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Part.193 一万セル

 階段の下に辿り着くまで、嫌な予感しかしていなかった。


 周囲に人はいない。当然、これから俺はスピーチをしなければならない訳で、それはギルドリーダーとしての立場があるからこそであって、他に人なんか居たらいけない。そんな事は分かっている。


 事前にギルドのメンバーともそれぞれ衝突や混乱があって、やっぱりそれが原因で、不安になる事もあった。


 俺はひとつ、階段に足を掛けた。


「……騒がしいな」


 周囲はわあわあと、思い思いに何かを喋っている。……国民が俺を見たら、一体どんな事を口にするのだろうか。


『零の魔導士』。


 俺の二つ名だ。


 階段を一つずつ上がっていく。その度に俺は、何かを一つずつ進んでいるような気がして。恐怖と同時に、高揚感も生まれた。


 今更ながらに、緊張と同時に喜びを感じ始めている自分がいた。


 階段しか見えていない景色は、少しずつ高くなっていく。不安に押し潰されそうな反面、俺は遂に手を伸ばしていたものに、手が届いたような。そんな気持ちでいる。


 どうしてだろうか。


「スケゾー。頼む……何かあったら、助けてくれ」


 大きな博打を打つ前のような感覚。思わず俺はそう、スケゾーに呟いていた。


 石が飛んで来るかもしれない。誰も俺には、期待していないかもしれない。


 何しろ、あの『零の魔導士』だ。自分がどれだけ、周囲に嫌われて来たかを知っている。誰も俺とパーティを組もうとは思わなかった。俺と目が合うたび、慌てて視線を逸らされる、あの感覚。


 決して、忘れるものか。


 俺は握り拳を作って、胸の辺りを叩いた。


 期待はしない。これまでも散々、求めては裏切られて来た。ぎりぎりの所で、いつも心を折られる。そんな事は飽きるほど、経験してきた。


 だが、心のどこかで、もう一人の俺が言う。




 もしも――――もしも、真実だったら。




 視界に入る階段の隙間から、遂に拡声器が見える。国民の顔がふと、見えそうになる。俺は思わず固く目を閉じて、その周囲の声が耳に入らないように努めた。


 恐怖に押し潰され、怯えているのか?


 …………まさか。


 それは、ない。


 でも、どうしても。あの時の言葉が、頭の中に引っ掛かるのは何故だろう。


 俺が母さんに言った言葉が、いつまでも叶えられずに引きずっている言葉が、どうしても引っ掛かるのは、何故だろう。


『俺は魔導士になる!!』


 考えながら俺は、ふと、ある事に気付いた。


 固く閉じていた目蓋を、少しだけ緩めた。


『魔導士になって、千セルだって、一万セルだって、稼いでみせるよ!!』


 大きく息を吸って、吐く。


 そうすると、少しだけ今の状況に、勇気が持てるようになる気がした。俺は恐る恐る、目を開いていった。


 ――――そうか。


 これは、分岐点なんだ。俺がこれまでずっと、叶えられずにいたもの。目標としていたもの。誰かが聞いたら笑うかもしれない。そんな事がお前にできるものかと、小馬鹿にしたかもしれない。


 笑うだろう。俺だって笑う。……魔法を覚えて、冒険者になって、大金を稼ごうって言うんだ。食べて行けるかどうかも怪しいような人間ばかりだ。今のセントラル大陸に、そこまで裕福になれるチャンスは、そうは転がっていない。


 約、一万八千セル。


 一般的な冒険者の、生涯収入と言われる金額だ。


 目を開き、周囲の声に耳を傾けた――――…………。




「グレンオードおおおぉぉぉぉ――――――――!!」




 まるで雲のように俺へと押し寄せる、声。


 ……声。……声。




「待ってたぞ――――――――!!」




「今日から頼むな――――――――!!」




 母さんがまだ生きているうちに、稼いでやりたかった。幼い俺が豪語するにはあまりにも重すぎた、金額。


 一万セル。


 普通に冒険者をしていたのでは駄目だ。大金を稼ぐには、もっと挑戦をしなければならない。


 それこそ街を一つ救うとか、大富豪に婿養子になるとか、とにかく鮮やかな何か。


 俺は、誰も来ないような山の上で暮らし、困っている誰かの……小さな助けになるような、薬を売りながら。しかし、ずっとそれを追い掛けて来た。


 まるで現実感の無い。水平線の向こう側にあるかのような。遠い遠い、俺の夢。


 国民は暖かい目で、俺を見ている。セントラル・シティの東門で起きた出来事は、予想以上に俺の株を上げていたようだ。……いや、冒険者依頼所での反応を見た時から、既にその片鱗は見えていた。俺はそれを、見て見ぬふりをしていた。


