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Part.107 小さな魔導士の決意

 母さんは、俺の魔法を認めてくれなかった。


『…………よし』


 では、何故認めて貰えなかったのか。…………俺が初めての魔法に成功した事に自惚れて、魔力の制御を怠ったせいだ。そのせいでコントロールを失い、ボヤ騒ぎになってしまった。


 再び訪れた図書館の椅子で、俺は考えていた。魔法には、炎、水、雷、地面と、四種類の属性がある。最も危険の無いものから覚えて、慣れてきたら改めて炎に挑戦すればいい。


 よく考えてみれば、魔法にはこの四種類があるとした場合、炎の魔法は一番危険を伴う事に気が付いた。自分の意思を超えて広がる可能性があるとすれば、優先順位は水、地面、雷、炎の順番で覚えるべきだ。


 セントラル・シティの裏には、練習できるスペースもある。人通りは少ないが、石畳に覆われていて、燃えるものはない。あの場所で練習すれば良いんじゃないか。


 そうして、その日から、俺の特訓が始まった。


 特訓と言っても、そんなに難しい事は無かった。炎の魔法は既に成功させていたし、他の魔法もバリエーションが幾つかあるだけで、どれも同じようなものに思えた。炎への変換は元から得意だったようで、他の魔法には少し癖のようなものを感じたが――……まあ、克服できない程のものではなかった。


『ねえねえ君、ちょっとこっち来てよ。見せたいものがあるんだ』


 やがて、俺はセントラル・シティの子供に声を掛けて、魔法を見せるようになった。


 簡単なものだった。二、三日練習しただけで、図書館から借りた魔法の本に書いてある内容は、全てマスターしてしまった。それらを組み合わせたり、より難しい魔法の本に挑戦したりして、俺は更なる技術を身に着けていった。


 そう、使い方を誤れば、魔法は危険だ。しかし、圧倒的な技術と知識でコントロールしてやれば、魔法は強力な味方にも成り得る。


 成り得るはずだ。


 だって、セントラル大道芸団は、子供に魔法をぶつけたりしなかった。


 何日か経った後、すっかり魔法にも慣れたある日。俺は山小屋から持って来た箱を手に、母さんと別れた後、いつも居る場所とは違う、少し離れた所まで歩いて、箱を地面に置いた。


 通りを歩く人々は、まだ俺の事を気にしていない。…………ぐ、と腹に力を入れ、俺は立ち上がった。


『さあさあ!! 面白いものがあるよ、グレンオードの魔法芸!! 見て面白いと思ったら、この箱にお金を置いて行ってよ!!』


 魔法の練習を何度かやっていると、子供が沢山寄って来るようになった。それを見て、今度は大人も寄って来るようになった。


 だから俺は、これを使ってやろうと思った。


 複雑な火の輪を幾つも作って、それを潜ってみたり、水の球の上に魔力で乗ったりして、魔法芸を見せる。ひっそりと、一人で練習していた。自分は魔法の練習になるし、これを見せれば、感心した大人がお金を置いて行ってくれるかもしれない。


 もう、魔法のスキルはかなり熟練されている。それならばと、これを商売にしてみようと思ったのだ。


 あの、セントラル大道芸団のように。


『何だ、お前がやるのか?』


『ガキの遊びに付き合ってる暇はねーよ』


 冷やかしが、俺の覚悟を茶化してくる。だが、俺は諦めなかった。


 いつも見知った顔は、ここには居ない。いつもは別の場所で魔法の練習をしていたのだ。セントラル・シティは広いから、少し離れれば通りを歩く人の顔も姿も、まるで違うものになってしまう。


