Part.123 ラグナス、顔。
※スカイガーデンの事件が解決してから、グレンオード達が城を出るまでの話です。
うーむ……せっかく時間があるし、新技でも考えるか。
城の廊下を歩きながら、俺は考えていた。身体の方は、一応傷の回復中という名目があるので、無闇に動き回る訳にも行かない。でも、一応頭の体操くらいはしておかないと、阿呆になってしまう。
どうするべきかな。それかボードゲームにでも、誰かを誘うべきだろうか。
「これはオイラとチェスの流れっスかね!!」
突如として、スケゾーが俺の背中から登場した。
「お前とチェスはもうしないと何度も言っているだろうが。後、人の思考を読むなと何回言ったら分かるんだ」
「あれっ? さーせんオイラ、ついー」
俺はスケゾーを殴った。
「その、何かあるとすぐに殴る癖、オイラは良くないと思うんですが」
「じゃあ殴られるような事をしない方に注意しろ」
「へーい」
たんこぶのできたスケゾーが、フラフラと空中を飛び回りながら、俺に付いて来る。
……おや? 廊下の向こう側から歩いて来る人間がいる。俺はよく知るその顔に、手を振った。
「おお、トムディ」
「あっ、グレン! おはよー」
朝っぱらから、何やら焼き菓子のようなものを食っていた。
「何? それ」
「スカイガーデン名物。『妖精のひととき』っていうクッキーだって」
「へえー……ところでトムディ、もうすぐ朝飯だぞ。さっき厨房から香りがしてきたから、多分そろそろ下に集まる時間だと思うぞ」
「うん、知ってるよ?」
知ってるのか。知っていてお前は、そんなものを食っているのか。
甘党っていうのは、皆こうなんだろうか。俺にはあまり、理解の出来ない感覚だ。まあ、トムディは四六時中飴を舐めているしな。糖尿病になる日も近いだろう。
俺がこいつの甘党を止めさせないと、いつかサウス・マウンテンサイドの国王に言われる事になりそうだな。トムディに自制なんか無いのは知っているだろうから、その時きっと、俺に言うんだろう。
君の方で、甘いモノの制限をしてくれないか、なんて。
「あー……そういやトムディ、クッキーなんか食ってないで、あれを見せてくれよ」
「あれ?」
「ほら、なんか分身するやつ、あったじゃん。俺の知らない間にさ」
「ああ、あれかあ。この間、サウス・ローズウッドで練習してたんだ。キャメロンは知ってるんだけどね。ま、成功はしなかったんだけどね、ローズウッドでは」
そうなのか。トムディはクッキーの缶を廊下に置いて、少し俺から離れた。背中の杖を掴むと、足元に魔法陣を出現させる。
すげえな。中々に大きな魔法陣だ。前から思っていたけど、こいつ別に魔力が足りなくて魔法が使えない訳じゃないんだよな。ただ、回復魔法の方面には限りなく不器用ってだけで。
トムディは少し得意気な顔をして、杖を振り翳した。
「【リバース・アンデット・トムディ】ッ!!」
だから自分の名前を魔法に含めるなと何度も言っているのに。
トムディは魔法を使った。俺は暫くの間、トムディの決めポーズを眺めていた……。肩のスケゾーが腕を組んで、トムディの様子を見守っている。
俺は暫くの間、トムディの決めポーズを眺めて……。
眺めて……
「……何も起こらないんだが」
そう俺が言った瞬間、足首に何か絡み付いてくるものがあった。
「ヒィッ…………!?」
思わず驚いて、足元を見てしまった俺。そこには、地面から伸びた謎の白い手が…………ひいぃぃぃ!!
