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Part.192 就任式、当日……!

 ヴィティア・ルーズは、城前の広場にいた。


 既に会場は、沢山の人で賑わっている。国民の人々、立ち寄った商人、治安保護隊員、そして城の使用人達。まだグレンとチェリィは城の中に居るようだ。壇上に立つ人間を除いて、ギルドの関係者にはステージの端に特別な席が設けられている。その場所に座って、ヴィティアは仲間を待っていた。


『……兄さんの人生に、僕はもう居ません。……だから、多分大丈夫だと思うんです』


 待ちながらヴィティアは、チェリィの部屋で彼と話した事を思い出していた。


 随分と無理をしているようだったが、チェリィは笑っていた。絶望的な状況にも関わらず、どこか妄信的にウシュク・ノックドゥを信じているようだった。


『兄さんは確かに僕を嫌っていると思います。僕も、今の兄さんは好きになれません。……随分昔から、僕と兄さんは互いに干渉しないようになったんですよ。……だから、今回みたいなのは特別なんです』


 それはチェリィなりの、家族への愛のように見えた。


 少なくとも、ヴィティアには。


『頭のおかしい母に、性格のねじ曲がった兄に、人ですらない弟。……もうこの家族は、破綻しているんですよ』


 チェリィは、逃げなかった。最後まで、何も起こらない未来を信じていた。


 だが、事件は起こるだろう。このままでは、チェリィは本当に、何らかの形で殺されてしまうのかもしれない。


 ……後はもう、手を回しておいた人間が到着するのを待つばかりだ。




 *




 トムディ・ディーンは、ノース・ノックドゥに向かっていた。


 ノックドゥへと向かう馬車は、時折激しく身体を揺らし、目的地へと進んで行く。馬車の中に居るのは、トムディ、キャメロン、それからミュー。


「……とりあえず、それぞれの役割分担は把握できたかな?」


 トムディはノックドゥの地図を広げ、キャメロンとミューにそれを見せた。


「今回は、何が起こるか分からない。僕もろくに会ったこと無い人ばっかりになるし……だから、それぞれ考えて行動して欲しい。ベースの作戦はもう決まってるから。何も起こらなければ、それで良いし」


 ミューは静かに頷いた。


「……分かったわ」


 キャメロンは腕を組んで、唸った。


「しかし本当に、そんな事が起きるのか……? 病院に居たから、ちっとも事情が分からないんだが……」


「まあ、就任式って短い時間だからね。……ちょっと、考えられない事ではあるけどね」


「……まあ、いい。せっかく復活したんだ。もしもの時は、魔法少女リターン・マッチということで、盛大に暴れるとしよう」


 戦いの準備は万端だ。トムディは歯を食い縛り、顔を上げた。


 もしかしたら、何も起きないかもしれない。だけど、起きてしまってからでは遅いのだ。今はただ、やるべき事をやるだけだ。


 馬の蹄は大地を蹴り、急ぎ足でノックドゥへと向かって行った。




 *




 マックランド・マクレランは、疑念が晴れずにいた。


 すぐ近くには、クラン・ヴィ・エンシェントの姿もある。沢山の治安保護隊員に囲まれて、恰も観客のように、その場に立っているマックランド。……しかし、その目的は全く異なる部分にあった。


 広場の端でウシュク・ノックドゥと話している、リーシュ・クライヌ=コフールを見る。その様子はどこか健気で、やはり悪事を働こうとしているようには思えない。


 しかし、魔力が高いというのは本当だ。クランの代理でマックランドと話したハースレッドも言っていたが、リーシュの魔力量は通常から考えれば理解不能な程に高い。それが、近くにいるだけでも感じられる。


 魔力に詳しくない者であれば、気付かないかもしれない。……だが、マックランドには分かった。あれは確かに異常だ。


 その事をグレンオードが気付いていないとは思わない。やはり、二人の間では和解しているのだろうと思っているが。……だが、グレンが事情を知っている事と、リーシュが裏切らない事とは、また別の話でもある。


