Part.31 『赤い甘味』へようこそ
トムディの話によれば、『赤い甘味』というのは建物の背中が教会になっている喫茶店で、修道士が紅茶を淹れている場所らしい。セントラル・シティではその味に感服したものだが、まさか俺が声を掛けたウエイトレスも、職業的にはプリーストだったのだろうか。
しかし、教会と修道院が同一の建物として存在すると言うのも、聞いた事がない話だ。……距離は近いんだけどな。俺も研究不足だったのだろう。
城の正面に出て暫く歩くと、サウス・マウンテンサイドの様子が朧気ながらに見えて来る。長閑な場所だという認識は変わりないが、それだけではない事が分かった。
「……随分と、修道士の数が多いな」
道中、俺はトムディに向かってそのように問い掛けた。トムディは胸を張って、何故か得意気な表情を浮かべた。
「この街は、聖職者の聖地だからね。僕を筆頭とした聖職者が沢山居て、日々訓練をしているのさ」
王冠。そして、高級な装備。……やっぱり、こいつはこの街の王子か何かなんだろうか。あまり考えないようにと思っていたが……。そして、何故そんなにも自信満々なんだ。
暫く歩いていると、街の外れに奇妙な建物を発見した。同じ一つの建物だが入口が二つあり、片方は教会に、片方は喫茶店になっている。……あれが、トムディの言っていた『赤い甘味』本店か。
せっかく来たので、紅茶の一杯くらい飲んで行こう。あの時はリーシュが飲めていない事だしな。
「ルミル!!」
喫茶店側には大人が……主に中年女性が居たが、一転して教会側には子供が集まっていた。その子供達の面倒を見ているのか、エプロン姿で茶髪をポニーテイルにした朗らかな顔の女性が、教会の前に幾つか出されている木のテーブルを拭いていた。トムディが声を掛けると、にこやかな笑顔を俺達に向ける。
「あ、トムディ。いらっしゃい」
一見してトムディの身長が低いこともあり、大人と子供のように見えなくも無いが……周囲に子供が集まっているからか、トムディが子供に見えない。
俺達が茶髪の……ルミルと呼ばれた女性に会釈すると、トムディは大袈裟に咳払いをして、女性の隣に立った。
「紹介するよ。この娘はルミル・アップルクライン。昔、修道士時代に一緒にやってた同期さ」
……何となく予想はしていたが、やはり同期なのか。……という事はお前、やはり立派な大人なんだな。
何故か、悲しみが沸き起こってしまった。どうしてだろうか。
「いつもトムディがお世話になっております」
やめてくれよ。お世話なんて言わないでくれ。頼むから。
「あー!! トムディだ!!」
「トムディが来た!!」
ルミルの周囲にいた子供達が、トムディを発見すると彼の周りに集まって来た。トムディは胸を張って、子供達を迎え入れる。修道士では……無いだろうな。まだ若い。『赤い甘味』に遊びに来ているのだろう。
これまで無駄に威厳を見せようとして、本当に無駄に終わっていたトムディの努力も、子供達の前では少し報われているように感じた。随分と、慕われているようだ。子供達はトムディの周囲に集まると、トムディの来訪を手放しで喜び――……
「へっぽこトムディ!!」
「トムディやーい!! ばーか!!」
……………………。
「僕はこう見えて、大人だからね。子供の言うことにいちいち反応したりはしないのさ」
「そ、そうか……。強く生きろよ……」
全くトムディが動じていないところを見ると、いつもの事なのだろうか。……段々と、このトムディ・ディーンという男の立ち位置が分かって来たような気がする。まあ、子供達にからかわれるのもよく分かる。俺達はとっくに食べ終わったと言うのに、トムディは未だに『ハイボールキャンディー』を口に咥えたままだし……ポケットに幾つ入ってるんだよ。
おっと。そんな事を考えている場合じゃない、トムディにルミルの事を紹介された所じゃないか。俺は慌ててルミルの方に向き直った。群がる子供達に邪魔され、既に会話出来ていないトムディを横目に、リーシュの背中を叩く。
「初めまして、俺はグレンオード・バーンズキッド、魔導士だ。こっちが剣士で、リーシュ・クライヌ。一緒に冒険者をやっているんだ。実はトムディとは、まだそこで会ったばかりで」
「あ、そうなんですね。てっきり、最近仲良くなられたご友人なのかと思っていました」
まともな人だっ…………!!
