Part.26 ビッグ・トリトンチュラの出現
「グレン様っ…………!! こ、怖かった…………!!」
「ああ、もう大丈夫だ」
リーシュの手を引いて、門の上に立つ。
このままじゃ、可哀想だな。リーシュの身体に纏わり付いたトリトンチュラの巣を焼くため、俺はリーシュの全身に炎を移動させた。火傷するような事があってはならない。慎重に、慎重に。
俺は、炎や爆発の魔法を最も得意とする魔導士だ。自分の身体は炎に対する耐性があるから良いが、リーシュの肌はまた違う。魔力のベクトルも、俺とは異なるものだ。
「あ、あの…………グレン様」
「待ってろ、もう少しで終わるから」
リーシュの肩から背中へと手を伸ばして、小さな火の魔法を使う。トリトンチュラは全般的に熱に弱いので、少し負荷を掛ければ簡単に焦げて無くなってしまうものだ。
しかし、白い肌である。
「貴様…………グレンオード・バーンズキッド!! 許さん、許さんぞ貴様…………!!」
何やら、ラグナスが吠えている。門の上で俺はリーシュの身体に火を掛けながら、ラグナスを見た。
「山頂までの勝負は、俺の勝ちで良いよな」
ラグナスが衝撃を受けたようで、歯を食い縛っていた。……そんな顔をした所で、俺が勝ったのだから仕方がない。元より負ける気などさらさらないが。
俺は、リーシュの肩を掴んで、引き寄せた。
「こいつはもう、俺の仲間だからな。リーシュの意思でお前に付いて行くのは構わないが、そうじゃないなら好き勝手される訳に行かねえんだよ。諦めろ」
少しは、効いただろうか。
やれやれ。……これで、巨大トリトンチュラを倒せば全て解決、か。何でもないミッションだった筈なのに、謎の現象が色々と足を引っ張ったせいで遅くなってしまったじゃないか。
リーシュを捕まえていた、この……トリトンチュラの巣は。あまりに規模が大き過ぎる。やはり、普通のトリトンチュラのものではないのだろう。
と言う事は、この辺りが巨大トリトンチュラの住処なのか。山頂だと言っていたから、位置的にもぴったりだ。
「グレン様…………あ、あの…………」
「ん?」
リーシュの反応が、先程までの恐怖から少し変わったような気がして。俺は、リーシュの顔を見た。
何を、赤くなっているのだろうか。
「恥ずかしいです…………」
その時俺は、自分がようやく、リーシュの肩を抱き寄せているのだという現実に気が付いた。
素早くリーシュを抱きかかえ、門から降り、地面に着地する。リーシュを立たせると、その手前で俺は地に手をついた。
「ごめんなさい」
「土下座ァ――――!? 肩抱いただけで!?」
何やらスケゾーが叫んでいるが…………とんでもない事をしてしまった…………!! 頭を撫でる事さえ躊躇する俺が、リーシュの肩を抱くだと…………!?
ラグナスと同種扱いされてもおかしくない奇行だ。もう少し、配慮をするべきだったのでは。俺は頭を上げて、リーシュを見る。リーシュは顔を赤らめて、自身の長い銀髪を撫でていた。
「嬉しいですが、その…………二人じゃ、スクラムは組めませんよ」
一体こいつは何を言っているんだ。
俺は自身のローブを脱いで、リーシュに着せた。トリトンチュラが肌色に寄って来るのなら、その肌色を隠してしまえばいい。相談所を出た時のように、リーシュのビキニアーマーをローブで包み込み、黒尽くめの状態にする。
他よりも、大きな魔力の反応があった。顔を上げ、その巨大な洋館に目を向ける。…………いよいよ、巨大トリトンチュラって奴のお出ましか。
「リーシュ、とりあえずこれ着とけよ。さっさと終わらせて来るから」
ローブの前を掴んで合わせる。リーシュは少し照れた様子で、俯いていた。
「はい…………」
共有、共有解除、の連続ではあったが。俺はスケゾーと共に、魔力を高める。再び魔物姿のスケゾーは俺と同化し、ナックルに変化した。
「ナチュラルにポイント上げて来ますよね、ご主人は」
「はあ? 何がだよ」
「いーえ、なんでも」
スケゾーが何を言っているのか、俺にはよく分からなかったが。
巣の大きさからして、現れれば一発で分かりそうなものだが……その姿は、依然として見えない。共有率は『五%』で良いのか、もう少し上げた方が良いのか。相手によって、変えていかなければならない所だが。
大きいと言っても、トリトンチュラだろ。洋館の壁を這って登場した所を、一発燃やしてしまえばそれで終わりなんじゃないのか。
「グレンオード・バーンズキッドォォォ――――――――!!」
おおっ!?
