Part.161 ミューの選択!
チュチュを近くの木に縛り付けると、キャメロンは言った。
「金色の建物に、皆が集まっているんだな。……俺達も、そこに向かおう」
キャメロンがそう言うと、チェリアは首を横に振ってリュックを降ろした。
「先に傷を治しましょう。それからでも遅くは無いと思います」
「いや、俺はこのままで構わない」
その言葉の意味を、チェリアは理解していないように見えた。チェリアは驚いて、動揺している様子だったが。
自分の事は、自分が一番良く理解している。キャメロンは苦笑して、チェリアに言った。
「俺の傷は、治りが遅いだろう」
ヒューマン・カジノ・コロシアムの時でさえ、そうだった。元より身体の弱かったキャメロンは、自己治癒能力が人よりも弱いのだ。
だから、こんな所で回復している余裕は無かった。
キャメロンは金色の建物に視線を向け、強い覚悟を胸に秘めた。
*
さっきの馬鹿でかい音と衝撃は……やっぱり、リーシュなんだろうな。
一体何をしたんだ、あいつは。無事だと良いんだが……。
しかし、金色の建物に入ってみたは良いが。何処もかしこも金ピカで、まったく……目が痛いったらない。どうにかならないのか、これ。何も内側まで金一色にする事はないだろ。しかも、若干壁自体が発光しているようにも見える。
「スケゾー、こっちか……!?」
建物の中まで入ると、スケゾーの魔力を感じるようになった。という事は、つまり距離が近いって事だ。スケゾーとの再会は近い。ミューとも……。
ここの階段を上って、もうすぐだ。
不思議な事に、金色の建物の中には人が居なかった。城を護る役割の人間が居ない……一般兵はあの、チュチュ・デュワーズとかいう女の魔法で賄っていたのかもしれないな。
このまま行けば、特に俺は誰からの攻撃も受けることなく、ミューと……接触する事になるだろう。……やっぱり、戦う事になるか。そうしたら俺は、ミューに攻撃する事ができない。
……普段は女性を殴ろうとすると思わず止めてしまう拳だけど、意識していればどうにかなるのか? ……いや。ヒューマン・カジノ・コロシアムの時、俺と何の関係も無かったベリーベリー・ブラッドベリーにさえ攻撃出来なかった俺だ。ミューと戦う事ができる可能性は、限りなくゼロに近いと言って良いんじゃないか。
だとしたら、どうする。
「くそっ……!!」
俺は、自身の頬を叩いた。
どの道、やるしかないんだ。今から弱気になってどうする。
こうなったら、手足ふん縛ってでも連れて帰る……!! こんな所でリーガルオンの野郎になんか使わせねえぞ。皆の安息の地を取り戻すんだ……!!
廊下を走っていると、大きな扉が見える。……ここか……!?
俺は、勢い良く扉を開いた。
「ご主人!!」
スケゾー……!!
広い部屋だ。何だここは、王室……? 辺りを見回すが、人は殆ど居ない。廊下と同じ金色の室内に、赤い絨毯。俺の開いた扉から、部屋の端にある……王座まで続いている。
その王座に、男が座っている。足を組んで頬杖をつき、俺に向かって嘲笑していた。
「くはは!! 本当に生きてやがったのか、オイ。面白れえな」
「リーガルオン…………!!」
まるで、自分の額に青筋が浮かぶのが分かるようだ。
リーガルオンの隣に、ミューが立っている。相変わらず透明な箱に入ったスケゾーを抱えて、無表情で俺を見ていた。透き通るような瞳が、じっと俺を見据えている。
今、何を考えているんだろうか。本当に、ミューはいつも表情から気持ちが察せないのが困るんだ。
ミューが透明な箱を手放す。すると、ふらふらと透明な箱は浮き、ミューの近くに静止した。
そうしてミューは、俺の所に歩いて来る――……。
「ようやく、少しは……良い顔になったわね」
俺は思わず、背筋が凍ってしまった。
ミューの冷たい微笑が、俺に向けられたからだ。
「『弱さ』こそが罪なのよ……わかる?」
ミューの背後で、リーガルオンが笑った。
「その通りだ」
こいつ……ミューの後ろで、俺達の事を傍観するつもりか。
しかし。ミューはすっかり、おかしくなってるな。少し冷静になった今なら分かるぞ、こいつが何に迷っているのか。
相変わらず、スケゾーは傷一つ負っていない。俺を機能停止させたいなら、スケゾーを攻撃して痛め付けておく手段もあっただろうに、そうしていない。
だったら、やれるだろうか。俺は、拳を構えた。
「ミュー。……ふざけるのもいい加減にしろ。何度でも言うぞ、お前の居場所はここじゃない」
俺がそう言うと、ミューはそれを鼻で笑った。
「私の事を、何も知らないのに……随分と、傲慢な口を利くのね」
「うるせえっ!!」
リーガルオンを指さし、俺は言う。……言うぞ。言ってやる。
これまでの事を考えれば、ミューのショックは大きいかもしれない。だが……言う。
目を覚まさせる為なら、何だってやってやる……!!
