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(前略)あまりもの冒険譚! - 俺の遠距離魔法が、相変わらず1ミリも飛ばない件。 -  作者: くらげマシンガン
第九章 微に入り細を穿つ(のかどうかは不明な)メカニック
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Part.132 盛大に鼻から吐血

 そこに、ヴィティア・ルーズは居た。


「……えっ」


 俺の左手を痛い程に握っているヴィティア。その全貌が、はっきりと見える。ヴィティアは俺から目を背けていた。


 ……いや、待てよ。ってことは、この状況は。


 俺の姿も、見えるようになっている。いや、ちょっと待て。という事は何か。今、俺達は――……。


 勢い良く、首はヴィティアと反対方向に振り抜かれ、右へ。


「バ、バカッ……!! 魔法解けてんぞ!!」


 顔が、身体が、熱い。急に気恥ずかしくなってしまい、頭に血が上っていくのが分かった。


 ヴィティアは、何も言わなかった。ただ、俺の手を握り締めて、そして――……




「……解いたの」




 そう、言った。


 ヴィティアは耳まで赤くなっていた。俺はヴィティアの言葉に、何も言えなくなってしまい。そうして、また海の方を見た。


 こ、これは……。これは、いくら何でもヤバ過ぎる。分かってやっているのだとしたら、もう俺は何も言えない。……そういえば、この場所は『ホテルの窓からは見えない』って言ってたな。それも計算の内か。


 見れば、周囲は岩ばかりに囲まれていて、視線の入る余地が殆ど無い。背中は林になっていて、すぐに木々の向こう側に身を隠せる立ち位置。


 当然、何か間違いが起きても、誰も止める事はない。


 収まれ、俺の心臓……!!


「ほんとは、始めから、こうするつもりだったの」


 ヴィティアの言葉が、否応無しに耳へと入って来る。


 そっと、ヴィティアの腕が俺の腕に。……俺とは、肌の細やかさが全然違う。絹のようで、すべすべとしていて……やばい。何と言うか、俺にはまだ、早すぎる。


 もう少しだな。エロさというものにだな。耐性を付けてだな。


「グレンはまだ女の子のこと、人形扱いしてると思って……」


 思わず、ヴィティアの目を見た。


 ヴィティアは真剣な眼差しで、俺を見ていた。羞恥心はまだ、あるようだったが……覚悟を決めた。そんな目だ。


 俺はまだ、この状況に対してどう反応して良いのか、まるで分からない。少し潤んだようなヴィティアの瞳にさえ、艶っぽい魅力を感じてしまう。


 少し、上がった息。腕から感じる、少し高めのヴィティアの体温。意識がどこかに持って行かれそうだ。


 それでも、目を逸らしては駄目な気がした。それはヴィティアの覚悟に、背くような気がして。


 ヴィティアだって俺と同じように、恥ずかしい筈だ。


「大切にしてくれるのは、嬉しいけど……もっと、頼っても良いんだよ。そんなにすぐ、壊れたりしないから。……私は、グレンのこと、ちゃんと分かってるつもり、だから……」


 海面を自由に飛び回る『マリンライト』の光が、ヴィティアを照らす。


 ここは何処だ。ふと、そんな事を考えてしまう。俺はまだ、夢を見ているんじゃないか。日頃の煩悩が明瞭に具体化されたような夢を。


 ヴィティアはそっと、自身の左胸に、俺の手を誘う――それは……まずい……!!


 強く、ヴィティアは目を瞑った。


 や、やわらかいっ……!!


「……わかる? ……ちゃんと、生きてるでしょ。……グレンの苦手を、私が治す、から」


 一杯一杯の様子だ。俺だって、もう限界だ。


 ど、どうするよ俺。……どうする。……誰も見てない。光る夜の海に、二人きり。スケゾーは寝ている。ラグナスも居ない。


「私は、グレンのことが……」


 考えるよりも先に、身体が動いた。まだ喋っている途中のヴィティアの唇に、指を這わせる。


 ヴィティアの潤んだ瞳が、揺れる。


 俺は、ヴィティアの腰に手を回し――肩を引き寄せて、未だ目を閉じているヴィティアの唇に――――…………




「わあ……!! 何これちょっと、綺麗じゃない!?」




 俺達は、林の奥にいた。


 我ながら、驚くべき瞬発力だった。無防備なヴィティアを抱きかかえ、木々の茂みに隠れ、外の様子を窺う。


 先程まで俺とヴィティアが居た所に、数名の女性が入って来た。間一髪、見られずに隠れ切った俺達が背中に居る事など、気付いている様子もない。


 何だ……? 彼女達は、『ギルド・ストロベリーガールズ』のパーティーじゃないか。警備を潜り抜けて、ここまで来たって言うのかよ。


「警備のおっさん、ウケるよねー」


「ガン寝だもんね!! あはは、寝顔おもしろかったー」


 ヴィティアああぁぁぁ!!


