表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
139/234

Part.138 魔物使いチェリア

 何だ……? 二人、知り合いなのか……?


 キャメロンは、何やら険相な顔をしていたが。対するミューはキャメロンを見て、少しバツが悪そうな顔を……いや。無表情だから分からない。


 おいおい……どういう状況だ、これ。聞いてないぞ、キャメロンがミューの事を知っているなんて。……聞きようも無いが。


「ミューだよな? 俺だ、キャメロンだ。覚えているか?」


「……さあ。人違いじゃないかしら」


 いや。キャメロンはさっき、ミュー・ムーイッシュって言っただろう。……どうして、そんな事を言うんだ。


 キャメロンは少し怒ったような、焦っているような。そんな雰囲気だったが。ミューの隣に立って、どうにか顔をキャメロンの方に向けさせようと、話しているように思える。


「ずっと、探していたんだ。どうして、急に居なくなったりしたんだ」


「何の話か……分からないわ」


 ミューの態度は、明らかに異質だ。キャメロンの事を個人として認識しているからこそ、こんな態度になっている。それは、分かっていたが。


 キャメロンは苦笑して。どうやら、ミューの目を見て話す事は諦めたらしい。




「元気だったか」




 その言葉を、ミューが聞いた瞬間だった。


 無表情なミューに、こんなにも大きな変化が現れるものだとは。俺は初めて、ミューの敵意というものを垣間見ていた。


 キャメロンには見えていなかっただろう。だが、前髪の隙間からミューは、猛然とした勢いでキャメロンを睨み付けた。テーブルを強く叩いて立ち上がる瞬間、周囲の客が驚いて、思わずといった様子で振り返った。


 少しの笑顔を見せたキャメロンだったが。ミューの態度に、再び表情を暗くさせた。


「……グレン。……行きましょう」


「お、おい。ミュー……!! 知り合いなんだろ……?」


「知り合い?」


 一瞬、顔だけ振り返ったミュー。その表情には、驚くほど明確な怒りがあった。




「こんな変態、知らないわ」




 今まで俺が見て来た無表情のミュー・ムーイッシュとは、まるで別人のようだ。


 それだけを俺に言って、ミューは『赤い甘味』を出て行く。俺は慌てて立ち上がり、ミューの後を追い掛けた。


「……悪い。……後で、また」


 キャメロンにそれだけを伝えて、俺はミューを追い掛ける。……あいつの拠点が今、どこにあるのか分からない。ここで見失ったら、ミューの居場所が再び分からなくなってしまう。


 今は、キャメロンよりミューだ。


「あ、ああ」


 去り際、キャメロンの頼りない表情が、妙に印象に残った。




 *




 …………気まずい。


 ミューを追い掛けて、セントラル・シティの大通りへ飛び出したは良いものの。俺はミューと何の会話もせずに、繁華街を歩いていた。


 途中、果物や野菜なんかを見詰めながら、ミューは何かを考えている様子だったが。如何せん俺には何が起こっていたのかがよく分からないので、ただミューの様子を見守っていたが。


 ……いや、どうしろって言うんだよ。この様子じゃ、キャメロンのワードを出したら、俺まで怒られそうだ。


 一体どういう関係なんだ、二人。


「あー……ミュー? ……大丈夫か?」


 いつまでもこうしている訳にも行かない、か。俺は咳払いをひとつ、ミューにそう切り出した。


「……? 何が……?」


 ミューは俺を見て、無表情でそう言った。


 くそ。相変わらず何考えてんのか、全く分からねえぞ。見た所、普通の様子だが……だったら、さっきのは一体何だったんだよ。


 もう、すっかり大丈夫なのか? キャメロン、かなり動揺しているようだったが。お前は気にしていないのかよ。


 ああもう、訳が分からん……!!


