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Part.166 狂楽の、ゼロ・クライシス

4月3日更新 2/2

 俺だって。一人で生きる事は、強い事だと思っていた。


 リーガルオンの一発は攻撃を受け止める毎に重くなり、もはや『二十%』の魔力共有をした俺でさえ、その重量に耐えるのが難しい程になっていた。リーガルオンの全身から放たれる怒りはただ、俺に向けられている。


 怒り……怒り、か。リーガルオンは話しながら、段々と――俺に怒りを感じているようだった。その怒りは殺意となり、そして奴の原動力となる。


 激しい波のように放たれた攻撃を、どうにか受け止める。


 己の二倍はあろうかという獣のような男に、ただ力任せに剣をぶつけられる魔導士。……傍から見ていれば、一方的な攻撃だ。


 リーガルオンの瞳は獰猛な野獣のそれのようだ。そして、次第に防御が難しくなって行く……!!


「どうだ、分かるか……!? これが、『王』たる者の本気だ……!! ぬるま湯に浸かってるゴミクズには、一生分からねえだろうがな……!!」


 反撃は難しい。俺は精一杯の防御で、リーガルオンの攻撃を受け止める。


 これ以上の魔力共有は、駄目だ。……強い強いと思っていたが、これ程とは。


 さっきまでの一方的な攻勢が、完全に逆転している……!!


「己だけを鍛え!! 己だけを信じ!! 己だけを見詰めて生きろ……!! なァ、グレンオードよ。お前はそうやって人に尽くして来て、得した事があるのか!?」


 目眩がした。……長時間の魔力共有が齎す、反動だ。


 スケゾーの魔力は、諸刃の剣。俺自身の許容量を超えれば自分にどんな影響があるか分からないし、駄目になっちまう事もある。


 圧し潰されて行く。……そんな恐怖はいつも俺の中にあって、スケゾーと魔力共有をする度、否応無しに感じさせられる。


 俺自身の、限界。


 くそ。


 俺は、歯を食い縛った。


 ……だが。どうにかリーガルオンの攻撃を受け止め、踏み止まった。


「『得』だと……!?」


 違う。


 こいつの言っている事は……視点は、違う。


『何をしたって、駄目なんだ!! 思い通りにならないんだ……!! 僕みたいな奴も居るんだ!! 始めっから何でも出来る、お前等とは違うんだ!! 一緒にするなっ……!!』


 トムディ。


 俺は、見て来た。人を大切に想うがあまり、悩み、闘い、身も心も擦り切れるようになってもなお、それでも行動せずにはいられない。そんな人間を、何度も見て来た。


『こんなの、罠に決まってるでしょ!? あんたの軽はずみな行動で、あんた達全員が危険な目に遭うかもしれないのよ!? どうしてそれが分からないの……!!』


 ヴィティア。


 それは決して、『ぬるま湯』なんかじゃない。本気で誰かを大切に想う事は、決して楽な事なんかじゃない。時には裏切られたり、手の平を返されたりして、傷付く事もある。それでも人を大切にする。そんな覚悟が、確かにあった。


 食い縛った歯から、血が垂れる。


『ひとを護れないのは、弱いから、ですか』


 リーシュ。


 損得の問題じゃない。利用するかされるか、そんな事は問題じゃないんだ。人に突っ撥ねられて来た俺達余り物にとって、突っ撥ね返してそっぽを向く事なんて箸を持つみたいに簡単で、最もやりやすい行為だった筈だ。


 だけど、それじゃ駄目だろ。


 それじゃあ、人は救われない。


 自分さえ良ければ、相手の事は分からなくても良いのか。それで本当に、心の隙間ってやつは埋まるのか。他人に盲目になれば、次は自分の事にも盲目になってしまう。そういうもんじゃないのか。


