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(前略)あまりもの冒険譚! - 俺の遠距離魔法が、相変わらず1ミリも飛ばない件。 -  作者: くらげマシンガン
第十二章 千の種族と心を通わせる魔物使い(性別不明)
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Part.185 化物ですよ

9/26(火) 2/2

 チェリィは湯船に入ると、俺の隣に腰を下ろした。


 温泉なのか、循環しているのか。どこからか水の湧き出る音が聞こえる。清潔そうな印象のある浴場の中、俺はただ、呆然としていた。


 俺とチェリィ以外に人は居ない。物音もしない。


 チェリィの前髪から水が滴り、湯に落ちる。


「……ノックドゥには、『聖女』っていう、ちょっと変わった風習があるんです。お母様もそうなんですが、代々女性が王権を握る国で」


 鈍った思考はプリンみたいに形を変えていたが、俺はふと我に返って、チェリィの言葉の意味を理解した。


 ああ。男じゃないんです、ってつまり、聖女のことか。


 何事かと思ったぜ……ここは男湯。事前に、ノックドゥの風呂が男湯と女湯に分かれているのは確認した。もしも本当にチェリィが男じゃないなら、ここには入って来ていない筈だ。


 いや。そもそも俺は、チェリィのアレを確認しているので。そりゃ、間違いは無くて当然なんだが。……バスタオルで胸から下を隠しているせいで、どうも変な気分になってしまう。


「その辺の事情は、クランから聞いたよ。でも、お前になってるとは思わなかったけどな」


「僕の代は、兄さんと僕、二人しか子供が産まれなくて。お父様はもう、亡くなってしまったんですよ。二人共男だったから、より女顔の僕を、お母様は後継者として選んだみたいで……」


 明後日の方向を向いてそう話すチェリィを見て、俺は考えた。


 ……そうか。男しか産まれなかったから、エドラはチェリィを次期国王として選んだんだ。普通に考えたら、やっぱり長男が王権を握るべきで――……それは少し、特殊な事情だったのだろう。


 普通であれば、喜ぶべき所。でも、チェリィはその代わりに『人前に男として出られない』という役割を負ったのか。


 身体は男なのに。


「女の人の格好をした僕を、兄さんは化物だと言って笑いました。……それでもお母様は、僕を改造する事を止めませんでした。産まれた時から、女として扱われて……変な妄想に取り憑かれた母親と、僕を化物扱いする兄だけが、僕のすべてで」


 俺はチェリィの言葉をひとつひとつ、拾い上げるように聞いた。


 チェリィは俺から顔を背けて、表情を隠して話していた。


「だから僕は、冒険者になったんです。もう、ここには居られないと思って。後のことは考えずに、逃げるように……城を出ました」


「……でも、戻って来たんだな」


「お母様が、肺を悪くしたと聞いて。……いつまでも現実逃避ばかり、している訳には行かないだろうと思って」


 何だかんだ、チェリィは家族を愛している。


 自分を取り巻く異常な状況を打破したくて、冒険者になる。その気持ちは、よく分かる。……でもチェリィは、最後の最後で踏み切れずに戻って来た。……そういうことか。


 確かに、チェリィが本当に居なくなってしまえば。兄貴が国王になれれば良いが、どうしてもそれが駄目になった時、国王そのものが居なくなってしまう。


「兄さんが、僕に声を掛けたんです。……それなら、戻らなきゃいけないと思って」


 優柔不断と言えば、聞こえは悪いが。例え性別を偽ろうと、逃げなかったチェリィの姿でもあった。


 自分を女だと勘違いしている母親と、その現実を見て自分を罵る兄。……確かに、酷な環境ではあるな。俺でも逃げているかもしれない。


 それを戻させたのは、他ならぬチェリィの良心故に、だろうが――……


「……どうせ、いつか戻るしかないのは、分かってましたから」


 そうだとしたら、チェリィがこうして自虐的に笑うのは、一体どうしてなんだろう。


 まるで、誰も自分の事を理解してくれないと言わんばかりの表情だ。チェリィからどこか闇を感じるのは、俺だけではないはずだ。


 ……今は、安心を与えなければならないだろうか。


「そんなことで、俺がお前を『気持ち悪い』なんて言うと思ったのか?」


 俺は少し叱るように、チェリィに言った。


「別に、お前が女として扱われていようが、本当は男だろうが、関係ねえよ。仕方ないだろ、そういう事情なんだから。お前にはどうしようも無かった。それで良いじゃないか」


「……良くは、ないんですよ」


「何でだよ。俺は別に、お前のことを化物だなんて言うつもりは――――」


 チェリィは、ふと俺を睨み付けた。


 何だよ、と言う余裕は無かった。チェリィは猛然と俺の右腕を掴むと、立ち上がった。俺も止むを得ず、立ち上がったが――……チェリィは俺の右手を、自身の左胸に。


 ……えっ。


 予想以上に柔らかい感触が、俺の右手に伝わっ……




 ――――――――○×△□#$%&!?




