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Part.163 天駆ける乙女の小夜曲!

 ミュー・ムーイッシュは、信じられない光景を見ていた。


 目の前に、先程行動不能にした筈の男が立っていた。精悍な顔つきで立つ男は、しかし場違いな程に可愛らしい桃色の衣装を身に纏い、リーガルオン・シバスネイヴァーに立ち向かっていた。


「チェリア、グレンの回復を急いでくれ。……何か、様子がおかしい」


「はいっ!!」


 彼と共にここへ現れた魔物使いの少年が、グレンオード・バーンズキッドの所へと駆け寄る。グレンオードを部屋の端に寄せて、回復魔法を使っていた……あれは、聖職者の魔法だ。使えたのだろうか。


 だが、回復とは関係ない。グレンオードに打ち込んだ弾丸には、全身を麻痺させる薬品が混ざっている。もう暫く、グレンオードは動けない筈だ。


 彼が――……キャメロン・ブリッツが、背中のミューを見る。


「ミュー」


「…………?」


 あまりに唐突な出来事に、ミューは反応すら出来なかった。


 キャメロンは、ただ一言。


「もう、大丈夫だ」


 そのように、言った。


 その表情には、微笑みすら見えていた。


「あ……」


 瞬間、ミューは気付いた。


『魔法、少女だ』


 その衣装。その言葉。長いリーガルオンとの生活の中で、忘れ去られていた事が確かに一つ、あった。それは嘗てミューの生きる希望であり、ミューの憧れでもあった。


 キャメロンが、拳を構える。一直線に、リーガルオン目指して走り出した。


「まじかる☆乙女ちっく☆神拳!!」


 ――ああ、そうだ。


『分からないのか……? ……あれは、魔法少女だ……。お前の愛した、あの、魔法少女なんだ……』


 彼は、キャメロン・ブリッツは、きっと、追い掛け続けていた。


 幼い頃、ミューが追い掛け続けていたもの。そうして、諦めてしまったもの。人を助け、人を救う。今となっては得体の知れない、『ヒーロー』という何か。


 愚直にも、それを目指し続けていた。男であるにも関わらず、『魔法少女』だ等と名乗っていたのはそのせいだ。キャメロンはどうにか、その方法で『ヒーロー』とやらになろうとしていたのではないだろうか。


 魔法少女を目指していたのではないだろうか。


 魔力が無い、自分の代わりに。


「【神速】!!」


 キャメロンの移動速度が、飛躍的に上昇する。リーガルオンの周囲をとてつもないスピードで走り回るキャメロンを見て、ミューは涙を零した。


 もしも、キャメロンの本心がそうだったとするなら。ミューは、思った。


 自分はとんでもない事を言ってしまった、と。


『正直に言って。……あなたは、私を……見捨てたでしょう?』


 彼は、見捨てていなかった。


 人よりも足並みが遅くとも、結果が得られなくとも、ずっと目指し続けていた。キャメロンのことだ。きっと泣き言ひとつ言わず、ただ、再会を望んでいた。ミューの知らない所で、人よりも努力をしていた。


 どうして?


 自分を助ける為ではないか。あの、自分の身体が悪い時にも人の事ばかり考えていた男が。自分の為に、動いてくれていたのではないか。


 そう思った時、ミューの胸が痛んだ。


『いい加減、素直になったらどう? ……あなたは、助けに来なかった。自分の事を考えていたのよ。それしか、頭になかったの。……でも、それで良いのよ。それが自然だわ』


 そうだとすれば。あの、一見宴会道具か何かにも見えるコスチュームは、キャメロンが自分の事を想っていた証なのだ。


『無駄な優しさがある方が、吐気がするもの』


 今更、ミューは後悔していた。墓地で自分が行った事は、間違いなくキャメロンを傷付ける行為だったと。キャメロンが努力し続けて来た事を、ミューは吐き捨てるようになじり、罵声を浴びせてしまった。


 既に、キャメロンの全身はミューに撃ち抜かれ、傷だらけになっていた。それでもキャメロンは文句のひとつも言わずに、ミューを護ろうとしている。あの絶望的に強く残酷な男から、どうにか希望を見い出そうと、戦ってくれているのだ。


 それは――それこそが、『強さ』だろうか。


 リーガルオンの懐に、キャメロンが飛び込む。リーガルオンが、そのキャメロンに剣を合わせた。


「小手調べだ、変態野郎。……【野獣の牙ブレイド・オブ・サバンナ】!!」


 ものの一瞬でキャメロンは技の性質を把握し、空中で身体を捻り、リーガルオンの攻撃を躱した。


「【刺突】!!」


 振り抜いた後のリーガルオンに、真正面から突きを浴びせる。


 瞬間、キャメロンの腕から血が噴き出した。ミューの撃ち抜いた傷が、キャメロンの表情を歪める。


 口元を押さえて、ミューは俯いた。


「ごめんなさい…………!!」


 どれだけ謝ろうとも、もう遅い。時は戻らない。


 それでも、ミューは謝った。


 リーガルオンとキャメロンは、互いに距離を取った。キャメロンの避けた斬撃が、建物の内壁を傷付ける。その威力は凄まじく、遠方で爆発のように砂煙が舞い、建物全体に振動が走った。


