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Part.159 笑ってくれ……!

 医師の魔法による治療は――……成功した。


 キャメロン自身は眠っていただけだったが。知らぬ間に自分がとてつもなく体力を失っている事と、身動きが取れなくなっている事に気付いた。キャメロンは数日、体力を回復させるために入院した。どうにか、一命を取り留めたのだった。


 その事実に、孤児院に居た誰もが喜んだ。キャメロンの体力が回復する頃、祖父はキャメロンの所を訪れ、言った。


『私は先に戻って、部屋の整理をしておくから。……パーティーが終わったら、ゆっくり、戻って来なさい』


 キャメロンの祖父はそう言うと、キャメロンの手を握る。


 すべては、上手く行ったのだ。


 去り際、キャメロンの祖父は扉の前に立ち止まった。


『……お前の両親に続いて、お前まで――……私よりも先に居なくなってしまうのかと、心配もした』


 振り返った祖父に、キャメロンは笑顔を見せた。


 祖父は、少しばかりの涙を。


『ちゃんと元気になって、子供達を……守ってやってくれ』


 その言葉に、胸が熱くなった。


『はい。……必ず』


 キャメロンには、心配してくれる人間が沢山居たのだ。それは、確かだった。だからキャメロンは、その言葉に応えなければならないと思っていた。


 祖父が居なくなると、扉の隙間から部屋の中を覗き込んでいる存在に気付く。キャメロンが微笑みを見せると、恐る恐る、扉は開いた。


 その向こう側には、ミュー・ムーイッシュの姿があった。怪訝な表情で、キャメロンを見ていた。


『ミュー。……入って良いぞ』


 ミューは、何度もキャメロンが読んで聞かせていた、魔法少女の絵本を持っていた。何度も読み、かなり古くなってはいたが、まだ読める本。


 だが、どうやらその日は、本を読んで貰いに来た訳では無いようだ。


『……もう、死なない……?』


 困ったような顔で、ミューはベッドの上のキャメロンを見上げる。


 思わず、笑ってしまった。


 キャメロンは、ミューの頭を撫でた。


『おお。もう大丈夫だ』


 キャメロンを見上げたまま、ぼろぼろと涙を零すミューに、知らずキャメロンは、穏やかな気持ちになってしまった。


 暫くすると廊下の向こう側から、幾つもの騒ぎ声が聞こえて来る。


『あー!! またミューが抜け駆けしてるー!!』


『お兄ちゃん!! もう大丈夫ー!?』


『果物持って来た!! お兄ちゃんの退院パーティーやるよー!!』


 次々に入って来る子供達に、キャメロンは驚きもした。


 そうして、キャメロンは苦笑した。


 弱気になっている場合ではないのだと、そう思った。


 祖父の後、子供達を守らなければならないのは自分なのだと。まだ今は会話の相手になる位しか出来ないが、いつか本当の意味で、子供達を守れる存在にならなければならない、とキャメロンは考えた。


 少なくとも、自分を必要としてくれる人間が居る限りは。


 だが、大丈夫だ。治療は成功した。キャメロンは間もなく全快し、今度は外に出て、子供達と遊んでやれるだろう。


 俺が、子供達を守らなければ。そう、キャメロンは思っていた。


 その時は、それで良かったのだ。


 それは確かにキャメロンの覚悟としてあったし、子供達もまた、これでようやく元通りの生活が出来るようになると思っていた。


 ……思っていたのだろう。


 その時までは。


 退院して、沢山の子供達を引き連れ、キャメロンは――……孤児院の前まで辿り着いて、驚愕に固まった。


 言葉も無かった。


 孤児院は勢い良く炎を舞い上がらせ、その色で真っ赤に染まる周囲。夕日のように照らされた、キャメロンと子供達。キャメロンと手を繋いだミューの瞳には、孤児院の二階が映っていた。


『……お兄ちゃん』


『ミュー……』


『おじいちゃんが、燃えてる』


 二階には、人が倒れている。……それは、どう見ても、祖父のものだった。


 その日、ミュー・ムーイッシュから、『表情』が、失われた。


 そして子供達から、『安息』が、失われたのだった。




 どうすればいい?




『お前、そんな歳になって、こんなモンも担げねえのかよ!!』


 キャメロンは子供達の未来を背負わざるを得なかった。小さな部屋に入り切らない程の子供達と、食べさせるだけの資金が無ければならなかった。


 まだ歩くのも覚束ない状況で、キャメロンは働くしか無かった。痩せた筋肉に一生懸命鞭を打って、肉体労働をする以外に収益は見込めなかった。


 普通の働き方では、無理だと知った。


 確かに、孤児院は貧しかった。それをキャメロンの祖父が、どのような想いで運営していたのか。古びた孤児院にどのような意味があったのか。何故、自分達が貧しかったのか。


 キャメロンは、それを知った。


 幸いにも、キャメロンの身体は治療された後だった。人よりも無い体力を振り絞って、どうにかキャメロンは戦った。


 だが、たった一人の力で十数人の子供を食べさせるのは、かなり無理があった。家もなく、食事もない。金は稼げない。


 素っ気ない大家の中年女性が扉を叩く日を、いつも恐れるようになった。


『家賃』


『すいません、もう少しだけ……』




 どうすればいい?




