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Part.120 人の心に巣食っているんだ……!

 俺の魔力は、こんなものか。…………いや、まだだ。もっと、前に行ける。前に進める。


 限界を超えた、魔力を使う。今のリーシュと張り合う為には、まだ魔力が足りない。更なる高みへ――……行かなければならない。


「ご主人!!」


 スケゾーは、岩陰で俺の様子を見守っている。


「分かってる…………!!」


 駆け出した俺に、リーシュが激昴した。先程までよりも、遥かに回転数の多い攻撃。一度攻撃が命中すれば、今度こそ塵になってしまうかもしれない。


 でも、俺はもう、迷う事はなかった。


「おおおおおおおおおっ――――――――!!」


 母さんを失ったあの日から、俺の魔法はどういう訳か、まるで飛ばなくなってしまった。


 それは、俺が自らに課した、使命だったのだろうか。『魔法は簡単に、自分から遠く離れている人間の命を奪う』。それを目の前で見せられた時、俺は思ったのかもしれない。


 もう俺は、誰も傷付けてはならない、と。


 風圧が凄まじい。リーシュが俺を近付けさせないように、台風のような風を起こしている。その手に触れられてはいけないと、言われているかのようだ。


 あの時、俺の母さんを撃ったのは、リーシュだったのかもしれない。


 いや、リーシュだったのだろう。


「誰か…………!! 誰か、助けて…………!!」


 リーシュが、呟いた。


 恐らく、初めから全ては仕組まれていたんだ。リーシュが罪の意識に囚われること。信頼できる人間は居ないと、証明されること。それこそが、姿も見えない『奴』の作戦であり、生命線だった。


 リーシュをきっかけにして、この莫大な魔力を利用して、『スカイガーデン』を攻め落とし、『ゴールデンクリスタル』を手中に収めること。


 そうだと分かれば、話は簡単だ。スカイガーデンに悪魔を一匹、侵入させた。当時の防御網がどれだけの信頼性だったのかは分からないが、悪魔はコフールの家系に潜り込み、そこに『きっかけ』を残していった。


 そうして、リーシュ・クライヌが誕生した。


 それが、全ての物事の発端だ。


「リーシュ…………!! 俺を見ろ…………!!」


 そんな事を言っても、リーシュは俺と目を合わせようとしない。それは、分かっている。もう、試したことだ。


 もう、リーシュは目の前に居る。そうして、目の前に居る俺に、光の剣を向ける。


 一閃。それは、放たれた。


 距離が近い。心臓が止まりそうな程に収縮したが、俺は歯を食い縛り、すかさず拳を構えた。


 やられて、たまるか…………!!


「【笑撃の】!! 【ゼロ・ブレイク】!!」


 放たれた光の剣に、俺は拳を合わせる。


 解除魔法を放って無効化なんて、やっている時間はない。そうだとするなら、もう横から殴って方向を変えるしかない。


 俺の魔力なんて、ちっぽけだ。スケゾーが居なければ、そんなに続くものじゃない。


 でも、俺は殴った。


「リーシュ!! 俺はここにいるぞ!!」


 光の剣を殴った瞬間に、俺は感じた。


 力強い。…………そして、絶望に満ちている。これが、リーシュの想いか。リーシュの抱いている、運命なのか。


 ――――どうにか、その方向をずらした。


「らぁっ――――――――!!」


 向きの変わった『光の剣』は、誰も居ない山肌に接触し、爆発を起こした。それを抜けた俺はもう、手を伸ばせばリーシュに届く、ギリギリの位置まで来ていた。


 だが、魔力が保たない。スケゾーと魔力共有をしていない状態で、【悲壮のゼロ・バースト】なんて無茶な事をやれば、時間が足りないに決まっている。


 むしろ、これまで保っていたのが奇跡だ。


 だが、奇跡でいい。


 そこまで、手が届けば。


「リーシュ!!」


 手を、伸ばした。


 その指先は、リーシュに届かない。


 …………くそ!!


「届け!!」


 どうか、俺に、力を。


 力を、くれ。


 ほんの少しでいい。


 今だけで、良いから。


「届けええぇぇぇぇ――――――――っ!!」




 もし、リーシュが俺の事を見てくれたら、なんて言おうか?




 俺の言葉は、伝わるだろうか?