「【リバース・アンデット・トムディ】は、アンデットの性質を逆に利用して、自分の分身を作る魔法なのさ!!」
「だからってわざわざ地面から出て来る事は無えだろ!! ビビリすぎて心臓止まるかと思ったよ!!」
言いながらも、トムディは床下からぬっと生えてくる。……最初は半透明なのか。地上に立つと、実体化したようだ。
いや、これは。地面から無数のトムディが生えてくるって考えると、相当にキモいぞ。……確かこいつ、J&Bと戦ったって言ってたよな。奴は相当なトラウマを抱えただろう、可哀想に。
地面から生えたトムディは、トムディの隣に立った。トムディがポーズを決めると、左右対称にトムディが同じポーズを決め…………ってもう、自分でも何を言っているのかさっぱり分からん。
「魔力を流し込めば自由に喋るし、僕の言う通りに動くんだよ。今は魔法石を使ってないから一体だけだけど、魔法石を十個噛んだら、少しの間だけ百人になれたんだよ」
胸を張って得意気な顔をする、二人のトムディ。俺は呆然として、トムディの顔を見詰めた。
「……で、【ヒール】はできるようになったのか?」
「いやあ、あれはまだちょっと、難しくてね……」
「どう考えてもこっちの方が難しいと思うんだけど、その点についてはどうだろう」
もはや、トムディを聖職者だと言える要素が見た目しか無いんだが。
……まあいいや。トムディはトムディで、トムディなりに考えて、自分を昇華させているんだろうし……ここで俺が何か口を挟むというのも、あまり良くないよな。うん。
この一瞬で俺、『トムディ』って何回頭に思い浮かべたんだろうか。
「美しくないな。もう少し使う魔法は選んだ方が良いぞ、トムディ」
気が付くと、部屋の壁にラグナスが凭れ掛かっていた。
腕を組んで足を組み、壁に凭れてトムディを指差している。……何故か、周囲にきらきらとした光が見える。顔だけは美しい男が、謎のポーズを決めて、不敵な笑みを浮かべていた。
「魔法はまだ良いが、せめて顔は選べ」
これ程、言われて頭にくるキャラクターとセリフの組み合わせも無いな。
「えー。だって、詳細に思い浮かべられるのは自分だけじゃん。ずっと見ていられるならともかく、他の人なんて無理だよ」
「なら、この俺を作ってみろ。ここに居るのだから、できるだろう」
ラグナスはウインクをして、トムディに星を飛ばした。トムディは仏頂面で、それを受け止めた。
「格好悪いよ」
「貴様そこに直れ!!」
躊躇なく『格好悪いよ』と言い切ったトムディに、むしろ賞賛の拍手を贈りたい。
ラグナスは面白く無さそうな顔をして、鼻を鳴らした。
「フン。男の貴様には分からんのだ。これでも俺は、全世界的に見ても希少な顔と身体の持ち主だぞ」
全世界的に見ても、相当に奇怪な性格の持ち主だがな。
「ラグナスを作るくらいなら、グレンを作った方がまだ信頼できそうな気がするけど」
「貴様は見ていないからな。この俺が、ギルデンスト・オールドパーを【ソニックブレイド】で華麗に葬る姿を」
「お肉無礼道……?」
なんだか分からんが、とても肉に失礼な名前になってしまった。
「そうだ。女子に黄色い声援を受けること間違い無しだ」
そうなのかよ。ちゃんと聞き取れよ。お前が肯定したせいで、全世界の肉屋を小馬鹿にする必殺技になったじゃねえか。
トムディが何かを思い出したようで、ふと明るい顔を見せた。
「そうだ! セントラルに戻ったら、一度城まで帰って、ルミルにもこの魔法を見せてあげよう」
「ルミル? ルミルとは一体、何者だ?」
ラグナスの問いに、トムディは満面の笑みで答えた。
「えへへ。実は、僕の婚約者なんだ」
ラグナス、顔。
「…………は? …………何? …………コンソメスープ?」
落ち着けよ。
あまりの出来事に、ラグナスは若干身体を震わせながら、トムディにあらぬ事を口走っていた。
