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Part.25 谷の向こうに見える影

 ラグナスの姿が見えなくなった。……ふう、どうやら撒いたか……!! こうなったら何としても、巨大トリトンチュラは俺が倒す。あの男に黒星なんて、付いて良い筈がない。そんな事は神が許しても、この俺が許さん!!


 辿り着いたのは、『滅びの山』中核にある谷だ。山頂に辿り着く為には、この谷を一度降りて、今度は傾斜がキツ過ぎて壁と言っても過言ではない崖を登らなければならない。


 だが、一度降りて、登って……そんな事をしている猶予は、俺にはない。


「スケゾー、いつでもいけるかっ!?」


「はい、こっちは大丈夫っスよ!!」


 スケゾーの準備も万端だ。元々、俺達はリーシュと三人でミッションに挑む予定だったんだ。それを、訳の分からない金髪剣士に掻き乱されて、こんな事になっているのだ。


 もはや、単なる独身男のヒガミか何かにしか見えない…………!!


「グレン様!!」


 ――――――――俺は、顔を上げた。


 前方に見える、長い銀髪。胸の前で手を合わせて、俺を待っていた。俺は真っ直ぐに走って行く。


「グレン様、ありがとうございます!! きっと来てくれると、思ってました…………!!」


 更に速度を上げ、俺は既に限界を超えていた。スケゾーと共有していない状態での全力。背後から迫り来る奴の気配はもう無いが、俺は走った。


「リーシュ!! 待たせたな!!」


「グレン様!!」


 俺は笑みを浮かべ、拳を構えた。


「――――――――オゴォッ!?」


 その、『異様に背の高いリーシュ・クライヌ』を、左の拳で腹からぶち抜いた。


 後方に吹っ飛んだ『異様に背の高いリーシュ・クライヌ』が、頭から地面に激突する。そのウィッグのようなモノが外れ、縦に三回転して地面に突っ伏した。


 銀髪のウィッグが外れると、その『異様に背の高いリーシュ・クライヌ』は、『ビキニアーマーを付けた気持ちの悪いラグナス・ブレイブ=ブラックバレル』へと変化した。


「…………驚いた、な。…………まさか…………こんなに、足が、速かった、とは…………」


 息が切れている。共有していないとはいえ、俺は全力で走った。まさか、先回りして女装する程の時間があったとは。残念なことに、その実力は本物か。


 どうして、その実力が惜しげも無くこんな所に発揮されているのか。……問い詰めたい。俺はこいつを小一時間問い詰めたい。


 ラグナスは絶望し、打ち拉がれていた。


「何故ッ……!! 何故、騙されないんだ……!!」


「騙されるかァ!!」


 本人は本気で騙せると思っていたらしい。


 俺の背後から、キャメロンが走って来た。こんな状態になっても追い掛けて来る彼は、神か仏か何かだろうか。俺とラグナスを見付けると、手を振っていた。


「おーい!! 大丈夫か!?」


 俺はキャメロンに向かって振り返り、地面に落ちた銀髪のウィッグを掴んだ。


「丁度良かった!! ちょっと、協力してくれ!!」


 何の事か分からずに、首を傾げるキャメロン。しかし彼は良い奴なので、そのままこちらに向かって走って来る。


 こんな事に使ってしまって、本当に申し訳無い。だが――――仕方がないんだ。奴に、真実を伝えるにはこれしか――――!!


「お前がやっているのは…………!! こういう事だァッ――――!!」


 俺は、銀髪のウィッグをキャメロンの頭に装備した。


「ぐはァッ!!」


 堪らず、ラグナスが血を吐いた。…………いや、本当に申し訳無い。


 ラグナスが立ち上がり、俺の胸倉を掴んだ。ビキニアーマーを着た男に胸倉を掴まれるというのは、何とも奇妙な体験だ。


「貴様…………よくも俺の完璧な変装を、こんな出来の悪いモノと一緒にしたな…………!!」


「完璧だと思ってる時点で病気だよ、この変態が…………!!」


 素早くラグナスは着替え直して、元の剣士姿に戻った。憤慨して俺を指差すと、高らかに宣言した。


「よーし!! それならもう一つ、勝負をしよう!! 先に山頂まで辿り着いた方が、リーシュさんを一日好きに出来る、でどうだ!!」


「それもう、完全に俺にメリット無くなったじゃねーか!!」


「もしもお前が勝ったら、そこのマッチョを好きにしていい!!」


「いらねーよ!?」


 好きにしてどうしろって言うんだ!? むしろそのメリットについて聞きたいわ!!