「はっ……? ええっ……?」


 言葉にならない。


 先程まで無視していたも同然で湯の中を泳いでいたスケゾーが、仰天して俺とチェリィを見ている。それ位には、異様な光景だった。チェリィは目尻に涙を浮かべて、唇を真一文字に結んで、怒るように俺を見ている。


 いや。……どう考えても、チェリィの細い体型から生まれる柔らかさではない。裸も同然のこの状況では、ボディーラインなんて隠せる筈もなく。実はトムディレベルで太ってました、だとか、そういう冗談を飛ばす余裕もない。


 一筋。チェリィから、涙がこぼれた。


「…………一緒にいて、おかしいと思いませんでしたか」


 何も言えず、俺はチェリィを見た。


「年齢は同じくらいなのに、どうして僕だけがこんなにも小さいんだろうかと、思いませんでしたか」


「いやっ……えっと……」


「僕は、男としての成長が、止まっているんです」


 チェリィはようやく、俺の手を離した。二歩、三歩、と俺から後退した。


「お母様は、僕が男だという現実を認められなかったみたいなんです。……記憶にもありませんが、幼い頃にどこかの名医に頼んで、手術をしたんだそうです。……僕は時間が経てば経つほど、女の人になって行くんだそうですよ」


 バスタオルを握り締めて、チェリィは俺の視線から逃れるように、湯船に身体を沈めた。


「僕は一生、成人男性の身体にはなれないんです。……でも、女性に近付くからといって、完璧に女性になれる訳でもない。……じゃあ、僕って一体、何者なんでしょうね?」


 ようやく。


 チェリィが、その兄――ウシュク・ノックドゥから、何故そう呼ばれていたのか、俺は理解するに至った。


 目尻を真っ赤に腫らしたチェリィの声には、涙が混ざっていた。




「――――――――化物ですよ」




 なんと――声を――掛ければ。


 認めたく無かったのだろうか。だから、一方では自分が女に見える事を気軽に利用しながらも、頑なに自分は『男』だと、主張していたのだろうか。確かに今の発育状況から言えば、一緒に風呂に入ったって気付くようなものじゃない。それは、俺自身が一番よく分かっている。


 誰も、他人の体型なんかまじまじと見たりしない。少し胸が膨らんでいる程度なら、個性の範疇に収まるものだろう。


 俺がチェリィの裸を見たのは、結構前の話になる。……その時より、成長しているのか。


「最近、自分の身体の変化が速くなっているのが、分かって。……認めたく、なくて……気持ち悪い、ですよねっ……ご、ごめん、なさいっ……」


 泣きながら、チェリィは逃げるように立ち上がった。


「待て!!」


 浴場の扉に向かって逃げようとするチェリィの腕を捕まえて、俺はチェリィに詰め寄った。


 チェリィ・ノックドゥの、本音。


 仕掛けた張本人の母親。自分を軽蔑するばかりの兄。何も知らない、冒険者の連中。


 胸の内ではずっと、誰かに相談したかったんじゃないのか。自分の身体に異変があると知っていて、誰にも相談できなかったんじゃないのか。……確かに、気持ち悪いと言う人間も居るのかもしれない。


 恐怖に支配されてしまっているんだ。他ならぬチェリィ自身が一番、自分の身体を許せないんだ。


「離してっ……!! くださいっ……!! 僕に、触らないで!!」


 どうにかチェリィは、俺の束縛から逃れようともがいた。


「良いんですか!? 触ったら、うつるかもしれませんよ!?」


 敵意を剥き出しにして、チェリィは嘲笑した。


 涙を流しながら。


 やるせない想いは、胸を渦巻いた。


『見た目』は、特に人との距離が縮まっていない内は、人を判別する上で重要な要素になりがちだ。


 誰も、汚物まみれの人間に近寄ろうとはしないだろう。本当は仕方がない事だったとしても、遠い関係に居る内は、人の都合など考慮されないものだ。


 禿げていたら。太っているから。そんな、どうでもいい事を理由に。何もしていないのに、何も悪く無いのに、笑われたり、馬鹿にされたりする。


 軽蔑されたのだろうか。もしかしたら、非難されたのかもしれない。


 思わず、歯を食い縛った。


「それがどうした!!」


 俺は猛然と、チェリィの両肩を掴んだ。


 チェリィの涙に濡れた顔を見る。大きな瞳が、小動物のように小刻みに震えながら、俺を見ている。


 ……正直、心外だ。


『そんな事』で、俺がチェリィを軽蔑するだろうと思われていたことが。


「言ってみろ、チェリィ。それで、何かが変わるのか」


「……かわ、る?」


「俺とお前の関係が何か、そのせいで変わるのかって聞いてるんだ」


「……それは……」


 どこか、恐怖に怯えている。距離を詰めながらも、一線を越えることは出来ない様子で、足踏みをしている。


 そんなチェリィの様子は、これまでに何度も見て来た。もっと沢山の事を話したいのに、意識して避けているような雰囲気もあった。スカイガーデンに行く時に別れてからは、暫く別行動もしていた。


