Part.145 チョコットパペット・フィーバー
「名前は『タマ』でどうでしょう!!」
リーシュの言葉は無視だ。
ほんわかした空気にまるで付いて行けない俺は苦い顔をして、リーシュを背負い歩いた。いつまで経っても森を抜ける気配は無いし、この進路で合っているのか不安になってきた位だ。
「だから飼わねえって。……それに、一応神聖な魔物なんだろ。『タマ』って事はないだろ」
何故か、ネコベロスもリーシュの背中に付いて来る。抱き付いたリーシュに懐いていた。
「むー……あ、じゃあ首が二つあるので、タマタ」
「黙れ!!」
全てこの、ネコベロスとやらのせいである。……毒蛇や毒蜘蛛が出て来ていた時は、まだ緊張感があったのに。
……ん? 森の向こう側、少し明るくなっているな……。いよいよ森を抜けるのだろうか。
俺は、背中のリーシュを地面に降ろした。
「リーシュ、ここから先は歩けるな? ……そいつとお別れだ。どうやら、森を抜けるみたいだぞ」
「ええっ……さ、寂しいですね……」
リーシュの言葉は無視だ。
よし。……開けた土地に出るぞ。
俺は先に走り、木の陰に背中を預けて、背後の様子を窺った。開けた土地は――……静かだ。特に、人の気配も感じない。鈍っている俺の直感が今、どこまで役に立つのか分からないが。
そっと、森の外を覗いた。外には、誰も居ない。俺はそれだけを確認して、未だ森の中で待っている仲間達に合図をした。
「……ごめんなさい。また、どこかで会えると良いですね」
リーシュはそう言って、ネコべロスと別れる。
それにしても。なんだか、様子が変だぞ。確かに、外は……建物の外観こそセントラル・シティと違うが、どう見ても町か村だ。もしかしたら、国だなんて事もあるのかもしれないが。
それを考えると、ここは『カブキ』で間違いないんだろう。紛れもなく、セントラル大陸に一番近い場所だ。
それにしては、人の気配が無さ過ぎる。分厚い雲はちっとも晴れる気配が無く、それがより不気味さを増していた。
……外に出ても、大丈夫、だよな。
見た所、何か罠のようなモノがある雰囲気ではない。比較的開けた場所だから、精々何かできると言っても、落とし穴程度だろうと思う。周囲に魔力反応も見当たらない。
落とし穴なら、俺とトムディが居る限り大丈夫だろうし、問題ない、と思う。
「よし。俺が先に出て、様子を見る。皆は後から付いて来てくれ」
連中が呼び出しているのは俺だ。他の人間が行くより、俺が出て行った方が攻撃される可能性は低い。
まだ、連中はミューに事の始末をさせようと思っているんだろうし、な。
俺は、町の広場と思わしき場所に出た。
どうやら、人が居ないらしいな。こうして近付いて見てみれば、三角状の屋根が連なる家は、その殆どが半壊している。こんなんじゃ、人は住めないだろう。
……奇妙な場所だな。何かに襲われたのだとすれば、もっと建物が壊れていても良いだろうと思えるが。出て行かなければならない理由が何か、あったのだろうか。
俺は、森の中に居る仲間達に手招きをした。
「グレン様、大丈夫ですか?」
真っ先にリーシュが駆け寄って来る。俺はリーシュに向かって頷いた。
「ああ、大丈夫だ。特に何かがあるような雰囲気じゃない。けど……何でこんな所に俺を呼び出したのか、気になる所ではあるな」
広場と言うより、大通りだな。『カブキ』の建物は驚く程綺麗に整列していて、建物もどれもが似たような形状、大きさだ。これだけを見ていると、チェス盤か何かのようだな。
しかしこんなに綺麗なのも、この辺りだけみたいだ。透き通るような小道の向こう側はどこも木が生えている。森に囲まれているのだ。
「こ、これが、『東の島国』……」
トムディが圧倒された様子で、辺りを見ていた。セントラル大陸に住んでいる俺達からすりゃ、こんなものは珍しくて仕方がない。まあ、当然と言えば当然か。
……しかし、連中はどこに居るんだ。近くに魔力反応はない……まるきり、人の居ない場所だ。
「いっけないんだー」
魔力、反応。
俺は、咄嗟に声のした方向を見た。その声は俺でもなければ、メンバーの中の誰の声とも一致しなかったからだ。誰も居ないはずの空中へと視線を向ける。
……いや、何も無いぞ。空耳か……? 魔力の反応が……空中に出現した……!?