 だからこそ、ここを選んだ。


『面白くなければ、途中で帰って良いよ!! でも面白かったら、絶対に金をくれよ!!』


 そう言うと、小馬鹿にしていた大人達が、少しにやけた顔で俺の所に寄って来る。


『おう、良いじゃねえか。見せてみなよ』


『貧乏人の覚悟、見せて貰おうじゃねえか!!』


 俺は、喉を鳴らした。




 *




 俺は、箱に入った沢山の金を袋に詰めて、笑みを浮かべた。


『…………やった』


 集客には、成功した。沢山の大人や子供が俺の芸を見て、暖かい拍手を送り、そして金を置いて行った。


『こんな子供が』とも驚かれた。『信じられない』とも言われた。それが俺の自信を後押しして、更に芸を良いものにした。


 金を手に入れたら、ここに用は無い。軽く計算しただけでも、一セル以上はあった。こんな子供が大金を抱えているとなれば、厄介な大人がケチを付けてくるかもしれない。


 人が居なくなると、俺は速やかに金を回収して、その場を離れた。


『へへっ、見たかよ…………!!』


 自分が誇らしい。俺は、そう思っていた。母さんに怒られたあの日から、俺は母さんに魔法を練習している事も、芸をやっている事も話していなかった。


 話せば、きっとまた、止められただろう。でも、既に仕事になったとなれば。金が入って来るとなれば、話は別だろう。


 母さんに止められても、俺は魔法を練習した。だって、そのままでは何も変わらなかった。相変わらず母さんは過酷であろう『仕事』を続けているようだったし、相変わらず俺の飯といえば、固いパンと切っただけの野菜だった。


 俺がそれなら、母さんは何を食べているのか知れない。


 日に日に痩せて行く母さんを見れば、ろくでもない状況なのは明らかだった。


 そうだ。喧嘩したって、絶対に助ける。母さんは、自分がどれだけの無茶をしているか、分かっていない。俺達は二人で協力して、生きて行かなきゃいけないんだ。


 俺は母さんとの待ち合わせ場所へと、走り出した。


『…………今日は、肉を食べるぞ』


 そう思うと、俺は笑みを隠せなかった。母さんも、一緒に飯を食べる。それがどれだけ幸せなことか。


 もう、この生活から脱出するんだ…………!!


『…………します…………』


 その時だった。


 ふと、声が聞こえた。


 俺は立ち止まり、耳を澄ました。…………何か、必死そうな女性の声が聞こえたような気がした。言葉は掠れていて、あまり正確には聞き取る事が出来なかった。


 いつもなら、その声は聞こえなかったかもしれない。俺は芸を見せるために、普段は行かないセントラルの別区域まで歩いて来ていた。


 どうしてだろうか。


 どこか、聞き覚えがあるような気がした。


 俺は声のする方へと、目を向けた。誰も通らない、細い路地裏。光の当たらない場所から、声は聞こえてくる。誰かが、揉め事を起こしているのだろうか。俺は喉を鳴らして、慎重に路地裏へと近付いた。


 微かな物音がする。


 俺は、物陰から路地裏を覗いた。




『お願いしますっ!!』




 ――――――――瞬間、頭は、真っ白になった。


『ああもう煩えっ!! こんな所、通らなきゃ良かったよ!!』


『お願いします、どうか…………お腹を空かせた子供が待っているんです!!』


 一体、何が…………起きているのか。俺には、分からなかった。


 ただ、薄暗い路地裏には、俺のよく知る女性の姿があった。どうにか必死で、髭の生えた男にくらいついていた。服を掴み、薄汚れた服が更に汚く見えるような場所で、涙ながらに訴えていた。


 …………母さん。


『もう、食べ物も買えないような状況で…………』


 母さんはそう言って、男にパンを見せる。カビの生えた、とても人が食べるそれでは無いと思えるようなパン。食べれば、腹を壊してしまうだろう。


 俺に渡されたパンはいつも乾いていたが、それでも、あれ程に汚くはなかった。


 もう、今日のパンも食べた後で。


 俺はポケットの中に入っている、パンの空袋を握り締めた。


『ほんの少しでも構いません…………!! どうか、私に恵んではくださいませんか…………!!』


 泣き崩れる母さんに、遂に男は根負けして、ポケットから財布を取り出す。小銭を数枚掴むと、それを母さんに向かって投げ付けた。


 投げ付けられたのは、顔だ。母さんは咄嗟に目を瞑る。地べたに、小銭が落ちる音がする。


『ちっ。アンタがもう少し、若い女ならなァ…………』


 とんでもなく失礼な言葉を吐いて、男が去って行く。


 唾を吐き掛けられるに等しい事をされていて、それでも母さんは、文句の一つも言わなかった。俺が今日稼いだ金の何割にも満たないような小銭を拾い集めて、母さんは去り行く男に土下座をしていた。


