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Part.117 風よりも速く、雷よりも疾い!

 ヴィティアの目の前には、多量に積まれた岩の山がある。…………ベリーベリー・ブラッドベリーは岩の山に下半身を挟まれ、身動きが取れなくなっていた。どうやら、気を失っているようだ。


 もう、ゴールデンクリスタルは無い。新たに魔法を使うのは厳しいだろう。ヴィティアは【エレガント・スロウストーン】を放った決めポーズのまま、肩で息をして、呆然とベリーを見詰めていた。


 勝ったのだろうか。


 ヴィティアはそれを確かめるため、恐る恐る、ベリーに近付いた。誰のものかも分からない靴の爪先で、ベリーの頭を何度か小突く。


「も、もしもーし…………?」


 ベリーは、動かない。


「ほ、ほんと? …………ほんとに?」


 更に、何度かヴィティアは小突いた。やがて小突く力は強くなり、ベリーの頭を踏みつけた。


 ベリーは、動かない。


 刹那。ヴィティアの胸に、安堵が広がった。どっと疲労は押し寄せ、目尻に涙を浮かべた。


「よ、よかったあ…………!! ほんとに、ほんとに、よかった…………!!」


 胸元か、髪の中。その答えは、胸元だった。


 ヴィティアは、二つに一つの可能性に賭けるしかなかった。魔法が失敗する可能性もあった。一度外せば、もう次は無い状態だった。


 その場にへたり込んで、ヴィティアは人知れず、泣きじゃくった。


「やったっ…………!! ナイス私っ…………!! 偉い!! 神様、ありがとうっ…………!!」


 瞬間の、出来事だった。


 ヴィティアの持っていた『ゴールデンクリスタル』が、音を立てて砕け散った。その現象にヴィティアは驚いて、右手を見詰めた。魔力を使い過ぎたからなのか、それともこのゴールデンクリスタルが紛い物だったのか、それは分からない。


 だが、ヴィティアが魔法を使ってから、ゴールデンクリスタルは砕けた。それは、ヴィティアがこの戦いに勝利するための、希望の光でもあった。


 ヴィティアは涙を流しながらも、笑った。




「――――――――やっぱり私は、運が良い」




 ベリーが、『ゴールデンクリスタル』を持っていること。自分の魔法が外れないこと。狙った場所に、アイテムがあること。ベリーが油断していること。光に反応できないこと。


 ヴィティアは、何分の一か…………もしくは、何十分の一かの賭けに、勝ったのだ。


「…………まだ、腕だけ自由なのね。一応、縛っておかないと。…………あ、ロープがない…………もうこいつの服でいいや」


 ベリーの着ている高そうな黒いドレスを、躊躇なくヴィティアは破り始めた。




 *




 ラグナス・ブレイブ=ブラックバレルは、自慢の愛刀『ライジングサン・バスターソード』を、全力で振るっていた。


「はあァッ――――!!」


 空中で、視認するのも容易では無い程の速度で、二つの剣は交差する。民家の屋根から屋根へと跳び移り、あちこちで火花が散っていた。幾つもの『光の剣』が『サイドスベイ』へと降り注ぐ最中、また光が生まれる。