 治安保護隊員が駆け寄って来て、マックランドの耳元で囁いた。


「間もなく、就任式が始まります。マックランド様も、警戒をお願いいたします」


「……ああ」


 グレンとリーシュの二人は、とても仲が良さそうだった。……可能ならば、あの関係に水を差すような真似はしたくない。


 そうは思いつつ、マックランドはいつでも龍を召喚する事ができるように、手元で魔力を高めた。




 *




 ラグナス・ブレイブ=ブラックバレルは、ノース・ノックドゥを歩いていた。


 城へと向かう度、人は多くなって行く。事前の告知では、確か今日――……グレンオード・バーンズキッドのギルドリーダー就任式が行われる。


 彼の晴れ舞台になるのだ。一応は見ておくべきかと、ラグナスは考えていた。近くの女性に向かって、ラグナスは声を掛けた。


「すいませんが、ご婦人。今日、ギルドの就任式があると聞いて馳せ参じたのですが。……会場は、こちらに歩いて行けばよろしいでしょうか?」


 声を掛けられた女性は少し頬を赤らめて、ラグナスに答えた。


「あっ、は、はいっ。真っ直ぐに歩いて行けば、仮設のステージがあると思います」


「感謝します。……良い休日を」


 さらりと礼を述べて、ラグナスは広場へと向かった。女性は何やら興奮した様子で、友人と話をしていた。


 遠い昔、自分が通った道。……それとは少し違うが、グレンオードはそこまで辿り着いてきた。自分と、よく似ていると感じた。同じ目をしている――……そんな事は、少し話せばすぐに分かった。


 これから、長い旅路になるだろう。就任式は、始まりに過ぎない。グレンオードはこれから、スタートラインに立つのだ。


 彼の愛刀、ライジングサン・バスターソードが、陽の光に照らされて光っていた。




 *




 チェリィ・ノックドゥは、想像していたよりも沢山の人が集まって来た事で、僅かに緊張し始めていた。


「間もなく式が始まりますので、表へ移動してください」


 使用人の言葉に頷いて、チェリィは一歩、部屋の外へと足を進めた。


 先日、ヴィティアが部屋に現れて残して行った言葉が、どうしても引っ掛かる。そうは思いながらも、チェリィは足を止める事はなかった。


 ……予定では、このギルドリーダー就任式の場で、自分は殺されるらしい。


 どのような事情があるのかは分からない。だが――……チェリィはどうしても、自分の兄――ウシュクの事を、そこまで割り切って行動する人間だとは思えなかった。


 確かに、チェリィが次期国王になると分かってからというもの、ウシュクの態度は日を重ねるごとに悪くなって行った。だが、ウシュクが被害者であるように、チェリィもまた、被害者なのだ。その事が分からないとはどうしても思えなかったし、理解しているのなら、ウシュクはチェリィに手を出したりはしない。


 チェリィはそう思っていたからこそ、ヴィティアの言葉に耳を貸さなかった。


『お前もさ、いい加減に戻んな。城の仕事は、俺も手伝ってやるから……これ以上、母さんに心配掛ける訳に行かねえだろ。別に母さんは、お前の事が嫌いな訳じゃねえんだから』


 あの兄が、自分にそう言ったのだ。


『いつまで昔の事、引きずってるつもりなんだよ。お前は可愛い。それで良いじゃねえか』


 その言葉にチェリィは、心を動かされた。何を今更……と思いながらも、ウシュクが『昔の事を引きずらない』と決めたからこそ、チェリィはこうして、ウシュクの言葉に従っている。


 もう、引くことは出来ないのだ。




 *




 リーシュ・クライヌ=コフールは、目の前にある立派な木製のステージと、その向こう側にいる数多の人々を見た。


「そろそろ、チェリィちゃんが登場する。……そうしたら、準備開始だ」


「は、はいっ……!!」


「今日はよろしく頼むぜ、リーシュちゃん」


 ウシュクの言葉に、リーシュは頷いた。


 こんなにも大勢の人間が居る場で、何かをした事などない。リーシュは鼓動の鳴り止まない胸を押さえながら、喉を鳴らした。サウス・ノーブルヴィレッジの時とは違う。今ここに居るのは、リーシュの事を知らない人間達。……そして、自分の事を良く思わない人間達でもある。


 就任式で酒を注ぐ役割というものは、立場上、とても重要なのだと聞いた。これをやり切る事で、幾らかでも自分の事を見直してくれる事があるかもしれない。


「……緊張してるか?」


 リーシュの肩を叩いて、ウシュクが言った。


 叩かれて初めて、リーシュは自分の身体が強張っている事に気付いた。


「……はい、……すこし」


「慌てて酒をこぼさないようにな。大丈夫、やる事はそんなに難しくねーからさ。平常心、平常心」


 そうだ。リーシュがやる事は、決して難しい事ではない。……しかし、もし失敗してしまったら。良い噂が広まるのは遅く、悪い噂が広まるのは限りなく速い。そのビジョンが浮かんで来てしまうと、闇に引き摺り込まれそうになる。