 最も、それでも建物は傷付かなかったが。


 リーガルオンが、キャメロンに笑顔を見せた。


「……成程。俺の【野獣の牙】の本質を一瞬で理解するとは……大した奴じゃねえか。気に入ったぜ。見た目と職業以外はな」


 その言葉を聞いて、キャメロンもまた、リーガルオンに笑い返す。


「このセンスが分からないとは、お前も相当時代遅れだな。……見よ、この無敵で素敵な完璧すぎるフォームを。他の何にも真似できまい」


 リーガルオンの【野獣の牙】は、本体の剣による斬撃に加え、その上下を見えない魔力の斬撃が通過する、という攻撃だ。剣を躱せば避けられると思えば、たちまち一刀両断される。キャメロンはその攻撃の異変にいち早く気付き、斬撃の隙間を縫うように身体を滑り込ませた。


 あの、身体が弱くてろくに走る事も出来なかった男が今、強敵を前にして互角に戦っている。


 その事実を前にして、ただミューは傍観する事しか出来なかった。


 キャメロンはリーガルオンを指さし、高らかに宣言した。


「貴方だけは、絶対に許さないわ……!!」


 やはり、あの絵本を再現しているつもりなのだろうか。


 絵本の中では、魔法少女は魔法を使って人を救う。とてもではないが、キャメロンとは似ても似つかない。それが分かっていてなお、キャメロンは魔法少女に成り切っていた。


 どうして、そうまでして――……周囲からは相当、変な目で見られて来ただろう。それでも、こんな事を続けて来たのか。


 キャメロンが動いた。【神速】を発動したキャメロンは、まさに神がかった速度でリーガルオンを追い詰める。一瞬で懐に潜り、リーガルオンが確認も出来ない内に拳を連続で放つ。


「ぬう……!!」


 まるで、リーガルオンは付いて行けていない。キャメロンは戦闘中には一切の表情を見せず、ただ真剣に、リーガルオンを追い詰めて行く。


 そこに、一瞬の隙も見えない。


「【飛弾脚】!!」


 後ろ回し蹴りで、リーガルオンを吹き飛ばした。キャメロンは肩で息をしながらも、吹き飛んだリーガルオンを追い掛けた。


 だが――……それでも、リーガルオンには敵わない。リーガルオンの恐ろしさは、こんなものではないのだ。


 ミューは指を組んで、祈った。


 どうか、キャメロンが無事でありますように――――…………。


「【野獣の咆哮キング・オブ・サバンナ】!!」


 リーガルオンの十八番が発動され、キャメロンの動きが止まる。


 異変を感じたキャメロンは立ち止まり、状況を確認していた。距離の離れたリーガルオンは体勢を立て直し、再び剣をキャメロンに向かって翳した。


 あれが発動してしまえば、もうキャメロンはリーガルオンに近付けない。


 リーガルオンはまだ、余力を残しているようだった。


「おう武闘家、この間合いで攻撃してみろ」


 キャメロンは再び、拳を構えた。


「魔法少女だ……!!」


 近付こうとしたキャメロンだったが、幾ら走っても、リーガルオンとの距離が縮まらない。


 これが、彼の魔法。『中・遠距離戦を最も得意とする剣士』リーガルオン・シバスネイヴァーの戦闘法だ。


「【野獣の牙】!!」


 再び、リーガルオンの攻撃がキャメロンを襲う。


 この状況で空中に飛び出せば、身動きの取れないキャメロンは格好の餌食だ。それが分かっていたからだろう、キャメロンはリーガルオンの攻撃を、横に走って躱そうとした。


「駄目……!!」


 思わず、ミューは叫んだ。


 攻撃範囲が違う。そもそも、リーガルオンの一撃は広く、重く、そして長い。だからこその強さ。触れれば一撃必殺の攻撃が、遂にキャメロンを捉えた。


 ミューは、目を閉じた。


 リーガルオンの斬撃が、再び建物の内壁に当たる。目を閉じていたミューの耳に、キャメロンの叫び声は聞こえなかった。


 ……大丈夫、だったのだろうか?


