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Part.190 微かな不安……!

 遂にマックランドは、重い腰を上げた。


「……とりあえず、君の意見は分かった。一応、リーシュの事は警戒して見ているようにしよう」


「ありがとうございます。そうして頂けると、助かります」


「まあ、私には――あのグレンオードが、人選でミスをするとは思えないがね。リーシュについても、それほどの悪人には見えんしな」


 捨て台詞のようにそう呟いて、マックランドは会話を終えた。


 マックランドは立ち上がり、部屋の扉に手を掛けた。ハースレッドは暫く、マックランドの様子を眺めていたが……やがて。




「アイラ・バーンズキッド」




 そう、呟いた。マックランドは思わず手を止め、その場に固まった。


 一言でさえも口を開かない、治安保護隊員の面々。皆一様に手を後ろに回し、直立不動でハースレッドを見詰めている。その視線を受けながら、あくまでハースレッドはマックランドに向かって話した。


「セントラル・シティで最も優秀な魔導士だと言われていました。彼女の夫、ハイランド・バーンズキッドが行方不明になるまでは――……その後アイラは何者かに追われ、山奥で暮らしていました。日々殺される事に怯えながら、やがて食べる物もなく、衰弱した彼女に最後に手を下したのは、小さな少女だったそうですね」


 マックランドは扉を見詰めたまま、一言、ぽつりと呟いた。


「……何故……その話を知っている?」


「我々も、生きています。日々、歴史を、人が幸福になる未来を、追い掛けている」


 マックランドは振り返り、ハースレッドを見た。ハースレッドは誠実に、そして真剣に、マックランドへ語り掛けていた。その姿勢が伝わったからか、マックランドは複雑な表情を見せた。




「あの時、『小さな少女』だった彼女は、今――――どうしているんでしょうね」




 マックランドは、ハースレッドが今、その話を自分にした事に――意味を、見出したようだった。


 つまりハースレッドは、その時の『小さな少女』が、『リーシュ・クライヌ』ではないのかと。そう、言っていた。


「次に狙われているのがグレンオードだとしたら……どうしますか」


「何を、根拠のないことを言っているんだ」


 マックランドは思わず吹き出すように笑い、俯いた。


「……しかし。……そうだな」


 直後、マックランドは全身から、猛獣でさえも怯えて逃げ出すような殺気を放った。直立不動の治安保護隊員達でさえ、その殺気に構えを崩した。


 それをハースレッドは左手で制し、マックランドと向き合った。


 マックランドは凍て凝るような視線をハースレッドに向け、たった一言、口にした。




「もしもそのような事があるのだとすれば――――――――私とて、黙っている訳には行かんよ」




 その瞳は、僅かに光っていた。マックランドの内側に秘める魔力が、彼女の目を光らせているのだ。


「……ご協力、感謝します。クラン・ヴィ・エンシェントにも、そのように伝えておきます」


 ハースレッドは、頭を下げた。




 *




 俺は、ノックドゥの城の中を歩いていた。


 手元にギルドリーダー就任式で使うスピーチのカンペを持ちながら、赤い絨毯の敷かれた廊下を歩く。何度も繰り返し読んでみるが、一向に覚えられる気がしない。


 こんな事は初めてなもんだから、仕方が無い。まさかこの俺に、人が集まる場で壇上に立って話すような機会が訪れるとは思わなんだ。


「このたびはお招き頂きまして、まことにありがとうございます。本日からこのノース・ノックドゥの治安を任される、『ギルド・あまりもの』のグレンオード・バーンズキッドでございます」


 勿論、こんな恥ずかしい場面を人に見られる訳にも行かない。周囲に人が居ない事を確認してこっそり練習していた俺に、頭の上に乗っているスケゾーが手元のカンペを覗き見て言った。