 はっ…………!? 振り返ると、マッチョことキャメロン・ブリッツがショックを受けていた。銀髪のウィッグを付けたまま……こいつは、本当に何も悪くない。俺とラグナスの下らない言い合いに付き合わせてしまっては、申し訳無い。


「いやっ、違うんだキャメロン、これは言葉のアヤって奴でな……別にお前が人として必要無いとか、そういう事を言っている訳ではなくて……!!」


 本当、この場所に来てキャメロンには申し訳無い事ばかりしてしまっている。今度、酒を奢るしか……本当は、ラグナスに奢らせたいのだが。


「先手必勝ォ――――!!」


 しまった!! そんな事を言っている間に、ラグナスが走って行ってしまった!!


 何だか分からないが、奴の速度はこんな事を言っている間にも増し続けている。バケモノか……!? よく分からないが本物の潜在能力、全く名前に意味などないが強いスキル。悔しい事に、その実力は俺も認めざるを得ない。


 実に悔しいが…………!!


「ごめんな、キャメロン!! 強く生きてくれ!!」


 俺はそれだけを言い残し、ラグナスを追い掛けた。


 奴は案の定、一生懸命に谷を降りている。剣士に空を飛ぶスキルなんて無いから、当然と言えば当然だが――……それでは、俺を追い越そうなど、夢のまた夢だ。


 とは言え、奴のスピードはとてつもないので、ただ黙って見ている訳にも行かないのだが。


「行くぞ、スケゾー」


「あいあいっス」


 そうして、俺とスケゾーは魔力を共有した。


『五%』。俺達が互いの実力を余すところ無く発揮するという点に於いて、この共有率はベストとも言える。それ以上を期待すれば確かに強くはなるが、後遺症は酷いし、時間に制限も付いて来る。


 精々、無理をして十%。そんな所だろう。


 一瞬、鉛のように身体が重たくなった。スケゾーがナックルに変化し、俺の両拳に纏わり付く。まるで拳の骨が皮膚を突き抜けているかのように、白いナックルは俺と同化し、飛躍的にその身体能力を高める。


 爆発的に強化された脚力。その速度を余すところ無く使い、俺は助走を付けて、崖を踏む。


 かっ飛べ!!


「オラアアアァァァァッ――――――――!!」


 踏み抜いた力は強く、崖にめり込んだ足が地面に綺麗な足型を付ける。


 僅かに身体が震えるのは、空気の抵抗だ。魔導士と言えば普通は箒を使うのだろうが、俺にそんなものは必要ない。……そもそも、使えないし。


 ラグナスとキャメロンが、俺の奇行に仰天していた。放物線を描いて空を飛ぶ――……その勢いは強く、山頂へと続く対岸を確実に捉えていた。


「ハハハハハ、馬鹿め…………!! この谷には『ビッグ・ベビーバット』と呼ばれる、対岸へと飛ぶ者を狩る魔物が居ると聞いた事があるぞ…………!!」


 ラグナスがそう言っている間に、空中に魔法陣が出現した。


『ビッグ・ベビーバット』。ビッグなのかベビーなのかハッキリしろよと言いたくなるが……この魔物は、麓の方でも何度か現れた、『ベビーバット』の強化版。蜂で言うと、女王蜂のようなポジションだろうか。この谷に巣を構えており、山頂へと向かう冒険者を狩る事を目的として徘徊している。


 魔法陣から、巨大な蝙蝠が姿を現した。


「捕まって、巣に連れて行かれるがいい!!」


 既に遠慮の無くなったラグナスが、俺の不幸に期待している――――さて、馬鹿はどっちだろうな。


 俺は既に、拳を構えていた。小さな方のベビーバットと違い、こちらは恐ろしい牙を持っていて、可愛い顔に似合わない程素早い動きで冒険者を襲う。……たまに崖の方にも出没する事があり、冒険者を苦しめる。らしい。


 ビッグ・ベビーバットが、俺に向かって巨大な口を開いた。


「懲りねえな、お前も。俺だよ、グレンオード・バーンズキッドだ」


 何度も戦って来た相手だ。滅びの山で自身のレベルを上げようと思ったら、まずはこれを倒せと師匠に言われて来た。別に召喚されている訳ではないのだが、しぶとく何度も復活しては現れる。もしかしたら、魔界から来ているのかもしれない。