 恐る恐る、ミューは目を開いた。


「……成程。自身には近付かせず、自身の攻撃は避けられない。……この様子だと、相手の遠距離攻撃にも何らかの対策をしているのだろうな」


 そこに、キャメロンは立っていた。


「ほう。……俺の【野獣の牙】で一刀両断されない男は、久し振りに見たぜ」


 あれは――……? キャメロンは拳を突き合わせるようにして前で構え、仁王立ちになっている。確かに、リーガルオンの攻撃を受けたようだったが――……正面に付いた深い傷が、痛々しい。


 だがキャメロンは、表情ひとつ変えずにリーガルオンを睨んでいた。


「【堅牢の構え】だ。……武闘家が攻撃を避けてばかりだと思うな。パーティの壁になるのも、ひとつの役割だ」


 キャメロンが、叫ぶ。


「こんな戦術で、俺は倒れんぞ……!!」


 そうは言いつつも、キャメロンは無傷ではない。ミューの攻撃も合わせれば、とても立っていられるような状態ではないと、すぐに分かる。


 もう、全身血塗れなのだ。着替えたコスチュームも内側から滲む血で、既に桃色か赤かの判別が付かない程になっている。


「くはは……くははははは!!」


 リーガルオンは、笑いながら剣を床に突き刺した。




「俺に言わせりゃ、『武闘家』ってのァ、そもそもゴミクズだ」




 キャメロンの眉が動いた。


「近距離戦が得意だ? 武器を持たない攻撃では、どこかで限界が来る。近接戦闘なら剣士だろ。まだ、短剣を操る盗賊の方が小回りが利いて便利だ。……動きが速いだ? 魔法で強化すりゃ、どの職業でも大概同じ事ができる。武闘家だけが特別じゃねえ。……盾になるだ? 聖職者の魔法には【ガードベル】って優秀な防御魔法があるんだが、お前は無傷で味方を護る事ができんのか?」


 リーガルオンは剣を握り、再びキャメロンに向けて軽く振った。


「分かったか? 武器を持っていない時点で、てめぇの不利は確実なんだ……くはは!! お前は戦う前から既に負けてんだよ。ゴミクズはゴミクズらしく、大人しくしとけ」


 ……嘲笑するリーガルオンは、まるで隙だらけだ。


 キャメロンが近付けないと高を括っている。だからこそ、今も余裕なのだろう。


「ま、大人しくしてようがみっともなく足掻こうが、どうせ殺すんだけどな」


 その言葉にキャメロンは、薄っすらと笑みを見せた。


 ミューは、目を見開いた。


「そうか。……お前が武闘家に対して、その程度の理解度で……」


 まだ、キャメロンは諦めていない。


「……本当に……助かる……!!」


 キャメロンの全身から、湯気のようなオーラが立ち昇った。


 僅かに、目が紅く光っている。キャメロンに訪れた異変に、リーガルオンが剣を構え直した。ただでさえ太いキャメロンの筋肉は、更に巨大化した。現れた足下の魔法陣は、茶色。


 キャメロンの笑みはやがて、狂気的なそれに変化する。


「まじかる☆乙女ちっく☆神拳!!」


 それは、キャメロンの編み出した魔法だろうか。




「【天駆ける乙女の小夜曲セレナーデ】!!」




 とても、技の名前と現状は似ても似つかない。


 キャメロンの紅く光る瞳が、リーガルオンを捉えた。既に悍ましい程の殺気を放っていたキャメロンは一瞬、大地を蹴って動き出した。


 ――――――――速い。


 ものの一瞬で、キャメロンはリーガルオンの背後に回っていた。その動きを見たリーガルオンが、僅かに動揺を見せた。


 ミューは、信じられない光景を見ていた。


 ……あの。体力が無く、虚弱で、ろくに人前で動く事ができなかった少年が――……長い時を経て、己を鍛え、進化し、今――……あの、リーガルオン・シバスネイヴァーを、圧倒している。


 行けるだろうか。


 ……勝てる?


 本当に?


「お前の【野獣の咆哮】という魔法は、確かに厄介だな。……しかし、それが一体『どの高さまで』『どの角度まで』『どの速さまで』防御可能なのか、俺が実際に試してみよう……!!」


 事実、リーガルオンはキャメロンの動きに、まるで反応出来ていない。


 ミューの目でも、捉え切れない速度なのだ。


 武闘家の動きは速い。だが、それだけではない。ただの武闘家とは、次元が違う。


 瞬間、リーガルオンの視界の端から現れたキャメロン。リーガルオンの真横、上空から飛び込み、脚を振り抜いていた。


 背中は、最も警戒する。だから、【野獣の咆哮】は背中をガードする事を、最も得意とする。逆に、『見えているぎりぎりの場所』は、最も魔法効力の薄くなる部分だ。


「【飛弾脚】!!」


 受け切れないリーガルオンの頬に、傷が付いた。



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