巨大な魔力反応が……二つに。隣のラグナスが激昂して、急激に魔力を高めた……!! 戦っている時も、これ程の底力は発揮されなかった……一体、何が起こっていると言うんだ……!!
ラグナスは自身の『恥ずかしい名前ソード』を抜くと、銀色に輝く刀身に左手を添え、そっと撫でた。ラグナスの長剣が眩い光を放ち、ラグナス自身も微かに走る電流と共に、驚異的な光を放ち始める…………!!
「成る程…………!! 今日この時この瞬間、俺は理解した…………!! 貴様は紛れも無く、俺の生涯最大のライバルであると…………!!」
違うよ。勝手に俺を、お前のライバルにするなよ。
ラグナスは謎のポーズを付け、更に魔力を増して行く。口に薔薇を咥え、流れるような金髪を風に靡かせ、剣を構えた。
「だが!! 物語の主人公は、常に俺である事を証明してやる!!」
洋館の上部から、巨大な黒い足のようなものが出現した。……てっきり、洋館の壁を這ってくる物だと思っていた俺。巨大なトリトンチュラって言うから、どの位の大きさなのかと思っていたが……!! 思っていたが、これは……!!
その、全身が見えないが恐らく『足』だと思われる細長い物体は、洋館を跨いで地面を踏み付けた。僅かな衝撃が地面に走り、俺達の身体を揺らす。
ラグナスは、巨大なトリトンチュラの出現と同時に技を放つつもりだ。あまり、猶予はないが……!! しかし、このトリトンチュラは……大き過ぎる……!!
余計な事をされる前に、倒さなければ。俺はラグナスとほぼ同時に飛び出し、拳を構えた。洋館の影から姿を現した巨大蜘蛛は、ふとすると山の麓からでも見えるのではないかと思わせる程に巨大で、不気味だ。
「邪魔だ、退け!! グレンオード・バーンズキッド!!」
ラグナスが叫んだ。
「させるかよ……!! 俺が倒す!!」
俺も負けじと、空中で速度を上げる。
「見ていろ!! 俺は必ず、最強で優秀な仲間を揃え!! 必ず、セントラル・シティが言う所の『光の勇者』になってやる!!」
巨大トリトンチュラの目が赤い。俺達を、敵だと判断している証拠だ。流石に、これだけの魔力を向けられれば敵認定もするだろうが――――サイズがどれだけ大きくなろうと、トリトンチュラはトリトンチュラだ。弱点が変わらないなら、出すべき技はこれしか無い…………!!
ラグナスは雷を身に纏い、大きく剣を振り上げた。勇者勇者と宣っていたが、意外と真摯に目指しているのだろうか。
そういう奴は、嫌いじゃないが。
「女の子にィィィ――――!! モテる為にィィィ――――!!」
動機が最悪だった。
燃やさなければならないとなると、火力を広範囲に分散させた方が良いか。右の拳は握らず、広げる。瞬間的に掌の周囲に現れた幾つもの魔法陣は、俺の得意な爆発魔法。
中規模に、広範囲に。敵陣に突っ込んで、俺はその技を発動させた。
攻撃は、ラグナスとほぼ同時だろうか。……いや。僅かに、俺の方が前に出ている。
「【ファイナルフレンド・テラフォーム・ウルトラスペクタクル・マテリアルライトニングアタ――――――――ック】!!」
いや早口言葉か!!
