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Part.188 男の背中!

 トムディ・ディーンは、セントラル・シティの道を歩いていた。


 街は今日も賑わっている。忙しなく通りを歩く人々とは対照的に、今のトムディは何をする事もなく、目的もない。本当はマウンテンサイドに戻りたい思いもあったが、先のギルド成立が関係して、トムディはセントラル・シティから離れられずにいる。


 ……しかし、セントラル・シティでは駄目だ。本当は、ノース・ノックドゥに向かわなければならない。そんな事は、トムディ自身が最もよく理解していた。


『悪い、トムディ。……次の戦いに参加するのは、許可できない』


 ノックドゥに向かう前、グレンが言っていた言葉だ。


 未だトムディは、グレンの事が許せないままでいた。だからマウンテンサイドに戻る事は躊躇ってしまうが、何も無かった顔をしてノックドゥに行く事も気が引けるのだ。


 グレンは遥か昔から、ずっと無理をしている。際限無く高まって行く魔力。しかしそれは、グレンのものではない。スケゾーのものだ。


 魔物の魔力を借りて戦っている。それをトムディが不安に思うようになったのは、ヒューマン・カジノ・コロシアムの時からだ。


 いつか、グレンの身体に異変が起きるかもしれない。そうは思っていたが、動けずにいた。


 ……あの腕は、まずい。


 トムディは立ち止まり、自身の左腕を掴んだ。雑踏はトムディの存在を希薄にし、影を薄くさせる。


 運ばれたグレンはすぐに、病院で治療を受けた。仲間の皆が見ているのは、包帯を巻いたグレンの姿。厳重に保護された右腕は、身体を洗う時でさえも中身を見せる事はない……だから誰も、気付かない。その包帯の向こう側で、グレンの右腕が一体どのような状態になっているのか。


 肉が無い。グレンの右腕は過剰な魔力に耐え切れず、骨だけの状態になっている。


 それを、セントラル・シティの東門で黒い翼の剣士と戦った時に、トムディは見てしまったのだ。


 悍ましいと感じた。


 ――――まるで、魔物のようだと。


 グレンの身体は限界に来ているのだろうと、トムディは推測する。あれだけの絶叫をして、それでも戦い、無理に無理を重ねてここまで来た。グレン本人が一番、気付いているのではないだろうか。あの右腕はもう治らないかもしれない、と。


 その上でなおギルドを成立させ、グレンは更なる重荷を背負おうとしている。


 ……たった一人で。


 仲間とは一体、何なのか。トムディは間違いなく、強くなっている……強くなっている、はずだ。少なくとも、初めてグレンオード・バーンズキッドと出会ったあの日、マウンテンサイドでバレル・ド・バランタインにまるで歯が立たなかった自分と比べては。


 自分にも、グレンを支える力はあるはずだ。


 それを、グレンに理解して欲しい。


「いいともー」


「うおあアアァァァァ――――――――!?」


 不意に耳元で話し掛けられ、トムディは飛び退いた。


 左手を自身の口元に当てて、背後からトムディの左耳に囁いた。紫色の長い髪を、後ろで二本にまとめた――……ミュー・ムーイッシュだ。


「驚き過ぎよ……。私まで馬鹿みたいに見えるじゃない……」


「だったら普通に登場しろよオォォォォォ!!」


 しれっとした無表情で、ミューは左手を下ろした。


 急に速度を増した心臓の鼓動を静めるべく、トムディは左手で胸を押さえながら言った。


「ほ、本当に君は神出鬼没だな……!! 一体どうしたんだよ……!!」


「リンゴを買いに来たのよ。別に、文句を言われる筋合いは……ないわ」


 ふと、トムディは気付いた。『カブキ』の死闘で重傷を負ったキャメロンが、まだ病院にいる。そろそろ回復する頃だとは思うが、気にはなっていた。


 キャメロンは人よりも、傷の治りが遅いと言う。……そう言えば、以前にも治癒までに時間が掛かっている様子はあった。事実なのだろう。


 トムディは呼吸を整えると、ミューに言った。


「そうか、キャメロンの病室にリンゴを……」


「そうよ……キャメロンの病室に持って行って……」


 ミューは無言のまま、袋からリンゴをひとつ、取り出した。


「私が食べるために……」


「そこは剥いてやれよ!!」


 全力でツッコミを入れるが、まるで動じないミューだった。このマイペースさにいまいち付いて行けないトムディだったが。


 以前は無表情を活かして、スパイとして潜り込んでいた事もあるミュー。……だが、ミューも『カブキ』の一件を通して、反省したようなのだ。自分が追求してはいけないだろう。