 ミューは果物屋のリンゴを手に取って眺めながら、ちらりと俺の方を見て言った。


「気にしないで」


「ん?」


「昔の……顔馴染みという……だけだから……」


 ……なんだよ。ちゃんと、分かってるんじゃないか。


 結局、無表情だったり惚けたフリをしていたりするのは、ミューに限って言えばわざとなんだよな。リーシュと違って。


 計算して、やっているんだ。そういう意味では、リーシュやヴィティアはかなり素直と言える。


 何か、引っ掛かるんだよなあ……。


「……まあ、良いけどさ。ところでお前、捜し物、もういいのかよ。手伝うとか手伝わないとかあるんだろ。いつ頼まれるか分からないんじゃ、こっちも構えようがないぞ」


 そう言うと、ミューはリンゴを見詰めて、何かを考えている様子だった。


「捜し物……」


 俺は腕を組んで、ミューの様子を眺めていたが。


 ふと、ミューは言った。




「捜し物は……もう、見付からない方が……良いのかも、しれないわね……」




 どういう意味だよ。


 はあ……ったく、これじゃ全然会話にならないぞ。いや、ミューとこれまでまともな会話が出来ていたかと言えば、それはかなり低い確率だったのかもしれないが。


 別にミューも気にしていないようだし、俺も宿に帰ってしまおうか。今日の稼ぎとしては、もう十分だからな。


「あ、グレンさん!!」


 おお……!? その声は……!!


「こっちです!!」


 俺とミューが顔を上げると、大通りの向こう側から走って来る人影があった。緑掛かった栗色の髪、白い肌。今日は身体に不釣合いな程、大きなリュックを背負っている。チェックのシャツに、チノパンとサスペンダー。それから、ベレー帽……?


「良かった、やっぱりグレンさんでしたか」


「おお。……随分格好変わったもんだな、チェリア」


 懐かしの聖職者、チェリア・ノッカンドーがそこにいた。


 チェリアは相変わらず、可憐な花のような笑顔を浮かべて、俺との再会を喜んでくれているようだった。どうでも良いが、早く女になってくれ。俺のために。


 しかし、本当に姿は変わったな。前はトムディと似たり寄ったりな格好だったのに。イメチェンか……? いや、この巨大なリュック。冒険者依頼所でも、何度か見た事がある。


「……魔物使い?」


「あ、そうなんですよ。よく分かりましたね」


 確かに、もっと強烈なキャラクターになる、とは言っていたが。


「冒険者依頼所への登録も、『聖職者』から『魔物使い』に変えちゃいました。と言っても、さっき変えたばっかりなんですけどね」


「そうなのか。……魔物は、もういるのか?」


「はいっ。紹介します、僕の友達の……」


 チェリアは背中のリュックを地面に置いて、その中から……何やら、紫色の変なブニブニした魔物を取り出した。


 そこに入れてんのかよ……。


「ヘドロスライムの、ヘッド君です」


 それ、毒持ってるんじゃないのか。……あ、チェリアなら自分で解毒可能か。


 続いてチェリアは……何やら、ハニワのような、小さな魔物を取り出した。


「モアイゴーレムの、モアイ君です」


 何だか分からないが、顔が妙にイライラする。


 続いてチェリアは、今度は拳大の蝶々のような魔物を取り出した。


「リトルフェアリーの、リトルちゃんです」


 あらかわいい。


 まだ出て来るのか……? いや……どうやら、これで全部みたいだ。チェリアの胸ポケットに収まるヘドロスライム。チェリアの肩に乗る、モアイゴーレム。チェリアの周囲を飛んでいる、リトルフェアリー。


 ……何だか、おもちゃの国にしか見えないが。


「随分、小さな魔物ばっかりなんだな」


「はい、まだ僕のレベルが足りなくて。こんな感じなんですけど」


「しかし、魔物使いとはな。……俺が言うのも何だが、魔物連れてると嫌な顔されないか?」


「まあ、それは前から、ですからね。戦闘でもやたら庇われてばかりで、前に出して貰えなかったですし」


 それは、嫌がられているのとはまた違うと思う。


「魔物と言っても、良い子ばかりですし。思い切って転職してみて、良かったなあ、と」


 ……ん? なんか、煙が。


「ああっ……!! もう、だから溶解液は駄目だよ……!!」


 うおお……!? チェリアの胸ポケットが……溶け始めている……!!


