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Part.118 これは俺への、罰なのか

『サイドスベイ』の敷地を越えたように感じてからは、人気がまるで無くなった。しかし、魔物の存在も無い。辺りは、ひたすらに静かだった。


 リーシュが逃げたと思われる道を、俺は走った。道中、道は一本しか無かった。人が来ていないのに、わざわざ走り難い道を通り抜けて逃げる程、リーシュに余裕は無いように思えた。


 そう俺は判断して、森の中を走っていたが――……道は、山の山頂に続いているみたいだ。走れば走る程、登り坂の傾斜がきつくなっていく。


「結構、時間が経っちまってるからな…………もう、連中に確保されちまったかな」


 俺は、嫌な予感がしていた。


「何言ってんスか。あの『光の剣』、リーシュさんじゃなかったら誰がやってるって言うんですか」


「…………ああ、分かってる。多分リーシュは、山頂にいるな。多分な」


 多分、じゃない。これはもう、確定事項だと言ってもいい。それでも俺は、その事実を認めたくないだけだ。


 スケゾーは、知らない。あの時俺は、まだスケゾーと出会っていなかったから。


 山頂へと向かって行くに連れ、光は少しずつ強くなっていく。森を抜け、少しずつ周囲に生えている木の数が減って行っているように感じた。


 頼む。…………どうか俺の、勘違いであってくれ。


 そして――――…………。




「…………リーシュ」




 リーシュは、いた。


 山頂付近には、木が一切生えていなかった。芝のような草と花に覆われた山肌の向こう側。『サイドスベイ』に向かって、『光の剣』を放っている、女の子。


 驚く程に、神々しい光を放っていた。まるでそれは、天使か悪魔のようにも――――見えた。その光は、俺がよく知っている、『あの日』にも見た光であることを、俺は認めざるを得なかった。


「リーシュ!!」


 もう、その瞳に俺は映っていない。


「ご主人!! 近付かねえ方が良いっスよ!! あんな魔力の量、オイラ達なんかじゃ消し飛んじまいますよ!!」


「…………ああ、分かってるよ」


 俺も、覚悟を決めなければならない、か。


 俺はスケゾーとの魔力共有を解除した。再び、魔物の姿として実体化したスケゾーを、少し突き出た岩の陰に隠した。


 驚愕して、スケゾーが俺の事を見た。


「…………おい。何してんだ、グレンオード」


 俺は、怒りを隠せないでいるスケゾーに、笑った。


「『何してんだ』じゃねえよ。お前が一緒に消し飛んだら、もう俺が再生出来ないだろうが。今からアレを何とかして来るから、ここに隠れてろ」


「ふざけんなお前…………!! 何考えてんだよ!! 別にオイラが居ようが居まいが、消し飛んだら再生もクソもねーんだぞ!? まして、オイラが居なけりゃ『共有』もできねーだろうが…………!!」


 そんな事は、分かっている。分かった上で、言っているのだ。


 スケゾーは、俺の覚悟に気付いていた。気付いた上で、そう言っていた。…………だが、スケゾーが何を言おうとも、俺の意志は変わらない。


「…………一旦戻って、作戦を立てましょうよ。リーシュさんがあの暴走じゃ、オイラ達にはどうしようもねーっスよ」


 もう、俺がそんな言葉に耳を傾けない事は、分かっているんだろう。スケゾーは苦い顔をして、目を合わせずにそう言った。


「悪いな、スケゾー。…………でも、今を逃したら、きっともうリーシュは帰って来られないよ」


 スケゾーにだって、分かっているんだ。


 それに、これは俺の話でもある。…………山頂に居るリーシュは、恐ろしい程の魔力で、恐ろしい程の輝きを放っていた。あまりに眩しすぎて、直視する事が出来ないくらいに。


 だが、分かった。光の向こう側、微かに見えるリーシュが、涙を流しているという事実が。


 なら、俺は行かなきゃいけない。


「最悪、俺が塵になっても、お前は生きて行けるじゃないか。…………トムディとか、ヴィティアとか、後の事、頼むよ」


「…………本当に、アレに挑むつもりかよ」


「そんな顔すんなって。なんとかなるよ」


 本当は、十年以上前のあの日に、助けてやらなければいけなかった。


 だけど、当時の俺には、そんな実力は無かった。それどころか、大切なものを一つも護ることが出来ない程に弱く、頼りない存在だった。


 これは、『あの日』との闘いなんだ。


「絶対に、…………消し飛ぶなよ。泣くぞ、オイラ」


 俺はスケゾーの頭を撫でて、立ち上がった。


 さて――――…………。行くか。


「リーシュ。…………今、助ける」


 黙っていても風圧で飛ばされそうな位に、強い魔力だ。俺達の周囲だけ空は荒れ、どす黒い雷雲がリーシュの上空を覆っている。


 俺は、リーシュに向かって歩き出した。


 一体、何を吹き込まれたんだか知らないが。リーシュは酷く、傷付いているようだった。何かに怯え、『サイドスベイ』から逃げ出した。それが、俺に見えた出来事の全てだった。