「はい。……大丈夫です」


 踏み止まり、リーシュはぐい、と堪えた。


 もう、逃げる事は許されない。ならば、精一杯に自分ができる事をやり通すしかない。


 覚悟を決めて、リーシュは顔を上げた。




 *




 ……すげえな。話には聞いていたけど、こんなに人が集まるのか。


 チェリィが登場すると、沢山の国民達が一斉に拍手を始めた。俺はリーシュとヴィティアに並んで座り、式の様子を眺めていた。スピーチのカンペを作っては来たものの、異様に緊張している。こんな事は初めてだ。


 ブーイングが飛ばなければいい……なんて、ネガティブな事を考える自分も居たけれど。大丈夫、この式は事前にクランがセットしてくれたものだ。ギルド・キングデーモンの推薦でここに来たとあらば、そう悪い事にはならないはず。……ならないはずだ。


 チェリィは自然な笑顔を浮かべて、国民に一礼をした。


「本日はお集まり頂きまして、まことにありがとうございます」


 俺は少し背を丸めて、国民からよく見える席に座っている事に居心地の悪さを感じていた。


 着慣れないノックドゥの衣装を着ている。胸にはノックドゥが仕立ててくれた、『ギルド・あまりもの』の紋章が光っている。ビビる位に格好良いが、それにしても光り過ぎだ。


 国民はチェリィに首を向けながらも、時折俺にも視線を送ってくる。チェリィのスピーチが終われば、次は俺の番。スピーチが終わったら国歌を歌って、それから酒を飲みかわす儀式……だよな。この順番で間違ってない筈だ。


 何も忘れていないよな? ……カンペは手元にある。しっかりしろ、俺。


「……しかし、すごいな。チェリィ」


 これだけの多人数を相手にしながら、一切動じる事なく、下も見ずに国民に向かって喋っている。固い言葉をひとつも噛むことなく、毅然とした態度で振る舞っている……さすがだ。


 俺は結局、用意したカンペを全て覚える事ができなかった。下を見て話す事になるだろうけど、この際仕方がない。人間には出来る事と出来ない事ってものがあるのだ。何も喋る事ができない訳じゃないんだから、許容範囲のはず。


「グレン、背が丸まっているよ」


 同じく並んで座っているクランの言葉に、慌てて俺は背筋を正した。


 クランは小声で、囁くように話した。


「すごいね、彼女。人前で喋るのなんて初めてだろうに、ちっとも動じていない」


「そうだな……」


 椅子に座るだけで堪らなく逃げ出したくなっている俺とは、えらい違いだ。


 俺は溜息をついて、腕を組んでチェリィを見上げる。国民全員に見えるようにと配慮されてか、ステージはやたらと階段が多くて、拡声器の前に立っているチェリィは随分と高い所にいた。そんな状況だからなのか、顔がよく見える。


「でも、なあ」


「ん?」


「……いや、何でもない」


 確かに、チェリィはすごい。落ち着いているし、ただ話しているだけなのに、どこか優雅な印象を与えるのも――……きちんと王族の顔をしていると言えるだろう。


 だけどな。


 チェリィは拡声器に両手を当てて、活舌よく喋る。


「今後、ノックドゥを生きる皆様に更なる発展と、豊かな生活を目指して、頑張ってまいります」


 チェリィの言葉に反応して、国民は諸手を挙げて喜び、時には拍手や叫び声なんかも聞こえて来る。


 それを受けて、チェリィはにこやかな笑顔で手を振る――……。それを見て、俺は思った。


 悲しそう……だよな。


 俺の体内で、俺を通してチェリィを見ているスケゾーにも、その表情は見えているだろう。顔を出して話す訳には行かないが、スケゾーも俺と同じ事を考えているだろうと思った。


 チェリィは笑顔を見せながらも、どこか悲しそうな様子が見られる。


 とは言え、声は明るいし、基本的には笑顔だ。……それに気付いているのは、もしかしたら俺だけかもしれない。


 頭を下げ、深く礼をするチェリィ。背を向けて、ステージの階段を下りて行く。司会進行が手を挙げて、その手を俺に向ける。


「続いて、本日よりノース・ノックドゥのギルドリーダーに就任される、『ギルド・あまりもの』のグレンオード・バーンズキッドより、皆様に挨拶があります」


 俺は立ち上がり、強く息を吐いた。


 ……俺の番だ。





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