Part.173 アフタヌーンの緊急事態
6/17(土) 2/3
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「悪いな、グレン。俺は、今回の話からは手を引かせて貰おう」
そう言って、ラグナスが席を立った。
……まあ、納得しない奴も居るだろうな。そもそも、ここに居るメンバーの半分は正式にパーティメンバーとして登録している訳じゃない。そんな意見が出るのも当然だろう。
俺は、ラグナスに手を広げて見せた。
「ラグナス。否定はしないが……クランは、お前を戦力に入れたいみたいだ。お前が参加しないのであれば、事情が少し変わるかもしれないんだが」
「グレンオード」
ラグナスは一瞬、俺を見たが。
「貴様とやりたいのは山々だが……俺はもう、別のギルドに所属しているものでな」
そう言って、ラグナスは苦笑した。……あれ、そうだったか? 一部では孤高の戦士とまで言われるラグナスに、所属ギルドがあるとは思わなかったな。
一人、ラグナスは席を立った。小銭をテーブルに置くと、マントを翻して背を向ける。
「また、何か別の用事があれば教えてくれ」
それだけを俺に伝えて、ラグナスは赤い甘味を出て行った。……何となく、俺達はその様子を見守る。
店を出て行ったラグナスの去り後を、暫く傍観していた。
お世辞にもまともとは言えなかったラグナスが、何故かまともに見える。……何なんだ、一体。俺達がカブキに行っている間に、何かあったのか?
いつもは真っ先にツッコミを入れる筈のヴィティアが、何故か何も言わないし……。
「ヴィティア、あいつ……何かあったのか?」
「えっ!? さ、さあ!? よく分からないわね、あはは!!」
分かり易い!!
……何かあったらしい。魔導士止めてから盗賊スキルばかり覚えている癖に、相変わらず盗賊的要素が皆無なヴィティアだった。そんなんだからポーカーで勝てないんだろ。
ふと、ミューが蒼白になって、ヴィティアを見た。
「まさか、あなた……入れ替わって『した』んじゃないでしょうね……」
「へっ? したって、何を……あっ」
見る見るうちに、ヴィティアの顔が赤くなっていく。俺は人知れず目を逸らし、苦笑した。
「す、する訳ないでしょバカ!! そもそもあいつはナシだから!! 私はグレン一筋だから!!」
「ムキになって否定する所が、ますます……怪しいわ」
「むきいぃぃぃぃ!!」
俺、リアルで「ムキ―ッ」って言う奴、初めて見たよ。
リーシュが首を傾げた。
「あの……なんの話をしているんでしょうか」
ヴィティアとミューが、リーシュを見る。
……静かに、ヴィティアは席に戻った。
そろそろ、話を前に進めないとな。
「……じゃあ、一応金の話は、俺が千セル、トムディが千セル、ラグナスが千セルで良いか? キャメロンは治療の話があるだろうし、他に投資する奴は居ないよな? ……そうすると、キングデーモンからは千セル借りる感じか」
本当は、あまりキングデーモンから金は借りたくない。クランは良いと言っていたけれど、城まで寄越して貰って、仕事も貰っているのだ。この上金まで出して貰ったら、俺は一体何だという気持ちになってしまう。
一応、体裁上キングデーモンとは同盟。少なくとも、そういう話になるのだから。
不意に、チェリアがあっけらかんとした笑顔で言った。
「あ、じゃあ僕も千セル出しますよ」
えっ。
思わず、全員がチェリアを見た。チェリアはそんなに視線が集まると思っていなかったんだろう。少しぎくりとした顔で、身を引いた。
「え? ……あ、いや、な、なんでしょうか……?」
「……いや、出せるなら良いんだが……千セルだぞ? 無理しなくて良いぞ?」
具体的に言うと、セントラル・シティでかなり贅沢しながら生活しても、丸二年は生きられる金額だぞ。そんな貯金が一体どこにあったのか。
「実は、一人でヒーラーをやっていた時の貯金が結構あってですね、あはは……」
結構って言うような額、か? こいつ冒険者を始めて何年目だよ……。
「……まあ、じゃあチェリアが千セル、だな。これで冒険者依頼所にギルド申請して来るかな」
よく考えてみれば、俺ってチェリアの事、あんまりよく知らないんだよな。セントラルで聖職者をやっていた、という事位しか情報が無い。
それを言えばラグナスもだが、謎が多いんだよなあ。
「……あの、グレン様」
不意に、リーシュが俺の服の裾を引っ張った。
「リーシュ?」
「できれば、そろそろ……外に、出ませんか」
一体、どうしたって言うんだ……?
