Part.138 魔物使いチェリア
何だ……? 二人、知り合いなのか……?
キャメロンは、何やら険相な顔をしていたが。対するミューはキャメロンを見て、少しバツが悪そうな顔を……いや。無表情だから分からない。
おいおい……どういう状況だ、これ。聞いてないぞ、キャメロンがミューの事を知っているなんて。……聞きようも無いが。
「ミューだよな? 俺だ、キャメロンだ。覚えているか?」
「……さあ。人違いじゃないかしら」
いや。キャメロンはさっき、ミュー・ムーイッシュって言っただろう。……どうして、そんな事を言うんだ。
キャメロンは少し怒ったような、焦っているような。そんな雰囲気だったが。ミューの隣に立って、どうにか顔をキャメロンの方に向けさせようと、話しているように思える。
「ずっと、探していたんだ。どうして、急に居なくなったりしたんだ」
「何の話か……分からないわ」
ミューの態度は、明らかに異質だ。キャメロンの事を個人として認識しているからこそ、こんな態度になっている。それは、分かっていたが。
キャメロンは苦笑して。どうやら、ミューの目を見て話す事は諦めたらしい。
「元気だったか」
その言葉を、ミューが聞いた瞬間だった。
無表情なミューに、こんなにも大きな変化が現れるものだとは。俺は初めて、ミューの敵意というものを垣間見ていた。
キャメロンには見えていなかっただろう。だが、前髪の隙間からミューは、猛然とした勢いでキャメロンを睨み付けた。テーブルを強く叩いて立ち上がる瞬間、周囲の客が驚いて、思わずといった様子で振り返った。
少しの笑顔を見せたキャメロンだったが。ミューの態度に、再び表情を暗くさせた。
「……グレン。……行きましょう」
「お、おい。ミュー……!! 知り合いなんだろ……?」
「知り合い?」
一瞬、顔だけ振り返ったミュー。その表情には、驚くほど明確な怒りがあった。
「こんな変態、知らないわ」
今まで俺が見て来た無表情のミュー・ムーイッシュとは、まるで別人のようだ。
それだけを俺に言って、ミューは『赤い甘味』を出て行く。俺は慌てて立ち上がり、ミューの後を追い掛けた。
「……悪い。……後で、また」
キャメロンにそれだけを伝えて、俺はミューを追い掛ける。……あいつの拠点が今、どこにあるのか分からない。ここで見失ったら、ミューの居場所が再び分からなくなってしまう。
今は、キャメロンよりミューだ。
「あ、ああ」
去り際、キャメロンの頼りない表情が、妙に印象に残った。
*
…………気まずい。
ミューを追い掛けて、セントラル・シティの大通りへ飛び出したは良いものの。俺はミューと何の会話もせずに、繁華街を歩いていた。
途中、果物や野菜なんかを見詰めながら、ミューは何かを考えている様子だったが。如何せん俺には何が起こっていたのかがよく分からないので、ただミューの様子を見守っていたが。
……いや、どうしろって言うんだよ。この様子じゃ、キャメロンのワードを出したら、俺まで怒られそうだ。
一体どういう関係なんだ、二人。
「あー……ミュー? ……大丈夫か?」
いつまでもこうしている訳にも行かない、か。俺は咳払いをひとつ、ミューにそう切り出した。
「……? 何が……?」
ミューは俺を見て、無表情でそう言った。
くそ。相変わらず何考えてんのか、全く分からねえぞ。見た所、普通の様子だが……だったら、さっきのは一体何だったんだよ。
もう、すっかり大丈夫なのか? キャメロン、かなり動揺しているようだったが。お前は気にしていないのかよ。
ああもう、訳が分からん……!!
ミューは果物屋のリンゴを手に取って眺めながら、ちらりと俺の方を見て言った。
「気にしないで」
「ん?」
「昔の……顔馴染みという……だけだから……」
……なんだよ。ちゃんと、分かってるんじゃないか。
結局、無表情だったり惚けたフリをしていたりするのは、ミューに限って言えばわざとなんだよな。リーシュと違って。
計算して、やっているんだ。そういう意味では、リーシュやヴィティアはかなり素直と言える。
何か、引っ掛かるんだよなあ……。
「……まあ、良いけどさ。ところでお前、捜し物、もういいのかよ。手伝うとか手伝わないとかあるんだろ。いつ頼まれるか分からないんじゃ、こっちも構えようがないぞ」
そう言うと、ミューはリンゴを見詰めて、何かを考えている様子だった。
「捜し物……」
俺は腕を組んで、ミューの様子を眺めていたが。
ふと、ミューは言った。
「捜し物は……もう、見付からない方が……良いのかも、しれないわね……」
どういう意味だよ。
はあ……ったく、これじゃ全然会話にならないぞ。いや、ミューとこれまでまともな会話が出来ていたかと言えば、それはかなり低い確率だったのかもしれないが。
別にミューも気にしていないようだし、俺も宿に帰ってしまおうか。今日の稼ぎとしては、もう十分だからな。
「あ、グレンさん!!」
おお……!? その声は……!!
