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Part.157 ボウット・シテンナ!

 前に出るリーシュに対し、俺は不安を覚えてしまった。


「まだ、魔力のセーブが安定しないだろ。……二人で倒して向かうのが得策だって」


 そう言うとリーシュはまた、俺に不敵な笑みを浮かべた。


「グレン様はスケゾーさんが居なくても一人で戦おうとするのに、私には任せられないんですか?」


 ……むっ、何だよ。いつになく、挑発的な態度じゃないか。……リーシュらしくもない。


「どの道、グレン様が一人で行くのが良いという事であれば……もう、今から向かっておいた方が良いと思います」


「いや……リーシュ、そうは言ってもな」


「大丈夫ですよ、グレン様っ。私には、魔法の火力があります。私がここで、あの四角い顔の人を押さえますから」


 満面の笑みに、俺は思わず拳を引っ込める。……本当に大丈夫か? 任せてしまっても。


 いや、まあ確かに、火力に問題は無いと思うが。確かに、火力はね。……リーシュって、本当に火力だけなんだよなあ。


「ベルスだよ!! 四角いって言うなァ!!」


 と、四角い顔の男は怒りを露わにしていたが。


 リーシュはガッツポーズを俺に見せた。


「時は噛めないって言うじゃないですか!!」


「噛んでどうするんだ……」


 勿論、時は金なり、である。……しかし、リーシュの言葉にも一理ある。


 色々と不安はあるが……と言うより正直、不安しか無いが。


 仕方ない、ここはリーシュに任せよう。ベルスが弓士である以上、遠距離戦なら火力の高いリーシュに分があるかもしれない。どういう事だよ、剣士と弓士が戦うってのに。


 問題はパワーのセーブに失敗して、リーシュが暴走して力尽きないかどうかだが……これはもう、祈るしか無いな。


 幸い、魔力の回復ペースは尋常じゃなく早い。少し寝れば、リーシュはすぐに全快するんだ。倒し切ってから倒れる分には問題がない。


「……分かった。悪いけど、ここは任せるよ」


「はいっ、お任せくださいっ!!」


 敬礼をして、リーシュは俺に笑顔を見せた。俺はリーシュに軽く手を挙げて、その場を走り去ろうとした。


「グレン様。セントラル・シティに帰ったら、約束を守ってくださいね」


「……へ?」


 リーシュは頬を膨らませて、少し怒りを見せていたが。


「ジンジャーチョコクレープですよ」


 ああ……すっかり忘れていたよ。そういえばそんな約束、したなあ。それきりリーシュが居なくなったから、まだ食べてないんだよな。


 こんな時にそんな事を話されて、俺は少し笑ってしまった。


「分かった。約束な」


「はいっ!!」


 切羽詰まった状況だが、リーシュと話していると何だか和む。


 分かってやっているのかと言えば、多分そうではないんだろうけど。


 リーシュとそれだけ話して、俺は金色の建物に向かった。……おい、よく見りゃあの建物、リーシュの攻撃を受けて傷一つ付いてねえぞ。一体どうなってやがるんだ……拠点であると同時に、外敵から身を守る役割も果たしているんだろうか。


 あの壁に孔が空くとしたら、それはとんでもない攻撃なんだろう。


「はいそうですかと、俺がボウッと眺めているとでも思うのか……?」


 横を通り過ぎようとした俺に、ベルスが弓を向ける……!!


