Part.141 冗談だろう
「きゃっ…………!?」
「むっ…………!!」
ヴィティアとラグナスが、同時に声を漏らした。
「ヴィティア!! ラグナス!!」
ミューに撃たれた、が……血が出ていない。何が起こったんだ……!? いや、考えている場合じゃない……!!
躊躇なく、ミューはヴィティアとラグナスを撃った。リーシュが剣を下ろして、驚愕の瞳でミューを見詰めていた。
黙っていられる状況じゃない。嘘でもはったりでもなく、ミューは今、俺達を本気で殺す気だ。
くそ!! どうにか、スケゾーを取り戻す手段さえあれば……!!
「事情は、全く分からないけど……どうやら、敵みたいだね……!!」
トムディ!?
俺の背後から飛び出したトムディが、スカイガーデンで手に入れた魔法石のキャンディーを咥えた。杖を振り翳し、その先端にはまっている宝石を眩く光らせる。
トムディは、ミューに向かって跳躍した。
「【リバー】」
パン、という、乾いた音がした。その直後に響き渡る爆音。飛び掛かった筈のトムディが、ミューとは反対方向に飛ぶ。
ミューは既に、『アップルシード・ダブルピストル』を抜いていた。トムディの魔法より、ミューの攻撃の方が速い……!!
「トムディ!!」
「トムディさんっ!!」
俺とリーシュが、同時に叫んだ。
吹っ飛んだトムディの先に、チェリアがいた。全身を使ってトムディを受け止め、勢いを殺すが……トムディの方が身体が大きい手前、チェリアも衝撃を受けてしまう。
「うわあっ!! ……ヘ、ヘッド君!!」
チェリアのリュックから、紫色のヘドロスライムが飛び出した。左右二本の木に身体を伸ばして貼り付き、ハンモックのような動きでチェリアとトムディを受け止める。
ミューはすました顔をして、その様子を見詰めていた。
「驚いたわ……意外と、仲間が多いのね。でも……もう、お終い」
俺はどうしても、その場を動く事が出来なかった。ミューはいつでも俺を監視していて、その気になればいつでもスケゾーを撃てる。
ミューはいつでも、俺を殺せる。
歯を食い縛って、状況を見守った。
「いたたた……もう、何なのよ一体……!! ……あれ?」
ラグナスが起き上がって……なんだ? 何か……様子がおかしい。
「ヴィティアさん、大丈夫ですかっ!?」
何で、ヴィティアが『ヴィティアさん』……? っておい、ちょっと待て……!!
「――――へっ?」
「…………俺?」
ミューは、不敵な笑みを浮かべた。
ま、まさか、これは……!? 霊を扱うとか何とか言っていたが、こんな事も出来るのか……!?
「えっ、ちょっと待って待っこの恰好……あああああ……!!」
「ヴィティアさん、落ち着いてください!! それは俺の美しい身体です!!」
ヴィティアとラグナスが、入れ替わっちまった――――――――!!
「グレンオード・バーンズキッドと、ラグナス・ブレイブ=ブラックバレル。この二人が……どう考えても、最も危険な存在だものね……」
リーシュが、叫んだ。
「ミューさん!! どうして、こんな事を」
数回の、銃声。喧騒の中、リーシュが剣を取り落とした。
あまりにも目まぐるしく変わる状況に、俺は――目を見開いた。
「リーシュ!!」
……まずい。……まずい。……まずい。
どうする。どうすればいい。ミューの射撃は、恐ろしく速い。スケゾーと共有できない今の俺が、魔法を使っている余裕なんて無い。捕まっているスケゾーが撃たれてしまえば、それで終わりだ。
殺られる。
スケゾーが死ぬ。俺も死ぬ。そうしたら、どうなる。……だが、それに抗う術がない。
脂汗が、止まらない。ミューは俺をゴミか何かでも見るような目で、じっと見詰める。……そうして、俺に歩み寄って来る。ミューが一歩、俺に近付く度、俺の中で目眩を覚えるような警鐘が鳴り響く。
胃が収縮する。喉を鳴らした。
銃口が、俺の方を向く。
やめろ……………………!!
