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Part.17 その男、イケメンにつき

「そもそも、何でわざわざ宿を別々に取るんスかねえ。同じ宿に泊まっちまえば良いじゃないっスか」


 暫くの間は滞在するつもりで宿に荷物を置いて、俺は再び、スケゾーとセントラル・シティの街へと繰り出していた。リーシュとの約束の場所へと向かう最中、スケゾーがそんな事を言っていた。


 あまりにも配慮の無いスケゾーの言葉に、俺は苦い顔をした。


「馬鹿野郎。俺がそんな事、出来る訳無いだろ」


「何でっスか。同じ部屋に泊まれって言ってんじゃねーんですよ?」


 何を末恐ろしい事を言っているのだろうか、この骨は。


 平気な顔どころか、少し俺の事を心配しているような素振りさえ見せている。……違うぞ。正常なのは俺だ。異常なのがこいつだ。


「同じ宿だろ。何も違わねえじゃねえか……!! ばったり廊下で会ったりしたらどうするんだ。俺がリーシュの寝間着姿を見た後で、いつも通り眠れると思ってんのか」


「普段、ビキニアーマーじゃないっスか……」


「どちらにせよ、直視はできないっ!!」


 珍しく、スケゾーが溜め息をついていた。俺は頭を抱えて、スケゾーに言った。


「自分でも、サウス・ノーブルヴィレッジではよく眠れていたと思う位だからな……よく考えてみたら、大変な事だ……まるで夫婦のようじゃないか……なあ!!」


「……ご主人。ご主人はちょっと、女の子耐性を付ける必要があるっスね」


 余計なお世話だ。


 リーシュと出会ってからというもの、スケゾーは何かと、俺とリーシュの距離を縮めさせたがる。それはやっぱり、俺にもう少し女性に対する慣れというものを身に付けさせよう、という試みなのだろうが。


 それでも、苦手なものは苦手なのだ。あの天使のような顔を見るだけでも平静ではいられないのに、同じ宿に泊まる事なんて出来る訳が無い。基本どこでも眠れる俺だが、リーシュの居る場所でだけは眠れない。いや、悪い意味ではなく。


 スケゾーは俺の事を見て、処置無しとでも言いたげな顔で首を横に振った。


「これだから遅れ過ぎた思春期は……」


「あァ!?」


「あ、グレン様!!」


 遥か遠くで、リーシュが手を振っていた。スケゾーに何か言ってやりたかったが、仕方なくリーシュの下へと走る。




 *




 待ち合わせしたセントラル・シティの端から、『冒険者依頼所』まではそう遠く離れている訳でもない。俺達は、沢山の冒険者が日々の生活費を稼いでいる場所へと足を運んでいた。


 ……ついこの前までは、『傭兵依頼所』だったのに。表の看板を見て思わずそう思った俺だが、中に入ると一新された内装に、目を奪われた。


「おお…………」


 くたびれた酒場のようなイメージが付きまとっていた、傭兵依頼所。それが何やら上手いこと整理されており、カウンターテーブルも腐りかけた木から美しい大理石に変わっており、受付もいかつい顔のオヤジではなく、顔立ちの整った女性が採用されていた。……これは、あれだろうか。中に入り辛かった女性冒険者への配慮、という奴だろうか。


 よく考えてみれば、リーシュのようなタイプの女の子が冒険者になっている、なんて、これまではあまり見なかったような気がする。養成所上がりなのか、依頼所はそのような人で溢れ返っていた。……冒険者依頼所に優しい顔立ちの男性や女性が来ているというのは、俺にとっては珍しい体験だ。


「『現れよ勇者』……」


 ミッション受付コーナーに貼られた大きな広告を見て、リーシュが呟いた。


 俺も、リーシュの見ている貼り紙を一瞥した。昨今の魔物の凶暴化について……そうか。セントラル・シティでも、魔物が凶暴化しているという認識があるのか。


 ……でも、そこから先は、俺の考えとは違うな。


 セントラル・シティは、魔物を凶暴化させている首謀者は魔王だと思っているようだ。人間界にも国があれば王が居るのだから、魔界にだって魔王が居てもおかしくはない……確かにそうだろうけど。魔王だなんて、見た事も聞いた事も無い。