 ……と、トムディは考えていたのだが。実際、何を考えているのか相変わらずよく分からない少女である。


「それで……あなたは、どうしてこんな所にいるの……?」


 不意に、ミューは確信を突いた事を聞いて来た。


 はっと我に返って、トムディはミューを見る。純粋な疑問だった――……が、どこかその発言には、トムディを責めるようなニュアンスが込められていた。


 トムディは少し後ろめたくなって、ミューから視線を逸らした。


「……別に。僕がどこに居ようと、僕の勝手じゃないか」


「そう……。私は別に……構わないけれど……」


 ミューは特に興味も無いような顔をして、リンゴをかじっていた。その様子が、少しだけトムディの心を傷付けた。


 いつだって、自分は誰の視界にも入っていない。それを、こんな所でも目にする事になるからだ。


 どれだけ役に立とうとしても、期待されていない。眼中にも入っていない。そんな中、トムディの価値を信じてくれたのは、グレンだけだった。なのに今は、そのグレンでさえ――……。


 ただ、焦りだけがトムディの意識を埋め尽くしていく。このままでは、グレンが大変な事になる。……それは、分かっているのに。


「キャメロンの傷が良くなり次第、私は……ノックドゥに、行くわ」


 ミューは一人、そんな事を呟いた。


「あなたがどうしようと、別に……構わないけれど……。ギルドの就任式には、顔を出して貰わないと……困るわ……」


「わ、分かってるよ」


「それとも、あなたは……グレンのギルドを、抜けるつもりなの……?」


 かあっと、顔が熱くなった。トムディは、ミューの事を無神経な人間だと思った。


 何も今ここで、そんな事を言わなくても良いのに。


「……さあね。……グレンは別に、僕の事なんて戦力に含めていないみたいだから。……このまま抜けちゃっても、気付きもしないかもしれないね」


 核心を突かれたような気がして、思わずトムディはそう言った。ミューは数秒、トムディの顔をリンゴをかじりながら見ていた。


 やがて、ミューは溜息をついた。


「……クソ子供ね」


「うるさいな!!」


 身も蓋もない事を言われるトムディだった。


「チームのリーダーとして……仲間を護るために、最善を尽くそうとしているのでしょう……。そこは……理解してあげるべきでは、ないの……?」


 そんな事は、百も承知だ。トムディはむっとして、ミューに言った。


「理解してるよ。した上で言ってるんだ。あんなにボロボロになってまで戦わなくたって、サポートくらいできるさ」


 トムディがそう言うと、ミューはふと柔らかい笑みを見せた。


 珍しい表情だと、トムディは思った。


「怖いだけよ……。仲間を……失うのが……」


 不意に、トムディはミューの言葉に引き込まれてしまった。


「あなたには……孤独だった事が、少なそうだから……分からないかも……しれないわね」


「ど……どういう意味さ」


 そう言ってミューは、遠い空を見詰めた。


「ひとりでいる時間が……長ければ、長いほど……。ひとりでは無くなった時には……焦りを、感じるものなのよ」


 その言葉には、妙な説得力があった。


 ミュー・ムーイッシュは、キャメロンの下を離れてから、ずっと孤独だった。永遠にも思える長い時間の中で、たった一人で――……たった一人でいる事の辛さと、戦ってきた。


 それは確かに、トムディには理解しようもない想いだ。産まれた時からトムディには、両親がいた。弟がいた。ルミルや、バレル・ド・バランタインがいた。


「自分の手で、仲間を失ったら、どうしようか……って……いつも、考えるのよ……。相手を大切に想っていれば……想っているほど……」


 そうだろうか。


 ならばグレンがトムディを庇ったのは、トムディの実力を信頼していなかったから、ではなくて。


 トムディの事を大切に考えての――……それ故の、行動だったのだろうか。


「あなたに……それが、分かる……?」


 分からない。


 トムディは何かあれば、すぐに人に頼って来た。自分一人だけで何かを達成した事は、殆どと言っていい程に無かった。それは、今でもそうだ。トムディは常に、自分以外の何かに頼っている。自分一人では、出来ない事が多すぎて。


 そこまで考えて、トムディは自分自身の事が許せなくなった。


 馬鹿が。……そんなもの、頼られなくて当たり前じゃないか。


 トムディは、そう思った。


 自然と、両拳に力がこもる。


「トムディ!!」


 声がして、トムディとミューは振り返った。


 肩までの金髪。ショートパンツに大きく胸元の開いたシャツ、ストールといった出で立ちでこちらに走って来るのは、ノックドゥに行った筈の仲間。ヴィティア・ルーズだ。何やら随分と慌てた様子だった。