 いつも言葉は、どこまでが真実なのかが分からなくて。相手に、どこまで伝わっているのかが分からなくて。




 ああ、そういえば、リーシュ。




 お前はいつも、言葉を間違えていたよな。




 不器用な俺とお前では、言葉じゃ駄目なのかも、しれないな。




『良いですか、グレン様。眠れる女の子は、王子様のキスで目を覚ますものですわ。女の子を救う時は、ちゃんと思い切るのですわよ』




 そんな、リベットの声が、聞こえただろうか。




「――――――――んっ」




 つい先程まで、嵐のように降り注いでいた、無数の『光の剣』が、止まった。


 風も止み、魔力は霧散した。頭上に渦巻いていた雲。その雲から今まで降り続いていた雨が、ふと弱くなって行った。


 まだ、雨は止まない。だが――――雲の隙間から、日が差した。


 俺は、ずぶ濡れになって冷え切ったリーシュの身体を抱き締め、その唇を奪っていた。


「…………リーシュ」


 唇を離すと、リーシュの顔を見た。


 生気を失った瞳が、宙を泳いでいた。がたがたと身体は震え、心まで凍て付いているかのようだった。リーシュはもう、今にも身体が引き裂かれてしまうかのような顔をしていて、すっかり、臆病になっていた。


 だが、俺を見ていた。


 俺を見て、その唇を開いた。


「ぐっ…………グレン、様? …………どうして、ここに」


「追い掛けて来たんだよ、馬鹿。…………俺だと分かりもしないで、攻撃してたのか」


「…………あ…………や、やめてください!! わ、私を…………見ないで、ください」


 青い顔をして、リーシュはどうにか、俺の腕から逃れようともがいた。俺は絶対に、その身体を離しはしなかったが。


 一体、誰がこんなになるまで、リーシュに毒を食わせたのか。


「こっ、殺して、しまったんです…………わ、私が………ああああっ…………!!」


 俺達はいつも、誰かに利用されてばかりだ。


「も、もう、だめなんです…………!! わたっ、私、わた、しは…………!!」


 汚名を被らないため。危険を背負わないため。効率良く、利益を出すため。社会からはみ出た俺達は、いつも誰かに利用されてばかりだ。いつも汚名を、危険を被るのは俺達で、誰も俺達を護ってくれない。


 俺は、リーシュを強く抱き締めた。




「あの時、『二人』、居たんだ…………!!」




 リーシュの震えが、止まった。


「…………二人、居たんだ。お前と、もう一人…………。もう一人は、大人だった。お前のやった事を見て、『よく頑張ったね』って、お前に、そう言った」


 すっかりぼろぼろになった、リーシュの頬に触れる。


 目は真っ赤で、腫れていた。生気を失って、もう自分には生きる価値はないのだと、そう告げているかのような、そんな目だった。


「事故だ。お前は、巻き込まれただけだ…………!! 子供のお前が、もし理解して人を殺したんだとしたら、それはそう吹き込んだ誰かが居るからに決まってるだろうが…………!!」


「でも、私…………」


「『魔物』なんていない!!」


 リーシュが、目を見開いた。


 俺はリーシュの額に、自分の額を押し付けた。至近距離で、リーシュの瞳を見詰めた。


 ああ。…………人は、弱いな。


 独りでは、太刀打ちできない。俺だってそうだ。あの日の俺は、たった一人で母さんを助けようとしていた。


 そうして、折れてしまったんだ。


「お前は、人間だ。…………魔物がどうした。そんな事言ったら、俺だって半分魔物みたいなもんだ」


 独りは、辛い。


 だから、手を繋がなければ見えない未来がある。身を寄せなければ、越えられない時がある。


「…………いや。…………そうじゃ、ないな」


 でも、だからこそ俺達は、集まるんだ。


 一人になったから、これからずっと永遠に、『独り』になる訳じゃない。


「本当の『魔物』は、人の心に巣食っているんだ。憤怒、絶望、強欲、無知…………『自分』の中に『自分』がちゃんと居なければ、誰かにすぐ、その魔物を目覚めさせられる。…………リーシュ、お前だけじゃないよ」


 俺はリーシュに、俺の本心を伝えた。


 怖くて、当たり前なんだ。誰だって、自分が一番怖いんだ。自分が一体何者なのか、それが分かるのは自分しか居ない。だから、自分が自分を見失ってしまったら、一体どこに心があるのか、分からなくなってしまう。


 俺が、リーシュを見ている。俺がリーシュを見ている限り、『リーシュ・クライヌ』は肯定される。


 それで、いい。


「リーシュ。…………お前は、どうしたい」


 俺の言葉は、どこまで理解されただろうか。リーシュは暫くの間、泣きながら、俺の瞳を見ていたが。


 やがて意を決したのか、顎を引いた。




「――――――――強く、なりたいです」




 そうして、そう、言った。


 それは偶然にも、初めてサウス・ノーブルヴィレッジで、リーシュの本心を聞いた時と、まるで同じ言葉だった。


 俺は、リーシュの頭を撫でた。


「まだ、魔物が『スカイガーデン』を襲っているんだ。そこに、トムディもヴィティアも……あー、そういえばラグナスもいるよ。…………俺、スカイガーデンの人間を助けてやりたいんだ。地上に居る全員が悪い奴じゃないって、認めて貰いたくてさ」