「ルミル・アップルクライン。マウンテンサイドの聖職者で、トムディと結婚の約束をしている女の子の事だよ」
「コンソメスープ?」
「気持ちは分かるが受け入れてやれ」
わざわざ俺が補足してやっても、一向にそれを受け入れようとしないラグナスだった。
「…………フフッ。グレンオードよ、大丈夫だ。そんな事で、俺は動じない。…………まあ、大体婚約者というのは、おたたた互いにバランスが取れていると言うからな。…………トトトトムディ、貴様のココ婚約者の写真はあるか」
めちゃくちゃ動じていた。
「ええ、ちょっと恥ずかしいなあ……はい、この人だよ」
懐からトムディは、一枚の写真を取り出し……いつも懐に入れているのか。ルミルも相変わらず、愛されているものだな。
トムディはラグナスに、それを見せた。
だからラグナス、顔。顔やばいから。
まあ、ルミルは俺から見ても、今時珍しい程にまとも畑の人間だからな。見た目も中身も優秀で、トムディには勿体無い位の存在だ。茶髪の天使である。
衝撃が強すぎたのか、先程まで震えていたラグナスは完全に固まっていた。やがて……大袈裟にも一度、崩れ落ち……目元を隠して泣き崩れたかと思うと……再び、立ち上がった。
「アンニヨンモブニチリゲットキサンタ…………」
おい、大丈夫か。ついに頭のネジが飛んでしまったのだろうか。元から一本以上は外れていた気がするが。
「クッ。……ククク、トムディ。……すまない。どうやら俺は、貴様の事を見くびっていたようだ」
「な……なんだよ。怖い顔するなよ」
ラグナスは、トムディを指差した。
「五戦勝負だ、トムディ!! ――――――――貴様に、ルミル・アップルクラインを賭けて決闘を申し込むっ!!」
「それ僕にメリットないよね!?」
……あー。なんか懐かしいな、このノリ。
*
「チェックメイト」
「あっほああアァァァァ!!」
だから、どうしてトムディ相手にチェスで勝負を挑むんだよ。
何回目だろうか、ラグナスが両手で顔を押さえて絶叫していた。出入口の扉に凭れて様子を見ている俺だったが、既に五戦してトムディの五勝である。所要時間は十五分。
いや、五戦勝負だったら三勝した時点で、もうとっくにトムディの勝ちなんだが。トムディが溜息をついて、チェス駒をそれぞれの初期位置に戻していた。
「ねえ、もう朝ごはん食べに行かない?」
全くだと思うが、お前は少し自重しろ。さっきクッキー食っただろ。
「クソッ……!! 完敗だ……!! こんな身長もない技量もない、頼り甲斐もない奴に負ける事など……あってはならないと言うのにっ……!!」
「なんか、勝ってるのに侮辱されてる……グレン、グレンからもなんか言ってやってよ」
疲れてきたのだろう。トムディが振り返って、俺を見る。
「頑張れ。それがラグナス・ブレイブ=ブラックバレルという生き物だ」
…………ん? いや、待てよ。
ふと俺は気付いて、爽やかな笑顔で左手を振った。
「それじゃ二人共、適当な所で切り上げろよ。俺は飯を食いに行くから」
「ええエェェェここまで付いて来といて見捨てるのオォォォォ!?」
よく考えたら、俺がこいつらに付き合う理由は全くと言って良い程に無かった。勝手にトムディとラグナスの間で戦いが勃発しただけだ。
このままこんな所に居たら、どうせいつかラグナスがいちゃもんを付けて来るに決まっている。ついつい場の流れで付いて来てしまったが、この辺りで切り上げるべきだろう。
俺は爽やかな笑顔のまま振り返り、ドアノブを握った。
「――――待て貴様」
俺の左肩が、ラグナスの握力によって握り潰された。
笑顔のまま、俺はラグナスに振り返った。
「おい、ラグナス。……今回、俺は関係ないよな? 手を離せ」
「おかしいではないかっ!! よく考えてもみろ!! リーシュさんは貴様が好き!! ヴィティアさんも貴様が好き!! ルミルさんはトムディが好き!! この場に男は三人居るというのにっ!? 不公平ではないか!! 貴様のせいだ!!」
