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Part.16 冒険者の街、セントラル・シティ ☆

挿絵(By みてみん)

「わあ…………!!」


 広大な商業地。通りを歩いている、実に色々な職業の人々。街の光景を見て、リーシュは感嘆の吐息を漏らした。


 魔物や天災などの被害から集落を護るため、積極的に傭兵を雇い入れ、様々な街や村と契約をすることで栄える街というものがある。それがこの中心街、『セントラル・シティ』だ。


 俺とリーシュは、中央にコロシアムを構える、広大な街の敷地に足を踏み入れていた。


 武器屋、防具屋、旅の行商人。様々な露店は所狭しと立ち並び、コロシアムでは武術の大会も豊富に行われている。『傭兵依頼所』という、セントラル・シティが請け負っている仕事の案内もあり、様々な傭兵……じゃなかった、冒険者はそれを目的に、この場所へと訪れる。


 俺も、薬を売る以外の用事で来るのは久し振りだ。


「グレン様!! 見てください、こんな所にお菓子が売ってますよ!!」


 リーシュは楽しそうに、辺りの様子を見回しては歩いている。……あれ? リーシュは最低でも一度は、傭兵登録をするために、このセントラル・シティを訪れているはずなんだが。まあ、誰かと来るのは初めてなのかもしれないな。


 今日のリーシュは何時にも増して元気だ。輝く銀髪も、黄金の瞳も、いつも以上に光を放っているように見える。


「リーシュさん、すごいっスねー。まるで水を得た人面魚のようっスねえ」


「せめて人魚って言ってやれよ……」


 スケゾーが俺の肩で、リーシュの様子に感心している。


 近くの山の上に構えていた、俺の『魔導士相談所』。サウス・ノーブルヴィレッジの一件後、不安を感じて真っ先に戻った俺は、その惨状を目の当たりにする事となった。


 家は見事に倒壊し、家具はその下敷きになっていた。愕然とした俺は……まあ、ある程度予想はしていたので、無事リーシュを襲う事も無く、溜め息をつく程度に留まったのだが。それでも、被害は酷いものだ。


 ……いや、俺にリーシュを襲うなんて土台無理な話なんだけども。


「元気な所、悪いけど……お前、分かってるんだろうな? ……別に、ここに遊びに来た訳じゃないからな?」


 一応、釘を差しておく。すると、リーシュはガッツポーズで答えた。


「はいっ、ここでお金を稼いで、グレン様に返します!!」


 不安が拭えない。


 本当に分かっているんだろうか。……千セルって、もう普通に働いて返せるような金額じゃないぞ。


 家が破壊された事によって、当然のようにリーシュの借金は五百セルなどでは足りるはずもなく……千セルの借用書をきっちりと書かせて、俺はその返済を持つ事になった。


 我が家をぶち壊した当の本人は、もう金額のイメージが付かないからなのか、心機一転と言った様子で張り切りに張り切っている。……いや、それは良い事なんだけども。


「依頼を受けて、村を助けて、金は入らず、家は壊され、挙句、今日の寝床を探している俺である」


「スケゾー。だから人の心を読むなと言っているだろう」


「……ぶふっ。クヒヒ……」


 スケゾーではないが、もう、笑うしかない。


「……グレン様?」


 不意に、リーシュが俺の顔を覗き込んで来る。俺は思わず俯いていた顔を上げて、リーシュから目を逸らした。


 上目遣いはやめろ。見た目に破壊力があり過ぎる。


「グレン様……本当に、本当に、ごめんなさい。何としても、お金はお返ししますので……その、今は元気を出して頂きたくて、ですね……」


 リーシュが俺の様子に気付いて、少し悲しそうな顔になった。その表情に、俺は堪らず呻き声をあげた。


 こういうのが苦手なんだ。……俺は別に、リーシュに罪悪感を持って貰いたい訳ではない。……いや、勿論ちょっとは持って貰いたいのだが、ずっとヘコまれても、それはそれで対処に困る。


 だから俺は、悲しむに悲しめないのである。


「ああ、大丈夫だよ。元々あの家は俺が自分で建てたもんだから、それはまた建てればいいからさ。荷物はここに、全部持って来てある訳だしな」


 俺はリーシュの頭を撫でようとして、引っ込めた。代わりに、例によって小さなカプセル状になった俺の荷物を見せて、笑みを浮かべた。


 釣られて、リーシュが笑う。そう、お前は笑っていてくれた方が良い。


「その意気です!」


 でも、言葉はもう少し勉強しよう。な?