 ヴィティアはトムディの前まで走ると、肩で息をしていた。


「もう……どこに居るか分からないから、探しちゃったじゃない……」


「どうしたの? ノックドゥで何かあったのかい……?」


「……まあ、ミューも居るなら都合が良いわ」


 呼吸を整えると、ヴィティアは顔を上げた。


「協力して……!! 皆が危険なのよ……!!」




 *




 喫茶店『赤い甘味』に入ると、トムディ、ヴィティア、ミューの三人は、席に座った。


 テーブルには、不穏な空気が流れていた。注文した飲み物が届くまで、話を切り出そうとしないヴィティア。席に座ってからというもの、まるで動かずに人形のような空気を醸し出しているミュー。トムディもまた不安から、言葉を発する事が出来ずにいる。


 やがて、人数分の飲み物がテーブルに置かれる。ウエイトレスが去って行くのを確認すると、ヴィティアが身を乗り出した。


「さて。……時間もないから、さっさと本題に入るわよ」


 ヴィティアがそう話すと、ミューが下顎に指を当てて言った。


「出会って五秒で合体……ということね……?」


「ちょっとあんた黙っててくれない?」


 心の底から無駄なやり取りだった。


 ヴィティアは喉を鳴らして、トムディとミューを真剣な眼差しで見詰めた。ミューは特に反応していないが、その剣幕にトムディは少し驚いた。


 気迫が違う。どうやら、ただ事では無さそうだ。




「あまり、大きな声では言えないんだけど。このままだと……ノックドゥで行われる、うちのギルドの就任式で、チェリアが殺されるかも」




 思わず、トムディはテーブルを両手で叩いて立ち上がった。


「なんだって!?」


「しーっ!! しーっ!!」


 周囲は何事かと、トムディに振り返った。


 当然の事ながら、非公式の事態なのだろう。……トムディは周囲を確認しつつも、再び席に腰を下ろした。


 幸い、周囲は一度驚きはしたものの、各々の話題に戻ったようだった。


「……どういう意味?」


「私、聞いちゃったのよ。ノックドゥの城内にチェリアのお兄さんがいて、ギルドリーダーの就任式でチェリアが殺されるって」


「ちょ、ちょっと待って。何でそこでチェリアの名前が出てくるのさ」


「えっ……あー、話が長くなるから先に結論を言っておくと、チェリアはノックドゥのお姫様だったのよ。実はチェリアっていうのも偽名で、チェリィ・ノックドゥっていう名前だったわけ」


「お姫様!? チェリアは男だろ!?」


「あー、もー……」


 ヴィティアは頭を抱えているが……トムディには、何のことやらさっぱり分からない。話が見えて来ないのだ。


 ふと一人、ミューが頷いていた。


「チェリィ・ノックドゥ……確か誕生日の日に、たまたまノックドゥに居た事があったかもしれないわ……。そう……あれは、チェリアだったのね……?」


「見た事あるの? それなら話が早いわ。……そう、チェリアはチェリィだったから、もうチェリィって呼ぶしか無いんだけど、親の事情があって、公式には女性として発表されてるの」


「何だよそれ。メチャクチャじゃないか……」


 トムディとて、王家の産まれだ。各国のイベントには軒並み参加している。それでも、トムディには覚えがない。チェリアのような人間が、ノックドゥに居ただろうか。


 ヴィティアの話によれば、次のギルドリーダーの就任式で、そのチェリアが――チェリィ・ノックドゥが殺されるという。実の兄がそう言っていた、との事だが。


「……それって、チェリアのお兄さんが殺すって意味なの?」


 トムディの問い掛けに、ヴィティアは首を横に振った。


「それが、違うみたいなのよ。お兄さんは全く手を触れないって。でも、自然に死ぬ……って言ってたわ」


 今度はミューが、下顎に指を当てて口を開く。


「就任式で、自然に死ぬ……ということ……?」


「そう。私も何のことかは、詳しくは分からないんだけど」


「毒か何かを使って、どうにかしようとしている……のかしら……」


 何が何やら、分からない事だらけの状況ではあったが。


 その全てをトムディは呑み込んで、ヴィティアが伝えようとしている事を理解しようとした。


 毒殺。……ギルドリーダーの就任式で。


「それは無理だ」


 思わず、トムディはそう口にしていた。




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