「…………そう、ですね。…………そう、ですよね」


「リーシュ。…………手伝って、くれるか」


 一瞬、驚いたように目を丸くして、リーシュは俺を覗き込んだ。その表情に思わずどきりとさせられてしまった俺だったが、その直後、しっかりと覚悟を持った眼差しに変化して、リーシュは頷いた。




「はいっ!!」




 とにかく、これで一旦は大丈夫だ。今は、やるべき事をやらないと、な。


「ご主人…………!!」


 嵐の治まった俺とリーシュの所に、スケゾーが駆け寄ってきた。


「一時はどうなるかと思ったっスよ、ほんとに…………!! 無茶すんじゃねえよ!!」


「ああ、悪いな。…………見ていてくれてサンキューな、スケゾー」


「…………まあ、ちゃんと解決したから、許してやりましょう」


 スケゾーの言葉に、リーシュが再び、目を丸くした。


「これから解決させるんじゃないんですか?」


「いや、今のはお前の話。な? 理解しような?」


 どうやら、リーシュは相変わらずのボケッぷりだったが。


 やっと、全員揃ったか。思えば、長い戦いだった。俺はついそんな事を考えてしまったが、問題はまだ解決していない。本当の戦いはこれから、だよな。


 俺は、山の下に広がる『サイドスベイ』の町並みを見下ろした。




 *




 城の前の広場に集まったスカイガーデンの住民達は、その異質な光景に、ただ呆然と空を見詰めていた。


 ここは、地上から遥か遠くにある空の島、スカイガーデンだ。一切の魔物が入って来ない、神聖な街。…………だが、そのスカイガーデンの中でも最も潔癖な場所、『サイドスベイ』には今、数多の魔物が襲って来ている。


 その魔物を迎え撃つのは、地上からやって来た、赤髪の青年だ。肩に恐ろしい魔物を乗せた――――…………。彼等が何故、スカイガーデンの味方をしてくれているのか、住民は不思議でならなかった。


 まして、それまで魔物騒ぎを起こしたのは彼等ではないかと思っていた程だ。誰もが唖然として、空を見上げる他に無かった。


「リーシュ!! 頼む!! あの位置、俺じゃ届かねえっ!!」


「はいっ、おまかせくださいっ!!」


 両手が爆弾になっているかのように、拳で爆発を起こす魔導士の青年。その隣には、先程まで『魔物が変装した』と騒いだ筈の、『金眼の一族』の少女がいる。


 赤髪の青年が声を掛けると、少女は眩い光を放つ。光の剣を創り出し、それを魔物に向けて放った。


「流石、俺の認めたリーシュさん…………!! その攻撃はとても美しいっ!! 俺も負けていられませんね!! 【ファイナル】」


「それもういいから!! 名前長えから!!」


 金髪の青年が、赤髪の青年と輝く少女に加わった。


「グレンッ!! 武器を奪うわ!! 私を空にっ!!」


「おおヴィティア…………って何!? 何でまたお前脱いでんの!?」


「たまたまよ!!」


「たまたまで服が脱げるか!!」


 高位の魔物が襲って来ている。その切迫した状況でも、彼等は少しも戸惑わず、不安にもなっていなかった。それは、空の島の人々が持つ、地上の人間のイメージとは、遠く掛け離れたものだった。


「グレン!! 見付けた、魔物を一気に魔界に返す方法があるよ!! J&Bの懐を探していて、見付けたんだ!!」


「おお!! ナイス、トムディ!! …………あれ? 俺、目がおかしくなったのかな…………トムディが沢山居るように見える」


「ご主人。それは更年期障害っスよ」


「魔法だよオォォォォ!!」


 瞬く間に、事件は収束して行った。


 あまりの出来事に、誰も何も、口を開く事すら出来なかった。『サイドスベイ』の国王、ブレイヴァル・コフールは、娘のリベット・コフールの肩を抱き。当のリベットは、微笑みを浮かべていた。


 戸惑いの色を隠せない民衆に、長老が言った。


「見ろ。…………あれが、悪魔のように見えるか。…………少なくとも私には、人間に見える」


 いや。長老は、自分自身に言っていたのかもしれない。


「いつかは、こんな日が来るのではないかと思っていた…………。『地上』そのものが、間違っている訳ではないのだと。本当に間違っているのは、『正義』と称して正当化した、『批判』と『偏見』なんだと…………思い知らされる日が」


 長老は目を閉じ、それきり、彼等を見ることは無かった。


 この日、『スカイガーデン』に住む人々の心にあった、『サウロ』という名の魔物が、消えた。


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