泣きそうな顔をされてしまった。思わず、言い淀んでしまう俺だったが。


「私は、グレン様の役に立っていないと思います」


 パーティーの女の子が、自分の為に努力してくれると言う。……そんなに必死な顔で言われると、流石に少し、意見し辛くなる。


 リーシュが俺との距離を気にしているのは、何となく把握していたが。だからと言って、今すぐにどうにかなる距離でもない。歩こうが走ろうが、それは同じだと思うが。


「必ず、一段落したらお休みを取ります。……だから、よろしくお願いします」


 腰から深々と、リーシュは頭を下げた。……確かに、俺だって立ち止まっている訳じゃない。成長の速度が同じなら、リーシュが俺に追い付く事は無いかもしれない。


 いや、でもなあ。それで身体を壊されても、俺だって困るんだ。


 リーシュは顔を上げない。…………困ったもんだ。


「…………あまり、遅くならないようにしとけよ」


 どうしようもなく、俺はそう答えた。リーシュが顔を上げると、それはもう嬉しそうにして、俺に……花が咲いたような笑顔を向けていた。


「はいっ!!」


 うーむ。……こうも真面目だと、仕方がない部分もあるのかもしれない。


 走り去るリーシュの背中を見詰めて、俺は思わず微笑んでしまった――――…………


「タマ入ってんのかコラァ!!」


 やばい忘れてた!! アレ、言わないようにさせないと……!! くそ、あのオヤジめ。とんでもない言葉を年頃の女の子に吹き込んで行きやがって……!! 今度殴り倒す……!!




 *




 次の日。俺は、早朝からサウス・マウンテンサイドの街を歩いていた。


 昨日は『赤い甘味』と宿の間を行き来しただけで、あまりじっくりと街を見て回る事が出来なかった、というのが主な理由だ。リーシュの防具についても、そろそろビキニアーマー以外のモノを買ってやりたいと思っていた。何か良い物があれば、買って行くのだが。


 そして、そんな事はリーシュの朝が遅い、最近だからこそ可能になる事だ。思えばセントラル・シティに居る内に、リーシュの防具に魔法を掛けてやれば良かったと思う。今は宿が別の部屋なので、リーシュのビキニアーマーに触ることが出来るのはもう少し後の話になるだろう。


 なんだか、触ると言うと変な意味になってしまいそうだが。断じて違う。俺はリーシュの身を守る為にだな。


 …………誰に言い訳しているんだ、俺は。


 両手両足に魔法を掛けて、重量を増加させながら、俺は歩いた。道具の要らないウエイト・トレーニングである。


「しっかし、朝っぱらからよく動きますね、ご主人も」


「零の魔導士は筋力が命だからな。黙っていると身体が腐る」


「そっスか……あーあ」


 スケゾーは欠伸を噛み殺しながら、俺の肩の上で辺りを見回していた。


 しかし……武器屋も防具屋も、見当たらないな。そういうモノはセントラル・シティに任せているのだろうか。セントラル・シティまで馬車で半日。確かに、必要無いと言えば必要無いのかもしれない。


 今日は、『赤い甘味』に修道士が集まる日だ。あまり時間を掛けたくない、という思いはあったが。


 仕方無い。一旦宿に戻って、リーシュを起こすか。


「…………ん?」


 その時、謎の違和感を覚えた。


 何だ? 何かの歌声が聞こえる。


 何の歌だよ。


「この大空にっ!! 僕の【ヒール】!! 嗚呼【ヒール】!! 飛んで行くよオォォ!!」


 何だこの、意味が分かってしまうと、とてつもなく悲しい歌は……。


 ついに壊れたか、トムディ……!!


 俺は何とも言えない気持ちになってしまい、スケゾーを見た。


「……どうする?」


「オイラに聞かねえで下さいよ」


 まあ、そりゃそうだ。


 しかし、奴も懲りないものだ。そんな事を考えながら、俺は歩いた。


 また、先の城壁だろうか。同じ場所に向かう……探してみたが、城壁に何者かがハマっている様子は見られない。奴の事だから、どうせ尻を頂点にして空中を漂っているのかもしれない……


「悲しみのない……自由な空へ……僕、飛んで行くよオォォー……くよオォォー……よオォォー……オー」


 …………居た。意思を失った瞳で、自分の歌に自分でエコーを掛けていた。


 何故か俺は、悲しい気持ちになってしまった。


「おや……グレン。こんな所で会うなんて奇遇だね」


「ああ、限りなく必然に近い奇遇だよな……」


 昨日と同じように、トムディ・ディーンは空に漂っていた。むしろ、それを【ヒール】だと言い張らずに別のスキルだと言った方が、まだ使い道がありそうな気がする。


 大人二人分を縦に並べたくらいの高さに、トムディは浮いていた。


「ちょっと天気が良かったから、思わず浮遊魔法を掛けてしまってね。もし良かったら、助けてくれないか」


「助けてやるから、その無意味な嘘をやめような」


 軽くジャンプして、俺はトムディの手を掴んだ。そのまま真っ直ぐ降りて来ると、トムディの魔法を上から打ち消す。


 トムディは黙って、俺の様子を見ていた。少し驚いているようにも感じられる。


「君……『零の魔導士』なんだよね?」


「そうだけど?」


「落ちこぼれじゃなかったのか…………」


 とても失礼な事を呟いて、溜め息をつくトムディだった。


「……どうしても、【ヒール】を掛けるとお尻が浮くんだよ。どうしたら良いのかなあ」


「ほんと、どうしたら良いんだろうな。俺が聞きたいよ……」


 トムディは切実な悩みを俺に打ち明けてくれたが、その問題を解決する術を俺は持っていなかった。座り込んでしまったトムディを見下ろし、俺は腕を組んだ。


「……もしかしてお前、聖職者の魔法、何も使えないのか?」


 俺が問い掛けると、トムディは顔を上げた。


「そ、そんな事無いよ!! 失礼な奴だな!! 見てなよ!!」


 立ち上がったトムディは、聖職者の杖を手にし、魔力を高めた。足下に現れる魔法陣。トムディは不敵な笑みを称え、周囲に風を巻き起こす。


 俺は少し離れて腕を組んだまま、トムディの様子を見ていた。


「知っているかい……? 聖職者にとって、最も有効な支援魔法を……!!」


 何やら凄そうだが。俺は無心のままで、トムディの様子を見ていた。


 トムディは、叫んだ。


「――――【ヴァニッシュ・ノイズ】ッ!!」



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