「お前、キャメロンの爺さんがやってる孤児院に居たんだってな!! 火を点けられて、大変だったんだってな!! その火を点けた奴は、一体誰だと思う!!」
ミューの表情は、変わらない。
「今、お前の後ろに居る奴なんだぞ!!」
……駄目か。
まるで様子が変わらないぞ。……それどころか俯いてしまって、ミューの表情が読めない。
今のうちに、身動き取れないようにしてしまうべきか。……いや、スケゾーの救出が先……?
ミューの両手に……銃が……!!
「――――――――だったら、なんだって言うの」
「なっ……!?」
目が合った一瞬、その驚く程の強い殺気に、息を呑んでしまった。
ミューが動き出した。両手に握った二丁拳銃を俺に合わせ、放つ。
当然、俺は身を屈めて、その弾丸を避ける。
なんだって言うの、だと……!? こいつ、俺が言った事の意味が分かっていないのか……!? くそ、結局戦わないといけないのかよ……!!
拳を構える。だがもう、今まで立っていた位置にミューは居ない。そこに居るスケゾーを、とにかく解放しないと……!!
ミューの位置が読めない。……まあ、正直あの『アップルシード』なんちゃらとかいう武器を向けられた所で、俺はそう痛手を負わないと思うが……。あれで戦うつもりなのか。
『マナの大木』では、様々な銃を使うように見えたが。
微かな物音。
後ろだ……!!
「うおっとぉっ!!」
横っ飛び、ミューの攻撃を躱す。……この広い部屋で、隠れる場所なんか無い。いつの間に俺の背後に回ったんだ……!?
くそ、やっぱり先にミューの方をどうにかしないと……って、あれ? もう居ねえ……!!
背中に、衝撃が走った。
「おわあっ……!!」
痛え!!
また、背中に……!? くそ、一体どうなってんだ!? ミューには魔力がない……魔法って事は無いだろ!?
「……首筋を撃ったのだけど。流石に……頑丈ね」
背中に当たったのは、銃弾だ。
ミューはすました顔で、銃口から煙を立ち昇らせている。吹っ飛んだ俺は素早く受け身を取り、元の状態に戻ったが。
動きが速い。瞬きする間に、もうミューは居ない。こんなに速いんじゃ、俺も魔力共有をしないと、本来は付いて行けないだろうか。
一体どんな鍛え方をしたら、こうなるのか。それでいて足音は無く、ミューがどう動いているのか、一切俺には分からない。
何で、どこを見ても視界に映らないんだよ……!!
「ふっ!!」
気配を感じた。攻撃が来ると読んだ次の瞬間、俺は勢い良く屈んだ。
姿が見えなくても、絶対にミューが気配を見せる瞬間がある――……俺に攻撃する時だ。ミューの攻撃は空振る。俺は距離を詰める為、ミューに向かって跳躍した。
狙うのは、ミューの足下。地面を破る事は難しいかもしれないが、爆発を起こせばミューは跳躍する筈だ。
「【笑撃の】!! 【ゼロ・ブレイク】ッ!!」
動く地面を失えば、自由に行動も出来ないだろうが……!!
俺は、地面から離れるミューを目で追いかけた。
ミューは後方にバックジャンプしたかと思うと、ひらりと空中を回転し……壁を蹴って、三角飛び。
頭上に、ミューの姿。既に、俺に向かって銃口が向けられている。
「ちっ……!!」
声もなく繰り出される連撃を、俺はどうにか全身を使って避けた。『マナの大木』で暴れられた時から思っていたが、こいつ……魔力が無いなんていうのは、どうやらただの飾りみたいだな。動きが一般の冒険者と比べても、段違いに柔軟で速い。
これだけ戦えるなら、ギルドにも入れるって事かよ……!!