「……そもそも、『ギルド・あまりもの』ってどうなんスか」


「仕方ねーだろ。なんだか分からんけど、リーシュ以外誰も居ないし……決める人間が俺しか居ないんだから、俺はこの名前にしたんだよ。文句あるか」


「いやー。一国を護るギルドとしちゃ、さすがに頼りないような気がするんスけどねえ」


「じゃあお前は何が良いんだよ」


「……『ギルド・世界名酒探検隊』」


「却下で」


 全く、この骨は……。


 確かに即興で考えた名前だし、あまり格好良くはない。……けど、それなりに気に入っている面もあるんだけどな。そんなに変だろうか。


 そりゃ、キングデーモンやらグランドスネイクやらと並んだら、少しばかり見劣りするかもしれないけど。


 だからといって、変に気取った名前にしても仕方ないし、なあ。何しろ、中身は精々十名そこらの少数精鋭だ。あまりものって言うのが、一番しっくり来るような気がする。


「……ところで、『お招き頂きまして』って少し変じゃないか?」


「え? そうっスか?」


「だって、俺達はこれから就任するんだから。別に招かれた訳じゃないし、客じゃないだろ」


「あー……まあ、確かにそうっスね」


「だーくそ、まとまんねえな!!」


 俺は考えるのを止めて、カンペをポケットに突っ込んだ。今はいい……と言っても、そんなに時間も無い状況ではあるんだけどな。


 こういう台詞を考えるのは、俺の役目じゃないだろう。かしこまった場なんていうのは、それ相応の身分で生きて来た奴の方がうまく動けるものだ――……トムディなんかが居れば、それなりに恰好付いたスピーチを思い付くのかもしれないが……あいつ、まだ怒ってるのかなあ。


 そろそろ就任式が始まっちまうぜ。このまま顔を出さない、なんてことは……無いと良いんだけど。


「一度、城の人間が酒の毒見をする。酒を注ぐのはその後だから、タイミングを間違えないようにしてくれ」


 ……ん?


 廊下の向こうで、誰かが話をしている。


「はいっ……!! お任せください!! よろしくお願いしますっ!!」


 その声は……リーシュ?


 廊下の角で、リーシュが頭を下げていた。相手の顔は見えない……リーシュは顔を上げて、俺の方に向かって来る。


 目が合った。俺に気付いて、リーシュは作り笑いを浮かべた。


「……グレン様」


 瞬間、俺は咄嗟に、周囲の人間を確認した。当然、誰もいない……よし。


 リーシュもまだ、傷が抜けていない。セントラル・シティの東門でリーシュの評判が悪くなってからずっと、調子を崩したままだ。


 今のうちに、フォローを入れておかないといけないだろう。ここに来てからと言うもの、やれノックドゥの重役と顔合わせだのクランの取り巻きと打ち合わせだの、何だかんだ城に来てからやる事が多かった。必然的に、リーシュと話す機会も失われていた。


「リーシュ。ちょっと、いいか?」


 リーシュは苦笑して、俺を上目遣いで見詰める――……。




「はいっ!! なんでしょう?」




 ――――――――えっ?




「あー……リーシュ?」


「はい?」


 なんだ?


 ……なんでそんな、笑顔?


「何してたんだ? こんな所で」


「あ、はいっ。……実は私、グレン様の就任式で、お二人にお酒を注ぐという大役を任されてしまったのです……!! なので、少し練習をしていました」


 リーシュは底無しに明るい笑顔で、俺に話した。


 俺の知らない内に、リーシュの問題は解決していたのか? リーシュは確か、東門で起きた出来事が後を引いて、元気になれずにいた……と、俺は記憶しているんだが。


 つい最近まで、ノース・ノックドゥに移ってからも、リーシュは落ち込んだままだった。そうだったと、思う。


 それが唐突にこの、満面の笑みだ。俺・スケゾーとリーシュ・ヴィティアの部屋は違うから、ヴィティアが何か話したのだろうか。……本当に、急にヴィティアもどこに行ったんだ。


「……リーシュ? ……もう、大丈夫なのか?」


「えっ? 何がですか?」


「何がってお前……」


 俺が困っているのを見て気付いたのか、リーシュは少し誤魔化したように笑った。


「あ、私が落ち込んでいたからですよね。……もう大丈夫です。ごめんなさい、心配をかけてしまいまして」


 まるで、もう何でもないと言わんばかりの態度だ。


 まだ何も、事態は解決していない。リーシュは未だ、周囲からは冷ややかな目で見られているし……クランも警戒態勢である事に変わりはない。決して、良い状況とは言えないだろうと思う。