「ミューは一人で来いって言ってたのに。早速、破っちゃってるじゃん」
しまった、転移魔法か……!? しかし、それなら直前まで魔力反応が無かったのは、一体どういう理由なんだ。転移魔法は基本的に、入口と出口、二つの場所に何らかのマーキングをしなければ達成されない。そうでないのなら、それはJ&Bが使ったような、特殊な転移魔法だろうが。
それにしたって、あれも『棺桶』という媒体があった。ノーマークなんて有り得ない。
「三日月のお供に三角帽子、魔法のステッキ。あっという間にっ!!」
歌っている……?
空中にまず、三日月が現れた。まるで何もない所から出現するマジックのように、三角帽子、魔法のステッキ。こ、こいつは――……!!
「チュチュ・デュワーズの完成でーす!!」
唐突に、空中に出現した敵。俺は咄嗟に、拳を構えた。
見た目は、完全に魔導士だが。転移魔法でないとすれば、身を隠す魔法か何かを使っていたか……? その気になれば、魔力反応の全てを隠せる人間もいる。【ハイドボディ】関係の親戚魔法だろうか。
しかし、三日月って。魔導士が空を飛ぶといったら基本、箒だ。重量があまりなく、長くて腰を下ろせるものが適している。
変な奴だな……。
「ちょっと、拍手しなさいよ!! 今のすごかったでしょ!?」
本当に、変な奴だ。
チュチュは三日月にうつ伏せに寝転がると、自身の足をばたばたと遊ばせながら、俺に悪そうな笑みを浮かべた。
「……へえー。ここに来たってことは、入口の罠は潜って来たんだ?」
やっぱり、罠が仕掛けられていたみたいだな。
「誰が『入口』なんかから入るかよ。ご丁寧に罠の場所、教えてくれてありがとよ」
「いや、『もっこり村』」
「てめえか犯人は!!」
もう少しマシな名前にしとけよ!!
「ま、別に期待してなかったけどー。……グレンオード・バーンズキッド。連れて来た仲間は、死んじゃっても良い仲間なわけ? わりと人望厚そうなのに、ひどいことするねー」
何はともあれ。……どれだけ見た目と中身がふざけていようが、こいつもリーガルオンの一味だ。どんな魔法を得意としているのか知らないが、油断は禁物。
全員、戦闘態勢に入った。先頭に居る俺は、チュチュに拳を向ける。
「死んじゃっても良い、なんて思ってねえよ。全部、取り返しに来たんだ……!!」
そう言って、俺はチュチュに飛び掛かり、拳を構えた。
先手必勝。まずは、その邪魔な三日月を叩き落としてやる。そうした上で、チュチュの身柄を拘束してやればいい。
相手がどれだけの冒険者だったとしても、この状況なら一体五。勝負は見えている。
「迂闊に出て来た事を、後悔させてやるよ……!! 【笑撃の】!! 【ゼロ・ブレイク】!!」
俺は、チュチュの三日月に向かって拳を振るった。
「うおっとぉっ!? あぶないにゃー!!」
よし。まずは一匹、数を減らして――――…………
拳が、空を切った。
「【キャンディラッキィ・ハプニング】ッ!!」
確実に、当たったと思った。
その一瞬、姿を消したチュチュは、何故か俺の殴った位置から数メートル後方に移動していた。見事に拳が空振りした俺は、目の前に居る小悪魔的な笑みを浮かべるチュチュと、目を合わせた。
「ラッキースケベならずっ!! 残念でした!!」
「がっ……!?」
チュチュの足が、俺の額にクリーンヒットした。俺は空中で旋回して、どうにか地面に着地する。
なんだこいつ、奇妙な魔法を……!!
上空から、チュチュ・デュワーズが俺を見ていた。黒いスカートの内側が、ひらりと見える。
……かぼちゃパンツ?