*
俺達は、赤い甘味を出た。
「……とりあえず、ギルドの申請出して、キングデーモンに報告して来るよ」
ラグナスが、ギルドメンバーにならなかった。ギルド全体の総力として考えると、抜きん出た実力を持っているラグナスが抜けるというのは、かなり大きな問題だ。
だけど、せっかくクランが用意してくれた席なんだ。俺は可能なら、この話を引き受けたい……俺に付いて来てくれたメンバーにも、少しばかりの安定が生まれる。根無し草の今から考えれば、こんなに良い事はない。
スケゾーが奪われた件といい、これまで負担ばかり掛けて来たからな。
「一度、私達は戻るわ。あんまりキャメロンを外に出しておくのも……まずいから……」
ミューはそう言って、俺達に手を振った。
「あんまり俺を病人扱いしないでくれ、ミュー。もう傷も塞がっている、じきに治る」
「そう……傷口を舐めても……同じことが……言えるかしら……?」
「それは……やめてくれ」
しかし、すっかり仲良くなったもんだな。元々兄妹のような存在だった訳だから、ようやく元に戻ったって所か。
ミューとキャメロンの背中を見ながら、俺はリーシュに聞いた。
「それで、リーシュ。……どうしたんだ、さっきから。何かあったのか?」
赤い甘味に入ってから、リーシュの様子が変だった。キングデーモンに居た時に、クランから言われた言葉と何か関係があるのかと思ったが。
リーシュは青い顔をしている。いまいち、俺達の普段の会話にも付いて来られていない様子だった。いつもなら、先陣切ってボケを担当する所だ。本人に自覚は無いかもしれないが。
「……さっき、赤い甘味で……人が、話していたんです」
「話してたって、何を?」
「ノックドゥに魔物が来た時に、魔物の前に立っていた人間には……その、翼が生えていた、って」
――――――――翼。
『人間、らしいんだ』
クランの言葉を思い出す。
「私、怖くて……」
今までに追い掛けてきた事が、一本の線に繋がっているような気がするのは……俺の、気のせいだろうか。
ゴールデンクリスタル。スカイガーデン。冒険者組織。呪い。
何かが繋がって行く気がしている。そして俺は、その事を考えないようにしている。
その先に見えるモノは、俺にとって都合の悪いモノのような気がしている。
まだ、魔物と戦った事もないのに。
「グレン、どうしたの? 冒険者依頼所に行くんでしょ?」
ヴィティアがそう言って、俺の顔を覗き込んだ。
「あ、ああ」
まだ、ただの噂話だ。気にするような段階じゃない。
だけど――……もしこれが奴等の仕業だとしたなら、奴等は遂に動き出した。そんな可能性も、考えておかないといけないか。
リーガルオン以上の強敵が現れる可能性だって……否定はできない。
俺は、リーシュの頭を撫でた。耳元で、小声で囁く。
「大丈夫だ、リーシュ」
翼、か。リーシュの魔力は魔物の物だから、リーシュが魔力を高める時、その姿は天使のような翼の形で現れる事がある。
そして、それを仕組んだのは連中だ。それは、間違いない。
その話が本当だとするなら。俺がやらなければならないことは。
「お前は、何も気にするな」
「…………はい」
リーシュは俯いて、俺の言葉に頷いた。
人を背負って立つ。その意味を、重みを、俺はよく理解している。油断をすれば人を失う。俺達はどこかでいずれ、連中とぶつからなければならない時が来る。
俺が、しっかりしないと。
「緊急警報です!! 冒険者の方は、東門に集まってください!! 緊急警報です!!」
俺達は、声のする方に振り返った。
緊急警報!? そんなもの、久しく聞いていなかったが……敵襲か……!!
セントラル・シティでは基本的に、外敵などから街を守る役割は所属ギルドであるキングデーモンが引き受ける事になっている。だが、キングデーモンがその実力を以ってしても太刀打ちできない、或いは難しいと判断した時、こうして一般の冒険者にヘルプを頼む時がある。
当然、報酬は普段のミッションから考えると段違いに良い……が、その分危険も付き纏う。俺達に拒否権は無いから、危険が付き纏おうが何だろうが、参加するしか無いんだが。
「グレン……!!」
「ああ、トムディ。魔物だ……!!」
ラグナスは居ない。キャメロンは動けない。……このメンバーで行くしかないのか。
俺達はすぐに、東門目指して走り出した。もう既に、俺達と同じように報告を受けて、東門に向かって走り出している冒険者が沢山居る。
あのキングデーモンが、助けを求めるような魔物の群れ。
間違いない。
そこに、ノックドゥを襲った『人間らしき何か』が、居る……!!
