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(前略)あまりもの冒険譚! - 俺の遠距離魔法が、相変わらず1ミリも飛ばない件。 -  作者: くらげマシンガン
第九章 微に入り細を穿つ(のかどうかは不明な)メカニック
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Part.124 いや俺が書くのかよ!

 グレンオード・バーンズキッドを取り巻く環境は、今まさに変わって行こうとしていた。


 セントラル大陸の東端、海を越えて更にその先。船で一週間から十日ほど進んだ先に、セントラル大陸の巨大さから考えると、まるでコーヒーカップに角砂糖をひとつ浮かべたかのような、小さな島がある。


 グレンオード・バーンズキッドのようにセントラル・シティに住まう人々は、その島の事を『東の島国』と呼んだ。


 島国とは言うが、今となってはすっかり人の声のしない場所――……廃墟へと変貌しており、時折、野獣の咆哮か蝙蝠の羽音が聞こえて来る程度で、国としては機能していない。民家と思わしき建物は所々が割れたり、折れたりして崩れており、床も抜けている。


 そのような場所ではあったが、リュックに荷物を詰めている少女がいた。


 長い紫色の髪の毛を、後ろで二本に束ねている。瞳の色は深いグリーンで、どこか眠たげな印象のある少女。服装も、一枚の布を最大限利用したような独特の装束に包まれており、それはセントラル・シティで見掛ける冒険者のそれとは、一風変わったものだ。


「おい、ミュー。お前、もう行くのか?」


 少女の背後で、一升瓶に入った酒を瓶ごと口に付けて飲んでいる男が声を掛けた。橙とも金とも取れる髪を、まるで獅子のように広げた男だった。一目見て分かる程の巨漢で、古びた廃墟に我が物顔で胡坐をかいていた。


 ミューと呼ばれた少女は振り返ると、その男を無表情で見詰めた。


「……いたの」


「大分前からな。お前、同胞に挨拶して行けって言っただろ」


「放っておいて……私の、勝手よ」


「お前、一人で大丈夫か? 俺が一緒に行ってやろうか」


 男にそう言われると、少女はそっぽを向いた。


「……馬鹿に、しないで。……子供の使いじゃ……ないのよ」


「くはは!! そいつは頼もしいねえ……まさか、『零の魔導士』ピンで指令が出るなんて思わなかったもんなァ。どうやら仲間が居るらしいが?」


「どうでも良いわ……私には……関係……ないもの」


 どうやら、少女は荷造りをしていたようだ。少女の背丈から考えると、少し重そうにも思える荷物を背中に背負うと、少女は立ち上がった。


 だが、少女はふと何かに気付いた様子で、男に振り返った。


「そういえば……『零の魔導士』って……一体、何がゼロなのかしら……?」


 一頻り酒を飲んだ男が、まだ重量のある瓶を床に置く。すると、僅かな振動があった。男は少女を指差すと、笑みを浮かべた。


「さあな。……あ、もしかして、使える魔法の数じゃねえか!? ……ぎゃはは、そんな訳ねェか!! だとしたらウケるな!! なァおい!!」


 少女は溜息をついて、男に背を向けた。


「おーい、俺の話を聞けって……アー、つまんねえ女だなァ。食えねえ女とまずい飯ほど、酒の肴にならないモンも無いぜ」


 それ以上、何を話す事も無かったのだろう。少女は目を閉じて、その建物から出た。そのまま、閑散とした廃墟の道を歩いて行く。


 知らない所で自分の名前が出た事を、彼――グレンオード・バーンズキッドはまだ、知らない。




 *




 全く本当に、冗談じゃない。


『無理だ!! 頼むから、勘弁してくれ!!』


『そう言わないで、そこをなんとかっ!!』


 俺は冒険者依頼所に向かう手前、思わず溜息をついてしまった。


 肩にはスケゾー。つい先程まで、ヴィティアと口論をしていた。決着は付かず、どうしようもなく宿の部屋を出て来た、という所である。


 ……いや、確かに俺はヴィティアとデートするとは言ったよ。無事にスカイガーデンの一件も解決して、あいつの頑張りを認めてやらなきゃいけないとは思っているよ。……でもな。


『一泊二セルだって、あーちょっと高いかな、って思う所なんだぞ!? 二十セルって何だよ!! あまりに高すぎる!!』


『じゃ、じゃあせめて、二人だけでも……』


『一体何泊するつもりなんだよ』


『えっ……四泊? ……とか?』


『馬が一頭買えるわ!!』


 参った。これがリーシュやトムディなら、金銭感覚が狂いに狂い過ぎているので、まあ分からないでもない。だけど、ギャンブルを除いては金に厳しいヴィティアにそう言われてしまうと。