「こっちです!!」
俺とミューが顔を上げると、大通りの向こう側から走って来る人影があった。緑掛かった栗色の髪、白い肌。今日は身体に不釣合いな程、大きなリュックを背負っている。チェックのシャツに、チノパンとサスペンダー。それから、ベレー帽……?
「良かった、やっぱりグレンさんでしたか」
「おお。……随分格好変わったもんだな、チェリア」
懐かしの聖職者、チェリア・ノッカンドーがそこにいた。
チェリアは相変わらず、可憐な花のような笑顔を浮かべて、俺との再会を喜んでくれているようだった。どうでも良いが、早く女になってくれ。俺のために。
しかし、本当に姿は変わったな。前はトムディと似たり寄ったりな格好だったのに。イメチェンか……? いや、この巨大なリュック。冒険者依頼所でも、何度か見た事がある。
「……魔物使い?」
「あ、そうなんですよ。よく分かりましたね」
確かに、もっと強烈なキャラクターになる、とは言っていたが。
「冒険者依頼所への登録も、『聖職者』から『魔物使い』に変えちゃいました。と言っても、さっき変えたばっかりなんですけどね」
「そうなのか。……魔物は、もういるのか?」
「はいっ。紹介します、僕の友達の……」
チェリアは背中のリュックを地面に置いて、その中から……何やら、紫色の変なブニブニした魔物を取り出した。
そこに入れてんのかよ……。
「ヘドロスライムの、ヘッド君です」
それ、毒持ってるんじゃないのか。……あ、チェリアなら自分で解毒可能か。
続いてチェリアは……何やら、ハニワのような、小さな魔物を取り出した。
「モアイゴーレムの、モアイ君です」
何だか分からないが、顔が妙にイライラする。
続いてチェリアは、今度は拳大の蝶々のような魔物を取り出した。
「リトルフェアリーの、リトルちゃんです」
あらかわいい。
まだ出て来るのか……? いや……どうやら、これで全部みたいだ。チェリアの胸ポケットに収まるヘドロスライム。チェリアの肩に乗る、モアイゴーレム。チェリアの周囲を飛んでいる、リトルフェアリー。
……何だか、おもちゃの国にしか見えないが。
「随分、小さな魔物ばっかりなんだな」
「はい、まだ僕のレベルが足りなくて。こんな感じなんですけど」
「しかし、魔物使いとはな。……俺が言うのも何だが、魔物連れてると嫌な顔されないか?」
「まあ、それは前から、ですからね。戦闘でもやたら庇われてばかりで、前に出して貰えなかったですし」
それは、嫌がられているのとはまた違うと思う。
「魔物と言っても、良い子ばかりですし。思い切って転職してみて、良かったなあ、と」
……ん? なんか、煙が。
「ああっ……!! もう、だから溶解液は駄目だよ……!!」
うおお……!? チェリアの胸ポケットが……溶け始めている……!!
慌ててチェリアは、ヘドロスライムを胸ポケットから取り出した。戦闘の意思は無いのだろう、チェリアの手に乗ると、うねうねと動いているが。
「ヘッド君、僕の胸ポケットが好きなんですけど。ここに入る時だけ、何故かいつも溶解液を出すんですよね……」
チェリアは困っているようだったが。……それ、俺は明らかに意思があってやっていると思うぞ。
気付いたのが早かったからか、チェリアの服はそれ程に溶けていない。胸ポケットが見すぼらしい事になってしまったが。
「ほら、ちゃんと直して、ヘッド君」
チェリアがそう言うと、ヘドロスライムは魔法を使って……直せるのかよ。やはり計画的犯行か。
「ところで、そちらの方は……?」
上目遣いに、チェリアはミューを見た。先程から俺の隣に立ってリンゴを食っているミューが、チェリアの言葉に気付いて反応する。
いや、そのリンゴ。買ったんだよな、ちゃんと。
「どうもどうも、ミュー・ムーイッシュです。メカニックをやっています」
「あ、チェリア・ノッカンドーです。これはご丁寧に……」
ミューに合わせて、頭を下げるチェリア。かわいい。ミューはそんなチェリアの頭を撫でる。
「いじめ甲斐がありそう……」
「やめてやれ」
俺は、ミューの頭にチョップをかました。
「あれ? ちょっと、モアイ君。まだ挨拶の途中だよ」
見ると、いつの間にかチェリアの足元に移動していたモアイゴーレムが、チェリアのズボンを引っ張っていた。なんだ……? お菓子屋?