「冗談、だろう?」
声がした。
ミューは俺から目を逸らし、その男を睨んだ。俺はミューの殺意が俺から離れた事を確認して、未だ肩で息をしていたが。振り返ると、俺と同じように、絶望的な光景に悲痛な表情をしているキャメロンが立っていた。
状況がまだ、理解できていないように見えた。
「ミュー。……お前は一体、何をしているんだ」
駄目だ。今のミューに、もう言葉なんか通用しない。
キャメロンにも、それは分かっていたのかもしれない。……だが、キャメロンはミューに向かって歩いていった。入れ替わってしまった、ヴィティアとラグナス。撃たれたリーシュとトムディ。不安そうな眼差しで様子を見ているチェリア。動けない俺。捕まったスケゾー。
その、ぼろぼろの状況を、一つずつ確認をするかのように、見て行きながら。
「……状況を、説明してくれないか」
ミューは、キャメロンから視線を外す。憎々しげな、憎悪に塗れた表情で。
「どうして、あの家から居なくなったんだ。……今まで、どこで何をしていた。……何か困っている事があるのか? それなら俺が、力になろう。だからもう、こんな事はやめるんだ……!!」
キャメロンは、ミューに確認を取るかのように、そう言いながら。俺を通り過ぎ、ミューの目前に迫る。
ミューの左肩を、キャメロンは掴んだ。
「ずっと、探していたんだぞ……!! 俺は、お前を……!!」
瞬間の、出来事だった。
キャメロンの腕は、勢い良くミューに振り払われた。ミューは殺意に満ちた眼差しをキャメロンに向け、苛立ちをそのまま表現するかのように、キャメロンを睨み付ける。
「触らないで!!」
たった、一言だ。しかし、普段大きな声を出さないミューのそれには、凄まじい迫力があった。
たったそれだけで、キャメロンはその場に固まったまま、動けなくなった。
「おい、ミュー。心配になって来てみれば……やっぱり、ピンチじゃねえかよ」
その声は、俺の知らないものだった。
ミューが振り返ると、いつの間にか『マナの大木』の枝に、酒を飲んでいる男が腰掛けていた。橙色の髪……随分と、大柄な男だ。
しかし俺は、その男の存在に戦慄を覚えた。
「……リーガルオン」
「来てみて正解だったな。協力してやろうか?」
「何も……問題ないわ。来ないでって……言ったでしょ……」
仲間が居る。
リーガルオンと呼ばれた男は、マナの大木から降り、ミューの隣に立った。魔力の量が……おかしい。特に殺意を見せているようにも思えない。……ただ、漏れ出ている魔力だ。
明らかに、強い。別格だ。そんなものは、見ればすぐに分かる。男は俺を見て鼻で笑うと、腕を組んだ。
「お前が『零の魔導士』か? ……あんま、強そうには見えねえが」
ミューは感情の無い瞳で俺達を一瞥すると、背を向けた。
「何人居ようが問題ない……一人で十分。そんなこと……あなたなら、分かるでしょ」
「ははは!! 言うようになったモンだな。それなら……おい、出て来て構わねえぞ。まあ、この程度のレベルなら問題ねえだろ」
リーガルオンがそう言うと、マナの大木から数名の人間が降りて来た。
長身で短髪の、サングラスを掛けた男。三日月に乗った、魔導士らしき格好をした女。上半身だけが異様に巨大な、化物のような顔をした男。
ミューはそれらを見て、つまらなさそうに溜息をついた。
「……馬鹿なの? こんな所に来ている暇があったら、任務を進めたらどうなの」
「まァそう言うな。皆、お前を心配しての事だよ」
まさか。……まさかとは思ったが。
あの、サングラスの男が持っている弓。……まさか、セントラル・シティの大通りで俺が撃たれたのは、あいつに――――…………。
……ちょっと、待て。そうだとしたら。俺が狙われる理由なんて、ひとつしか心当たりがない。
リーガルオンは、俺の目の前に歩いた。
「んじゃまあ、時間も無駄だし、掃除するか?」
こいつらは、もしかして。リーシュを捕らえた、あの連中の、仲間。
ミュー・ムーイッシュは……ただの、とあるギルドのメンバーではなかった。俺を殺す事を目標にした、言わばこれは、スパイのような存在――……。そういう、事なのか。少し寂しそうな、あの雰囲気に釣られて、俺はまんまと手を差し伸べてしまったのか。
『もし、良かったら……また、会いたいのだけれど……』
嘘。
……全部、嘘だったのか?