柔和な笑みを浮かべるルミル。既に変態に慣れてしまった俺にとっては、まともな人間が現れるという事自体、奇跡に近いことだ。俺は心の中でガッツポーズをしつつ、ルミルに問い掛けた。
「ここに、修道士の集まりがあるって聞いた事があってさ。俺達、パーティーに入ってくれるヒーラーを探してるんだよ。心当たり、無いかな」
「ああ、きっとこの教会の事だと思いますよ。プリースト希望の子が集まって、ここで回復魔法を覚えて行くんです。……実は私、今の教員担当プリーストで」
おお、神よ。これは奇跡か。まさかこんな、まともな女性が教員として居るなんて。
いや、待て。まだ過信は禁物か? ……そうだ。よく考えてみろ。今まで、初めて出会った人間の中で一見してまともそうなヤツなんて、腐るほど居ただろう。村長とか、ラグナスとか……。
ルミルだって、もしかしたら酷い落とし穴があって、何かがあった時に暴走するとか、そんな個性を備えていてもおかしくはない。警戒しろ、俺よ。
リーシュが子供達を見て、ルミルに問い掛けた。
「あの子達が修道士志望なんですか?」
間が空いた割に、珍しくまともな事を聞いていた。ルミルは首を振って、笑顔で答える。
「いえいえ、普段は『赤い甘味』で働いているんです。今日は無いんですけど、明日なら魔法の訓練がありますよ」
「そのタイミングなら、今訓練している修道士が集まるって事なのか?」
「ですです。たまにパーティーの方がいらっしゃるので、案内しているんですよー」
そう言ってはにかむルミル。……何故だろうか。全くと言って良いほど、嫌味がない。すらりとした美人な事もあって、少し緊張してしまう位だ。
リーシュでさえ、未だに話す時は少し緊張してしまうというのに。俺は視線のやり場を失って、リーシュに目を向けた。
「丁度良いな。じゃあ今日は宿に泊まって、明日にでも修道士を見に来る事にしようか」
「そうしましょう! ありがとうございます、ルミルさん」
……あれ。何故か、リーシュがまともだ。
「いえいえ、良いんですよ。良かったら、裏の喫茶店で紅茶を飲んで行かれますか?」
「わあ、私、紅茶大好きなんですよ!!」
ルミルとリーシュが笑い合う姿。その向こう側に、何故か花畑が見えた。
何故だろうか。ルミルと居ると、リーシュまで普段の五割増しで可愛く見える。……これはアレか。ルミル効果ってヤツなのか。
俺は、周囲までまともな空気になる謎の現象について『ルミル効果』と名付ける事にした。
暖かい陽だまりのような、穏やかな性格。落ち着いていて、それでいて可愛らしさを感じさせる物腰。……とても、トムディと同期には見えない。十歳くらい歳上に見える。いや、老けて見えるという意味ではなく。
「コラァ――――!! 僕の飴を取るんじゃなーい!!」
「やーい!! トムディばーか!! ルミルお姉ちゃん、これあげる!!」
……………………。
ルミルは子供から飴を受け取ると、苦笑していた。
「ありがとう。でも、人から物を取っちゃ駄目よ」
ルミルとトムディ。二人に対する子供達の扱いの差は、もはや歴然である。王冠を取られ、髪を引っ張られているトムディ。……あれはあれで、人気を獲得しているようにも思えるが。
トムディはようやく子供達から開放されたようで、息を切らしながらも俺の所に戻って来た。
「ハア…………ハア…………」
「苦労したな」
どう声を掛けて良いのか分からず、トムディにありのままの気持ちを伝えた俺。子供達はトムディ弄りに飽きたのか、向こうに走って行ってしまった。
トムディは膝を折り、肩で息をしていたが……顔を上げて、俺を見た。
「ところでグレン、リーシュ。君達、ヒーラーを探しているというのは本当かい…………!?」
「…………ああ」
聞いていたのか。
トムディは子供達から取り返した王冠を頭に乗せると、無意味に胸を張って言った。
「この至高の聖職者が、仲間になってやっても良いぜ…………!?」
いや、お前はちょっと……そう思ったが、今までの子供達との死闘を見ていた俺はすぐに断る事も出来ず、曖昧な笑みを返すことにした。
先程見た、【ヒール】。子供達の対応。トムディがまともに聖職者スキルを使えない事は、もはや明確と言っても過言ではないだろう。だが、それを敢えて俺達が言うべきなのか。これだけ自信満々なのだから、むしろそのまま幸せに暮らして貰った方が良いのではないか。
世の中には、伝えない方が良い事も往々にしてあるのだから。
「それ、回復できなくないですか?」
リイイィィィィ――――――――シュ!!