「【怒涛の】――――【ゼロ・マグナム】ッ――――!!」
巨大トリトンチュラの体表に向けて、幾つもの掌底を放った。
ラグナスが、大上段に構えた剣を巨大トリトンチュラに向け、一閃した。俺が仕込んだ幾つもの爆発魔法がその瞬間、凄まじい火力でトリトンチュラを焼き尽くす。
一刀両断されたトリトンチュラが、同時に爆発した。…………攻撃力は充分。巨大化したとは言え、脆い身体だ。
「ブ…………ブオオオオオオオオオ!!」
トリトンチュラが、苦しそうに呻いていた――……俺とラグナスは地面に着地すると、その巨大な体躯を見上げた。
空に、これもまた巨大な魔法陣。一体誰が、何の為に召喚しているのか。それさえも定かでは無かったが、トリトンチュラの身体はやがて、透明に変化して行く。
それに合わせて、周囲の小さなトリトンチュラも、その姿を透明に変化させた。……やはり、取り巻きだったのか。
その様子は、まるで蜃気楼。始めからそこには居なかったかのようで、どうにも不気味だった。
ふう…………しかしこれで、ミッション達成、か。無事、ラグナスよりも先に倒す事が出来たようだし…………
ラグナスが目を閉じて、不敵な笑みを浮かべた。
「フッ…………どうやら、こちらの賭けは俺の勝ちのようだな」
「はあ? 今のはどう考えても、俺の方が早かっただろ?」
何を言い出すかと思えば。俺はラグナスと相対した。
「お前が斬るよりも早く、俺が爆発魔法を撃っただろうが。あれが無きゃ、あんな大上段から見え見えの一撃、避けられて終わりだっただろ」
「いや、俺が【ファイナル】」
「長いから最後まで言うなよ?」
「…………ファイナル強すぎる必殺技を出した事によって、貴様の爆発魔法が当たったのだろう。あれは俺の手柄だ」
途中から慌てて修正したせいで、技名が最高にカッコ悪くなっていた。
「おいおい……お前、ついに目まで悪くなったのか? どう考えても俺の爆発魔法が先だろうが」
「フッ。見苦しい言い訳だな」
「んだとコラ」
悪質な言い掛かりだ。元々性格が良いとは微塵も思っていなかったが、まさか賭けに負けると手のひらを返して来るとは……くっ。こんな男と賭けなんてした、俺が悪いのか。
しかし、報酬が二倍なんて美味しい賭けに乗らない訳がない。
どうする。何処か、俺の正当性を証明してくれるような奴は……リーシュ……は駄目だ。何を言い出すか分かったもんじゃない。ならば、どう考えてもキャメロンだろう。……何故、未だにウィッグを装備しているんだ。
「キャメロン。公平なジャッジを」
「そうだ、マッチョ。お前にはどう見えた?」
「はっ!? ええと…………俺には、同時のように見えたが」
「同時じゃない!!」
俺とラグナスは、同時に叫んだ。
「確かに、同時だったが?」
誰もが、声の主を見た。
長髪の白髪を持った鋭い目の爺さんが、俺達を見ていた。…………誰だ、この爺さん。一枚の布を前で合わせたような、かなり変わった服を着ている。
腰には剣…………だけど、これもかなり変わっている。刀身が異様に細いし、装飾も少ない。
わざわざこんな所に来たのは、何か理由があるのだろうか。
――――ん?
『滅びの山』の山頂にある、お爺さんの家の裏側に、トリトンチュラが大量発生していると噂になっています。……そうだ、確かミッションの内容は、そんな事が書いてあった筈だ。
じゃあ、まさかこの人が、洋館の持ち主ってことか……?
「人が外で気持ち良く寝ている所に水を差しおって。お前達が騒ぎの主犯か」
いや、寝てんなよ。おかしいだろ。これだけ沢山の魔物に囲まれて――……でも、それを言い出すともうキリがない。ここは黙っておいた方が良いだろうか。
「寝ていたんですか!! 私によく似てますね!!」
リイイィィィ――――――――シュ!!
白髪の爺さんはリーシュを険しい顔で見詰めた……!! 馬鹿、このテの爺さんが難しい性格なのは、もう一目瞭然で分からないと駄目な所だろうが……!! 魔物の住む山に住んでんだぞ!? 人里離れた山奥に暮らす爺さんってだけで、危機感覚えろよ!!
爺さんは特に何も考えていないリーシュに近付くと、下顎に指を当てて、リーシュを睨み付けた。
「同じだと? 貴様…………」
ほら、怒ってるじゃないか!! 偏屈な人だって始めから分かっていた筈なのに……リーシュには分かる筈もないのか。もっと早く気付いて、リーシュの口を塞いでいればこんな事には……!!
次の瞬間、爺さんは訳も分かっていない笑顔のリーシュをじっと見詰めた。
「――――おっぱいを揉ませてくれないか?」
「何でだァァァァ――――――――!!」
気が付けば、俺は爺さんを殴り飛ばしていた。
はっ…………!? しまった…………!! あまりに不条理な出来事に、思わず遠慮無く殴り飛ばしてしまった…………!!
爺さんはそのまま、森に突っ込んだ。枝が折れるような音が……枝が折れる音が……幾つもの枝が折れる音がして、やがて爺さんの突っ込んだ場所から砂埃が舞い上がった。
ど、どうしよう。ミッションの依頼主を殴り飛ばしてしまった……。報酬が与えられなかったら、これは俺の責任じゃないか。
「ふむ。良い拳だ」
遠くで、声がした。