リーガルオンが、背後の仲間に指示を出した。
「ベルス・ロックオン。お前は、まだ動けそうな『悪魔の子』と武闘家をやれ。チュチュ・デュワーズ、お前はラグナス・ブレイブ=ブラックバレルと盗賊の女だ。ロング・ジョン、チビガキ共の後始末をしろ」
ベルスと呼ばれたサングラスの男が、自身のサングラスの位置を中指で直し、弓を構えた。
「んん……ハードボウルドな指示だ」
「良いからさっさとやれ」
チュチュと呼ばれた三日月の女が、杖を振り翳し、魔力を展開する。
「はぁい。リーガルオン様、ラグナスはどうします?」
「あー、抵抗しなきゃ捕まえとけ。抵抗したら殺して構わん」
ロングと呼ばれた巨大な男が、トムディとチェリアに向かった。
「終わったら飯食っていい? ていうかこいつら食っていい?」
「待て。後だ」
なんて……。なんて、状況だ。
心を許した相手に、裏切られる事がある。
好意を持って近付いた結果、報われない事がある。蹴られて終わりになる事がある。そんな事は、よくあることだ。
だけど。
「……という訳だ、『零の魔導士』。お前に恨みはないが、まあここはお前がゴミクズだったって事でひとつ、勘弁してくれ」
俺にはどうしても、ミューの見せたあの笑顔が、作り物だったとは……どうしても、思えなくて。
スケゾーが居ない。仲間は全員、ここに居る。それでも、戦力が足りない。
打つ手がない。
リーガルオンが、腰の大きな剣に手を掛ける。俺は思わず、拳を構えたが。
ミューが撃てば、いつでも俺は死ぬ。そんな状況で、助けも期待できない。
絶望しか、そこには無かった。
「待って」
リーガルオンの手が止まった。
なんだ……? ミューは迷惑そうな顔をして、リーガルオンを見ている。スケゾーが入った箱を手に、ミューは言った。
「何のために、私がこの使い魔を捕まえたと思っているの」
そうか。……気が動転していてちっとも気付かなかったが、リーガルオンが俺に向かって来ているという事は、ついさっきミューが話した俺の秘密を、こいつらは聞いていなかった。話された後に、ここに来たんだ。
リーシュと同じように。ミューを助けるために。
……魔導士になって一度もばれなかった俺の秘密が、野晒しにされる。
いや、どうせここで死ぬなら同じか。何れにしても、スケゾーが弱点だって事がばれれば、もう俺と戦う理由はない。
スケゾーは魔力を殺されている。あの姿じゃ、腕力には期待できない。
クソが……………………!!
俺は、目を閉じた。
「『零の魔導士』……グレンオード・バーンズキッドを……『カブキ』に呼ぶためよ」
……………………えっ?
「なんだ、面倒臭え。ここで殺せば良いじゃねえか」
「馬鹿言わないで。私はここのメンバーであって……『ギルド・ストロベリーガールズ』のメンバーなのよ。……ここじゃ、治安保護隊員に追われるかもしれないじゃない……」
何、言ってるんだ。
殺すつもりだっただろ……? そうでなければ、どうして今まで俺達と戦っていたんだ。戦力差が逆転した今なら、スケゾーを捕まえている以上、ここに残る理由もない。さっさと俺の秘密を伝えて、逃げた方が安全だ。
ここで俺の秘密を隠す理由が、思い当たらない。
「俺は面倒な事と使えねえゴミクズが一番嫌いだ。おい、ここで殺して行くぞ」
「リーガルオン・シバスネイヴァー……この依頼は、私に託したのでしょう……? 横から出て来たのは貴方なのだから……。余計な事をしないでと……私は何度も言ったわよ……」
ミューとリーガルオンは、互いに睨み合った。二人は、沈黙した。何故か、この状況で言い合いをしていた。
ベルスと呼ばれたサングラスの男が咳払いをして、二人の間に立つ。
「おい。何も敵陣でボウッと喧嘩する事はないだろう」
「そうよ。どっちでもいいよー」
ベルスに、三日月の魔導士……チュチュが賛成した。ロングと呼ばれた大男がその輪の中に入って、リーガルオンの肩を叩いた。
「飯まだ?」
リーガルオンは、溜息をついた。
「……はあ。分かったよ、面倒臭えなァ……一度帰るぞ」
「はぁーい」
「飯!! 飯!!」
……くそ。一体、何なんだ。
リーガルオンのパーティー……と思わしき軍団が、去って行く。ミューは俺の所まで歩いて、冷徹な笑みを浮かべた。
俺は、ミューと目を合わせる。
「東の島国で、一番セントラル大陸に近い村。『カブキ』で、待ってる……必ず、一人で来なさい。全員で来ても良いけど……」
ミューは、スケゾーのこめかみに銃口を合わせた。
どうしようもなく、身体が反応してしまう。
「そうね……死人が増える事になるわ……」
こいつはいつでも、俺を殺せる。それはもう、分かっている筈だ。
なのに何故、そうしないんだ。
……俺で、遊んでいるのか。
ミューは背を向けて、リーガルオンと共に去って行った。たった一人に壊滅させられた、俺達全員を放置して。
俺は左胸を押さえ、どうにか動悸を治めようと必死になっていた。
「…………っ!!」
キャメロンが、『マナの大木』に拳を叩き付けた。
数枚の木の葉が、地面に舞い落ちた。