 魔王を討伐すれば、賞金最低千セル以上……おいおい、これ……ちゃんと事前情報があって通知しているのか? 本当だったら、確かに大問題だろうけど……


「スケゾー、これ、どう思う?」


 問い掛けると、スケゾーが唸った。


「一応、王ってえと……夢魔族に当たりますかねえ。でも、あんまりそういう事をやりそうな性格じゃないと思ってるっスけどね。なんていうか、こう、ほわっとした人なんで」


「ほわっと?」


「ええ、ほわっと」


 …………全くイメージできない。


「王と言ったら、やっぱりあの人っスよね。ま、あんまり表には出て来ないっスけどね」


「ふーむ」


 リーシュが目を輝かせて、涎を垂らしていた。


「賞金、最低千セル以上……」


 俺はリーシュの頭を軽く叩いて、言った。


「止めとけ。その魔王なんちゃらって奴が本当に首謀者かどうか分からん上に、少なくともお前には無理だ」


「むー……」


 リーシュはバツが悪そうな顔をして、少し拗ねていた。その様子がどうにも可愛らしくて、和む。


 …………何を和んでいるんだ、俺は。慌てて目を逸らして、リーシュにも出来そうな、手頃なミッションを探した。


「あ、それよりさ。これなんか良いんじゃないか? セントラル・シティの端に灯台を作る手伝い。半日ミッションだから今日でも受けられるし、日給五千トラルだってさ」


 灯台作りの手伝いって事は、石運びみたいなヤツだ。剣士・武闘家などの前衛職限定、力自慢大歓迎。残念ながら俺は魔導士なので受けられないけれど、剣士のリーシュには筋力トレーニングにもなるだろうし、文句無しだろう。


 リーシュは貼り紙をまじまじと眺めて、検討しているようだった――……が、物怖じしているらしい。リーシュは自身の二の腕を掴むと、言った。


「実は私、上腕二頭筋にはあんまり自信が……」


「……他は自信があるのか?」




 *




 灯台予定の建造物は、出入口の目の前にあった。明かりを出して猛獣を追い払う目的か、はたまた旅の者に居場所を伝える為か。俺は近くの茶屋に入り、冷たいアップルティーを飲みながらリーシュの様子を観察していた。


 リーシュが運ぼうとしているのは、両手でやっと掴めるかという、中々に大きな石。だが、他の冒険者はリーシュよりも身体が大きい事もあり、石を難なく持ち上げている。……体格差がなあ。やっぱりこういうミッションに参加する奴って、屈強な男ばかりなのか。


 でも、リーシュだって前衛職なのだから、これくらいは……出来ないと、困るだろう。


「よくあれで、剣士をやってるもんだよなあ」


 俺はアップルティーを飲みながら、小さく呟いた。このアップルティー、なんだか分からないけどやたらと美味いな。俺は手を振って、店員の女性に声を掛けた。


「ちょっと、聞きたいんだけどさ。ここ、有名な店なのか? 他の街でもやってる?」


 人懐っこい雰囲気の女性は紅茶を褒めてくれたと思ったのだろう、はにかんで答えた。


「あ、本店がサウス・マウンテンサイドにあるんですけど、最近は魔物が多いので、こっちに移動しているんですよー」


「へえ…………ありがとう」


「ご贔屓に!」


 サウス・マウンテンサイドって……殆ど、元・我が家の隣じゃないか。近すぎるが故に行かない、というやつか。……今度、行ってみようかな。


 …………あ、リーシュが転んだ。


「リーシュちゃん、そんなアーマーで大丈夫かい?」


「あ、大丈夫です!! ありがとうございます!!」


 そういえばあいつ、いつの間にビキニアーマーに着替えたんだろうか。……リーシュなりの、戦闘装束って事なんだろうか。周囲の暑苦しい男共の視線を浴びまくっているが、本人は気にもしていないように見える。


 肉体労働に疲弊して、我を忘れた他の労働者に襲われたり……無いとは言い切れない。注意して見ていないといけないな……。


「いやー、眼福じゃないっスか?」


 テーブルの上に座り、スケゾーが両手でアップルティーを抱えて飲んでいた。


 …………眼福とか言うんじゃない。意識するだろうが。


「さあな。俺には、勘違いした田舎娘が勘違いした格好で動き回っているようにしか見えないが」


「リーシュさんの姿をちゃんと見ながら言って欲しいっスね」


 ちっ……目を逸らしていたのがバレたか。


 しかし、俺は何もせずに座っている訳ではない。何かリーシュに危険があった時に、いつでも助けに行けるように見守っているのだ。……確かに、完全に見ない訳にも行かないか。


 仕方なく、俺はリーシュに再度視線を向けた。


 何やら、リーシュの隣で汗まみれのオヤジが応援してくれていた。……オヤジはガニ股になって、自身の太腿を叩いている。


「おうリーシュちゃん!! 気合だ!! 『タマ入ってんのかコラァ!!』って叫べば、暑さも苦しさもぶっ飛ぶぜ!!」


「はいっ!! タマ入ってんのかコラァ!!」


 ……………………。


「眼福か?」


「…………ある意味?」


 ある意味って何だよ。


「ところで、これはどういう意味なんですか?」


「ハッハッハッ。漢は誰でも、股の間に二つのタマを持っているもんだろう?」


 オヤジ……!! それはセクシュアル・ハラスメントだぞ。完全にアウトだ……!!