 慌ててチェリアは、ヘドロスライムを胸ポケットから取り出した。戦闘の意思は無いのだろう、チェリアの手に乗ると、うねうねと動いているが。


「ヘッド君、僕の胸ポケットが好きなんですけど。ここに入る時だけ、何故かいつも溶解液を出すんですよね……」


 チェリアは困っているようだったが。……それ、俺は明らかに意思があってやっていると思うぞ。


 気付いたのが早かったからか、チェリアの服はそれ程に溶けていない。胸ポケットが見すぼらしい事になってしまったが。


「ほら、ちゃんと直して、ヘッド君」


 チェリアがそう言うと、ヘドロスライムは魔法を使って……直せるのかよ。やはり計画的犯行か。


「ところで、そちらの方は……?」


 上目遣いに、チェリアはミューを見た。先程から俺の隣に立ってリンゴを食っているミューが、チェリアの言葉に気付いて反応する。


 いや、そのリンゴ。買ったんだよな、ちゃんと。


「どうもどうも、ミュー・ムーイッシュです。メカニックをやっています」


「あ、チェリア・ノッカンドーです。これはご丁寧に……」


 ミューに合わせて、頭を下げるチェリア。かわいい。ミューはそんなチェリアの頭を撫でる。


「いじめ甲斐がありそう……」


「やめてやれ」


 俺は、ミューの頭にチョップをかました。


「あれ? ちょっと、モアイ君。まだ挨拶の途中だよ」


 見ると、いつの間にかチェリアの足元に移動していたモアイゴーレムが、チェリアのズボンを引っ張っていた。なんだ……? お菓子屋?


 仕方なく、俺とミューに会釈して、チェリアはお菓子屋へと向かった。


 やっぱり、ああいうタイプの魔物を引き連れているのは、アレだろうか。母性本能的な何かだろうか。


 その後姿を眺めながら、ミューが言った。


「とても……可愛い、女の子ね……」


「ああ。男だけどな」


「うっそおっ!? 嘘でしょ!? 有り得ない!!」


 俺はお前がそこまで早口で喋ったのを、むしろ初めて見たよ。


 不意に背後から、俺の肩が叩かれた。


「なんだよ。男と言ったら男なんだ」


 スキンヘッドの親父が額に青筋を浮かべて、親指でミューを指さした。


「代金」


 …………。


「おい、ミュー。金」


「…………はて」


「はてじゃねえよ」


 俺が払うのか。……マジか。一体こいつは俺の何だと言うんだ。……確かにこうして歩いていたら、ミューは俺の彼女か何かと勘違いされてもおかしくない、か。


「……わかったよ。いくらだ」


「まいど、一セルになります」


「嘘こけオヤジてめえっ!! こんなリンゴ一個に一セルもかかるか!!」


「一個じゃねえよ?」


 えっ。


 ……見るとミューの背中には、食い荒らされたリンゴの芯的な何かが、山になって積まれていた。


 俺は、ミューの頬を掴んだ。


「…………てめえで払え」


「女の子に暴力は良くないわ」


「訂正する。おい果物泥棒。金を払え」


「人聞きが悪いわ」


 ちゃんと店の品物は金払って買うって、お母さんに習わなかったのか。全くけしからん。


 大体、いつもコイツは――――…………


 瞬間、俺は弛み切っていた意識を、全力で状況判断に回した。肩で船を漕いでいるスケゾーを掴み、懐に引き寄せる。


 左腹に、激痛が走った。


「きゃあっ――――――――!?」


「おい、何事だ!!」


 周囲の人間が、普段は絶対に見る事は無いだろう光景に驚いていた。


 左腹を、何かが貫通した。これは……矢だ。俺は、矢の飛んで来た方向を見た。……人混みの中じゃない。今のは確実に俺を狙っていた。という事は、屋根の上……!?


 集合住宅の屋根を見る。……だが、そこには誰も居ない。


 どこかに、隠れているのか……!!


「グ、グレンさんっ!!」


 チェリアが駆け寄って来る。俺は片膝をついて、腹を押さえた。痛みと言うより、周囲の状況を確認するためだ。


 ……殺気は無い。矢が放たれた一瞬に感じた悪寒は、過ぎ去っている。


 ふざけてんのか。こんな町中、しかもセントラル・シティで、攻撃だと……?


「治安保護隊員だ!! 治安保護隊員を呼べ!!」


 周囲はパニックに陥っている。もうじき、クラン・ヴィ・エンシェント率いる『ギルド・キングデーモン』の人間達が、ここに到着するだろう。


 しかし。問題は、そんな所には無い。最大の問題は――……『俺が』、狙い撃ちされたって事だ。


 まさか、動き出したのか。……奴等が。


「グレンさん、大丈夫ですかっ!? 傷、見せてください!!」


「ああ、大丈夫大丈夫。俺はこの位じゃ、どうもしないから。ゆっくりでいい」


 駆け寄って回復魔法を掛けるチェリア。俺は手を振って、チェリアに身の安全を示した。


 ミューは……何やら、明後日の方角を向いて、固まっていた。


「うわあ……ひどいな。お兄さん、大丈夫?」


 その声に、チェリアが真っ先に反応して、振り返った。


 緑掛かった髪の毛に、朱色の瞳。細身で、背の高い男がそこに立っていた。


 俺の傷が塞がったのを確認すると、チェリアが立ち上がった。


「ウシュク兄さん……?」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