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Part.167 あまりもの軍団へようこそ!

 ミュー・ムーイッシュは空高く飛んで行くリーガルオンを、呆然と眺めていた。


 信じ難い光景だった。


『良いか、お前はゴミクズだ。ゴミクズに選択する権利はねえ』


 何度も、そのように言われて来た。決して打ち破る事のできない高い壁を前にして、ミューは半ば、諦めを覚えていた。


 全てを諦め、言われた通りに行動すること。


 それは、何よりも楽な事だった。


 グレンオードが、その場に大の字になって倒れる。スケゾーと呼ばれる使い魔がグレンと分離し、グレンの腹の上でくたばっていた。ミューがグレンに近付くと、グレンはすぐに気付いた。首だけを上に向けて、ミューを見る。


「おい、ミュー。まだ動くなよ。キャメロンの手当てが終わったら、チェリアがお前の事も回復してくれるから――――そうだ、キャメロン!!」


 瞬間、グレンは勢い良く起き上がった。部屋の隅に居る、瀕死のキャメロンを気にしたのだろう。


 だが、大丈夫だ。あの、チェリアという少女――いや、少年だったか。彼はどうやら回復職としては相当な腕前のようで、みるみるうちにキャメロンの傷は塞がって行った。


 チェリアは回復魔法を一時的に止め、グレンにピースサインを送る。その様子を見て、グレンは安堵したようだった。


「……はー。……なんとか、なったのか」


 ミューは、苦笑した。


「ねえ、グレン――――」


「うボバァッ!!」


 瞬間、グレンは猛烈な勢いで起き上がると、外壁の穴の外へと首を突っ込んで、猛烈な勢いで嘔吐していた。


「えっ、ちょっ……!? だ、大丈夫……!?」


 何が起きたのか、ミューには分からなかったが。


 グレンは一頻り胃の中のモノを吐き出すと、建物の壁に凭れ掛かり、頭を押さえた。


「ハァ、ハァ……ちょ、ちょっと待ってくれ……」


「ど、どうしたの……?」


 どうにか呼吸を落ち着かせると、グレンは言った。


「……俺は、スケゾーの……魔物の魔力を共有して、戦ってる。……魔力共有し過ぎると、どうも身体の調子がおかしくてさ」


 それは、大丈夫なのだろうか。リーガルオンのように、半分魔物になっていた訳でもない。グレンオードはただの人間であり、人間が扱う事のできる魔力量と、魔物の扱う魔力量には雲泥の差があると言われている。


 ミューは魔力を持たないため、グレンの今の状態について、正直ミューにはよく分からないというのが本音だが――……それでも、常識的に考えればまともな戦い方とは言えないだろう。


 ミューはグレンの隣に腰を下ろして、グレンの顔色を窺った。


 ……一目見て分かる程に、顔色が悪い。


「や、やめてよ。死ぬ所を助けられて、あなたに死なれたんじゃ……気分が、悪いわ」


 ミューがそう言うと、グレンはミューの顔を見て、笑った。


 相変わらず、グレンの額の汗はひどく、肩で息をしていたが。


「良かった。……元に、戻ったな」


 そう言われて、ミューは思わず、目をぱちくりとさせてしまった。


「目が生きてる」


 そうして――……。


 ミューは、思った。


 どうしてこの男――……グレンオード・バーンズキッドに、これ程に心を動かされてしまうのか。


 ただ純粋に、今よりもより良い明日を。一人で居るよりも、共に生きる仲間と助け合える明日を。そのように望んでいるだけの事が、どうしてこんなにも、尊いと思えてしまうのか。


