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(前略)あまりもの冒険譚! - 俺の遠距離魔法が、相変わらず1ミリも飛ばない件。 -  作者: くらげマシンガン
第十二章 千の種族と心を通わせる魔物使い(性別不明)
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Part.182 荒ぶる恋とマシェール

9/22(金) 2/3

次回の更新は18時です。

 メンバーが着席し始めると、室内には中々にモノモノしい空気が漂い始めた。


 黒いタキシードを着ている、俺とクラン。同じく黒のスーツに、今は帽子を外しているウシュク。ドレス姿のリーシュとヴィティア。そして、長机の幅が短い方――誕生日席とか呼ばれる場所だ――に席を陣取り、にこやかな笑顔で着席しているエドラ。こちらも王女らしい、派手なドレス姿だった。


 食器のある場所へと順番に着席して行くと、気付く事があった。


 長机の、幅が長い方。折角幅が長いのに、席は二つしか用意されていない。率直に言えば、二名ずつ腰掛けるしかない状況になっている。


 にも関わらず、エドラとは向かい側の辺にも座席が二つある。……変な構図だ。普通この状況なら、エドラと反対側には席を用意せず、三名がそれぞれ横に並ぶ形になると思うが。確かにテーブルは広いので、二人並んでも変な光景ではないが……構成が変だ。


 俺が席に座ろうとすると、ウシュクが俺の肩を叩いた。


「おっと、グレンの兄さんはそこじゃないぜ。ちょっと立って待っててくれる?」


 ……相変わらず、妙に馴れ馴れしい奴だな。


 仕方なく俺が立ち上がると、長机の幅が長い方には、それぞれリーシュとヴィティア、クランとウシュクが座った。……おい。席が二つしか余ってないんだが。


 エドラはにこにことしながら、手を合わせて俺を見ている。


 ……そういうことか。


 苦笑しかない。


「すいませんっ、お待たせしましたっ……!!」


 勢い良く扉を開けて、チェリアが登場した。


 ……おお。


「着付けに手間取ってしまって……!!」


 さすがは一国の姫、といった所だろうか。緑がかった髪は艶やかで美しく、宝石が散りばめられたネックレスやドレスに全く劣っていない。雪のように白い肌は、座っているリーシュやヴィティアと比較しても何ら遜色はなかった。


 確かに美しいというのか。クランが一目惚れした、などとのたまう理由もよく分かる可憐さだ。


 ……いや、待て落ち着け俺よ。確かに女みたいな見た目をしているが、こいつは男なんだ。よく見ればそんな事、すぐに分かる――……。


「グレンさん、まだ始まってないですか?」


「ああ、まだだけど」


「よかったです」


 俺の所に駆け寄って、足りない身長から見上げるように上目遣いで俺を見る男、チェリア。


 分かるか?


 ……分からないな。うん。


「お美しい……!!」


 目を輝かせてチェリアを見ているクランの顔に、俺は胸が痛くなった。


 ウシュクが立ち上がり、右手で俺とチェリアに座席を示した。


「では、グレンオード、チェリィ、着席してください」


 ちなみに俺とチェリアが座る予定の席は、何故かぴったりとくっついている。……何故かぴったりと。


 このあからさまな演出に、思わず頭を抱えてしまいたくなる。


「すいません、グレンさん……あれ、僕の席ですか?」


「ああ。俺の隣らしいぞ」


「やめてくれって言ったのに……」


 同じく頭を抱えて、苛立ちを露わにするチェリア。純白の手袋で額に指を当てる様はどこかしなやかで、女性らしさを感じさせる。


 ……しかし、こんなにあからさまな演出なら。むしろクランの淡い恋が一瞬にして醒める瞬間ということで、むしろ良いのではないだろうか。そうだ。この際、そう考える事にしよう。むしろ、な。


 俺はちらりと、クランの表情を確認した。


「どうしたんだい、グレン? 早く座りなよ」


 き、気付いてない……だと!? 馬鹿な……!!


 これは明らかに、俺とチェリアをくっつけようという城側の強い意志だろ。誰が見たって、そう見える。リーシュは勿論気付いていないが、ヴィティアは早くも気まずい顔をしているし。


 お前は気付かなきゃ駄目だろ、クラン・ヴィ・エンシェントよ……!!