「させません!!」


 が、そのベルスに斬り掛かるリーシュ。ベルスは弓を使ってリーシュの攻撃を受け止める……リーシュは、俺に目配せをした。


 俺は頷いて、一気に走り抜ける。左耳に手を添え、意志を発した。


『スケゾー。……今、どこにいる』


 頼むぞ……リーシュ。どうか、無事で。




 *




 リーシュ・クライヌ=コフールは、ベルス・ロックオンと対峙していた。


 重なり合った剣と弓が、互いに押し合い、その存在を主張している。意外にも強靭なベルスの腕力に、リーシュは思わず顰め面になった。


 弓に、刃物が付いている。力任せに斬り掛かったが、どうやら向こうの方が腕力は上らしい。


 リーシュは剣を離し、バックステップでベルスから距離を取った。


「あーあ……行っちまった。……どうしてくれるんだ、『悪魔の子』よ」


 さっき、『悪魔の子』と呼ぶなと言ったばかりなのに。リーシュは自身の胸に手を当てて、ベルスに抗議した。


「聞こえなかったんですかっ!? 私はリーシュです!! そんなだから四角い頭とか言われるんですよ!!」


「言ってんのお前だけだよ!!」


 嘘だ。こんなに四角い頭なのに、他の人間から言われていない筈がない。リーシュは思わず、驚いてしまったが。


 ベルスはリーシュにボウガンを構え、引き金を引いた。


「【弓力の解放ボウリョク・ゼンカイ】!!」


 瞬間、無数の矢がベルスのボウガンから発射された。


「きゃっ……!!」


 数が多い――……払い切れない。そう判断したリーシュは、飛び跳ねてベルスの攻撃を躱した。散弾銃のように、矢は地面に突き刺さる。


 ベルスはサングラスを光らせ、彫りが深い顔を余す所なく使ってリーシュを見下し、そして――……サングラスの位置を直した。


「この俺の弓――『ボウリング』は、連射を可能とする。嘗て無い、世界最強の弓だ」


 ……ま、まさか。確かにベルスの弓はどこか機械仕掛けで、普通の弓ではない。リーシュは頬から一筋の汗を垂らし、喉を鳴らした。


 思わず、リーシュは言ってしまった。


「銃で……良くないですか」


「そういう事を言うなァ!! 俺は弓士なんだよ!! 弓士は弓を使うの!! このバカモンがァ!!」


 しかし、脅威である事に変わりはない。リーシュは立ち上がり、再びベルスに剣を構えた。


 手数と腕力は相手の方が上。自分に勝っているのは……何だろうか。リーシュは少し、考えてしまった。先程グレンに、先に行けと言ってしまったのだ。ここで勝たない訳には行かない。


 攻めに転じるべきだ。リーシュは、剣を深く握った。


「その四角い頭、丸くしてあげます……!!」


 そう言って、地面を蹴った。


「あれか。脳トレ的な奴か」


 何やら、べルスは納得している様子だったが。


 ベルスがボウガンを構えるよりも早く、リーシュはベルスの懐に潜り込んだ。咄嗟のスピードに反応出来なかったベルスは、まだボウガンを構えていない。


 中段、真横に斬り掛かる。


「ンン……!!」


 ベルスはバックステップで、リーシュから距離を取った。距離が短ければ、構えるよりも先に攻撃できる。自分の得意な間合いから離さないことだ。


 リーシュはそう考え、更にベルスへと距離を詰める。剣を、振り回した。


 ボウガンを前に突き出したベルスが、リーシュの剣を受け止める。


「はあっ!!」


 気合一閃、リーシュは大きな剣を叩き付けた。


 ボウガンを叩き斬るつもりで剣を振るったが、ベルスのボウガンは壊れない。続け様に、リーシュは斬撃を放った。ベルスは下がりながらも、着実にリーシュの攻撃を受け止めている。


 ……おかしい、とリーシュは思った。これ程までに、弓士が近距離戦に慣れている事があるだろうか。


「ンーンン。駄目だな、振りが遅い。剣に腕力が付いて行ってねえな。腰も安定していない」


 大上段から、リーシュはベルスに斬り掛かった。歯を食い縛り、剣を振り下ろす。


 ベルスは余裕の様子で、サングラスの位置を直していた。


「【弓士の反撃ボウット・シテンナ】」


 ボウガンに、魔力反応。


「きゃあっ!!」


 瞬間、リーシュの鎧から魔力が放出された。


 リーシュの剣は空高く弾き飛ばされ、腹に重い衝撃が走った。一閃、リーシュの攻撃を弾いて反撃を試みたベルスは、リーシュを後方へと吹き飛ばした。


 腰を深く落とし、まるで剣のようにボウガンを構えている。既に、引き金の部分に指は添えられていない。


 ベルスはボウガンを使い、近距離攻撃を繰り出したのだ。


「なるほど。……防御魔法付きだったか。油断していた」


 リーシュは地面を転がった。吹き飛ばされた剣が、当てもなく地面に突き刺さる。


 目が回る。頭を、星が回転しているようだった。


「俺の頭は、意外と丸い。……覚えておくんだな、悪魔の子……いや。リーシュ・クライヌよ」


 朦朧とする意識をどうにか覚醒させ、リーシュは起き上がった。


 ベルスは――……サングラスの位置を直していた。


「俺は、『遠近両用弓士』だ」


 遠近、両用……。つまり、遠距離でも近距離でも戦える弓士、という事だ。そんな冒険者を、リーシュは未だ嘗て聞いた事が無かった。


 リーシュは喉を鳴らし、起き上がった。


「だから、そんなに眼鏡を強調するんですか」


「そう、これは遠近両用眼鏡……ってんな訳あるかアァ!! サングラスだよこれは!! サングラス!!」


 ベルスは憤慨している様子だったが。リーシュは剣を取り、再びベルスに向かって剣を構えた。


 どうしても、分からない事があった。答えてくれるかどうか、分からないが――……リーシュはいつ攻撃されても良いように意識を集中させつつも、ベルスに向かって口を開いた。