 戦いながらラグナスは、相手――ギルデンスト・オールドパーという男の実力――を、その肌で感じ取っていた。


 民家の、屋根と屋根。それぞれ、別の場所に着地する。ラグナスが振り返ると、既にギルデンストは攻撃態勢に入っていた。


 だが、その距離は既に、ラグナスの射程範囲内だ。振り返り際、魔力を高めたラグナスの愛刀が、眩く光る。


「【シャイニングフレア・イグザクトリィスラッシュ】!!」


「【無音斬り】…………!!」


 ラグナスの愛刀から、雷のような斬撃が。ギルデンストの剣からは、波動のようなものが――――それぞれ発生し、二つは空中で激突した。


 砂埃と煙が巻き起こる。ラグナスは立ち上がり、その様子を眺めていた――――…………ギルデンストが攻撃をして来ないと分かったからだ。


 煙が晴れていく。ラグナスが感じた通り、ギルデンストは一度、剣を降ろしていた。


 何だろうか。


「…………小僧。どうやらお前が、一番強いようだな」


 ラグナスはギルデンストの問い掛けの意味が分からず、眉をひそめていた。


 一番強い、か。ラグナスはギルデンストの言葉に、笑みを浮かべた。


「いや。グレンオード・バーンズキッドには、底が知れぬ。それを加味すると、実力は互角か? ふむ…………」


 その言葉に、ラグナスは剣を構える。ゆっくりとした動きで、突きの一撃を放つ前のような形で。


 その体制のままで、ラグナスは問い掛けた。


「何が言いたい?」


「何故、我々の邪魔をする? …………スカイガーデンとお前は、縁もゆかりもないだろう。そうまでして得たい何かがあるとでも言うのか?」


 ギルデンストは真面目に、そう言っているようだった。実に下らない――……ラグナスは目を閉じ、鼻で笑った。


「リーシュさんが、泣いていた」


 ラグナスの剣に、魔力が込もる。先程までとは一味違った質量で、ギルデンスト・オールドパーに照準を定める。




「他に、理由が必要か?」




 どうやら、ラグナスとギルデンストの間には、まるで国境を超えるほどに認識の違いがあるらしい。


 その事実に、ラグナスは笑ったのだった。


「フェミニストが…………!!」


 再び、二人は飛び出す。それまでとは明らかに違う速度で、更に激突の回数を増やして行く。


 そのどれもが、急所を狙った一撃必殺。ラグナスは、小細工の効いた攻撃というものが苦手だった。ギルデンストもまた、ラグナスの放つ全身全霊の一撃を受け止める為には、また全力を出す必要があった。


「随分と力任せな剣だな…………そんな扱い方では、折れてしまうぞ」


 攻撃の最中、ギルデンストがそう言った。


「俺の『ライジングサン・バスターソード』は、これしきの攻撃で折れるほどヤワな鍛え方をしていない」


 ラグナスはそう返した。ギルデンストもそうは言うが、ラグナスの攻撃に全く引けを取らない程には、力強く剣を振っている。


 ギルデンスト・オールドパー。ラグナスもまた、聞いた事があった。『悪魔殺し』の異名を持つ、歴戦の英雄だ。本来、こんな場所に居るような人間ではない。どちらかと言えば、剣士としてラグナスは尊敬もしたものだ。


 しかしまた、ギルデンストも人間である。何をするか、分からないものだ。


 ラグナスの頬が、剣撃によって傷付いた。


 剣の腕は、どうやら相手が一枚上手だろうか――……。


「俺は気付いた。――――美しい攻撃には、必要以上に長い名前など必要ない、とな」


 ラグナスは地上に降り、流れるように魔力を剣の刃に込めた。


「――――この剣は、華よりも美しく、鳥よりも姦しい」


 相変わらず、本人にとって気の利いた前口上は、ラグナスの持ち味だったが。




「【ウェイブ・ブレイド】!!」




 ラグナスが振り抜いた剣の切っ先から、突風にも似た衝撃波が現れた。


 ギルデンストは巨大な剣で、それを受け止める。だが、本人が斬り掛かっている訳ではないにも関わらず、その剣撃は重い。


「むうっ…………!?」


 屋根の上で攻撃を受け止めたギルデンストが、勢い良く後方に吹き飛んだ。


 そのまま、民家に突っ込む。盛大に壁が崩れる音がする――――…………ラグナスはそれを確認して、先程までギルデンストが立っていた民家の屋根に飛び移った。


 派手に、崩れたか。ギルデンストの激突した民家は全壊し、その姿は崩れた民家の陰に消えた。


「貴様こそ――――それ程の実力を持ちながら、何故こんな事をしている」


 ラグナスは、言った。


「趣味が悪い。女性に危険を与えてまでやる事とは思えんな」


 民家の壁が吹っ飛び、ラグナスに向かって超速で飛び掛かる男の姿があった。ラグナスはそれを、全力の剣撃で受け止めた。


 ギルデンストは額から血を流しながらも、ラグナスに向かって殺意を見せていた。


 激しい。…………荒々しく、少し気を抜けば呑まれてしまいそうな殺気だ。重圧に、ラグナスは顔を歪めた。


「己の、正義故に…………」


 ギルデンストは、そう言った。


「――――正義、だと?」


 ラグナスは身を翻し、ギルデンストから距離を取った。


「人間は、過ちばかりだ。そうは思わんかね?」


 ギルデンストの周囲に、闇が見える。ラグナスは鋭く意識を集中させ、次の一手を受けられるよう、準備をした。


 今突っ込めば、カウンターが待っているだろう。しかし、限界まで溜まれば何者も寄せ付けない程の一撃になる筈だ。ギルデンストの腕が大きく、太くなって行く。『悪魔殺し』とは言うが、まるでギルデンスト自身の見た目が悪魔のようだ。