 ……いや俺、落ち着け。ヴィティアは何も悪くない。悪いのは警備のおっさんだ。怒りを沈め、俺は外を見た。


 この距離だ。……今更、奥には行けない。茂みを歩けば、音でばれてしまうだろう。……でも、光は『マリンライト』の僅かな光だけだ。そう簡単に、見付かる事も無いはずだ。


 抱き寄せているヴィティアの吐息が、聞こえて来る。俺はヴィティアの頭を抱え、小声でヴィティアに囁いた。


「……息を立てるな。大丈夫だ、まだバレてない」


 警備のおっさんが寝ている。ということは、早々にここを立ち去らなければならないだろう。……状況は劣悪だ。帰り、面倒な事にならないと良いが。


 ミュー・ムーイッシュは居ないようだ。他のメンバーは居るように思えるが……あいつだけ呼ばれていないのか……?


「ノア、ほんとこういうの目が効くよねー」


「でしょ? 私すごくない?」


「わかるー、ほんとすごーい」


 中心に居るのはミューを何度も呼んでいた、緑髪の女の子だ。彼女は、ノアと言うらしい。


 なんか、立食パーティーの時とは様子がかなり違うな。今は高飛車と言うのか、何と言うのか……。


「それでさ、ここに呼んだのはさあ、ミューの事なんだけどー」


 あっけらかんとした顔で、ノアは言った。




「明日のフィッシング・バーベキューなんだけどさ、ミューは外さない?」




 俺は、眉をひそめた。


 フィッシング・バーベキューって何だ……? そういやヴィティアが、ここに来る時にイベントがどうとか言っていたな。もしかして、それの事なんだろうか。俺達も参加する事になるのかな……?


 ノアの近くに居た女の子が手を叩いて、ノアに同調した。


「わかるー!! 実はさあ私も、あの子めんどくさいなーって思ってたんだよねー」


 思わず、険しい顔になってしまう。


 ノアはやれやれといった様子で手を振ると、苦笑して言った。


「愛想悪いし、カンジ悪いし、無口だしね。ギルドリーダーがさあ、あたし達のパーティーに入れるって言うから受け入れてたけどさあ、正直そろそろ限界って感じ?」


「わかるわかる!! 冒険者はチームワークが大切なのに、舐めてるとしか思えないよねー」


 ……なんだ、この茶番は。


 ノア以外の女子は「わかるー」しか言って無いじゃねえか。


「だからさ、明日は五人でチームでしょ? ミューが居なくなったら四人だけど、そこにラー君を入れようって作戦なわけ」


「あ、それわかるー!! そっちの方がイベントも勝てそうだし、私達有利じゃない?」


 俺は、立食パーティーでの出来事を思い出した。


『勝手に行動しないで欲しいな。みんな、迷惑してるみたいだよ』


『そう……ごめんなさい。いつも、私抜きで決めるから……どうでも良いのかと思っていたわ』


『そんな事ないよ、ミューが居ないと皆、寂しがってるよ』


 ……みんな? 迷惑してるみたい? 一番ミューを嫌っていたのは、この様子だと、どうやらノア本人だ。自ら先行してミューを遠ざけて、距離を置いているように聞こえる。


 何で、直接言ってやらないんだ。


 横に居た女の子が、ノアに言った。


「ラグナス様とパーティー組めるの!? やった!!」


「そーでしょ、皆、ミューよりラー君のが良いでしょ? そうしようよ。私に協力してくれれば大丈夫だから」


 ……確かに、少し話しただけでもミューは無口だし、愛想が無いというのは分かる。だが……立食パーティーの様子を見る限りだと、面と向かってミューに指摘した事は、無いんじゃないだろうか。


 そもそも、指摘するほどの事だろうか。そんなもの、個性の範疇だと思うし……ミューは悪い奴、なのか? まだ出会って間もない俺には、判別が付かないが。


 どっちにしても、こういうのは……あまり、好きじゃない。


「やっぱノアがパーティーリーダーで良かったわ」


「んじゃまあ、そういうことで。明日、よろしくねー。部屋にもどろー」


 それだけを話して、連中は岩場を離れていく。


 そういえば、俺も気が付いたらメンバーから外されていて、二度とパーティーに入れて貰えなかった事はある、な。「数が合わなくなっちゃうから」「後衛の魔導士が欲しいから」とは言うが。……もしかして、同じような事だったんだろうか。


 今ではすっかり、会えなくなってしまったという事は。……そうなのかもしれない。


 少しだけ、胸が痛くなった。


「……離れたみたいだ。さっさと【エレガント・ハイドボディ】とやらを掛け直して、俺達も部屋に戻ろうぜ。この気温とはいえ、風邪引いちまうよ」


 俺は溜息をつくような気持ちで、ヴィティアに言ったが。


 返事が無い。……どうしたんだ?