 やはり、子供達を誰かに養って貰うしか方法がない。自分ではなく、潤沢な資金を持っている、誰かに。


 キャメロンは作り笑いをどうにか繰り返し、来る日も来る日も子供を引き取って貰えるよう、話を進めた。まずは孤児院を中心に当たり、次には富裕層を狙う。


『まあ、じゃあ……一人だけ』


『ありがとうございます……!!』


 キャメロンの選択に、子供達は泣いた。すっかりキャメロンに懐いていた子供達には、事情が分かる子供と、分からない子供がいた。


『いやだ!! お兄ちゃんの所にいる!!』


 泣き付かれてしまうと、キャメロンも涙せざるを得なかった。


『……すまない』


 自分にもっと力があれば、全ての子供達を養いつつ、生きて行く事が出来ただろうか。


 だが、それを達成するには、受け継がれたバトン先はあまりにも幼い。


 キャメロン自身、まだ成人になれていなかった。その生い立ちから人よりも大人びてはいたかもしれない。だが、多少『大人びている』程度で、大人の世界を生きて行くのは無理だ。


 それも、十数人の子供を抱えてしまっては。


『本当に、素直な子なんだろうねえ?』


『大丈夫です。それは、絶対に大丈夫ですから』


 キャメロンの努力もあって、どうにか子供達の引取先は見付かって行く。順当に子供は減り、ある時は泣かれ、ある時は感謝され、またある時は、引き取られた筈の子供が帰って来たりもした。


 昼に働き、夜に引取先を探す。キャメロンの身にも限界が迫っていた時、ある富裕層の夫婦が言った。


『その子、魔力が無いね』


 一番最後まで残ってしまったミューについて、キャメロンはそのように言われた。


 性格が良いか、親の顔を覚えてはいないか、健康なのか。……聞かれるのは大体、こんな所だ。だから、その質問はキャメロンにとって、かなり予想外の一言だった。


『……はい?』


『いや、私は魔導士をやっていたからね、そういうのは分かるんだ。その子、魔力が無いだろう? そうしたら、うちで引き取る訳にはいかない。うちは魔導士の名門なんだ』


 ミューの引取先を探す事は、鬼門だった。


 仕方ない。子供の引取先は、順番に人の良さそうな所ばかりを探して来た。十数人も探していれば、最後の方が難しくなるのは当たり前だ。この貧困の世の中で、孤児院や富裕層が余るほど多い訳がない。


 これまでは、上手く行き過ぎていたのだ。キャメロンは、そのように思い直した。


『いやいや。労働者だって魔力を使うんだよ。筋力強化が出来なけりゃ、重い物が運べないだろうが』


 それでも、世界中を探して回れば、どこかは引き取ってくれるかもしれない。


『この魔力の時代に、魔力が無いっていうのは、ちょっとねえ……』


 左手には、ミューの手を握り。


『帰ってくれ。迷惑だ』


 やがてキャメロンは、全身の力が抜け、道端に倒れた。


 過労だった。




 どうすればいい?