素直な所はとても良いと思うんだが、程々にしないとお前いつか刺されるぞ。いや、リーシュは刺す方か。
トムディは絶句して、リーシュから一歩、退いた。発言して五秒程の沈黙を数えてから、ようやくまずい事を言ってしまったと気付いたのか、リーシュが慌て出した。
「ご、ごめんなさいっ!! 私、何か悪い事、言ってしまいましたか……?」
悪気は無いんだ。それは俺が保証する。
「グレン……僕は、この娘と仲良く出来る気がしないよ……」
「頑張れ。言葉が下手なだけだから、すぐに慣れるよ」
その場にへたり込むトムディに、俺は苦笑を返した。
その時だった。
トムディの身体が突如として跳ね、ルミルの背中に隠れた。横幅だけ、隠れられてないが……何かあったのだろうかと思うよりも早く、背中から迫る足音に、俺とリーシュは振り返っていた。
「やはりここに居たか、トムディ」
現れたのは……濃い茶髪が太陽に輝く、長髪の中年男性だ。長い顎鬚に、見るからに豪勢な服装。頭には王冠……まさか、トムディの父親か?
トムディと違い、とても落ち着いた雰囲気があり、威厳もある。どっしりと腰の据わった声色に、トムディの膝が震えていた。
「うわああぁぁぁ!! 化物だアアァァァ!!」
「誰が化物だ!!」
ひでえな!!
一瞬にしてトムディの父親は沸騰したようで、額に青筋を浮かべて震えていた。真っ直ぐにトムディの所へと歩く……なんだ、この展開。俺はどうすれば良いんだ。
「お前はまた、大事な会議をすっぽかして!! 一体何をやっているんだ!!」
「アアアアアァァァアア!!」
「うるさい黙れっ!!」
ルミルの後ろに隠れていたトムディの首根っこを捕まえると、トムディの父親と思わしき人物は黙ってトムディを持ち上げる。泣き叫ぶトムディは、俺に向かって両手を伸ばしていた。
「グレン!! 助けてえええぇぇぇ!!」
いや、流石にそれは助けられないよ。
「良いから会議に行くぞ!! 後継者としてちゃんと勉強しなさい!!」
「フレディがやってるんだから良いじゃないかっ!! 父上のご友人はみんな怖い人ばっかりで、嫌いなんだ!!」
「お前に兄としてのプライドは無いのか!?」
なるほど、やっぱりこの人はトムディの父親で、トムディにはフレディという名前の弟も居るのか。何故かこの状況で、トムディの家族構成を知りつつある俺だったが。……本当に、何の得も無い。
トムディは、父親に尻を叩かれた。
「痛アァァァァ――――!!」
どうしよう。…………どうしよう、この状況。
「怖いとはなんだっ!! お前ももう、良い歳だと言うのにっ!! 情けないっ!! 本当に情けないっ!!」
飴を咥えたまま、父親に持ち上げられ、尻を叩かれる大人…………。
あまりの状況に、俺は絶句して固まってしまった。いや、俺だけじゃない。誰もが呆然として、トムディとその父親とのやり取りを見ていた。
いや、リーシュだけは微笑ましいと言わんばかりの表情で和んでいた。……何でだよ。
「さっさと行くぞっ!! あまり私に恥をかかせるな!!」
「嫌だあァァァ!! 誰か助けてえェェェ!! 強盗だあァァァ!!」
「もし私が強盗なら死んでもお前は盗まんわ!! 馬鹿者が!!」
ギャアギャアと騒ぎながら、トムディが連れ去られて行く。父親はそのまま、城へと向かって……あれ。俺に向かって振り返った。
「旅の方ですか?」
「あ、はい。……冒険者をやっています」
トムディの父親は柔和な微笑みを浮かべて、俺に会釈した。
「そうですか。何もない所ですが、ゆっくりして行って下さい。お見苦しい所をお見せしてしまって申し訳ない」
「あ、いえ…………」
思わず、頭を下げる俺。……普通に良い人じゃないか。トムディは一体、何をそんなに嫌がっているんだ。
そのまま、行ってしまった。父親の背中と泣き叫ぶトムディの顔を見ながら、結局姿が隠れるまでその場を見守り続けた俺達だった。
リーシュが頬に手を当てて、言った。
「和みますねえ……」
「お前は一体何を見ていたの!?」
いや、これが子供が駄々をこねているとか、そういう状況なら分からなくも無いが……あいつは大人だぞ? この、隣に立っているルミル・アップルクラインと同期の聖職者……の予定なんだぞ?
ルミルが苦笑して、手を叩いた。
「お茶にしましょうか。そろそろ、良い時間ですし……ここの紅茶、美味しいんです。私、ごちそうしますよ」
滅茶苦茶俺達に気を遣っていた。ルミルはテーブルを持ち……恐らく建物の中に運ぶつもりなのだろう。
「手伝うよ、ルミル」
「ありがとうございます」
ルミルが溜め息をついた。
「トムディも、努力家なんですけどね……」
そうか…………?