 そうだ。


『強くなりたい…………!!』


 損得の問題じゃない。


「リーガルオン・シバスネイヴァー!!」


 俺は、リーガルオンの剣を弾き返した。


 リーガルオンの、顔色が変わった。


「その軽い肩に、俺の荷物は乗せられねえよ……!!」


 俺の背中にあるものは。そんなに薄っぺらくて、風が吹けば飛んでしまうようなモノじゃない。


 信頼とか友情とか絆っていうのは、損得勘定なんかで計られるような価値じゃない。


 俺にとってのそれは。


「スケゾー……!! 俺は、やるぞ……!!」


 俺にとってのそれは――――――――『救い』だ。




「『二十五%』!!」




 お前が二度吠えるなら、俺は三度吠えてやる。


 背負うモノの無い男に、俺の荷物は背負わせない。


 もう、誰も。殺させてなるものか。


「【悲壮の】……!!」




 ――――――――瞬間、目の前が真っ暗になった。




 身体の感覚が、途切れてしまったような気がした。


 足下は冷たい。全身も同じように冷え切っていて、傷だらけの身体は酷く痛んだ。すう、と気が遠くなると同時に、俺の肩に背中から、何者かの手が乗せられた。


 はっきりと、俺の肩を掴んだ。骨だらけで温かさの欠片もない、濁っていて、暗く淀んだ手。


「グレンオード・バーンズキッド」


 俺の名を、呼ぶ。


「駄目だ、グレン。……これ以上は、グレンの心が壊れちまう。……魔力は、衝動に変わる。オイラの衝動を……その身体では、抑え切れねえ」


 スケゾーか。


 ヒューマン・カジノ・コロシアムで起きた、俺の暴走。あれを食い止める為に、先に出て来てくれたのか。


 俺は、目を閉じた。


「どうしてもって言うなら、オイラが戦う。オイラの魔力で……グレンを壊す訳には、いかねえ」


 思わず、苦笑してしまった。


 スケゾーにとって、自分の魔力で俺が壊れるっていうのは、イコール俺を殺すという意味なのかもしれない。まあ逆の立場で考えれば、それは俺でもそうだろうと思うし……仕方が無い事だろうと思う。