 こちらも、構えなければならない。ラグナスは、剣を構えた。


「『悪魔』とはな――――『人間』の事だよ、小僧。魔物は決して、同種で争う事がない。動物もそうだ。…………同種で争いや揉め事を起こすのは、多くの場合、人間だけなのだ」


 成る程。『悪魔殺し』か。


 ラグナスは、納得してしまった。


「この星における最強で最大の『悪魔』とは、『人間』だ。だから私は、この『人間』という歴史に終止符を打たなければならないと思っている…………人間は、過ちを犯す。最も、女の尻ばかり追い掛けている若造に、理解して貰おうとは思わんがね」


 笑みを浮かべた。




「下らんな」




 ラグナスは元より、たったひとつの目標しか見ていなかった。その世界だけを信じ、その世界だけを追って来た。だから、ラグナスにはギルデンストの話が、途方もなく下らないものに見えた。


「貴様は、ある一つの『点』しか見ていない。……確かに人間とは、過ちを犯すものだ。しかし、過ちなくして成長などない。より良い世界を作るためには、過ちを犯すしかないのだ。そこに道が無いのだからな」


 そう、あの男が、言っていた。


『でも、俺にとって、過去は乗り越えるものだ。確かに、後悔は消えない。被害を受けた人間の恨みも、消えないものだろう…………だけど、その先を見なくちゃいけないと思っている』


 明日を、今日より良い日にする為には。


 ラグナスは、心の底では悔しかった。リーシュとリベットの区別が付かない自分に、だった。確かに、他の人間は誰も違いを見抜く事は出来なかった――――ただ一人、グレンオード・バーンズキッドを除いて。


 信じられなかった。だが、それは現実に起こっていた。だからこそ、リーシュ・クライヌを助けるための救いの手を、グレンオードに求めたのだった。


『キャメロン。公平なジャッジを』


『そうだ、マッチョ。お前にはどう見えた?』


『はっ!? ええと…………俺には、同時のように見えたが』


『同時じゃない!!』


 あの時も、そうだった。


 ラグナスはこれまで、何者かと引き分けた事など無かった。ラグナスはいつも一番先頭を歩いていて、誰かに追い付かれる事など無かったのだ。


 グレンオード・バーンズキッドに出会うまでは。


「悪いが、貴様など通過点に過ぎん。…………俺のライバルはあの男、ただ一人だ。こんな所で立ち止まっている訳には行かないのでな」


「若造に容易く踏み越えられる程、このギルデンスト・オールドパー、老いてはおらんよ…………!!」


 自分では、駄目だ。…………そう、今の自分では。


 この戦いの中。何も苦戦などしていないように見えても、ラグナスは闘っていた。グレンオードの隣に居なければならない。そして、その先を本当は歩かなければならない。


「この剣は!! ――――風よりも速く!! ――――雷よりも疾い!!」


 先を行くのは俺だ、と。


 自分に、そう言い聞かせる。


「【悪魔殺し】!!」


 ギルデンストが動いた。ラグナスは残像が現れる程の速さで剣を構え、それを一直線に振り抜いた。




「――――――――【ソニックブレイド】!!」




 斬撃は、一瞬。離れていた筈のギルデンストとラグナスは、今や激突し、互いの居場所を入れ替えて、背を向けている。


 沈黙があった。暫しの間、ラグナスとギルデンストは互いに硬直し、固まっていた。


 いや、動けなかったのだろう。


「くっ…………!!」


 ラグナスの腹から、血が吹き出した。強靭な、一撃だった。急所に当たっていれば、即死だっただろうか。


 だが、ラグナスは倒れなかった。




「…………歳は、取りたくないものだな」




 倒れたのは――――――――ギルデンストの方だった。


 ラグナスは、肩で息をしていた。それ程に、ラグナスの編み出した【ソニックブレイド】というスキルは、使用者に負担を掛けるものだった。


 だが、生み出した本人が扱えていないのでは、話にならない。ラグナスは自らの技を、自らの体力を持って克服した。その『疾さ』は、そのまま『威力』となって、ギルデンストに襲い掛かった。


「俺は、苦戦しない。他の誰が限界の戦いをしようとも、俺は常に美しく、常に女性にとって理想の存在であり続ける」


 それは、ギルデンストに向けられた言葉だったのだろうか。


 ラグナスは、自慢の愛刀を鞘に収めた。


 ふらりと、傷に目眩を覚えながらも。ラグナスは、余裕の笑みを見せた。


「フ。…………中々、良い余興だったぞ」


 そう言って、ラグナスはその場を立ち去った。



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