 俺は堪らず席を立った――……ほら、リーシュも顔を赤くして…………いない。


「心臓ですか!?」


 男の心臓が何処にあると思ってんだ!!


「ハッハッハッ!! ある意味そうとも言うね!!」


 言わねえよ!! だからある意味って何だよ!!


 そのまま、オヤジは石を肩に担いで走り去った。両手でどうにか石を一つ持てるかという状態のリーシュは、当然それに追い付く事ができる筈もなく……


 不意に、リーシュが何かに気付いた様子で立ち止まった。


「…………あれ? 男の人には、心臓が二つある…………?」


 ああ。リーシュの中で、男という存在がどんどんバケモノに進化していく…………


 見たくもないシーンを一部始終見てしまった俺は、再び椅子に座り直し、頭を抱えた。


 次から肉体労働系のミッションは、内容をちゃんと選ぶようにしよう……心労が大き過ぎる。


「ご主人、やべえっス」


 スケゾーに言われて、俺は顔を上げた。


 一瞬、何がやばいのか、分からなかった――……リーシュは今まで通り仕事をしている。建築途中の灯台の真下で、石を運んでいた。その場に居る誰も、気付いていなかった。


 俺は立ち上がり、走り出していた。


 皆、リーシュを見ている――――だから、気付いていない。リーシュの頭上に積み上げられた石が、リーシュに向かって倒れて来ていた。


 速度を上げる。そのままでは、リーシュに直撃してしまう石を破壊しなければ。スケゾーが気付いたのも少し遅く、俺に文句を言う時間は残されていなかった。


 俺は工事現場に飛び出し、リーシュの目の前に現れた。


「あ、グレン様――――」




 瞬間、俺は、目を見開いた。




 リーシュの頭上に倒れ込んだ石は細かく斬り刻まれ、パラパラと小さな音を立てて、リーシュの周囲に落下した。不思議に思ってリーシュが顔を上げた時には、既にそこには何も無くなっていた。


 突如として登場し、踊るように石を解体した男は、軽やかに地面へと着地する。


「ほー…………」


 スケゾーが、その様子に関心を示していた。




「大丈夫ですか、お嬢さん」




 さらりとしていて、流れるような金髪。切れ長の瞳に、透き通るような碧眼。振り返った男は、リーシュに向かって柔らかい笑みを浮かべていた。


 装備しているのは……プラチナプレート、だろうか? セントラル・シティにある防具の中じゃ、最高級の部類だ。剣も、あれは多分かなり高価な代物なのでは。石を果物か何かみたいに、あっさりと粉々にしてしまった。


 …………何故か、出番を取られてしまったような感情に襲われた。


「あ、はい……ありがとう、ございます」


 こんな奴、さっきまでここで働いていただろうか? ……いや、居なかったような気がする。背後に薔薇でも咲きそうな、美しく整った顔。そんな奴が高価な装備に身を固めて、振り返り際に笑みを浮かべている様は芸術的で、一枚の絵画のようだ。


 あんまり、面白くないが。


「おや…………?」


 男が俺に気付いた。少し驚いたような顔で、俺の事をまじまじと見詰めている……くそ。こいつも俺が『零の魔導士』だと知っているクチだな。……セントラルの剣士なら、当たり前か。リーシュが特殊だっただけだ。


 やがて、男は…………俺に、不敵な笑みを浮かべた。


「何だよ」


「いや、別に?」


 …………何だろう。何もされていないのに、たった今、ものすごく馬鹿にされたような気がする。


 男はリーシュに向き直って、その頭を撫で………撫でた!! 俺が先程ついうっかり撫でそうになって、撫でられなかった頭を…………!!


「気を付けてくださいね。……肉体労働は、危ないですから」


 ふわりとした笑顔に、リーシュは笑顔を返した。


「はいっ、どうもありがとうございます!!」


 一体何だ、このとてつもない敗北感は……。俺は何もされていない。戦ってすらいないんだが。何故か、何かに敗北したような気がしていた。悔しいが、顔では到底太刀打ち出来そうにない。そのせいか……?


 男はマントを翻して、工事現場を後にした。



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