『ありがとうございます…………!! ありがとう、ございます…………!!』


 一体母さんは、何をやっているんだ。


 仕事だ。


 母さんはセントラル・シティに来る時、いつも俺にそう言って、俺の下を離れていた。食い縛った歯茎から血が垂れそうな程に、俺は歯を強く噛み締めていた。


 仕事。


 ――――――――これが。


 男が去ると、母さんはぼんやりとした顔で、両手に残った数枚の小銭を数えていた。一枚、二枚…………とても、枚数があるようには見えない。


『二百トラル…………』


 そんな、子供の小遣いにも満たないような、小さな額。『五百トラルは少ないっしょ』と言っていた、子供の言葉が蘇る。


 このままじゃ、駄目だ。


 悠長な事を言っている場合じゃない。今、俺が、どうにかしなければ。


 このままでは本当に、母さんが死んでしまう。




 *




 家に帰るとすぐに、俺はリュックを手にした。


『…………グレン?』


 母さんの問い掛けにも、俺は答えない。奥の部屋に置いてある、俺の私物。着替え程度のものしかないけれど、それをリュックに詰めた。


 そこに、一点の迷いもなかった。俺はもう行動に移すことに決めていて、だからこそ、母さんの顔を見る事はしなかった。


『どうしたの? …………グレン』


 いや。


 俺は多分、母さんに。怒りを、感じていた。


『俺、家を出るよ。ちゃんとした魔導士になって、…………傭兵になる』


 多分、許せなかったのだろう。俺の知らない所で、母さんがあんな事をして金を稼いでいたということが。俺に何の相談もなく、助けを求められる事もなく、あまつさえ俺の手を払って、『あなたには無理』などと話した母さんが。


『えっ…………グレン、ちょっと、待ちなさい…………!!』


 虚勢を張っていた。


 本当は限界で一杯一杯なのに、俺を庇って、無理をしていた。子供と言えど、俺は五体満足で動ける人間だ。足が悪い母さんとは、出来ることが違う。そんな事、母さんだって分かっている筈だと思っていたのに。


 いつも、笑顔でいる。俺が不安がらないように、俺が何かを詮索しないように。苦笑をして、その場さえやり過ごせば、俺が気付かないと思っている。


 山小屋を出ようとする俺の肩を、母さんが掴んだ。俺の行動は一時的に止められ、少し歩いただけで息を荒げている母さんが、悲しそうな顔をして、俺を見た。


『ねえ、魔導士なんて、やめよう…………? 大丈夫よ、お母さん、『お仕事』、頑張るから――――…………』


 そうして、直後に、笑う。


 ――――――――ああ。


 また、あの笑顔だ。


『仕事…………?』


 俺にはいつも、何の相談もしてくれない。一人で勝手に無理をして、一人で勝手にぼろぼろになって、そうしていつしか、俺から離れて行くのか。


『そうよ、今は少ないけど…………ごめんね、グレン。お母さん、もっと頑張るから』


 どうして。


 どうして、どうして、どうして、どうして、どうして。


 衝動が、腹の底から一気に押し寄せてきた。俺は自らの行動をコントロールする事ができず、歯を食い縛り、目を大きく見開いて、俺の肩を掴む母さんの手を振り払い、そうして、母さんの頬を――――――――……………………。




『してないじゃないか…………!!』




 ああ。




 どうしてあの時、俺は母さんを、殴ってしまったんだろう。




 母さんは、何が起こったのか分からないような顔をして、ただ呆然と、俺を見ていた。その時の俺は多分…………、泣いていたと思う。


『仕事、…………なんて、…………してないじゃないかっ…………!!』


 母さんは、青褪めていた。


 俺は、今までに溜まりに溜まっていたものを、母さんに向かって吐き出していた。


『本当は、人に金をせがんでるだけじゃないか!! 本当は、一緒に食べるご飯が無いだけじゃないか!! 足が悪くて働けないのを、どうにか無理をしているんじゃないか…………!!』


 視界が滲む。その向こう側で、母さんも泣いているのが分かる。


『どうして、俺を信用してくれないんだ…………!! 俺は魔導士になる!! 魔導士になって、千セルだって、一万セルだって、稼いでみせるよ…………!! お、…………俺を、もっと頼ってくれよ…………!! 一人で待ってるの…………辛いんだよ…………』


 多分あの時、俺と母さんの中で、何かが切れてしまったんだ。


 本当は、無謀にも足掻こうとする母さんの意思を、俺は肯定してやらなきゃいけなかった。母さんの無理を認めた上で、影で支える事をしてやらなきゃいけなかった。


 でも、俺は子供だったから。


 アテにされていないと、思ってしまったから。俺を守ろうとしてくれているということに、気付く事ができなかったから。自分の想いを、ぶつける事しかできなかったから。


『死にたくなるんだよ…………』


 だから、俺は泣いた。


 泣いて、母さんの意識を、俺の方に向けさせようとしてしまった。


『……………………ごめんね。…………グレン、ごめんね』


 気付かなかったんだ。


 俺が出しゃばることで、母さんが今よりも大変な目に遭う。そんな可能性も、あるんだってことに。



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