「てめえの公平感なんざ知るか阿呆が!! それ以前に、お前自身がハーレム作ろうとしてる時点で、お前の言ってる事は破綻してんだよ!! 気付け!!」
大体、リーシュとヴィティアが本当の所、俺の事をどう思ってるかなんて、俺には分からん。こいつが勝手に恋愛沙汰に発展させているだけだ。
最近ちょっと仲良くなって来たというだけで、別に交際なんかに発展した訳でもない。確かにちょっとだけ良い感じかもしれないが、それだけだ。
ラグナスは不意に格好良い顔になって、胸に手を当てて言った。
「違う!! 全員が俺に振り向くべきだ!!」
「予想の斜め上を行く強欲さだな!?」
とんでもない言い掛かりだ。いや、こいつの場合はいつもの事だと言うべきか。
……うーん。どうするべきかな、これ。また決闘がどうのこうのと言われても面倒だし。
「あ、グレン様、トムディさん、ラグナスさん。こんな所に居たんですね」
扉を開けて、リーシュが中に入って来た。後ろにはヴィティアもいる。
「ねえ、皆、下で待ってるわよ? 何してんのよ。早く食べましょう」
「ああ、そうだな。……ほら、いい加減にしろ」
「いや、頼む!! もう一勝負だけ!!」
トムディが口元に手を当てて、考えていた。下を向いて……上を向く。
どうしたんだ? どうやら、何かを思い付いたようだ。トムディは手を叩いて、俺達に笑顔を見せた。
「うん、ご飯を食べに行こう。皆、ほら、部屋から出て出て」
背中を押して、俺達を部屋の外に追い出すトムディ。取り残されたラグナスが、トムディの腕を掴んだ。
「おいトムディ、話は終わっていないぞ!!」
「あー、ラグナスはちょっと部屋の中にいようねー」
……ん? トムディの足元に、魔法陣が見える。しかも、口に何かを頬張っているような……。ラグナスだけを部屋に押し込み、扉を閉めるトムディ。笑顔のまま、俺達の顔を順番に見ていた。
「はっ……!? そ、そんな……!! なんだ、この状況は……!!」
……部屋の中から、ラグナスの声が聞こえてくる。
「しまったっ!! ト、トムディ!! 貴様、図ったなっ!? こんなモノ、この俺が攻撃出来ないとでも……いや、待てっ……!!」
ヴィティアが怪訝な顔で、トムディを見ていた。リーシュは意味が分かっていないようで、アホっぽい笑顔で事の成り行きを見守っている。
俺は……中で何が起こっているのか、分かる。
「だっ、駄目だっ……!! こんな魔法にっ……!! こんな魔法ごときに、ごふっ……!! ぎゃああああ――――!!」
何か、椅子で頭を殴るような、ものすごい音がした。
いや、『何か』も何も、よく分かってるんだけどな。
「リ、シュ、さ…………」
トムディが大量のリーシュを召喚して、攻撃できないラグナスをリンチしているのだ。トムディはリーシュをじっと見ている……やっぱり、顔さえ分かる状況なら、他の人間も作り出そうと思えば作り出せるのか。
部屋の中から絶えず聞こえていた音が鳴り止み、突如として静寂が訪れた。
「もう一勝負、僕の勝ちだね」
ぽつりと、トムディはそんな事を言った。
「…………あんた、何したの?」
苦い顔をして問い掛けるヴィティアに、トムディは笑顔を見せた。
「ええ? いや別に、何も?」
トムディ。…………恐ろしい子。
まあ、確かに静かにはなった。飯を食いに行くか。ラグナスは中でのびているんだろうし……。
リーシュが笑顔のままで首を傾げ、俺に付いて来る。
「グレン様。『リシュサ』って、一体なんの言葉なんでしょう。ご存知ですか?」
「あー。確か空の国の言葉で、『俺に構わず先に行け』って意味だよ」
「そうなんですか!?」
「ああ、確か、ね。確証はないけど」
リーシュが馬鹿で良かった。