「どうして……グレン様を、狙うんですか」


 すると、ベルスはリーシュの言葉を鼻で笑い、言った。


「どうしてって事は無いだろう、リーシュ。……お前があのお方を裏切り、零の魔導士側に寝返ったからじゃないか」


 リーシュは攻撃されていなくとも、胸に矢が刺さったような気持ちだった。


 少し、考えなかった訳ではない。しかし、そうだとは思いたく無かった。どうしてグレンが攻撃されるのか、その理由は――……恐らく、スカイガーデンにしか無いと。


 リーシュを助けた事によって、グレンは命を狙われているのだ。


「生きているだけで罪だというのは、辛いな。……リーシュよ、お前の気持ちは分からないでもない。だが、強い者が常に正義。これは、揺るぎない事実なのだよ」


 リーシュは、唇を真一文字に引き結んだ。


「力の差は歴然だと分かっただろう。ボウ若無人な振る舞いには腹が立つが、お前の命で勘弁してやる。俺は、男女差別しないぞ。……せめて、楽に逝け」


 ベルスはそれだけを呟いて、再びボウガンを構え、リーシュに向かって発射した。額目掛けて放たれたそれを、間一髪の所でリーシュは避けた。


 既に、そこにベルスは居ない。リーシュの懐に潜り込むと、低姿勢からボウガンを振るった。


「んっ……!!」


 ベルスの攻撃に、剣を合わせるのが精一杯。先程までは、手加減をしていたのだろうか。こちらの実力を測っていたのかもしれない――……だが、これが真実だ。ベルスの素早い攻撃にリーシュは付いて行けず、じりじりと追い詰められて行く。


 少しずつ、金色の建物から離れて行く。下がりながら攻撃を受け止めていたリーシュは、次第に追い詰められていった。ちらりと、背後を見る。……気付けば、深い谷が広がっている。


 リーシュは思わず、青くなってしまった。


「ンンン。……もっと強いかと思っていたが、予想外に手応えが無かったな。……残念だ」


 そう言いながらも、ベルスは下段から、ボウガンを振り上げた。


「あっ……!!」


 再び、リーシュの剣は手元を離れた。空高く、それは打ち上げられた。


 崖際に追い詰められ、武器を失う。ベルスは既に勝利を確信していて、ボウガンをリーシュの眉間に向けた。


 しかし、リーシュは思わず、打ち上げられた剣を見てしまった。


「半分魔物、か。不思議な生き物も居たものだが……お前に全く恨みはないが、ここで始末させて貰う。俺の株も上がれば、リーガルオンの株も上がるという訳だ。……どうだ、ハードボウルドだろう?」


 リーシュの剣は、谷に向かって打ち上げられていた。既に、手は届かない――……深い谷底へ向けて、剣は落下して行く。リーシュは、背筋が凍った。


 あれは、ただの剣ではない。……サウス・ノーブルヴィレッジの皆が、身銭を切って用意してくれた剣だ。


 手放す訳には、行かないのだ。


「私の剣……!!」


 気が付けばリーシュは、ボウガンを向けられている事にも構わず、地面を蹴っていた。


 大空に向かって、飛び出した。下が谷底である事など、リーシュには分かっていなかった。とにかく、剣を確保する事だけが大切だった。


 大切な、大切な、一本の剣。身体に不釣合いだと分かっていても、ずっと使って来た剣。


 もう少し。


「……そんなに、剣が大事か」


 リーシュの指先が、剣に触れた。


 思わず、リーシュは安堵に顔をほころばせた。


「【暴走の弓ボウスピード・インパクト】!!」


 リーシュの後方から、巨大な魔力が放たれた。


「えっ……」


 空中を回転していたリーシュの剣に、高速の矢が突き刺さる。


 そうして、それは――……リーシュの剣を、砕いた。




 ――――瞬間、リーシュの時が止まった。




 どうにか手の届いたリーシュの剣は、既に原型を留めていなかった。余程、強い攻撃だったのだろう――……武器を破壊するための攻撃だった。そうなのかもしれない。


 絶句し。リーシュはふと、下を見た。


 リーシュの下には、何も無い。ただ、暗闇だけがどこまでも続いている――……。


 既に、リーシュに為す術は無かった。


「ならば、共に逝くがいい」


 失われたような気がした。


 村の皆の、笑顔が。


 身寄りが無かった筈のリーシュに、帰る家を作ってくれた人達だった。そんな人達が生活を苦しくしても、リーシュを送り出す為に用意してくれたものだった。……リーシュは、大事にしなければいけなかった。


 ベルスのボウガンが、リーシュに向けられる。


「……存外、面白く無かったよ」


 そうして、引き金が引かれた。


 矢は真っ直ぐにリーシュ目掛けて飛び、リーシュの腹を貫いた。


 リーシュは、何も抵抗できなかった。



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