 もう少しだけ。もう少しだけでも、安い所にして欲しい。ひとつの旅行に百セル近くも掛けていたら、俺の方で破綻してしまう。


『じゃあせめて、三人で三泊で!!』


『増えたんだが!?』


 あんなに押してくるとは、思ってなかったなあ……。


「良いじゃないっスか、金持ちめ。ブレイヴァル国王からリーシュさんのやらかし代、貰ったんスよね?」


「半分な。リーシュが自分の力で返さないと意味ないって言ったからな」


 スケゾーは分かっていないから、そういう事を言う。


 リーシュは、リーシュが俺に作った本来の貸し――……五百セルについては、自分で払うと言ったのだ。


「半分だって、五百セルじゃないっスか。全然大丈夫でしょうに」


「お前な。俺の金は、自分だけの金じゃねえんだよ。リーシュにトムディ、ヴィティアと抱えて、これから冒険者として稼ぎながら、三人分の生活費を担保してやらなきゃいけないんだ。おいそれと旅行なんぞに使えるか」


 そう言うと、スケゾーは面倒臭そうに腕を組んだ。


「大丈夫っスよ、皆強くなってるんだから。今なら、あの、何だっけ……緑色のドラゴン? 居たじゃないっスか。あの人を探すミッションよりは、まともなヤツが受けられますって」


「……そうかあ? そうでもないと思うけどなあ」


 リーシュが強くなったじゃないかって、そう思うだろ? ……いや、誰が思ってるのか知らないけどさ。


 あいつ、セントラル・シティに帰って来たかと思ったら、今更魔力切れでぶっ倒れて、三日も目が覚めなかった。……目が覚めた時には、スカイガーデンで使っていた光の剣を出すスキルは完全に忘れられて、元のリーシュに戻ってしまっていた。


 当然、前よりは魔力の制御も剣の腕も、上達しているのかもしれないが……相変わらず、暴走すると魔力を使いまくる癖と、魔力を使い果たして倒れる癖は抜けていないと来たもんだ。


 いつになったら剣士として立派になってくれるんだ、リーシュよ。……いや、スカイガーデンの時も剣士と言うより魔導士で、俺とリーシュのポジションは完全に逆転していたけどな!!


「第一、二十セルだぞ!? 二十セルって、セントラル・シティじゃなけりゃ、一ヵ月は生活できる程度の金なんだぞ!? それを四泊って、もう正気の沙汰とは思えねえよ!!」


「逆に考えるんスよ、ご主人。二十セルぽっちじゃ、雌奴隷の一人も買えねえっスよ」


「お前は俺に何を買わせようとしているんだ!!」


 スケゾーがとんでもない事を言うので、少し恥ずかしくなってしまった。……俺にそういう話をするの、やめろと言っているのに。


 冒険者依頼所の看板が見えて来た。久し振りに戻って来るとこう、何か懐かしさのようなモノを感じるな。


「お前な、俺が奴隷なんか買ってみろ。どこに居ようが師匠がカッ飛んで来て、俺を殴るに決まってるだろ」


「あー……まあ、それはそうかもしれないっスね。でも、もうリーシュさんとかヴィティアさんとか居るじゃないっスか」


 ようやく納得したスケゾーに安堵して、俺は冒険者依頼所の扉を開いた。


「そこは、ちゃんと説明するしかないだろ。俺のパーティーメンバーだって」


「抱き締めてキスしたパーティーメンバーっスけどね」


「やめろお前!! 違うんだ、あの時は我武者羅で、そうするしかなかったと言うか!!」


「誰に言い訳してんスか……」


 今思い出しただけでも恥ずかしくて、頭が痛くなる。思わず入口付近で屈み込んでしまった俺。冒険者依頼所を出ようとしていた冒険者が驚いて、俺を見下ろしながら通り過ぎて行った。


「ぐおお……俺は、何てことを……」


「まあまあ……大丈夫っスよ。ご主人が絶望的にヘタレで女性耐性が無いのは、二人共理解してくれてると思いますし。あれから何も言ってこないじゃないっスか」


 むしろ、俺の方が逆に過敏になってしまって、触れるだけで動揺してしまう有様である。


「……ずっとお一人様根性なのは、師匠のせいでもあるんだよな。……くそ、あの人がもう少し人としてまともなら……」


「まあ、あれは女と言うより、獣っスからね」


「そうだろ!? お前もそう思うだろ!? 多分今でも、好きな人に手紙も送れずにさ、一人でやってんじゃないかな」


「あー、それはあるっスねえ」


 俺とスケゾーは少し笑いながら、冒険者依頼所の受付まで来た。


「グレンオード・バーンズキッドです。この依頼、報酬を受け取りに来たんですけど」


「あ、はい。……グレンオード様、マックランド・マクレラン様より、一通のお手紙を預かっております」




 俺に送って来たアァァァァァ――――――――!!




