Part.122 長い旅路の果てに!
「それじゃあ、また」
俺は、スカイガーデンの国王――ブレイヴァル・コフール――に、別れの挨拶を告げた。
「本当に行くのかい。……もう少し、ゆっくりして行っても構わないんだけど」
国王はどこか、寂しそうな顔をしていたけれど。俺に、トムディに、ヴィティアと、ラグナス。それからリーシュ。全員、旅立ちの支度をして、国王と向かい合っていた。
場所は、『サイドスベイ』の城前にある広場だ。俺達の旅立ちというか帰還を聞き付けた街の人々が、俺達を見送る為にだろうか、広場に集まっていた。
そこには、長老の姿もあった。驚くべき事に、マクダフの姿もある。俺達の存在がスカイガーデン全域に認められた事で、マクダフも幾らか、研究がやりやすくなるだろうか。
最も、やっていた事は、俺にはさっぱり理解の出来ない内容だったけれど。
「セントラル・シティに、仲間が居るんだ。戻って、リーシュが無事だっていう報告をしないといけないからさ」
「…………そうか。それなら、仕方ないね」
国王は名残惜しそうにしていたが、俺の言葉に納得したようだった。
「グレン様。また、いつでもここに遊びに来てくださいね」
「…………おう。そうだな」
国王の隣に居る彼女に、俺は苦笑してしまったが。
俺達は、今後自由にスカイガーデンへ来る事ができるように、特別なブレスレットを貰った。それを使えば、どこに居てもスカイガーデンに帰ることが出来るらしい。高度な転移魔法の技術だ。
第二の家として、自由に使ってくれて構わない、とのことだった。
ラグナスがリベット…………の手を握り締め、熱い眼差しを送った。
「リベットさん!! 俺は必ず、また来ます!! その時には是非、肉体的な契を」
俺はラグナスを殴った。
「でも、『魔法石』はここにしか売ってないからなあ。グレン達が来なくても、僕は買い出しでちょくちょく来ると思うよ。移動も楽だしなー」
「ええ、いつでも来てください。トムディさんの為に、『魔法石』も甘くしておきますわ」
「ほんと!? 箱買いするよ!!」
喜ぶトムディの肩を、俺は叩いた。
「いや。お前のメタボをこれ以上進行させる訳には行かない。甘くないのにしとけ」
「メタボじゃない!! ふくよかって言えよおオォォォォ!!」
ヴィティアは俺の腕にしがみついたまま、やけに嬉しそうにしていた。結局、民家からスカイガーデンの衣装を盗み出したヴィティアは、新たに防御魔法の付与されている服を見繕って貰ったらしい。
簡素なシャツに、ショートパンツ。見た目はあまり変わらないが、マントにスカイガーデンの模様が入っている。
「どうした、ヴィティア。なんでそんなに嬉しそうなんだ」
「ううん? もうすぐ、グレンとデートできるからねっ」
ああ、そういや、そんな約束もしたね…………。
「ええ、私もグレン様とデートしたいですっ!!」
「あ、リーシュも来る? セントラル大陸の外れに、『マリンブリッジ』っていう観光地があるみたいなんだけど」
デートじゃないのかよ。
「ええ、三人で行くなら四人で行こうよ」
トムディの言葉に、ヴィティアが微妙な顔をした。
「えー、トムディ…………?」
「なんで!? 僕が居ちゃ駄目なのかよオォォォォ!!」
ラグナスが何故か得意気な顔をして、トムディの肩を叩いた。
「まあ、人徳の差だな」
ヴィティアが青い顔をして、ラグナスを見る。
「……一応言っとくけど、あんただけは絶対に連れて行かないからね?」
「ヴィティアさんっ!?」
「デートだって言ってるでしょ!? 私はグレンといちゃいちゃしたいの!!」
だから、だとしたらどうしてリーシュは良いんだよ。
ラグナスとヴィティアがぎゃあぎゃあ言っている内に、俺は国王と向かい合った。すっかり国王は元気になっていた。俺達が最初に訪れた時は少しやつれた顔をしていたから、まあこれで一安心、といった所なんだろう。
ふと、国王は俺に、手を差し出した。
「握手、してくれないか」
「握手?」
唐突な申し出に、少し戸惑ってしまったが。
俺と国王は、握手を交わした。
すると広場に居た何名かの住民が、俺と国王に拍手を送り始めた。それはやがて伝染し、あっという間に広場全体に行き渡った。
ラグナスとヴィティアが、口論を止めた。俺は突然の出来事に、少し呆気に取られてしまったが――――…………、やがて、国王と同じように、笑みを浮かべた。
多分、これからスカイガーデンも変わって行くんだろう。俺達がここに来られるようになった。きっと、そう遠くない未来、ここは地上の誰もが来られる場所になる。