「……私の借金、千セル、になってしまいましたが……どうにか、頑張りますので……」


 金額を口にしたからか、リーシュが少し青褪めた顔で、張り付いたような笑みを浮かべた。


 と言っても、リーシュは今日から俺と一緒に働く。だから借金なんていうのは、これからの仕事がハードになるかソフトになるかの違いで、あまり大きな話ではない。


 俺がそう、リーシュに言い掛けた時だった。


「リーシュさんリーシュさん。デートでお金を使わせる、というのはどうでしょう」


「…………デート?」


 気が付けば、俺の肩の上に居たはずのスケゾーが場所を変え、リーシュに耳打ちしていた。


「擬似デート体験、って奴っスよ。ご主人慣れてないんで、一日一セルなんて当たり前、夜も付き合えば三から五セルくらいは」


 俺はスケゾーを殴った。


「ご主人!! オイラはご主人にも美味しい話をしているのに!!」


「お前は俺を何だと思ってるんだ!!」


 俺とスケゾーのやり取りを見て、リーシュは微笑んだ。


「やっぱり、スケゾーさんはグレン様を元気にするのが上手いですね。見習わなきゃ」


 ……俺は頭を掻いて、溜め息をついた。


 未だに、慣れない。自分の仲間に女の子が居るという感覚は……しかも、贔屓目なしでも、どう考えてもリーシュは美少女だ。顔は文句無しに整っているし、プロポーションも完璧……に、なってしまった。


 もはや、見た目だけなら俺がケチを付ける場所は全く無いわけで……そんな奴に慕われているというのは、どうにも気恥ずかしい。


「……とにかく、今夜の宿を探さないとな」


 苦し紛れに、俺はそう言った。リーシュは笑みを浮かべたまま、それに応える。


「馬小屋ですか?」


「どこで寝るつもりだよ!?」


 ファンタジスタトークについては、もうこの際、目を瞑る事にしようと思う。


「あ、いえ、お金が無いかと思ってですね……」


「流石に、今日明日の生活に困るような生き方はしてねえよ。安心しろ」


 俺が金に煩いのは、別に金欠だからではないぞ。


 とにかく、今日はここで宿を探さなければならない。元・俺の家からセントラル・シティまで、半日ほど掛かる。サウス・ノーブルヴィレッジからここまでの時間を合計すると、馬車を使っても丸一日ほど掛かっている。もう朝だが……馬車で寝るのは、中々に疲れるものだ。


 リーシュの様子を見るとまだまだ元気そうではあったが、今夜くらいは高いベッドで寝かせてやった方が良いだろう。セントラル・シティの宿の相場は……変わっていなければ、六千トラルから一セル程度だ。


 俺はリーシュに、一セル札を渡した。リーシュは目を丸くして、それを受け取る。


「…………あの、これは?」


「パーティーリーダーは、メンバーの生活を保障しないといけないからな。……向こう一ヶ月は返済無しで、日毎に給料出してやるよ。んで、これは今日の分な」


 リーシュは目を白黒させている。あの田舎で暮らしていれば、一セル札なんて握る機会は片手で数える位だろう……やがて驚愕の為か慌て出し、中々に面白い顔になっていた。


「あわわ……だ、駄目ですよこんな……お金を借りているのに、その上お給料なんて……きゃっ!」


 俺はリーシュの額に、デコピンを喰らわせた。


「勘違いすんな。その代わり、これから受ける仕事やミッションなんかの報酬は、二分しないで俺が貰うんだ。働きが良ければ、ボーナスも出してやるが……当然、借金返済も含めて、給料が出せない状況なら出さないからな。覚悟しておけよ」


 その方が、リーシュも分り易くて良いだろう。額を押さえて、リーシュは俺の言葉を反芻しているようだった……やがて、少しばかり緊張した面持ちで、叫ぶように言った。


「……は、はいっ!!」


 良い返事だ。俺は、笑みを浮かべた。


 しかし……薬を売るんじゃやってられないからな。本当に、ミッションを受けなければならないだろう。幸いにも、リーシュが居るお陰で受けられるミッションの内容は飛躍的に広がる。リーシュは目を輝かせて、これからの期待に胸を躍らせているようだった。


「ミッション…………!!」


「ミッション…………」


 俺は逆に、『ミッション』の言葉に対して良いイメージが何も持てなかった。


 ああ、懐かしき過去よ。ソロ同士でパーティーを組んで、何度かミッションを受けに行った事もあった。そのうちに、気の合う仲間というものは見付かるのではないかと……奴等、俺が飛び道具を使えない事に難癖を付けて、パーティーから外しやがって。