 俺とチェリアは、ぴったりとくっついた席に座った。小声でチェリアが、俺の耳元で囁く。


「ごめんなさいグレンさん。……こんな事に巻き込んでしまって」


 ああ、まったくだ。


 俺は苦笑しながら、チェリアに答えた。


「まあ、いいけどね……」


 チェリアが入って来た扉とは反対側にも扉がある。その扉が開いて、中から数名のコックと思わしき白い服を着た男が数名、中に入って来た。ウシュクはその男達を一瞥すると立ち上がり、着席した俺達を見渡して、丁寧に頭を下げた。


「……改めまして、本日は遠い所をお集まり頂きまして、誠にありがとうございます。ご足労頂いた皆様にささやかなお礼ではありますが、食事を用意させて頂きました。本日はギルドリーダー就任式の予定を取り決めますが、あまり固くならず、どうぞごゆるりとお寛ぎください」


 ギルドについての一般的な知識はあったが、このようにギルドの核となって、城との契約を進める事なんて初めてだ。チェリアとの結婚式がどうとか、若干のノイズはあったが……俺は少しばかり、緊張していた。


 会議って、重苦しい会議室で行われる雰囲気があったが。会食の場で就任式の取り決めを行うというのは、ノックドゥ独自の風習なのか、それとも。


 クランが特に動揺していない所を見ると、あまり珍しい事でも無さそうだが……。


 角を挟んで、クランと席は隣だ。ふとクランに視線をやると、クランは爽やかな笑みを浮かべた。


「食事、楽しみだね」


 どうやら、依然として俺とチェリアの不審な様子には気付いていないらしい。……こんなに察しの悪い男だったなんて。誰にでも弱点というものはあるもんだな……。


 俺とチェリアの結婚式を同時にやろうなんて話が出ていると知ったら、ショックを受けるだろうと思ったけど。……気付かないなら気付かないで、どこかフラストレーションが溜まるのは何故だろうか。


「それでは、本日のスーシェフであるシェフさんに、料理について説明して頂きましょう」


 ……えっ?


 白い服に白い帽子で統一している男達の中から、同じ格好でやや身長の低い男が顔を出した。俺達に向かって変な引き攣った笑みを浮かべると、頭を下げた。


「どうも。この城で『ときめきシェフシェフ』という店を経営している、オーナーシェフのシェフでございます」


 もうシェフがシェフすぎて訳が分からねえよ!!


 居たのかガマガエル。そりゃ、料理とくればこの男なのか……よく考えてみれば、当たり前だったかもしれない。確かにこいつは、この城のオーナーシェフだと……言っていたが。普通に考えて、城でオーナーシェフってどういう事なんだよと思っていたが、そういうことか。


 城のスペースを借りて店の経営もしているオーナーシェフ。……かつ、シェフって名前の料理人。そういうことか。ギャグでも何でもない……んだよな。


 しかし、『ときめきシェフシェフ』って。その店の名前にはツッコんで良いのか。どうなんだ。


 もう少し分かり易い名前にしてくれよ……!! 店も立場も名前も!!


「本日のコースは、題して『荒ぶる恋とマシェール』でございます」


 もう少し分かり易い名前にしてくれよ!! 料理も!!


 ガマガエル……もといシェフが扉を見ると、その向こう側から料理が運ばれてきた。俺達は当然、その料理に視線を向け――……うぇっ……!!


「前菜の、『二人盛りサラダ』でございます」


 その皿の上には、色とりどりの野菜で作られた――……等身大の、俺とチェリアが立っていた。


 あまりの衝撃に、俺もチェリアも言葉を失くした。


「二人で取り分けて食べてね!!」


 シェフの乙女なウインクを見ると、どこか殴りたくなるのは何故だろうか。


 すごい完成度だ……だが、駄目だろこの料理は。バレンタインデーで女の子が「私を食べてね!」とか言って等身大の自分チョコを作って来る位には駄目だ。いや、貰った事なんてないけど。


 だってこれ、食べ物じゃないか。


 取り分けて行くと、皿の上の俺とチェリアが欠けていって、やがてゲシュタルト崩壊を起こして、とんでもない事になるのは目に見えている。良いのか、この料理のコンセプトはそこで。


 第一、この量のサラダが崩れたらテーブルは大変な事になるだろ。


「シェフさん……す、素晴らしい出来ですわ……!!」


 何故かエドラが涙まで流して感動している。


「クソババア……」


 今のチェリアの呟きは、聞かなかった事にしよう。


「ぶふっ……クク……そ、それでは、就任式の流れを説明します……」


 ウシュクが口元を抑えて、堪え切れない笑いを交えながら説明に入る。


 俺の、厳かな場所に立ち入る時の緊張感を返してくれよ。誰か。




 *




 それからウシュクは用意しておいたテキストを使って、俺達にギルドリーダー就任式の流れを説明した。


 多少なりとも事前知識はあったので、まるで何を言われているのか分からない、という事態は回避できた。概要だけを抜き出すと、就任式の流れはこうだ。


 事前に国の所属ギルドとなる人間の名前と写真を添えて、国民に就任式の日取りを告知する。国民は城の前に集まり、就任式を見る義務があるらしい。


 ノックドゥの城の前には噴水のある広場があるが、そこに木材でステージを作り、就任式を執り行う。


 といっても、内容はとてもシンプルなもので、女王が挨拶をして、国歌を歌う。その後にギルドリーダーが登場し、国民に新たなギルドリーダーとしてのスピーチを行った後、女王とギルドリーダーの間で予め用意しておいた酒を飲み交わす事で、ギルドリーダー就任となる。