きっと、それで、良いんだ。
だって、誰も損していない。皆が今よりも幸せになるために、先に進み始めた。
これから先、また少しは、いがみ合う時が来るのかもしれない。でも、それでも良いと思う。
争いにさえならなければ、きっと人は仲良くなれるのだから。
「…………それじゃ、行くよ」
「ああ。お元気で」
俺は国王に手を振って、歩き出した。
「小僧」
不意に、声を掛けられた。俺が振り返ると、広場の脇に、長老が立っていた。
長老は笑顔で、俺に言った。
「より良い、明日のために」
思わず俺は、笑みを浮かべてしまった。
「じゃあな!! みんな、元気で!!」
大勢の人に大声で何かを伝える事なんて、俺の長い人生の中でも、これから先、きっと数える程しかないだろう。
でも、俺は認めて貰った。それなら、今度は俺が認める番だと思う。
そうやって、人が人を認められる世界になれば、きっと良いこともあるさ。
「じゃあグレン様、行きましょう!!」
リーシュが、俺の隣に寄った。トムディが微笑んで、リーシュに言う。
「そうだ、リーシュ。グレンの仲間、結構増えたんだよ。戻ったら紹介しないとね」
「そうなんですか!? それは、楽しみですね!!」
俺は、苦笑してしまった。
「…………リベット。もう本当に行くから、冗談はその辺にしとけ」
俺の隣に居るリーシュ――もとい、リベットは、俺の言葉に動きを止めた。俺は振り返り、国王の隣に居るリベット――もとい、リーシュに手招きをした。
「お前も、いつまで名乗り出ないつもりなんだ。行くぞ」
リーシュは、満面の笑みで…………少し、悪戯っぽい笑みではあったが、俺に言った。
「はいっ!! 信じてました、グレン様!!」
国王の隣に居るリーシュが、俺の所に走って来る。
周囲がざわついた。この状況、誰も不思議に思わなかったのかよ。相変わらず、リーシュとリベットを区別できるのは俺だけみたいだな。
いや、国王もか。俺が制止した事を確認して、安心しているように見える。
…………野郎、俺の事を試しやがったな。
「やっぱり、グレン様は貴女の王子様みたいですわね」
「べー。あげませんよ、『お姉ちゃん』」
「…………仕方ありませんね、諦めますわ」
リベットが、リーシュに荷物を手渡した。リーシュはスカイガーデンの衣装を身に着けているから、確かに区別するのは難しい。
…………難しいか? やっぱり、俺にはよく分からない現象だ。
呆気に取られて、俺以外の全員が驚いていた。
「リーシュ。お前も、変な事をするんじゃない」
軽くリーシュの頭に拳骨を喰らわせると、リーシュは頭を押さえて、しかし嬉しそうにしていた。
…………やれやれ。
「ねえ、グレン。あんたほんと、リーシュの事、どこで区別してんの……?」
「どこでって……見りゃ分かるだろ」
「分からないから言ってるのよ!!」
ヴィティアは納得が行かないようで、俺に抗議していたが。
「えへへ、グレン様っ」
リーシュが俺の隣で、やたらと嬉しそうにしている。ラグナスは悔しそうにしていたが、もう何も言う事は無いと思ったのか、鼻を鳴らして腕を組み、それ以上何も言う事はなかった。
そうだな。まあ強いて言うなら、「私もグレン様とデートしたいです」なんて、リーシュは言わないだろう。
例えばリーシュなら、「一体なんの議論をするんですか……!?」とかな。
それはディベートだって、そういう話。
*
リーシュ・クライヌを失った後、魔界には、相も変わらず乾いた風が吹いていた。
先代の家主を失い、見る影も無くなった『魔王城』。周囲には魔物の影しか見えないが、その古城のバルコニーに一人、黒いローブを着た男は立っていた。
手元のワイングラスには、もう中身は入っていない。それを男が逆さまにすると、グラスの中に残っていた残り少ないワインが数滴、地面に落ちた。
――――間もなく、男の手からワイングラスが滑り落ちる。
小さな音を立てて、男の足下でワイングラスが割れ、破片が辺りに飛び散った。男はそのワイングラスにそれ以上、手を触れる事も無く、バルコニーから魔王城の室内へと背を向け、歩き出した。
「……………………グレンオード・バーンズキッド」
そう呟いた声には、僅かながらの怒気が含まれていた。
ここまでのご読了、ありがとうございます。
第八章はここまでとなります。
いよいよ黒幕も少しずつ顔を出し始め、物語が大きく動かせるようになってきました……!
ますます頑張ってまいりますので、よろしければもう少しだけ、お付き合い頂ければ幸甚です。
次回更新は、また活動報告にでも。
新ヒロインも登場する……かも?




