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Part.196 アンチドーテ・ラムネ

「……チェリィ・ノックドゥは、助かるよ」


 そう呟いたのは、チェリィの様子を見ている治安保護隊員の男だった。


 誰もが沈黙する中、唐突に喋った事で、周囲の意識は男に向いた。未だ別の男に取り押さえられているウシュクを一瞥して、男は立ち上がった。


 誰……だ? 治安保護隊員なのだから、当然ギルド・キングデーモンの一員なんだと思う……が。男は何も喋らずとも怒っているのが分かる程に、全身からウシュクに圧力を発していた。


「いい加減にさ。そろそろ、その演技も白けるんだよね……吐き気がするんだよ。本当の事を言えよ……!!」


 何の話だ? ……男は確かに、ウシュクを見てそう言っている……ように、俺には見えるが。ウシュクは驚愕して、動きを止めていた。俺とリーシュも抱き合った姿勢のまま、師匠でさえも、男とウシュクのやり取りに見入っていた。


 ステージの上で痙攣していたチェリィが、気付けば穏やかな表情で眠っている。


 ウシュクが呆然として、言った。


「お前、何だ……? 何を言っているんだ……?」


 男は指の間に球を挟んで、ウシュクに見せる。何だ? あれは……丸薬?


「これは、『アンチドーテ・ラムネ』」


 ラムネ……?


「現在、セントラル大陸で入手できる毒薬の種類は様々だ。モノによって効果が違うし、持続時間も危険度も違う。……ただ、その多くは対抗薬を手に入れる事もまた、ある程度は簡単に出来るんだよ。僕の『アンチドーテ・ラムネ』は、そんな数多の種類がある毒薬のうち、個々の対抗薬を同じ形でお菓子にしたものさ。何が投与されたのかが分かれば、それが『どれだけの種類が使われていても』、『調合の割合がどのようであっても』、対抗薬の量次第で毒に対抗できる」


 驚いた。唐突に淡々と話し出した男は、その声に若干の怒気を含んでいた。まるで、ウシュクが真犯人だとでも言わんばかりの態度で――……。


「勿論、全部じゃない。それでも、セントラル大陸で見付かっている毒物のうち、八割強は見てから対応可能だ。その症状は、僕なら見ればすぐに分かるからね」


 ……いや。この語り口……ウシュクが真犯人だと、確信している。


 それに、どこかで聞いたような喋り方だ。


 ウシュクが怪訝な表情で、男に言った。


「だから、それがどうしたって……?」


 後ろから羽交い締めにされていたウシュクが、拘束を逃れて自由になる。男はそんなウシュクと真正面から対峙した。


 予想外も予想外な出来事に、誰もがステージで起こっている出来事に目を奪われている。


 男は言った。


「――――うまくやったと、確信しているんだろうけど。見ていたよ」


 俺は思わず、男の言葉に耳を傾けた。


「リーシュの翼が現れた時、君は魔法を使って、リーシュの酒に毒を仕込んだね。あの大きな翼が現れたのは、グレンに酒が注がれてから、チェリィに酒が注がれるまでの間だった。つまり、あの翼は偶然現れたんじゃない。リーシュは魔力を無理矢理解放させられたのさ」


 周囲の視線が、ウシュクへと向いた。


 ウシュクは額に薄っすらと、汗を見せた。


「リーシュの大きな魔力に隠れて、君は魔法を行使した。人からモノを奪う、【スティール】って魔法がある。あれを応用すれば、その逆――あるモノを別の場所に出現させる事もまた、可能なのさ。それは実験済みだよ。あの状況で、リーシュの翼に目を奪われない人は居なかった。……君は、その隙を利用したんだ」


「……何言ってんの? 全然意味が分かんねーんだけどさ」


 呆れたように笑うウシュクに対して、男は人差し指を突き付けた。


「僕が何よりも、許せないのはね。……君がリーシュの魔力に隠れて毒を仕込み、実の弟まで殺そうとした事だよ……!!」


 ウシュクが無表情のまま、男に向かって一言、呟いた。


「――――お前、治安保護隊員じゃないな?」


 俺は、呆然としている事しかできなかったけれど。


「月夜にたゆたう、マテリアル・パワー!! イリュージョン!!」


 えっ?


 ステージの外で、キャメロンが魔法少女に変身した。すぐさま手にしていた杖を、魔法を使って男の手元に転移させる。


「受け取れ!!」


 白く光る杖。先端には丸い宝石が嵌まっていて、それはどことなく優雅な印象を……あの、杖……ま、まさか……!!


 男は杖を手に取ると、足下に魔法陣を出現させた。同時にウシュクが、左手を大きく振るった。




「【リバース・アンデット・トムディ】!!」




「全員、攻撃準備!!」




 トムディ……!?