『……私、お兄ちゃんと一緒にいる』


 ミューが言った。


『駄目だ、ミュー。ここに居たら、お前まで満足に飯が食べられないんだぞ』


『お兄ちゃんは、そうなるんでしょ』


 狭い部屋だ。それでも、子供が居なくなれば、二人なら暮らせない事もない。


 だが、それは部屋の話だ。一人でも生きて行く事が難しい稼ぎで、ミューを抱えて、支えて行くのは。それはあまりに、ミューが不憫で。


 不憫なだけならまだ良いが。家賃は相変わらず、払えていない。このままでは何れ部屋を追い出され、キャメロンとミューは二人共、野晒しになってしまう。


 もしかして、キャメロンよりも体力の無いミューは、死んでしまうかもしれない。


 それでも、ミューを抱えて行くと言うのか。


 だが、ミューはキャメロンの袖を握り、言うのだ。


『私も、働くよ』


 どうやって。この小さな娘が、どこで働くと言うのか。


 だが、ミューは胸に手を当て、キャメロンに言うのだ。


『私が魔法少女になって、働くから……!!』


 キャメロンは、涙を零した。


 少女には、魔力が無いのだ。


 魔法使いは――魔導士は、魔力が無ければ出来ないのだ。その現実を話すことは、どうしてもキャメロンには出来なかった。


 ミューの頭を抱えると、キャメロンは耳元で、囁いた。


『すまない……』


 やはり。この小さな娘を、餓死させる訳には行かないだろう。


 だが、どの家族も、魔力のない娘は要らないという。


 キャメロンの心の内側で、不安と焦りだけが増していく。


 どうすればいい。


 ……駄目だ。分からない。


 生きるな、と言われているように感じた。それら全てが、今のキャメロンには。


 子供達を守ってやってくれと、言われたのだ。それを達成せずに、このまま終わる訳には行かない。


 魔力が無くとも、受け入れてくれる家庭はどこかにある筈だ。キャメロンはそう信じ、セントラルの地を走り回った。


『病気で無ければ、構わないよ』


 ある日、セントラル大陸を、遥か西に行った街。とある家の主人が、そう言った。


 もはや駄目かと思われた時だった。キャメロンには、救いの手が舞い降りたように感じた。


 とても、優しそうな男だった。ミューの写真を見て、直ぐにそう言った。


『可愛い娘じゃないか。うちで引き取るよ』


 キャメロンの手が、震えた。


『ありがとうございます……!!』


 遠出だったから、ミューを連れて行かなかった。すぐにキャメロンは古い自分の部屋まで戻ると、ミューを家から連れ出した。


『良かったな、ミュー。お前の面倒を見てくれる人が、見付かったぞ』


『…………』


 ミューはその言葉に、あまり良い顔をしていなかったが。


 なけなしの金を使って、馬車で二日。キャメロンはすっかり表情の失われたミューと共に、その夫婦の家まで向かった。


 景色は過ぎ、やがて辿り着く。キャメロンは家の前まで辿り着くと、屈んでミューと目線を合わせ、肩を掴んだ。


『今日から、この家で暮らすんだ』


 十分過ぎる程に、豪華な家。資金に一切困らない家庭。それは、確かだった。孤児院と比べても、全く引けを取らない。


 これだけの広さがあれば、ミューが大人になってからも、ちゃんと暮らしていけるだろう。


 キャメロンは家を見上げ、指をさした。


『大きいなあ、ミュー。……ここなら、きっと大丈夫だ。もう食べ物にも困らないし、良い服も着られるだろうな』


 ミューは、何も言わなかった。


 キャメロンは、ミューを見た。……そして、その様子に気付いてしまった。


 ミューは、俯いていた。


『……何も心配する事はないぞ、ミュー。俺もここの人と少し話したが、案外良い雰囲気の人達だ。……きっと、ミューを大切にしてくれるだろう』


 わざと明るい声色を作って、キャメロンはミューにそう伝えたが。


『もう……笑って良いんだ、ミュー』


 ――――だが、現実は愉快な空気とは、程遠い位置にあった。


 キャメロンの袖を握ったまま、身動きひとつ取らず、声もなく、ミューは泣き出した。どうして良いのか分からず、キャメロンは取り乱してしまったが。


 夕日に照らされ、人は居ない。やがてその家の夫婦が二人に気付いて、ミューを引き取って行くだろう。


 ミューが、言った。


『おじいちゃん……』


 己の無力さを、キャメロンは知った。


 当時から考えれば、信じられない程に無口に、そして無表情になってしまった性格。ふくよかで丸々と育った筈が、気が付けば骨が浮く程に痩せてしまった容姿。その全ては、まだ孤児院があった時には、片鱗さえ見えていなかった。


 ただ、ミューの持っているくたびれた絵本だけが、孤児院から持ち出していた唯一の物だった。


 それだけが、焼けてしまったあの場所から、唯一持ち出せた物だった。


『……笑ってくれ』


 その想いは、後悔だったのだろうか。


 もう少し早く、自分がしっかりと大地に両足を付けた人間であったなら。……どうしようもなかった。そう言ってしまえば、それはあまりにも簡単過ぎた。


 どうしようもなく、こんな事が起こってしまって良かったのか。


 認めても、良いのだろうか。


 子供達を任せておきながら、誰一人として護れず、誰かに助けを求める事しか出来なかった少年。


 それが、キャメロン・ブリッツ本人であることを。


 キャメロンは、ミューの頭を抱いた。


『笑ってくれ……』


 もう、あの花のような笑顔を見る事は、叶わないのだろうか。


 それが、二人の別れだった。ただ、その時のキャメロンは、この家に来さえすれば、ミューに会うことはいつでも出来るのだと、信じて疑わなかった。


 溺れそうになり、藁をも掴む思いで手に入れた引取先。


 まさか彼等に、手の平を返されるとは思いも寄らず。


 その場では、二人の涙だけが、唯一つの真実だった。



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