 だって、怖かったんだ。


 周りの信頼。託される希望。


 そんなものは、俺にはまだ――……ずっと、遠い事だと思っていて。


「東門での戦い、見てたぞ――――――――!!」


 少し、涙で視界が滲んだ。


 これまで全然、実感が無かった。俺の所にあるものと言えば、不安や緊張ばかりで……クランから声を掛けられた事に驚いて、ただ、それだけで。


 そうか。


 これでようやく、達成できるんだ。……ノックドゥのギルドリーダーになれる。……当然、これまでとは比較にならない仕事が舞い込んでくる。すぐに助け合える、仲間だっている。そういうものを、俺は手に入れたんだ。


 始めは勿論、空手だった。俺には何もなくて、商売を始める為の金もなくて、ただ、俺には勇気だけがあった。


『さあさあ!! 面白いものがあるよ、グレンオードの魔法芸!! 見て面白いと思ったら、この箱にお金を置いて行ってよ!!』


 セントラル・シティのはずれで始めた、小さな小さな、俺の金稼ぎ。


 これでようやく、手が伸ばせる。


 一万セルだって、きっと稼ぐ事ができる。


 もう、手渡す本人は居なくなってしまった。俺が遅いばっかりに、こんなにも時が経ってしまった。


 でも、墓は作れる。




 建てよう。




 一万セルで、母さんの墓を。




「どうした――――!? 何か話せよ――――!!」


 はっとして、俺は我に返った。涙を拭いて、顎を引く。


 そうだ。何を、達成した気になっているんだ。……俺はまだ、何も成果を上げていない。本当に頑張らなければならないのは、これからだ。


 拡声器を手にして、俺は国民に向かって息を吸った。


「……本日は、このような場に私を任命して頂き、まことにありがとうございます」


 意外なほどスラスラと、言葉は口から飛び出て来た。覚えていなかった筈なのに、いざ壇上に立つと、熱心に練り上げて来たスピーチのすべてを、俺は完璧に思い出す事ができた。


 普通、こんな所に立ったら頭が真っ白になる方が先だと思っていたが……どうしてだろう。さっきまで、この始めの言葉さえ正確に思い出せるかどうか、怪しかったのに。


 ……いや、そうか。


 俺は、怖かったんだ。誰にも支持されていない状況で代表を務めるプレッシャーは、今までとは比較にならない程に大きい。まだ、背負うものが無い方が気が楽だった。俺は何も手に入れていない代わり、何も失うものを持たなかった。


 悪い方にばかりイメージが行ってしまっていた。


 でも、これならやれる。これだけの応援がある状況なら、きっと俺はやり通す事ができるだろう。不安が解消されてから、恐れるものは無くなったのだろう。


 今日は、酒を飲もう。


「まずはじめに、皆様に感謝を……」


 俺もようやく手放しで、喜ぶ事ができるかもしれない。




 *




 スピーチが終わると、会場は熱気に包まれた。


 完全に予想を超えた反響に、その時は驚きもした。一身に期待を受けると同時に、引き締まる想いもあった。それは冒険者として生きてきたこれまでとは、全く違う世界。今初めて、数居る冒険者の頂点に立つ存在……国の所蔵ギルドになったのだと、改めて理解をした。