 たったこれだけの話で、どちらかと言えば就任式よりもその後の仕事についての方が余程難しい問題のように思えた。


 俺達は特に何を質問する事もなく、ウシュクの話を聞いていた。


「…………という訳で、ギルド側から、ギルドリーダーと女王に酒を注ぐ役割が必要になります。これは事前に一名、決定しておいてください」


 しかし、そういえばギルドの話を説明した時に、チェリアはやたらとギルドに詳しかった。どういう事なのかと思っていたが、まさか城側の人間だったとはな。


 今も俺の隣で真剣にウシュクの話を聞いているが。その様子は真剣でありながらも、どこか悲壮感に満ちているような気がするのは、どうしてだろうか。


「エドラ様は、今回の就任式にはご参加なさるのですか?」


「いいえ、私は横で観ている事にしようと思っています。この就任式はグレンオードさんの就任式でありながら、チェリィの就任式にもなる予定で考えていますので……」


 クランの問い掛けに、エドラは笑みを返して答えた。


 やっぱり、就任式にはチェリアが出て来るみたいだ。チェリアは拳をぐっと握って、下唇を噛んでいたが……この数日の間に、チェリアに一体何があったのか。結局それは、聞き出す事ができていない。


 こんなに重要な立場があったのなら、何の理由もなく放置して冒険者をやるような人間じゃない。それは、俺から見たチェリアの姿とはまるで一致しない。


 何があったんだろうか。


「魚料理の、『フィッシュは乙女のキューピッド』でございます」


 この料理にも、一体何があったんだろうか。


 さっきのサラダにせよ、会議に水を差すような料理しか出て来ない。何故かシェフは得意気だが……この顔が、妙に苛々するのは俺だけだろうか。


 駄目だろ、このオーナーシェフは。城の重要な料理人として、どう考えても適任じゃないだろ。それとも、俺からは見えない信頼があるんだろうか。


 チェリアは魚料理を見て、思わず顔をしかめた。


「それではチェリィさん。当日は私も出席しますので、どうぞよろしくお願いいたします」


「あっ、ええ、こちらこそ……」


 クランの呼び掛けに、慌てて応じるチェリア。……チェリアが気を取られたのは、完全に料理が原因である。


 俺も苦い顔をしながら、ナイフとフォークを手に取った。


「何だい? 何か悩みでもあるのかい?」


 ……………………この魚。


 喋るのだ。


「フフッ。これはおったまげた淡い恋のかほりだね……!! 僕のサポートが必要なのかい? 心配しないで、何でも僕に相談してごらんよ!!」


 少なくとも、この場にいる全ての中でお前だけには相談したくない。


 皿の上でビチビチと魚が跳ねながら、どこか下腹に来るスマイルで俺にウインクをする魚……料理。相変わらずシェフは得意気な顔で俺を見詰めている。「凄いだろう?」と言わんばかりの小憎たらしい笑みだ。


「でもね、相談してばかりで実行しないのはよくないよ。気になるカレのハートを掴むのは、他でもない君なんだ・ぜっ!!」


 俺は喋る魚料理に向かって勢い良く、垂直にフォークを突き刺した。


「ギェピー!!」


 謎の呻き声をあげて、魚料理は白目を剥いた。


 …………もう、頼むからほんとに、料理人を変えてくれよ。


「これ、食べなきゃいけないんだよな」


「そう……ですね」


 誰に言った訳でもない俺の呟きに、苦い顔をしてチェリアが返事をした。


 もう、ここまで来ると味が美味しいとかさ。美味しいだけじゃ満たされないものって、あるだろ。……あるよな?


 俺は泣きたいよ。


「あ…………!!」


 その時だった。急に怯えたような声がして、俺は魚料理から顔を上げた。向かい側に座ったエドラが俺を見て、ナイフを取り落としたらしい。慌てて近くにいた使用人が、替わりのナイフと布巾を持ってエドラに駆け寄った。


 手が震えている。


 何があったのか分からず、その場にいた誰もがエドラを見ていた。エドラは周囲の視線に気付いて、どうにか笑顔を取り繕おうとするが――……うまくいかないようだ。


 別に、敵襲という訳ではない。エドラはただ、俺を見て、悲鳴を上げた。そうして今、震えている。


「ご、ごめんなさい。……少し、疲れが出たみたいね」


 ……俺がフォークを魚に向かって刺したから、か?


 大した事をした訳じゃない。跳ねる魚を仕留めるために、フォークを使っただけだ。確かにテーブルマナーとしちゃ、あまり良くない持ち方だったかもしれないが……料理がこれじゃあ、仕方がない。


 でも……それだけだ。


 エドラは立ち上がり、部屋に戻る。それを見て、複雑な表情を浮かべているチェリア。


 やっぱり、この家族……何か、あるみたいだな。



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