「……マクドナルドから?」


「マックランド様です」


 聞き間違いじゃない。俺は報酬と共に、一通の手紙を渡された。何の変哲もない、白い封筒だ……宛先は確かに、グレンオード・バーンズキッド様、となっている。あの師匠が、俺に手紙……? そんな馬鹿な。


 長椅子と長机。『斡旋の間』として利用されている場所を少し借りて、俺は椅子に座った。


 裏面を見る……名前が書いてない。これじゃ、本当に師匠からの手紙なのかも分かりゃしないじゃないか。


「ちゃんと名前くらい書いとけよ……」


 そう呟きながら、俺は白い封筒を開いた。その先は、またしても簡素な白い便箋が入っている。


 四つ折りに畳まれているそれを、開いた。


『おなまえ』


「俺が名前書くの!?」


 何だこりゃ……問題形式になっているのか。何が悲しくてこんなモノを作ったんだ、師匠よ。


『問一:何故グレンオード・バーンズキッドは、何年経っても師匠に連絡の一つも寄越さないのか、その理由を答えよ』


 面倒臭い人だな!!


 顔を出して欲しいなら顔を出して欲しいと、そう言えば良いのに。何となく、もう二度と来るなみたいな雰囲気があったから、敢えて俺の方から行く事も無いだろうと、そう思っていたのに。


 ……あれ? そういや、誰かから「師匠が会いたがっていた」と聞いたような気もするな。……あれは誰だったか。


 ああもう、何て書けば良いんだよ……。ご無沙汰しております、最近はセントラル・シティに滞在しているので、いつでも遊びに来てください……と。


 この時点で返信強制だよな、これ……。俺にどうしろと言うんだ。


『問二:フリーコメント欄』


 もう問い掛けてすらいねえ!!


 聞きたい事がひとつしか無かったから、二問目でいきなり手詰まりになっている。こんな状態で送って来る位なら、本当にただの手紙で良かったのに。


「スケゾー。……これは、なんかあったんだよな。師匠」


「振られたかもしれないっスね」


「敢えて言わなかったのに、お前って奴は……」


 師匠も、良い弟子を持ったもんだな。いや、厳密に言うとスケゾーは弟子ではないか。


 フリーコメント、何を書こうかな。「煩い仲間が沢山増えましたが、元気にやっています」とでも書くか。


 そう考え、俺はペンを走らせた。


「おお、グレンじゃないか」


 俺は、咄嗟に師匠から送られてきた手紙を封筒に戻した。


「……おや? もしかして、取り込み中だったかな」


「ああ、いや! ……大丈夫だ」


 振り返るとそこには、青みがかった黒髪を綺麗にまとめた男が立っていた。そいつは――……


「クランじゃないか」


「ああ、久し振りだね。グレン」


 クラン・ヴィ・エンシェント。『ギルド・キングデーモン』のギルドリーダーで、超・激戦区となる、セントラル・シティの城を持っている男。言わば、とびきりの有名人だ。


 どうしてそんな男が俺なんかに声を掛けて来るのかと言えば、以前キングデーモンにスカウトされたからだが。


「まさか、顔を覚えておいてくれるなんて思わなかったな」


 俺がそう言うと、クランは整った顔に微笑みを称えた。


「君の腕に惚れた、と、そう言っただろ。今でも私は、君を私のギルドに引き入れたいと思っているよ」


「ハハ。……そりゃ、勿体無い言葉だな」


 そうは言っても俺はもう、一人だけキングデーモンに行く事は出来ない立場の人間だけどな。こう言ってくれる人間が居ることがありがたい。


 クランの隣には、銀色の長髪を綺麗に整えた男が立っている。見た事の無い顔だ。『金眼の一族』か? ……いや、違うな。瞳の色が金色じゃない。という事は、地上人の銀髪か。それはそれで、珍しい。


「あんたは?」


「彼は、ハースレッド。今日は冒険者への依頼を見に来ているんだ。私の右腕だよ」


 クランが紹介すると、ハースレッドは俺に微笑みを見せた。


「……君か、クランが一目置いているという、『零の魔導士』は。会えて嬉しいよ」


「こちらこそ。グレンオード・バーンズキッドだ、よろしく」


 俺はハースレッドと握手を交わした。……今日はティーニじゃないんだな。戦闘が絡む話だからだろうか。


 クランは俺の座っている長机の対面に座った。ハースレッドも、その隣に座る。依頼書を見に来たと言っていたのに、その顔は酷く険しいものだ。


「しかし、丁度良い所で会えたな。実は君に、話したい事があったんだよ」


「……話したい事?」


 クランは一拍置いて、口を開いた。



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