 国歌を歌い終えると、城の奥から酒が登場する事になっている。リーシュが選んだ、とっておきの酒だ。俺とチェリィはステージに立ち、国民の前で酒の到着を待った。


 ステージを降りた時、俺に握手を求めてきたクランが、待ち時間の隙間を見て、俺達の所まで歩いて来る。


「グレン。……そして、チェリィさん。今日は、おめでとう」


 チェリィは少し、影のある笑みを見せた。俺は苦笑して、クランに言った。


「まだまだ、これからだぜ。……クランの期待に答えられるか分からないけど、精一杯やってみるよ」


「ああ、頼む。……二人三脚で、これから一緒にやっていこう」


 俺とクランは、握り拳を重ねた。その様子を見ていた国民が、熱狂的な声を上げる。


 やがて、城の人間が酒を持って登場した。かなり緊張した様子で、リーシュがその酒を受け取る。……どうやらそろそろ、誓いの儀式が始まるようだ。


 それを見て、クランは俺とチェリィに手を振った。


「この後は、残った人間で宴会に発展するみたいだよ。……もし良かったら、後で」


「ああ」


 軽く手を振って、席に戻るクランを見送る。


 未だ晴れない顔をしているチェリィに、俺は笑みを向けた。


「……大丈夫か?」


「あ……はい。……いえ、少し緊張しているだけです」


 そうは思えないが。やはり、チェリィも何か思う所があるのだろう。複雑な家庭事情にある事は、既に聞いた通りだ。


 リーシュが酒を持ち、ここまで歩いて来た。その隣には、ノックドゥの衣装を着た男。酒の毒味役だ。


 ……なんだ? リーシュの顔が……辛そうだった。


「リーシュ?」


 思わず、声を掛けた。


 リーシュは俺の言葉に苦笑して、眉をひそめた。


「おいおい……どうした? 具合が悪いのか?」


「……いえ、何でもないです。大丈夫です」


 少し額に汗を見せながら、毒味役のグラスに酒を注ぐリーシュ。少し、その様子には不安になってしまう。


 でも、この状況では……国民全員が見ている。引っ込める訳にも行かない。


 リーシュが注いだ酒を、毒味役が味見した。


「この酒は、大丈夫です」


 頷いて、俺とチェリィに酒を注ぐリーシュ。……先に、俺のグラスに酒が注がれる。


 リーシュから、強い魔力を感じた。普段からリーシュの事は見ているが、それにしても強い。……この魔力反応のせいか? リーシュの調子が悪いのは。


 何で今日に限って、こんなこと…………




「ぐっ、うっ……!!」




 リーシュが呻いた。


 強い魔力反応……お、おいおい……!!


「うわあっ……!!」


 近くにいた城の人間が、慌てて飛び退いた。瞬間、リーシュから巨大な白い翼が現れ、ステージに大きく羽を広げた。


 リーシュは固く目を閉じて、どうにか暴走を堪えているように見えた。驚いて声をあげた国民は、やがてリーシュの翼に目を奪われる。


「な、なに……!? そんな演出があるの……!?」


「いや、違う!! あれは……ノックドゥに現れた、翼の生えた剣士と同じだっていう噂の……」


 口々に、国民がリーシュを指差して言った。リーシュは滝のように汗を流しながら、薄く目を開いた。


 俺とチェリィは、リーシュの顔を覗き込んだ。


「あれが……なんとも禍々しい……」


「どうしたんだ? ……大丈夫なのかよ……」


 くそ……まずいな。国民から、少し不安そうな声が聞こえてくる。東門でも、リーシュの魔力は暴走しかけた。一体何が引き金になっているのか分からないが、この状況では……。


 不意にチェリィが城の人間を呼び付け、拡声器を持って来させた。それを手に取ると、国民に向き直った。


「このように!! ……『ギルド・あまりもの』の仲間であるリーシュ・クライヌは、魔力の翼を持っています!!」


 な、なんだ!? 何を始めるつもりなんだ……!?


 ちらりとチェリィは、俺を見て小声で言った。


「グレンさん。リーシュさんの翼、引っ込められますか?」


 ……そ、そうか……!!


「ちょっと待っててくれ。やってみる……!!」


 リーシュに目配せをすると、リーシュは微笑んだ。深く深呼吸すると、白い翼はやがて折り畳まれるように、リーシュの背中に戻って行く。


 仕切り直しだ。チェリィはこの事を、周知の事実として収めようとしているんだ。


「しかし、ご覧のように、我々にとって危険になる事はありません!! 今もリーシュは、『ギルド・あまりもの』の一員として、重要な立場を任されております!!」


 咄嗟の機転。しかし、チェリィにしかできない仕事だ。チェリィは俺とリーシュを見ると、少し口の端を吊り上げるように笑った。


 ……流石だ。


「以上をもって、セントラル・シティでも噂になっていた、『リーシュ・クライヌは魔物ではないか』という懸念につきましては、根も葉もない噂であることを、ここに示します!!」


 チェリィがそう宣言した事によって、周囲には明るい空気が戻って来ていた。ようやくリーシュも持ち直したようで立ち上がり、チェリィに向かって頭を下げた。


「な、なんだ。そういうパフォーマンスだったのか……」


「当たり前だろ。なーに心配してんだよ」


 それぞれ、国民達は思い思いに言葉を発していく。


 リーシュは俺にも頭を下げて、ハンカチを取り出して額の汗を拭った。


「ご、ごめんなさい。……ご心配お掛けしました」


「大丈夫か? 一体、どうしたんだ?」


「いえ。な、なんだか、反射的に。私にもよく分からず……」


 近くに、目立つ魔力反応は無いように思うが……分からないな、これだけ沢山の人が集まってしまうと。個人個人の小さな魔力にかき消されて、正確な情報が見えない。


 でも攻撃して来ない所を見ると、何事もない可能性が高いか。もしこの場に居るのだとすれば、リーシュの翼に意識が向いている間に攻撃する……だろうと思う。ということは、何らかの形でリーシュの魔力が暴走したのか。東門の後から、リーシュの身体にも何かが起きているのだろうか。


 ……まあ、いい。考えても仕方がない。今はとにかく、この場を無事に収束させる事。それだけだ。


「ありがとう、チェリィ。リーシュも、就任式を進めよう」


 改めて、リーシュはチェリィのグラスに酒を注ぐ。


 乾杯。それと同時に、ギルドが成立するんだ。



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