 その問いに対する答えは、とても簡単なものだった。


 ミュー・ムーイッシュ自身も、心の何処かで、それを望んでいたからに他ならない。


 一人は、寒い。冷たくかじかんだ手が、どうしても動かなくなってしまう時がある。


『もしかしてお前、あいつが好意で家族を探していたと思うのか?』


 あの日、リーガルオン・シバスネイヴァーがミューの所に来て、ミューに撒いて行った種。


 それは深くミューの心臓に植え付けられ、ミューの気付かない内に成長し、本来咲くべきであったミューの花を殺してしまった。


 栄養を奪われてしまったのだ。ちょうど、花壇に育つ雑草のように。


『お前が居たら、生活できねえからだ。お前を誰かに押し付けたかった。厄介払いがしたかったんだよ』


 ただの『厄介者』でしかない存在なのだと、自分を認めること。それこそが、何よりも辛い決断だった。認めた瞬間に、ミューの心の奥底から、『熱』が引いてしまった。


 まるで、死んでしまっているのと同じであるかのように。


 いや、ミューは死んでいたのだろう。或いは、凍ってしまっていた。


 今、ミューの雑草は刈り取られ、暖かい日差しの下に晒されたのかもしれない。


 それは、グレンオード・バーンズキッドの手によって。


「……ありがとう。……ごめんなさい」


 嬉しくて、涙が出る事がある。


 そのような想いを、ミューは久方振りに感じていた。


「礼なら、キャメロンに言えよ。……ずっと、お前を探していた。お前を助ける道を、俺よりもずっと、探していたと思う」


 今は眠っているキャメロンも、何れ目を覚ますだろう。――……そうしたら、どんな話をしようか。


 もう、何かに縛られたり、結果を出せない事に怯えなくて良いのだとしたら。きっと、話す時間など幾らでもある。


『俺は。俺とか、お前みたいな人間が、今より生きやすい場所を作れれば良いって思ってる。その為になら、死んでも良いって思っているのかもしれないな』


 あの日、ミューにグレンが言った言葉。それは無謀なのではなく、グレンにとっての挑戦だったのかもしれない。


 何れにしても、ミューは救われた。


 ミューにとっては、グレンとキャメロン、二人共が『ヒーロー』だ。


 果ての見えない暗闇から、ミューを連れ出した。今もなお、ミューの前に手を差し伸べて、こう言うのだ。


「あまりもの軍団にようこそ。よろしくな、ミュー」


 それは、二度目の勧誘だった。


 今度はきっと、暖かいままでいられるだろう。


「…………ええ。…………よろしくね」


 柔らかな陽光の下、やがて花開くその時まで。




 *




 トムディ・ディーンは、走っていた。


「ハァッ……!! ハァッ……!! ……ったく、どこまで行ったんだよ、リーシュの奴は……!!」


 どれだけ森を探しても、リーシュの姿は見えない。先程、大きな音が聞こえた後だ。それは間違いなくリーシュの発生させた音だろうと期待して、トムディはその方角へと向かって行ったが。


 トムディが走っていると、やがて異変に気付いた。思わずトムディはその場に立ち止まり、空を見上げた。


「……あ、晴れた……」


 分厚い雲の隙間から、光が顔を出したのだ。その向こう側に見える青空を一瞬トムディは眺めたが、光の当たった場所に気付いて、再び走り出す。


「リーシュ……!!」


 丁度その場所に、リーシュが倒れていた。すぐ向こう側は崖になっていて、そんな所で眠っていたら、誰かに落とされてもおかしくはない。トムディは思わず顔を青くしたが。


 しかし、リーシュの隣に座っている魔物を発見して、トムディは驚いた。


「……タマタ……おっと。……なんで、ここに」


 リーシュに懐いていた猫型のケルベロス――……ネコベロスが、リーシュの隣に座って欠伸をしていた。


 瞬間、足音に気付いて目を覚ましたのか、リーシュが徐ろに起き上がった。トムディを発見すると、リーシュは笑顔を見せる。


「ふあぁ……あ、トムディさん!! おはようございますっ!!」


「早……くはないかなー……」


 大方、また戦っていたのだろう。トムディは溜息をついて、しかし安堵していたが。


 瞬間、大きな音がした。咄嗟にトムディとリーシュは、音のした方角を見詰めた。金色の建物――……。その壁が粉砕され、何かが勢い良く飛び出した。


「あ、あれは……!!」


 トムディは驚いて、その存在を凝視してしまった。


 獅子の鬣のように、堂々とした風貌の髪。しかし、その姿はセントラル・シティで見たものとは全く違う、獣のような見た目だった。……まさか、建物の中でグレンが戦っていたのだろうか。


「リーガルオン・シバスネイヴァー……!!」


「トムディさん……!! もしかして、グレン様が……!!」


 リーシュもトムディも、思わず明るい表情になっていた。


 あれが、グレンの仕業だとするなら。……この戦いに、勝利したのだ。


「グレンが、勝ったんだ」


 それは、どうにも誇らしい。


「ほー……マジか。こいつはすげえや」


「なっ……!?」


 二人のどちらのものとも違う声に、トムディとリーシュが振り返った。


 そこには狐のような顔をした――……トムディもリーシュも知らない男が、立っていた。咄嗟に武器を構えたトムディとリーシュ。だが、男は笑って二人に手を振った。


「あ、俺は敵じゃないからね? 攻撃とかナッシングで頼むぜー」


 その男は、どうにも軽かったが。


 鍔の広い帽子を深く被り直して、密かに男は笑みを浮かべていた。


「……どーにも、こいつは面白くなりそうだぜ」


 その小さな呟きは、誰にも聞こえていなかったが。



ここまでのご読了、どうもありがとうございます。

十一章はここまでとなります。


作者体調不良につき、執筆が遅くなってしまい……大変申し訳ございませんでした。


いよいよ、物語は終盤を迎えます。

もう少しばかり、お付き合い頂ければ幸甚です。


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