 それまでに見ていた、離れるまでに何度も見て来たリーシュの笑顔とは、比べようもない。何か、途方もなく衝撃を受けるような出来事があったに違いない。


 …………ちっ。辺りに吹き荒れる風のせいで、まともに歩く事も出来ないじゃないか。


「リーシュ――――!! 俺の声が聞こえるか――――!!」


 俺は、遥か向こう側に居るリーシュに向かって、叫んだ。


 リーシュはまだ、こちらに気付いていない。俺がスカイガーデンに来た事さえ、知る由も無いだろう。なら、俺がここに居る事を、彼女に気付かせてやらなければならない。


 魔力の衝撃波が、どこからとも無く飛んで来る。それだけで服は破れ、肌は傷付く。…………こんなにも強い魔力なら、地上でも誰かが観測していそうだな。スカイガーデンの居場所がバレる日も、そう遠くはないか。


 例えそんな日が来たとしても、俺はそれで良いと思う。


 人間は、いつかは武器を捨てて、手を取らなければならないのだから。


「リィィィィ――――――――シュ!!」


 不意に、リーシュが俺の方を向いた。目を凝らしながらも、俺はその顔を直視する。


 良かった。リーシュが、俺の顔を見た。これで、グレンオード・バーンズキッドが、スカイガーデンに居るという事実を伝える事ができた。


 俺は笑みを浮かべて、リーシュに手を差し出した。この魔力を、どうにか治めてくれ。…………俺が、ここにいる。俺は、お前の味方だ。


 そう、言おうとした。


「ああ…………ああああ…………!!」


 …………なんだ?


 リーシュの様子が、おかしい。


 俺の顔を見て、まるで魔物でも発見したかのような表情になって、絶望に顔を歪めた。俺は立ち止まり、頭を抱えて叫ぶリーシュを、呆然と見詰めていた。


「あああああああああ!!」


 リーシュの頭上に、『サイドスベイ』を襲った光の剣が現れる。リーシュは頭を抱えて泣き叫びながら、その光の剣を俺に向けた。


 …………おい。…………ちょっと、待て。


「ご主人――――――――!! 避けろオォォォ――――――――!!」


 スケゾーが、叫んだ。


 夥しい程の魔力と光を伴い創られた、リーシュの剣。その莫大な力が、生身の俺に向かって放出された。


 あまりの出来事に俺は立ち止まり、攻撃を避ける事が出来なかった。光の剣が俺を襲うという恐怖よりも、リーシュが俺の顔を見て、絶望の色を見せた事が、衝撃だった。


 視界が、金色に染まる。


「ご主人――――――――!!」


 ああ。…………なんだ、これ。


 全身を引き裂くような痛みがあった。光に包まれた一瞬、ここが何処なのかも分からなくなった。俺は吹き飛び、山道を下るように転がった。


 痛い。…………それは、リーシュの心の痛みだったんだろうか。今、リーシュが受けた苦痛が、辺り一帯に災害となって降り注いている、という事なんだろうか。


 身体の感覚がない。だがどうやら、何かが千切れた訳では無さそうだ…………。まだ、動けるだろうか。


 無心で、俺は立ち上がった。


「ご主人ッ!! もうやめろ!! 一旦戻るぞ、なあ!!」


 スケゾーの言葉を無視して、俺は再び、リーシュに向かって行く。


『サイドスベイ』への攻撃は止んだ。代わりに、リーシュの放つ『光の剣』は、俺の居る場所へと照準を変えた。


 一発でも、意識が飛ぶ程に激しい攻撃だ。…………リーシュの頭上には、それが無数に見える。『サイドスベイ』には、絶え間なく攻撃が降り注いでいた。あんなレベルの攻撃でも、きっと幾らも魔力を消費していないんだろう。