「……残念ね。もう少し、戦えるかと思っていたけれど」
泣き言なんか、言ってられない。
幸いにも、ミューの攻撃力は低い。元々銃はその構造から、魔力強化がし難い武器だ。だから選んだというのはあるだろうが……しかも、あのサイズだ。単発の火力なら、大した事はない。
ここは落ち着いて、じっくりと迎撃……
「これならどう?」
ミューの声は、またしても、背後から。
「【アップルシード・ダブルノック】」
両手に握っている銃の引き金を、殆ど同時にミューが引く……!!
避け切れない。だが、さっきの火力なら大した事は。
……なんだ……?
「……愚かね」
銃弾が、寸分の狂いもなく、重なって。
気付いた時には、既に俺はミューの攻撃を受けていた。
今度は吹き飛ばない。爆発は俺の防御魔法を打ち破り、胸を抉る。
目を見開いた。全身を硬直させてミューの攻撃を受け止めたが、咄嗟の出来事に対応出来ず、俺は動きを止めた。
既にミューは、次の攻撃に移っている……!!
「慢心したでしょう。銃は、火力が低いと……残念ね。その程度の弱点を……克服していないと、思ったかしら」
だ、めだ。途端に、身体が言う事を聞かない。
ミューから発せられる圧力というのか、圧迫感が凄まじい。俺は全く手加減していない。だが、ミューはその更に上を行く。
一体なんだ、この強さは。
全く同じ部位、全く同じ場所に、ミリ単位の狂いも無く銃弾は撃ち込まれた。
堪らず、血を吐く……!!
「……前にあなた、駄目な所があっても……命まで取られる訳じゃないって……言っていたわね」
何の話だ。
どうして、ミューの動きを見切る事が出来ない。魔力が無いんだぞ。別に特別な事をされている訳じゃない。確かにミューは速い。速いが――……それは、リーガルオンを凌ぐほどの速さか?
まるで見えないって言うのは、少しおかしいんじゃないのか。
ただの強さとは、少し違う。俺が……躊躇しているんだ。
躊躇ってなんだ? 殺されそうになってるんだぞ……!!
ミューの鋭い眼光が、俺を射抜いた。
「――――これが、現実よ」
三度、銃弾は俺を射抜く。
くそ……また、同じ場所……!!
異様な程、ミューは興奮している様子だった。声には出ないが――……俺をどうにかして殺そうと、奮起していた。動きの止まった俺を蹴り飛ばし、銃で殴り、至近距離からの銃撃を浴びせる。
徐々に、痛みで意識が薄れて行く。
「生きる為に……何でもするわ。それだけの覚悟が無ければ……生きて行けない」
ふと、思った。
――俺には、覚悟が足りなかったのか。
「生きている事がすべて……死んでしまったら、終わりなのよ。あなたとは……覚悟が違うの……」
参った。……手足を縛って連れて帰るなんて、とんでもない。ミューは俺が想像しているよりも、遥かに強かった。そういう事なんだろうか。
ミューの息が浅い。瞳孔は見開かれていて、すっかり眉は寄ったままだ。
歯を食い縛っている。
いや――……少し、違うな。
「私は、生きるわ」
この強さは、ただの強さじゃない。これは――――意志の強さだ。
これ程までに、強いのか。生きる為の覚悟……一体これまでに、どれだけの苦しい思いをして来たのか。それを、乗り越えて来たのか。
ミューの足が、俺の首を狙った。蹴り倒され、ミューは俺の上に、馬乗りになる。
その瞬間、ミューの顔を見て、俺は悟った。
『そう、ドライじゃねえんだよ。あいつは自分の能力と立場ってもんを分かってねえ。生きてるだけで幸せだと思えと散々言ってやってるのに、未だに心のどこかで期待してやがるんだ。駒は駒としての人生しか送れねえのによ』
ただ生き残る為に、駒としての人生を送って来たんだ。自分の心を殺して、言われた事を全てこなして来た。生き残り、能力と立場を上げ、未来を掴むために動いて来た。
『いつか、リーガルオンよりも上に立つ』ために。
それだけが、リーガルオン・シバスネイヴァーに対抗する為の、唯一の術だったんじゃないか。リーガルオンに言われて、人を殺した事もあっただろう。その度にこうやって心を殺して、自分に言い聞かせて来たのか。
自分は生きる、と。
「私は――――生きる…………!!」
なるほど。
確かに、ドライじゃない。
倒された瞬間、小さな物音がした。衝撃で俺の懐から飛び、地面に転がったモノがあった。
咄嗟に、俺とミューの視線はその、転がったモノへと向かった。
それは、俺のロケットだった。