「ヴィティア?」


 ヴィティアは、茹で蛸のように顔を赤くして――――固まっていた。


 見れば、俺は服を着ていない。ここに来るまでに脱いだのだから、当たり前だ。そして、ヴィティアも服を着ていない。ここに来るまでに脱いだのだから、そりゃ当たり前だ。


 俺はこの林に隠れるために、ヴィティアを腰から引き寄せて、抱き締めていた。


「あ、あの……グレン、その……あ、アレが……」


 白く、引っ掛かりなど一切ない、上質なヴィティアの肌。尾てい骨から滑らかにS字を描く、女性の身体のライン。押し付けられる、意外なほどに柔らかい胸部。細い腰。最も掴みやすいが故に知らずの内に握っていた、押せばどこまでも沈み込む尻。


 俺は。


「ごふっ……」


 盛大に、鼻から吐血した。


「きゃあっ!? ……グレン!?」


 いや。吐血とは口から行うものなのだから、『鼻から吐血した』というのは、正しい言葉ではない。だが、そう呼ぶのが相応しい血の量だった。俺は、鼻から吐血した。


 そうして、目の前が暗転した。




 *




 次の日も快晴だった。ホテルのソファーで眠ってしまった俺は、目が覚める頃には首が痛くなっていた。軽く準備体操をして、海に出る。昨日とは違い、幾らか女性の水着にも慣れただろうか。


 昨日と同じ場所にビーチパラソルを差して、再びビーチチェアに座る俺。どうやら今日は、イベントがあるらしい。何でも、『フィッシング・バーベキュー』というイベントだそうだ。


 ホテルで聞いた話によれば、『フィッシング・バーベキュー』というのは五人一組のグループになって、制限時間以内に食べられるモノを獲るゲームだ。一番大きな食材を獲ってきたグループが勝者で、勝者には景品が与えられるらしい。


 そして、それぞれのグループは獲ってきた食材を使ってバーベキューを行う。なんとも愉快なイベントだ。


 いやあ、これは愉快だ。めでたい。今日は楽しい一日になりそうだ。


「……ご主人?」


「どうした、スケゾー。何を不安そうな声を出しているんだ」


「……大丈夫っスか?」


 スケゾーの言葉に、俺は両腕を広げた。


「何を言っているんだ、スケゾー。こんなによく晴れた日に、大丈夫もへったくれも無いだろう? 今日は爽やかなグレートホリデイだぜ。サンシャインを全身に浴びて、長閑な日光浴がマーベラスじゃないか」


「……これは、重症っスね。……おーい、リーシュさん、ヴィティアさん」


 スケゾーが、海のかき氷屋でかき氷を頼んでいるリーシュとヴィティアを呼びに行った。因みにラグナスは、今日も『ギルド・ストロベリーガールズ』の連中に囲まれている。こちらも楽しそうだ。


 トロピカルジュースを飲んで、上下左右に女の子をはべらせている様子は、正に外道。だが何を思ってか、いつも以上にイケメン度が高まっていた。顔だけは。


 キメ顔で、ラグナスはトロピカルジュースを持ち上げる。


「フッ。……我こそは、ライジングサン・アカデミー校長。ラグナス・ブレイブ=ブラックバレルだ」


「かっこいー!!」


 一体なんだアレは。どういう趣味嗜好の上に成り立っている状況なんだ。


 スケゾーがリーシュとヴィティアを連れて戻って来た。二人共、昨日と同じ水着だが。俺は爽やかな笑顔で二人に手を振った。


「よう! うまそうなかき氷じゃないか」


「グレン様、スケゾーさんが様子がおかしいと言っていますが……」


「ああ、心配ない何も問題無い。あれだ、ちょっとした衝突事故が台風で飛ばされて火山が噴火したようなもんだ」


「大丈夫ですか!?」


 珍しく、リーシュに心から心配される俺である。


 不意に、ヴィティアが隣のビーチチェアに座った。


「グレン。……ほんと、大丈夫? ごめん、こんなつもりじゃなくて……」


「何の話だ、ヴィティア。俺は全然大丈夫だぜ」


「ああっ……!! グレン、血!! 鼻血!!」


 おや。おかしいな。鼻から赤い海水が。


「も、もう……頑張ったのに、すっかり逆効果じゃない……!!」


「いや、良薬口に苦し、という言葉があってだな。案外、これでもどうにかなるのかもしれない」


「バカな事言ってんじゃないわよ!!」


 慌ててビーチパラソルの下の鞄からハンカチを取り、俺の鼻を拭くヴィティア。その様子を見て、スケゾーが何やら下顎に指を這わせた。


「…………なんかあったっスね?」


 一瞬にしてのぼせ上って、ヴィティアがハンカチを取り落とした。


 ……幾ら何でも分かり易すぎるぞ、ヴィティア。……人の事は言えないか。


「吐け、ご主人。オイラの酒の肴を今すぐ吐き出すんスよ」


「ハハッ、スケゾーは馬鹿だなあ。吐いたものを食べられる訳無いじゃないか」


 がくがくと、スケゾーに首を掴まれて揺さぶられる俺。……遠くから、何やら声が聞こえて来る。




「そんな話、聞いてない…………!!」




 ギルド・ストロベリーガールズの方からだ。


 俺達は、声のした方向に目を向けた。




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