「見せパンだから恥ずかしくないよーだ」
聞いてねえよ。
チュチュはにやにやとしながら、三日月の上に寝そべり、ごろごろと転がっている。
「びっくりした? ねえ、びっくりしたでしょ? 私はねえ、絵本の世界の住人。だから、ページを捲れば一瞬で居る場所が変わっちゃう」
……んなわけあるか。どう見ても、今のは魔法だ。転移魔法じゃなけりゃ、何か違う種類の魔法を使っているんだ。
リーシュが剣を構えたまま、真面目な顔で言った。
「グレン様……!! この人、頭がおかしいです!!」
「おかしくないわよ失礼ね!!」
確かにそうなんだが、多分チュチュもお前には言われたく無かっただろう。
魔法の仕組みを考えれば、大抵の魔法はウィークポイントが見付かってしまう。そういうものだ。例えば転移魔法の弱点は、出口に予め待ち伏せされていることだ。このマジックを紐解く何かがあれば。
いや、待てよ……? 今の動き。何か、知っている魔法のような。
「グレン、ここは俺がやろう」
キャメロンが前に出て、俺を制した。指の関節を鳴らしながら、戦闘態勢に入る。
「……キャメロン?」
「グレン、お前は力を温存しておいてくれ。これから先、まだ何人と戦う事になるか分からない。お前には『スケゾーを救出する』という大切な目的があるだろう」
そう言って、キャメロンは笑う。……確かに、それは嬉しいが。
……何で、あいつは何もして来ないんだ。チュチュは俺達に話す余裕を与えて、未だに三日月の上に座って俺達を見下ろしている。
「大丈夫だ。相手が一人なら、俺は負けない」
キャメロンはそう言って、俺に笑みを見せたが。
広い空間に、ぽつんと現れた敵が一人。人気のない建物。遥か遠くまで見通せる景色。
いや、待て。攻撃して来ないとすれば、それは……『時間稼ぎ』じゃないのか……!?
「――――――――ひとりじゃないよ?」
三角帽子の下で、チュチュが笑った。
「まずいっ!! 皆、物陰に隠れろっ!!」
高速で、チュチュの背後から何かが飛んで来た。
全神経を使って、その謎の攻撃に反応する――……この距離から攻撃できるとすれば、それはセントラル・シティで俺を撃ち抜いた、サングラスの男じゃないか。
「うおおっ…………!?」
俺の心臓に向かって飛んで来たそれを、どうにか右手で捕まえる。予想通り、それは矢――……。だが、どうにか……捕まえたぞ……!!
どこだ……!? 奴は、どこから撃って来た!? 落ち着いて、方向を確認するんだ……!!
カチッ、という、小さな音がした。
……………………カチ?
「おああああっ――――――――!!」
「きゃあああっ!?」
「ぎゃあああアァァァ――――――――!!」
咄嗟に手放したが、遅かった。矢は爆発し、俺は吹き飛ばされた。それぞれ咄嗟に避けたものの、爆風にやられて散り散りになった……!!
「ナイスショット!! べルス、さっすがあ!!」
チュチュが謎の方向に向かって、親指を立てた。
ちいっ……!! まさかとは思ったが、あのグラサン野郎。とんでもない狙撃の腕をしていやがる……!!
空中で体勢を立て直し、状況を把握する。前に出た俺とキャメロンは、それぞれバラバラに。後方に居たチェリア、リーシュ、トムディの三人も、バラバラになってしまっている……!!
民家の屋根に着地した。屋根の一部が崩れ、砂埃を巻き上げる。
「絵本の中の兵隊さん!! おいでませっ!! 【チョコットパペット・フィーバー】!!」
チュチュは謎の魔法を口にすると、杖を振り翳した。
杖の先端が光る。咄嗟に、目を覆ったが――……何だ? 名前から、まるで想像ができない。何系の魔法……!?
屋根に、上がって来る存在がある。……鎧の兵士……!? だが、顔が無い……!!
また、玩具みたいな魔法かよ……!!
「そこ、どけよ……!! 【笑撃の】!!」
俺は、鎧の兵士に向かって拳を構え、屋根を蹴った。とにかく、散り散りになったら相手の思う壺だ……!!
鎧の兵士の目の前に、魔力反応……!!
「ばあ!!」
「いいっ……!?」
突如として出現したチュチュ・デュワーズが、俺に向かって間抜けな顔をした。
思わず拳を引っ込めてしまった俺に、兵士の剣が叩き付けられる……!!
「があっ!!」
そのまま、屋根へ。崩れかけた民家はいとも簡単に崩れ、俺は屋根と壁を突き破って地面に叩き付けられた。
尻と腰に、衝撃が走る。
「いっつ……!!」
「あはははははは!! 弱点は遠距離攻撃と女だって言うから、何かと思ったら!! ほんとに女なんだ!! ウケる!!」
クソが……!! 崩れた民家の影に隠れて、仲間がどこに居るのかも分からなくなっちまった……!!
矢は、どうやら大通りの先にある、一際大きな金色の建物から放たれたようだな。……だが、この位置からじゃ撃ち放題だぞ。どうする……!!
広い場所で待ち伏せしていたのには、そんな理由があったのか……!!
チュチュは、満足そうに笑っている。
「残念だけど、生きては帰せないよ? 君もだけど、お仲間さんはね」
そう言って、チュチュ本体は民家の向こう側に消えた。鎧の兵士は……こっちに、向かって来る……!!