 他人行儀。チェリィを言い表すとしたら、それが最も最適だった。


「ヒューマン・カジノ・コロシアムでトムディの依頼を受けてから、暫く俺達と一緒に居たよな。『カブキ』の一件、スケゾーの救出にも付いて来てくれたよな。お前が居て、俺が……俺達が、どれだけ救われたと思ってるんだ」


 スケゾーが黙って、俺の肩に戻って来る。


 チェリィは、固く口を閉じていた。


「男だとか女だとか、そんな事はどうでも良いんだよ。……お前は、お前だ」


 例えそれが偽名だったとしても、関係ない。


 それまでは、ずっとソロで活動していたと聞いた。ちゃんとパーティに入って冒険者としての活動を始めたのは、俺達が初めて――……それなら、チェリィだってきっと、俺達を信頼してくれていたに違いないのだから。


 言い出そうと思った。でも、言い出せなかった。……そんな所だろう。確かに自分のコンプレックスを人に話すというのは、容易なことではない。でもそれは、当人だから感じるコンプレックスであって、他の人が共有できるものじゃない。


 ならばいっそ、捨ててしまえ。


 それが何者であるとか、どんな弱点を持っているとか、そんな事を気にしなくても良いようにすればいい。


 チェリィの頭を掴んで、強引に引き寄せる。


 ――――こいつに必要なのは、『理解者』だ。




「辛かったな」




 一言、俺はチェリィにそう言った。


 チェリィは耐え切れなくなったのか、俺の胸で声もなく泣いていた。小さな嗚咽とすすり泣く音を聞きながら、俺は内心、穏やかな気持ちになっていた。


 ほら。言葉さえ通じれば、人は共有できる。


 相手の話を聞こうとさえすれば。お互いに理解し合おうとしていれば。コンプレックスなんてものは、簡単に覆るんだ。内輪の常識や当たり前に心を奪われなければ。人はそれぞれ違うものだと、理解さえしていれば。


 そんな個性があっても良いだろうと、思う事さえできれば。




 *




 チェリィの部屋は、相変わらず女の子丸出しと言うか、俺が居る事がかなり場違いな雰囲気で、とてつもなくファンシーだった。


 まだ目は赤かったが、チェリィはベッドに潜っていた。丸くなって、布団の隙間から顔だけを出して俺を見ている。


 俺の部屋は別にあるので何れ戻るのだが……どうやらのぼせてしまったのか、チェリィは顔を真っ赤にして倒れてしまったので、こうしてここまで付いて来た。


 浴場からここまで、特に会話も無かったのだが。


「……チェリィ、お前さ。……例えば、その身体が魔法なら、調べれば元に戻るかもしれないけど」


 そう言うと、チェリィは苦笑した。


「僕もグランドスネイクでキララさんと会った時に、そう思ったんですけど。……どうやら、手術されているみたいで。もう、元には戻らないそうです」


「……そうか」


 既に調査済みだったか。……そういや、チェリィが魔物使いに転向したのも、それからミューの一件までの間だったな。


 何か、思う所があったのかもしれない。


「お母様は、男の人が怖いんですよね。……特に、屈強で力強い雰囲気の男の人が。グレンさんが苦手なのは、そのせいだと思います」


「そういや、そんな雰囲気だったな」


「僕にそうなって欲しくなかったから、魔法ではなく医者に頼ったんですよ。……きっと」


 チェリィはそう言っていたが、それまでのように暗い顔ではなかった。


 チェリィの魔物が、チェリィの周囲に居る。同じようにリラックスした様子で、チェリィに歯向かおうとは微塵も思っていないのがよく分かる。


 信頼されているのだ。


 俺は苦笑して、立ち上がった。


「……そろそろ、部屋に戻るよ」


「ごめんなさい、付き添って貰っちゃって」


「ああ、いいよ」


 言葉を交わせない魔物と、これだけ仲良くできるんだ。チェリィが自分のコンプレックスを受け入れれば、こいつなら人と打ち解けるのも早いだろうと思う。


 チェリィは起き上がって、俺を見た。


「あの、グレンさん」


「ん?」


 俺は、部屋の扉に手を掛けた。




「……やっぱり結婚式もありかな、とか思っちゃいました」




 勢い良く、部屋の扉に俺の頭が激突した。


「どういう意味だァ!!」


「えへへ。ごめんなさい」


 チェリィは悪戯っぽく笑って、舌を出した。


 ……まあ、この様子ならもう、大丈夫だろう。


 全く……。


 今の一言は聞かなかった事にして、俺は部屋の扉を開いた。……いい加減に戻らないと。もう、リーシュやヴィティアは眠っている頃だろうか。


「ありがとうございます、グレンさん。おやすみなさい」


 そう言われて振り返ると、頬を赤らめたチェリィが満面の笑みを俺に向けていた。


 ……くそ。


 女としても十分やって行けるよ、お前は。


「もう少し、冒険者でいたかったな……」


 最後の言葉は扉に阻まれて、返事をする事はできなかった。




ここまでのご読了、ありがとうございます。

第十二章はここまでとなります。


十二章は、比較的穏やかな進行となりましたが……

役者が揃い、大きなイベントが近付いてきました。

プロットはできているので、書き次第、投稿してまいります。

よろしくお願いいたします。

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