 でも、どう見ても顔はトムディとは似ても似つかない。治安保護隊員の服を着た男の周囲に、無数の男が出現した。それはウシュクを取り囲み、同時にウシュクが近くに居た城の人間を利用して、武器を構えさせた。


 男と城の人間が、戦闘態勢に入った。周囲の治安保護隊員も、杖を構えた男に向かって各々の武器を構える――……キャメロンがその間に入り、不敵な笑みを浮かべた。


「やっとか……!! まったく、いつ指示が出るものかとハラハラしたぞ!!」


 キャメロンの言葉に、男は微笑む。


 やっぱり、あれはトムディ……なのか? それにしたって、随分と身長なんか伸びすぎじゃあ……。


「私、見ました!!」


 今度はノックドゥの城の中。ノックドゥの紋章を付けた男がバルコニーに立ち、謎の拡声器を持って立っている。先程までは居なかった。今、現れたのか。


 周囲の視線は、頭上の男に向かった。


「真夜中、ウシュク様が謎の男と密会している所を見たのよ……っとと、見たんです、私。その時、ウシュク様は言っておられました。『チェリィ・ノックドゥをギルドリーダー就任式の場で暗殺する』って!!」


 ……なんだか分からないが、ものすごいカマ口調だった。


 そのまま、男はバルコニーの上に倒れた。颯爽と登場したミューが『アップルシード・ダブルピストル』を構え、俺の隣に立つ。


「しまった……。男だって言うの……忘れたわ……。まさか……気付かないなんて……」


「えっ?」


「あれは……『グレープメガホン』……。どう……? 通常の拡声器よりも、十キロ以上離れた所にも……声を届けることが……できるのよ……」


 そう言うミューだが、俺には一体何が何やら……。


 いや、待てよ……そ、そうか……!! 確かこいつ、人の心と身体を入れ替えられるんだった……!!


 という事は、目の前の治安保護隊員は見た目は屈強な男でも、中身はあのトムディで。さっきバルコニーで話して倒れた男は、消去法でヴィティア、ということか。


 ミューはくすりと微笑むと、俺に言った。


「ちなみに……トムディの身体は……近くの木に縛り付けてあるわ……。治安保護隊員なら、ステージ周辺を歩き回って、情報を探っても……ノックドゥの人間と話しても、目立たない……。どう……? この作戦……トムディが考えたのよ……」


 そうなのか。……トムディが。どういう経緯で事故が起こる事を知ったのかは、未だによく分からなかったけれど。


 俺の知らない間に、作戦を立てていたのか。……俺達のために。


「な、なんだ!? 一体どういう事なんだ!! 誰か説明してくれよ!!」


「ウシュク様が、実の弟を暗殺……!? そんな……!!」


 再び、民衆はパニックに陥っていた。


 ウシュクの表情が歪んでいる。焦っている、という事も確かにある、が……どちらかと言うと、今となっては作戦がうまく行かなかった事に危機を感じているようにも、見える。


 俺の勘違いだろうか。


「クソッ……!! 訳の分からない推測ばっかり並べやがって……!! おい、このギルドを捕らえろ!! 不愉快だ!!」


 ウシュクはがなり立てるように、周囲の治安保護隊員に命令した。トムディ、キャメロン、ミューの三人は示し合わせたかのように武器を、拳を構え、治安保護隊員と相対した。


 今は治安保護隊員になっているトムディが、俺を一瞥して……目を逸らした。


「確かに僕は、大きな事はできないさ」


 俺は唇を真一文字に結んで、トムディを見た。


「それでも……例え、回復魔法は使えなくても。……僕は真面目に、至高の聖職者を目指しているんだよ」


 それは、俺に向かって発された言葉だった。俺の身体に染み込むようにして、すとんと胸の奥に落ちた。


 少しだけ、トムディは悲しそうに。しかし、その声には若干の、謝罪の意味もこもっているような気がした。


「怒ってごめん。今はまだ、頼りないかもしれないけど……それだけは、忘れないでよ」


 俺は、呟くようにそう言うトムディに、たった一言だけ。


「……俺の方こそ、ごめん」


 そう、言った。


 俺の身体から、スケゾーが飛び出す。今にも襲い掛かってきそうなキングデーモンの面々を前にして、俺はリーシュを守るように盾になった。元の姿に戻ったヴィティアも登場し、俺達はリーシュを囲むようにして、ステージの中央に固まった。