仕方なく、俺とミューに会釈して、チェリアはお菓子屋へと向かった。
やっぱり、ああいうタイプの魔物を引き連れているのは、アレだろうか。母性本能的な何かだろうか。
その後姿を眺めながら、ミューが言った。
「とても……可愛い、女の子ね……」
「ああ。男だけどな」
「うっそおっ!? 嘘でしょ!? 有り得ない!!」
俺はお前がそこまで早口で喋ったのを、むしろ初めて見たよ。
不意に背後から、俺の肩が叩かれた。
「なんだよ。男と言ったら男なんだ」
スキンヘッドの親父が額に青筋を浮かべて、親指でミューを指さした。
「代金」
…………。
「おい、ミュー。金」
「…………はて」
「はてじゃねえよ」
俺が払うのか。……マジか。一体こいつは俺の何だと言うんだ。……確かにこうして歩いていたら、ミューは俺の彼女か何かと勘違いされてもおかしくない、か。
「……わかったよ。いくらだ」
「まいど、一セルになります」
「嘘こけオヤジてめえっ!! こんなリンゴ一個に一セルもかかるか!!」
「一個じゃねえよ?」
えっ。
……見るとミューの背中には、食い荒らされたリンゴの芯的な何かが、山になって積まれていた。
俺は、ミューの頬を掴んだ。
「…………てめえで払え」
「女の子に暴力は良くないわ」
「訂正する。おい果物泥棒。金を払え」
「人聞きが悪いわ」
ちゃんと店の品物は金払って買うって、お母さんに習わなかったのか。全くけしからん。
大体、いつもコイツは――――…………
瞬間、俺は弛み切っていた意識を、全力で状況判断に回した。肩で船を漕いでいるスケゾーを掴み、懐に引き寄せる。
左腹に、激痛が走った。
「きゃあっ――――――――!?」
「おい、何事だ!!」
周囲の人間が、普段は絶対に見る事は無いだろう光景に驚いていた。
左腹を、何かが貫通した。これは……矢だ。俺は、矢の飛んで来た方向を見た。……人混みの中じゃない。今のは確実に俺を狙っていた。という事は、屋根の上……!?
集合住宅の屋根を見る。……だが、そこには誰も居ない。
どこかに、隠れているのか……!!
「グ、グレンさんっ!!」
チェリアが駆け寄って来る。俺は片膝をついて、腹を押さえた。痛みと言うより、周囲の状況を確認するためだ。
……殺気は無い。矢が放たれた一瞬に感じた悪寒は、過ぎ去っている。
ふざけてんのか。こんな町中、しかもセントラル・シティで、攻撃だと……?
「治安保護隊員だ!! 治安保護隊員を呼べ!!」
周囲はパニックに陥っている。もうじき、クラン・ヴィ・エンシェント率いる『ギルド・キングデーモン』の人間達が、ここに到着するだろう。
しかし。問題は、そんな所には無い。最大の問題は――……『俺が』、狙い撃ちされたって事だ。
まさか、動き出したのか。……奴等が。
「グレンさん、大丈夫ですかっ!? 傷、見せてください!!」
「ああ、大丈夫大丈夫。俺はこの位じゃ、どうもしないから。ゆっくりでいい」
駆け寄って回復魔法を掛けるチェリア。俺は手を振って、チェリアに身の安全を示した。
ミューは……何やら、明後日の方角を向いて、固まっていた。
「うわあ……ひどいな。お兄さん、大丈夫?」
その声に、チェリアが真っ先に反応して、振り返った。
緑掛かった髪の毛に、朱色の瞳。細身で、背の高い男がそこに立っていた。
俺の傷が塞がったのを確認すると、チェリアが立ち上がった。
「ウシュク兄さん……?」