「【笑撃の】――――【ゼロ・ブレイク】ッ――――!!」


 オリジナルの爆発魔法。…………最も、誰がどう見た所でただ殴ッているだけにしか見えないのだろうが。


 拳が直撃すると、ビッグ・ベビーバットの周囲で爆発が巻き起こる。威力を加減し、巻き込むようにして殴った俺は、ビッグ・ベビーバットを足蹴にして、もう一度山頂へと向かい、飛んだ。


「ギャアアアアア!!」


「んなぁ――――っ!?」


 ビッグ・ベビーバットとラグナスが、同時に叫んだ。


 ようやく、これでラグナスを撒けるだろうか。……長い戦いだった。巨大トリトンチュラは山頂に居るという話だから、現れ次第、殴り倒せば済む話だろう。


「ラグナス!! まだあの女の子が無事か分からない、俺達も行こう!! 手伝うぞ!!」


「マ、マッチョ…………!! お前…………!!」


 …………今日のMVPは、間違いなくキャメロンだな。相変わらずマッチョとか言われてるが。俺は思わず苦笑して、振り返った。


 どうやら、ラグナスとキャメロンの間にもようやく、友情が芽生えたみたいだし。これで、無理矢理俺に関わって来る事も無くなるだろうか。


 …………ええっ!?


 思わず、二度見してしまった。


 キャメロンが、銀髪のウィッグを未だに装備している。


 何故…………




 *




 谷を越えて山頂へと向かい走ると、明らかにその様子は以前と変わっていた。姿勢を低くして、出来るだけ広い道を選んで走る。トリトンチュラの巣が邪魔して、先に進み辛くなっていた。


 奴等の巣は小さな魔物の動きを封じる為、僅かながらに魔力を吸い取る役割を果たしている。捕まると身動きが取れないだけではなく、魔物も弱るという訳だ。


 しかし。俺は肩の上のスケゾーに声を掛けた。


「…………やっぱり、変だな」


「そっスね。明らかに、巣が多すぎるっスね」


 ちょうど谷を越える前後から、トリトンチュラをよく見掛けるようになったが……その数はかなりのものだった。捕まえる魔物も居ないのに、トリトンチュラがこんなにも罠を張る理由が見当たらない……餌の無い所には、蜘蛛だって近付かないもんだ。


 トリトンチュラに群れる習性はない。意図的にここへと集められたとしか思えないのだが。


「ご、ご主人!! あれ!! あれ、見てくださいよ!!」


 スケゾーが俺の頭を叩いた。何事かと、俺は指示された方向を見上げる――――…………上?


 …………あ。




「グレン様ぁ――――――――!!」




 居た。…………あんなに探しても見付からなかったリーシュが、あんな所に…………居た。


 山頂に、いつから建っているのか、巨大な洋館があった。日の当たらない山の天辺に聳える様は圧巻で、一見すると魔王の城か何かのようにも見える。どことなく不気味で、ホラーな出来事が起こりそうな場所だ。


 その洋館の手前には門があって、その門と洋館とを結んで、巨大な蜘蛛の巣が張られている…………恐らく、あれはトリトンチュラの巣だ。俺はあんなに大きいモノは、初めて見るが。


 そして――――その巣に捕まって、リーシュが泣いていた。…………幾つもの小さなトリトンチュラが、リーシュの身体の上を這っている。


 か、可哀想に…………。流石にあれは、俺でも気持ちが悪いと思うだろう。


「リーシュ!!」


「ぐっ…………ぐれんさまっ…………うぁ――――!!」


 さっさと助けてやるとしよう。


「グレンオード・バーンズキッド!! ……ゼエ、ゼエ……」


 おや? その声は。


 俺は振り返り、その男を見た。谷を下りて、登って来るまでにこの時間か。やはり、その潜在能力は大したものだ。ラグナス・ブレイブ=ブラックバレルが走って来た。しかし、流石に厳しいか。ラグナスは膝を折って、肩で息をしていた。


 その後ろにキャメロンも走って来る…………こっちは息が切れていない。流石は武闘家、と言った所だろうか。


 …………何で、まだウィッグを被っているんだ。


「はっ……!? リーシュさんっ!! い、今助けます!!」


 そんなもの、待っていられるか。ラグナスが喋っている間に俺はリーシュへと飛び出した。


 全身に、炎を。飛ばない魔法は俺の身体に纏わり付き、それは直接、トリトンチュラの巣を焼き払う。火の危険を察知したトリトンチュラが、リーシュの身体から急いで離れた。


「ああっ!!」


 ラグナスが絶望の雄叫びをあげた。俺はリーシュの身体に纏わり付いている蜘蛛の巣を焼き切り、リーシュの手を掴んだ。


 リーシュを、引き寄せる。



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