「ま、魔物!? もうじき日も暮れるわよ!?」
「時間なんか関係ある訳ねえだろ!! ヴィティア、お前は後ろに下がってろよ、いいな!!」
戦闘スキルを殆ど持たないヴィティアには、今回のミッションは重過ぎる。……くそ、ラグナスは来るんだろうな……!!
トムディが俺よりも前に出て、笑みを浮かべた。
ポケットから、魔法石を取り出して包み紙を開ける。
「僕の出番か……!!」
なんだ……? いつも引っ込んでばかりのトムディが、いつになく強気になっている。我先にと東門目指して走って行く……!!
「おい、トムディ!! 相手の数はきっと多い、油断するなよ!!」
俺の言葉に、トムディは振り返った。
あの、怯えていた頃の面影が何処にもない。杖を握り、武者震いをしながらも、俺に向かって笑みを見せた。
「大丈夫さ!! この至高の聖職者が、あっという間にやっつけてみせるよ!!」
自信。
……どうしてだ? いつからトムディは、こんな風になった……? 覚えがない。カブキに向かった時は、いつもと同じトムディで。
リーガルオンとの一戦で、無事に連中を倒せた事が、トムディの自信に繋がっているのか。
俺は、カブキでトムディが戦った相手との一戦を見ていない。スカイガーデンでも……それが実体を伴う自信だと言うのなら、良い。だけど、そうではなかったら……?
偶然。幸運。そんな要素の絡むものだったら。
「ちょっと、トムディ!! 待ってよ!!」
ヴィティアがそれを追い掛ける。
至高の聖職者。
その言葉を聞くと、どうしても最近見る夢の事を思い出してしまう。
戦闘において、最もしてはならないのが『油断』だ。ほんの少しの、歯車の食い違い。たった一瞬の、気の緩み。そういう事が、現実の戦闘では色濃く結果に現れて来る。
……大丈夫なのか。
嫌な予感が、止まらない。
*
東門に辿り着くと、俺は東門周辺に立ち止まっている冒険者を発見した。
冒険者が固まっている。実際に最前線で戦っている冒険者は少ないという事か……? 敵の数が少ないからなのか、それとも立ち止まっている冒険者のレベルが足りていないのか。くそ、人混みで前が見えない……!!
「……あ!! 『零の魔導士』か!! クラン・ヴィ・エンシェントが探してたぞ!!」
冒険者の一人が、俺を見てそう言った。
「グレンオード・バーンズキッドだ。教えてくれ、今、どういう状況になってる……?」
問い掛けると、槍を持った男は苦い顔をした。
「キングデーモンが最前線で戦ってる。ヘルプで駆け付けたのは良いが、俺達じゃちっとも相手にならないんだ……戦えないと思った者は、後ろに引けって。それで今、この塊ができてる。あんた、強いのか?」
「さあな。強いかどうかは分からないが、俺にも見せてくれ」
トムディがもう、前に消えている。今の状況が知りたい。
どうにか、人混みを掻き分けて前へと進んだ。異様な魔力を感じる。その圧力に、並大抵の冒険者だったら足が竦んでしまいそうだ。……やっぱり、敵の数が少ないという事は無さそうだ。という事は、相手が強すぎるせいで、戦える冒険者が極端に少ないのか。
ようやく、視界が開けて来る。東門の向こう側は草原になっていて、広く見渡せる、が――……
前に出たは良いが、俺は立ち止まった。
……おい。……なんだ、この状況。
「グレン様!!」
「グレン、大丈夫!?」
リーシュとヴィティアが、俺と同じように人混みを掻き分けて来る。見た事も無いような、凶暴そうな魔物の群れ。出会ったことはおろか、本ですら見た事が無いような、禍々しい風貌。その魔物の群れに対して、明らかに不釣り合いな人間の冒険者達。
キングデーモンが、助けを求める訳だ。
その先頭集団に対して、一直線に走って行く男が見えた。魔法で自身の数を増やし、敵陣に突っ込む――――…………
「トムディ!!」