「私、考えを改めたんです」


 リーシュもそれは、理解している筈だ。そんな状態で一国の所属ギルドになると言うんだから。だからこそ困っていたんだろうと……俺は、そう思っていた。


 だから俺は、就任式の場でどうやってリーシュを俺の背中に隠すか、そんな事ばかりを考えていて。


「私がいつまでも悪いイメージを持たれていたら、どうしたってグレン様に迷惑が掛かってしまいますから」


「……お、おう?」


「だから私、決めたんです。ちゃんとしたお仕事をして、ノックドゥの皆さんに、私が無害だという事を分かって貰いたいと思って」


 リーシュはファイティングポーズを取って、俺に笑みを向けた。


「ここでちゃんと私、汚名を挽回しますから!!」


「返上、な?」


 そりゃあ、元気になるのは構わない。リーシュが吹っ切れてくれて、これでようやくギルド結成に向かえるだろうと思う。


 暗いよりは元気な方が、周囲のイメージが変わるのも早いだろうと思うさ。


 でも……なんだ。


 この、違和感。


「あの、グレン様。……私、グレン様に謝らないといけないことが……あります」


 リーシュの長い銀髪が、ふわりと舞った。


 俺はリーシュに出会ったきり、まるで身動きを取る事ができず。唐突なリーシュの変貌ぶりに、ただ呆気に取られる事しか出来なかった。


 それでもやっぱり、リーシュはいつの間にか、元気になっていて。


 眉をひそめて、唇を真一文字に結び、覚悟を秘めたような顔で……少し余裕のない素振りで、俺に言う。




「ごめんなさい」




 リーシュは少し、泣きそうになっていた。


 その姿に何故か、俺はノックドゥへと来る前に見た、嫌な夢の事を思い出していた。


「……どうして、謝るんだ?」


「あの、うまく、言えないんですけど……グレン様は、いつもいつも、頑張っていて。身も心も擦り切れるくらい、ぼろぼろになっていて……その、右腕も……」


 骨だけになってしまった、俺の右腕。外見はちゃんと人の腕に見えるように加工されていて、包帯さえ巻いていれば、そこまで目立つ事はない……けれど、相変わらず感覚はない。


「私、グレン様から逃げようと……していたのかも、しれません」


 リーシュが言っている事の意味が、さっぱり分からなかった。


「いつもグレン様は私を助けてくれるのに、私は何もできなくて。グレン様から色々なものを、奪ってばかりで。……だから、ごめんなさい」


 なんだか急に、俺とリーシュの距離が開いてしまったような気がした。


 それ所か、そのリーシュの顔を見ていると、元から俺とリーシュの距離は縮まっていなかったかのような、そんな気がして。俺は何か、大きな勘違いをしているかのような気持ちにさせられた。


「……俺は、そうは思っていないよ」


 リーシュは苦笑して、首を横に振った。


「もう、大丈夫です。私には落ち込んでいる暇も、逃げる場所もありませんから」


 すごく、嫌な予感がする。俺の知らない所で、誰かに何かを操作されているような、嫌な感じが。


 どこからリーシュは変わった? 一体どこで、リーシュはこんな決意を持つようになったんだ。……誰か、教えてくれ。


「もうこれ以上、グレン様の重荷になる訳にはいきません」


 俺は思わず、右手でリーシュの肩を掴もうとした。


「おい、リーシュ。……誰かに何か、言われたのか? 困ってる事があるなら、まず俺に相談してくれれば――」


 俺の目には、リーシュが無理をしているように見える。


 リーシュは俺の手から逃げるように、ひらりと身を躱した。


「一緒にいると、つい、甘えたくなって。……自分がすべき事を、忘れてしまいそうになります」


 そうして、リーシュは俺に、笑い掛けた。


 ほんの一瞬、その笑顔に、母さんの表情が重なった。




「――――――――グレン様は、優しいから」




 俺の嫌な予感は、半ば――……確信に変わった。


 リーシュは俺に背を向けて、走って行く。俺は伸ばした手を下ろして、その様子を見守っていた。


 何があったのか、俺には分からない。……でも、微かな感覚ではあったけれど、それは心の中にある、先の記憶と重なった。俺はリーシュとよく似た態度を取って、自滅していった人の事を知っている。


 辛いことを、一人で抱え込んだ時。他の人を護るために、気持ちを隠した時。……大体いつも人は、あのようにして笑うのだ。


 その先に待っているのは、いつも疲れ果てて、動けなくなる未来だけだ。


「……スケゾー、リーシュの事、何か知ってるか?」


「いやー、オイラは……」


 俺の知らない所で、何かが起きている。


 分からないものに手を出す事はできない。スケジュールも、就任式までは埋まっている。……このままギルドリーダーの就任式を迎えて、本当に大丈夫なのか?


 リーシュは無理をしている。トムディは怒り、離れた場所にいる。ヴィティアは姿を消した。


 ……自分がどういう行動を取ったら最適なのかが分からない。


「このままじゃ……まずい。今こそ力を合わせる時じゃないか。一人で無理したら駄目だって、なんで分からないんだよ……」


 独り言のように口走ったが、スケゾーは俺の言葉を聞いていた。


 俺の肩から地面に降りて、スケゾーは俺を見上げた。


「……ご主人」


「なんだ?」


 スケゾーは、俺から目を逸らした。


「……いえ。何でもねーです」


「なんだよ……」


 それきり、スケゾーは何も言わなかった。


 俺に何か言いたい事があったように見えたのは、俺の気のせいだったのだろうか。



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