 だけど、俺は言った。


「……お前が大きい魔力を使ったら、それこそ本末転倒じゃないか。リミッターが外れりゃ、隣に居る俺も死ぬかもしれないぜ」


「それは、どうにかする……!!」


「悪いな、スケゾー」


 背負っているモノの、重み。


「お前の抱えている、その『衝動』……俺にも、背負わせてくれ」


 俺達は、進んで手を取る。


 それは決して、無意味なモノなんかじゃない。


 俺は、目を開いた。


 同時に、宣言する。




「――――――――【ゼロ・バースト】!!」




 地面が歪んだ。


 まるで、距離の感覚が掴めない。今いる場所が全て、魔力の中に居るかのようだ。……俺は、グレンオード・バーンズキッド。その定義すら、あやふやになって行くようで。


 ただ、怒りだけが、抑えられない。


「なっ……グレンオード、お前……!?」


 リーガルオンが、明らかに動揺していた。


 お前が俺の上を行くなら、俺は更にその上を。お前が進化するなら、俺は更にその前を。


 何度だって、超えてやる。


「キヒヒ……終わりにしよう、リーガルオン・シバスネイヴァー……!!」


 ――――駄目だ。意識を、強く持て。


 ふと気を抜くと、すぐに呑まれてしまいそうだ。だが、それをどうにか堪える。


 爆発的で、圧倒的な火力。


 だが、俺は倒れてはならない。


 動いた。


 瞬時に、リーガルオンの腹を撃ち抜く。


 まだ奴が反応できていない間の出来事。気付くのはきっと、壁に激突してからだろう――……そう考えている間に、リーガルオンは建物の内壁に衝突した。


 激突の後、内壁に亀裂が入った。


 あれだけ激しい攻防があり、何度も打ち付けられ、しかし一度として壊れる事の無かった壁に、亀裂が。


 まだ、終わりにはならない。


 俺はすぐに、リーガルオンの後を追い掛けた。


 起き上がったリーガルオンが、吠える。……【野獣の咆哮】か。だがそんなもの、今の俺には『魔法』ですらない。


 何も無かったかのように、俺はリーガルオンの目の前に立った。


「くっ……!! 【野獣の】――――」


「【ブレイク】!!」


 魔法を使おうとしたリーガルオンを、間髪入れずにぶん殴る。


 時間を掛ければ、俺も終わりだ。じわじわと心が引き裂かれていくような、妙な感覚がある。ここに居るのに、俺の心だけがどこか遠くに引っ張られているような。


 戦っているのに、戦闘に集中できない。それ程に強い魔力が、俺を支配している。


 魔法を使っているのは俺なのに、俺は魔力に支配されている。


 拳を数発打ち込むと、リーガルオンが反撃して来た。


「……く、くはは……面白……」


 振り下ろされた剣を、砕いた。


 瞬間、リーガルオンの動きが止まった。俺とリーガルオンの間に、完全に優劣が付いた瞬間だったのだろう。


 リーガルオンの表情は、驚愕――……そして、苦悶。やがて、憤怒へと変わった。


「どうして、お前が……!!」


「お前に同意する事が、一つだけあるぜ……てめえが弱いのは、てめえの責任だ。他の誰のせいでもない」


 俺はそれを痛い程、知っているから。


 弱い事で、何かを護れない事がある。いつだって、誰よりも自分と戦っている。最もそれは自分の為なんかじゃなく、大切な誰かの為に、だけどな。


 自分の事だけでは、必死になれない。落ちて行けば落ちて行っただけ、やがて慣れてしまうから。


「俺は俺の責任で、俺の仲間を助ける……!!」


 リーガルオンを、蹴り飛ばした。


 構えを崩す。吹っ飛んでどうにか体勢を立て直したリーガルオンを、姿勢を低くして追い掛けた。


 丁度、動きを止めたリーガルオンのすぐ下に。俺は身体を滑り込ませるようにして、間合いに入る。


 言葉は要らない。


 リーガルオンの目の前で、俺は魔法を使った。リーガルオンの胸倉を掴むと、その動きが止まる。


 俺は、笑みを浮かべた。


「動けねえか……? 動けねえだろうな……そういう、魔法だ。……痛えぞ、こいつは」


 リーガルオンが、眉を震わせている。


『恐怖』しているのだ。


 この、俺に。


 今の今まで、俺を試すような事ばかりして来ただろう。自分の方が上だと、信じて疑わなかったんだろう。


 奴の限界、フルパワーを、俺が圧倒する。


 その事実がまだ、認められないのだ。


「……仲間、だと……」


 リーガルオンが、吠える。


「くはは……くはははは……!! 一人じゃ何もできねえゴミクズだからこそ、『仲間』なんて言葉を使うんだ……!! 付け足せ、グレンオード。『仲間』の手前にな、『都合の良い時だけ』って言葉をよ……!!」


 ……そうか。こいつの信念。こいつの、想いは……そういう所から、来ていたのかもしれない。


 何かに裏切られたのだろうか。……だが仮にそうだとして、そのせいで自分から裏切る、自分から突っ撥ねるっていうのは……やっぱり少し、違うな。


 どれだけリーガルオンが力を込めた所で、この魔法は取り払えない。


 魔力だけの問題じゃない。魔法を解除する為には、魔法への知識が必要だ。


「……らうな……」


 リーガルオンは遂に、我を失ったのだろうか。


「ゴミクズ如きが、俺に逆らうなアァァァァァ――――――――!!」


 両手に、魔力を。これは、間合いを限定する魔法。範囲内に居る相手の動きを束縛し、極僅かな範囲でだけ、俺の爆発魔法の威力を数倍にも上昇させる魔法だ。


「……同情するよ、お前には」


 見ろ、リーガルオン。


 これがお前の言う、『ゴミクズ』を背負った男の魔法だ。


 重荷でしかない、或いはぬるま湯に浸かっている筈の、男の魔法だ。


「ゼロ…………!!」


 拳を乗せる。すると、強烈な爆発がリーガルオンを襲った。


 だが、足は動かない。だから、リーガルオンは吹っ飛ばない。『動きを束縛される』というのは、何も相手の意思による行動だけじゃない。リーガルオンは今、動く事が出来ない状態にある。


 一発で吹き飛んでしまったのでは、威力が落ちてしまうからだ。


「ゼロ!! ゼロ!! ゼロ!! ゼロ!! ゼロ!!」


 俺が拳を乗せて魔法を発動する度、リーガルオンの背中にある建物の内壁まで、巨大な爆発が起こる。――――俺はただ、『魔法』に。自らの覚悟に、背中を預けた。


 意識を、集中させる。


 燃やす。爆破させる。殴る。ぶち壊す。破壊する。打ち砕く。吹き飛ばす。


 やがて、自分の中で何かが切れる音がしたかのように感じた。俺はただ拳を振るうだけの化物となり、リーガルオンの全身を殴り続けた。


 亀裂の入った建物の内壁が、やがて俺の拳によってその亀裂を深くさせ、脆くさせていく。地震のような振動が建物全体を揺らし、その地盤を不確かにさせる。


 吹き飛ばせ。


 吹き飛ばせ…………!!


「ゼロゼロ!! ゼロゼロゼロッ!! ゼロゼロゼロゼロゼロゼロゼロゼロゼロゼロゼロゼロゼロゼロゼロゼロゼロゼロゼロゼロゼロゼロゼロゼロゼロゼロゼロゼロうおおおおおおおおあああああああああ――――――――!!」


 リーガルオンの言葉を、思い出した。


『肥溜めってのは、やがて焼却されるもんだからな。ゴミを焼いただけだ。たったそれだけで、ミューは俺の部下になった。安いもんだろ』


 ちっとも『安く』なんか、ない。


 お前が焼いたのは、ミューの心だ。キャメロンの心だ。今までに様々な想いで日々を生きて来た、孤児院に居た全員の心だ。


 人は、生きている。今日も明日も、どれだけ日々の生活が貧しくても、生きているんだ。


 決死の覚悟で生きる人々を、お前は『ゴミクズ』と罵って踏み潰した。


 俺は、拳を振り被る。


 それは、『余り物』として。


 地べたを這い蹲って生きる、支配からも外れてしまった、一人の人間として。


「【狂楽の】!!」


 リーガルオンの顎は、既に砕かれていた。




「――――――――【ゼロ・クライシス】!!」




 最後の一発で、建物の内壁が壊れた。


 魔法が解ける。


 リーガルオンは吹っ飛び、建物の内壁に激突した。衝撃に耐え切れなくなった内壁は破壊され、建物に巨大な穴を開けて、リーガルオンごと大空に吹っ飛んで行く。


 俺は肩で息をしながら、それを――――…………。


 この喧嘩は、俺達の。


 勝利だ。




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