 ごめんな、スケゾー。…………でも俺は、止まる訳には行かないんだよ。


 再び、魔力の渦にその身を投じた。


「やめてっ…………!! 来ないでっ…………!!」


 リーシュが、叫んでいる。


 本当は、もうずっと前に、助けなければならない存在だった。そんな事に、俺は気が付かなかったんだ。初めてリーシュと出会ったあの日に、彼女が誰なのか、俺は全く理解していなかった。


 剣が、巨大化した。あれだけのヒントがあってもなお、俺は気が付かなかった。


『あの、すいません!! 私、魔導士の方を探しているのですが……!!』


 でも、仕方ない。


 当時、今のように光を放っていた彼女の顔は、俺にはちゃんと、見えなかったんだ。


 初めてリーシュの顔をちゃんと見たのは、アーマーを着て剣を持ち、俺に助けを求めた時だったから。


 傷が深い。俺に向かって、無数に放たれる『光の剣』。どうやらコントロールはかなり雑なようで、その殆どは、俺の周囲で爆撃を起こすだけだった。…………どうやらリーシュは、混乱しているように見えた。


 どうすればいい。…………どうやって、リーシュの目を覚まさせれば良いんだ。


 リーシュに近付けば近付くほど、風圧が強くなっていく。まるでリーシュを護るように、風が吹き荒れる。立っているのは厳しい。俺は地面を這うように、姿勢を低くした。


「リーシュ…………たのむ…………!!」


 攻撃を、止めてくれ。お前だって、そんな事はしたくないだろう。


 ――――――――そうなのか?


「たのむ…………」


 地面に伏せて、リーシュの攻撃を耐えるだけの、俺。


 本当は、リーシュの本心は『あちら』側ではないのか?


 俺は、顔を上げた。その真実を確かめるために、どうにか目を凝らして、リーシュの顔を見ようとした。


 だが、分からない。頭を抱えているリーシュが今、どんな顔をしているのか――――…………。こんな状態になっても、相変わらず俺は、無力で。相変わらず、この関係は変わっていなくて。


 変わっていないんだ。


 ずっと。


「壊れて…………!!」


 本当は、俺が見ていたリーシュというのは、偽物で。魔物の、人を攻撃する、こっちのリーシュの方が、本物で。


 …………もし、こっちが本物だったら。


 どうして俺を見て、俺を攻撃しようとするのか。その理由が、俺には分からない。涙を流して訴えるリーシュの言葉が、一体誰に向けられたものなのか。本当に俺は、助けを求められているのか。


 不安になった。


「もう、壊れてよおぉぉぉっ……………………!!」


 リーシュの放った光の剣が、俺の真正面に飛んで来る。


 ――――――――直撃する。


 今度は、避けられない。自ら風圧に吹き飛ばされて、山から落ちるか? そんな事をして、何になる。


 リーシュの剣に、やられるのか。


 本当は、求められてなんか、いないんじゃないのか。


 所詮、『あまりもの』の、俺では。


「リ……………………」


 直撃した。


 一瞬、天から迎えが来たのかと思った。俺の意識は完全に飛び、身体の痛みもどこか、遠く感じていた。


 俺は、自分勝手だったのかもしれない。


 俺はずっと、贖罪がしたかっただけだ。『あの日』に起こしてしまった出来事を、俺が壊してしまったものを、どうにか意識の上でも償って、もう一度だけ、やり直したいと思っていた。


 だって、もう、謝る事も、できないんだ。


 身体がどこかに浮いているかのようだ。いつもどこか、意識が遠くて。まるで、この世に生きている実感なんて、無くて。


 誰にも、愛されることのない――――…………。


 なんだ…………?


 視界の向こう側に、リーシュが見える。


『光の剣』の光に、包まれたからなのか。先程までは眩しくて見る事すら叶わなかった、リーシュの顔。それが、はっきりと見えたような気がした。


 リーシュは、泣いていた。どうにか必死で、何かに助けを求めているように見えた。


 …………なんだ。やっぱり、助けを求めているんじゃないか。


 俺は迷っている場合なんかじゃなくて、とにかくリーシュの所に行かなきゃいけなかったんじゃないか。


 だが俺にはもう、その身体を抱き締める事もできない。




 ――――――――ああ。




 これは俺への、罰なのか。




 意識が遠い。リーシュの顔が、遠ざかって行く。今更手を伸ばした所で、もう遅い。俺の声は、もうリーシュには届かない。


 誰か俺に、チャンスをくれないか。


 チャンスが欲しい。もう一度だけ、やり直すためのチャンスが。後悔したことを、ほんの少しでも『仕方が無かった』と思って、前を向くためのチャンスが。




 そうして――――――――リーシュの顔が、俺の視界から、消えた。


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