 治安保護隊員とノックドゥの人間を合わせたら、とても俺達なんかじゃ数が足りない。これじゃあ、固まった所で袋の鼠だ。


 ウシュクが額に青筋を浮かべて、俺達に向かって一歩、前に出た。


「何を始めるかと思えば、証拠もない事をペラペラと喋りやがって。……覚悟は出来てるんだよな? てめえら全員、一生冒険者には戻れねえぞ」


 ヴィティアが腕を組んで、勝ち誇ったような笑みで言った。


「確かに、さっきの言葉に証拠なんて無いわ。……でも、同時にリーシュが犯人だっていう証拠も無いんじゃない?」


「良い度胸だ……!!」


 ウシュクは憮然とした表情で立っている師匠に向かって、叫んだ。


「おい、マックランド・マクレラン!! 今日はノックドゥが金出して雇ってる、治安保護隊員に参加してるんだろうが!! ボサッと突っ立ってないで、さっさとこいつらを殺せ!!」


 怒りのあまり激しい口調になっているウシュクとは裏腹に、師匠はすました顔で俺を見た。


 しかし、その圧力はウシュクの比ではない。


 真っ直ぐに俺を見て口を開く師匠に、俺は喉を鳴らした。


「グレン。……このままだと、本当に冒険者には戻れなくなるぞ。片やノックドゥの国王の血族と、片や出身地さえはっきりとしない、ならず者集団だ。信用の差は、正直に言って絶望的だ」


 師匠の言葉に、俺だけではなく仲間達も、師匠を見て戦闘態勢を緩めた。肩の上のスケゾーが、純粋な瞳で師匠を見詰めていた。


 ……そうだ。このまま何の確証もなく、ただウシュクが犯人かもしれない、という推測だけで動く事はできない。そうすれば、どちらにも証拠が無く目撃者もトムディだけである以上、どちらが有利かなんて一目瞭然だ。


 師匠の言っている事は、正しい。


「リーシュ・クライヌを、こちらに寄越せ。そうすれば、今回の暴動は極力、事故として処理しよう。リーシュの居ないギルドであれば、国民の信頼も若干ながら回復するかもしれない。少なくとも、冒険者依頼所に来られなくなる、という事はなくなる」


 俺は拳を下ろして、師匠を見た。


「……そうしたら、リーシュはどうなる?」


 師匠は目を閉じて、俺に言った。


「然るべき処分が判明するまで、セントラル・シティの留置場に収容される事になる」


「その、然るべき処分とやらが判明するのはいつだ?」


「それは分からない」


 そうだ。師匠の言う通り、このまま疑いが掛けられているリーシュを引き渡して、少なくともノックドゥとの関係改善に努める……それが最善だ。このまま感情的にノックドゥとぶつかれば、規模の差で未来が暗いのは間違いなくこっちだ。


 少なくとも、全員が罪に問われる事はない。ノックドゥの人間と、戦う事さえしなければ。


 そうすれば――……。


 俺は、どうしようもなく笑った。


「……駄目だな。……話にならないよ、師匠」


 師匠は、本当に悲しそうな瞳で、俺を見た。


「一年後か? ……二年後か? もしかして事情が判明して、いつかリーシュの無罪が主張されるかもしれないよな。でも、そもそも証拠なんかない話だ。リーシュは罪を着せられただけなんだからな。そうだとしたら、一体どうやってリーシュの無罪を証明する?」


 鳥籠のように囲まれているリーシュは、流れた涙を拭いもせず、呆然としている。


 俺は、師匠に拳を向けた。


 それはきっと、出会って初めての、師匠への宣戦布告だった。




「だったら、例え世界を敵に回しても、俺はリーシュを選ぶよ」




 師匠は腕を組んで、沈黙していた。


 背中ではマグマドラゴンが、俺達の様子を見守っていた。


「……全員、グレンの意見に賛成なのか?」


 誰一人、揺るがない。逃げる人間もいない。


 そうさ。


 だって俺達は、家族なんだから。


「…………そうか」


 師匠の最後の一言は、遂に諦めたような――……。そんな声色だった。


 戦うのか。……ノックドゥの、全く悪くない人達を相手に。リーシュが掛けられている罪の疑惑から逃げるために。


 真犯人はどいつだ。本当に、ウシュク・ノックドゥなのか。もしもそうだったとして、実の弟を殺してまで得られるモノってのは一体、何なんだ。


 分からない事ばかりだ。おそらく俺には見えないようになっていて、それがここで一気に現れた。まだ、頭の中はごちゃごちゃとしたままだったけれど。


「スケゾー」


「……らじゃっス」


 俺は、スケゾーと魔力を共有した。


 両腕に、痺れるような激痛が走ったが――……俺は、努めて無表情でいた。


「全員、反撃用意!!」


 師匠の宣言で、先程までは武器を構える腕を緩めていた治安保護隊員達が、一気に俺達へと向かって来る。


 例え、リーシュの疑惑が冤罪であっても。ここで俺が手を出せば、百%罪人だ。師匠が相手じゃあ、下手をすればこっちにも死人が出るかもしれない。


 様々な想いは、頭の中を駆け巡ったけれど――――…………。




「おやめなさい」




 その言葉に、誰もが踏み止まった。




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