 その点、今回仲間として引き連れているのは、問題があるが故に俺にケチを付ける事など無い、そういう意味では優秀な剣士だ。問題はあるが。


「私、ミッションを受けた事が無いので、よく分からないんですよね……ミッションって、何をするんでしょう?」


「本当に、お前は一体何の為に傭兵登録をしていたんだ……」


 問題があり過ぎだった。


「ピンからキリまで、本当に何でもあるよ。それこそペットの捜索とか、魔物に関係ないモンもあるぞ」


 ミッションというのは、セントラル・シティに住む人や契約している他の街・村の人が、セントラル・シティに依頼書を出す事によって発生する仕事のことだ。


 内容は様々だが、中心街として他の街や村から金を受け取っているセントラル・シティは、提出された問題を解決する義務がある。


 セントラルに傭兵登録……冒険者登録するという事は、つまりセントラルに回ってきた護衛や撃退の仕事を代わりに引き受けるってことだ。


 だが、何が来ても依頼書なので、所謂何でも屋に近い。出されたものは処理しなければならないから、適当に貼られていて残っている事もある。


「セントラルの工事関係とか、希少なアイテムの捜索願いとかな。珍しい所では、金持ちの道楽で使い魔のレンタルなんかもあるな」


 リーシュは話を聞くと、少し興味深そうに思考し、何かに気付いたような笑顔になり、不意に顔を赤くして、果ては少し涙ぐんでいた。


「服を脱いでくれとか言われたら、どうしよう……」


「それはまず無いから安心しろ?」


 こうも言う事やる事ズレていると、どこからどうツッコめば良いのか悩む。


 しかし、全くイメージが付かないと言うのも、少しやり難いな。本格的なミッションは明日から始めるとしても……まだ朝だ。薄い報酬のものなら、今日受けられるミッションがまだ残っているだろうか。


「何なら、今日受けに行くか?」


 きょとんとして、リーシュが目を丸くした。


「今日、ですか?」


「まだ朝だからな。傭兵依頼所……じゃない、冒険者依頼所に行けばミッションが残ってるかもしれない」


 どうにも慣れないな、傭兵の事を冒険者と言うのも。リーシュは暫しの間、悩んでいるようだったが――……


「はい、見てみますっ!」


 そのように、答えた。


「じゃあ……宿に荷物を置いて、一時間後にまたここで待ち合わせしよう」


「…………? はい、分かりましたっ!」


 今の間は一体何だろうか。……元よりテンポのずれている娘なので、また何か明後日の方向に物事を考えていたのかもしれない。


 俺はリーシュに手を振って、歩き出した。


「あの…………グレン様」


 不意に、リーシュが俺を呼び止める。既に歩き出していた俺は立ち止まり、リーシュに振り返った。


「どうした?」


 少し恥ずかしそうに、リーシュは俯いていた。


「……なんだよ」


 やがて、リーシュは決意を持った瞳で、俺を見た。




「あ、あの……デーモンさんと戦った時みたいに、私のこと、『お前』じゃなくて、『リーシュ』って、呼んで、いただけないでしょうかっ!!」




 思考が半分空中に浮いた状態のままでフリーズし、俺は言葉を失った。


「あっ、あー……えっと……」


 顔が熱い。……不覚にも、リーシュの発言にときめいてしまった自分がいた。


 言ったか? 名前なんて、とてもではないが恥ずかしくて呼べないと思っていたが……スケゾー、お前ニヤニヤ笑うのもいい加減にしないと殴るぞ。


 あの時は戦っていたから、無意識のうちに呼んでいたかもしれない。……そうだった、だろうか。実はここに来るまで、気にしていたのだろうか。


 ……本当に。仲間に女の子が居るというのは。……慣れない。


 リーシュは少し、泣きそうな顔をして俺を見ていた。……これは、言わなければいけない奴だろうか。きっと、そうなんだろう。


「……………………じゃあ一時間後にな、リーシュ」


 俺は思った。


 こういうのを、『花が咲いたような笑顔』って言うんだろう。




「はいっ!!」




 思わず呆然と見惚れてしまった俺。慌てて目を逸らして、背を向けたままリーシュに手を振って、俺は宿を探し始めた。


「いやー、青春っスねえ」


 俺はスケゾーを殴った。


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