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Part.104 誰にも言わないでくれないか

「まあ、そこに座ってよ」


 国王に指示されるまま、俺は王室の隣にある会議室へと案内された。


 しかし、スカイガーデンに来てからというもの、住民の俺達への態度は散々だったから…………こんなに丁寧な対応をして貰えるとは、思っていなかった。この状況なら、リーシュの事も聞けるだろう。捜索が一気に先へと進められるかもしれない。


 満を持して、俺は椅子に座った国王と目を合わせた。


「…………あんな状況で紹介されて、正直申し訳ないとも思うんだが。…………実は、リベットの言っている事は、俺達とはあまり関係がないんだ」


 そう言うと、国王は笑って手を振った。


「いや、さすがに分かっているよ。ごめんね、娘があんな態度で」


 よし、好感触だ…………!! 良かった、国王はリベットの事をちゃんと理解しているらしい。


「でも、君達はどうして娘の写真を持っているんだい?」


 俺はポケットから、リーシュの写真を取り出した。それを、国王に見せる。


「実はこれは、リベットの写真じゃないんだ。俺達が探しているのは、『リーシュ・クライヌ』っていう女の子で。スカイガーデンに現れる確率が高いと聞いて、ここまで来た、って所なんだ」


 国王の眉が一瞬、強く跳ねた。


 …………なんだ? 返事が無い。


 俺は思わず、国王の顔をまじまじと見詰めてしまった。リーシュの写真を見せた途端、唇を真一文字に引き結んで、その写真を食い入るように見詰めている――……。一体、どうしたんだ? リーシュについて、何か知っているのだろうか。


 数秒の沈黙の後、国王はふと、表情を緩めた。




「いや、知らないな。申し訳ない」




 ――――――――本当か?


「お父様、グレン様。ご歓談中の所、失礼致しますわ」


 ノックの音がして、扉が開いた。俺は振り返り、声の主を見る――……リベットだ。その隣にはラグナス、ヴィティア…………トムディは居ない。そうか、ラグナスがヴィティアを連れて戻って来たんだ。


 俺を発見したヴィティアが、慌ててこちらに駆け寄って来る。


「グレン…………!!」


「おう、ヴィティア。悪いな、待ち合わせ場所に行けなくて」


「どうなってるのよ…………!! 何であんたが城の中に入ってるの?」


「詳しい事情は後で説明するから。…………トムディは?」


「先に行ってくれ、って。やる事があるみたい」


 そうなのか。…………この空の島で、一体何をやる事があるんだろう。まあ、トムディなりに考えている事があるんだろうから、そっとしておくべきか。


 ラグナスは部屋に入ると、部屋の壁に体重を預けて、腕を組んでいた。リベットはテーブルに置かれたリーシュの写真を見て、目を輝かせた。


「まあ、これがわたくしの…………写真では、ありませんわね」


 リベットの少し落胆したような言葉に、国王が笑った。


「そうなんだよ、君の勘違いだ、リベット。グレン君はリベットの王子様ではないし、迎えに来てくれた訳でもない。人を探しに来たんだよ」


「まあ…………そうでしたのね」


 リベットは少し落胆して、舌を出した。


「やっぱり、無理をしても駄目なものは駄目ですわね」


 ぽつりと、そんな言葉が聞こえる。…………こいつ、分かってやっていたのかよ。


 もっと大変な反応になるかと思ったら、意外と聞き分けが良かった。リベットは少し苦笑すると、俺の隣に座った。ヴィティアがその様子を見て、表情を強張らせる。


「ねえ、あんた…………本当に、リーシュじゃないの?」


 お前も分かってないのかよ。思わず、俺は頭を抱えてしまった。


 どう見ても違うじゃねえか…………!!


「ええ、わたくしはこの『サイドスベイ』の一人娘、リベット・コフールですわ。この通り、お父様もいらっしゃいますわ」


「初めまして。私は、ブレイヴァル・コフール。君達の探し人の話は聞いたよ。リベットとよく似ているね」


 似ているか…………? そうか? 俺がおかしいのか…………?


 ヴィティアは目頭を指で押さえて、ぶつぶつと呟いていた。


「似てるなんてもんじゃないわよ…………!! 全くメサイアの時といい、なんで最近同じ顔ばっかり見るのよ…………」


 いやいや、一体何を言ってるんだよ。違うって、よく見てみろよ。少しそう言ってやりたくなったが、ヴィティアが余りにも疲弊している様子だったので、何も言わずにおいた。


 そうか。まあ、あのラグナスが間違えるレベルの…………と思えば、ヴィティアだって困ったりするんだろうか。俺はどこに違いを感じているんだろう…………やっぱり、まず雰囲気というか、オーラが違うよなあ。


 多分リーシュは、こんなにしっかりしていない。確かにメルヘンな所はちょっとそれっぽいかもしれないが、あいつの天然はこんなレベルでは済まされない。


 そう。何が違うって、リーシュの方がずっと激しいんだ。


「人違いは人違いでしたけど、これからも仲良くしてくれるのでしょう? グレン様」


「あ、ああ…………まあ、そりゃ構わないけどさ」


 毅然として優美な振る舞いで、リベットは父親を見る。こんな態度も、リーシュに出来る事じゃない。


 そう、太陽と月みたいな違いがある。リベットが太陽だとするなら、リーシュは月で。


 …………何を恥ずかしい事を考えているんだ、俺は。


「スカイガーデンでは今の所、このコを見たという発言はありませんわよね、お父様」


「ああ、そうだね。こんなに似ていたら、きっと報告が上がっているだろうから…………グレン君、彼女はここに来ているのかい?」


 そう言って、国王は再び俺を見た。


 見ていない、か。リーシュを知らないというのが本当かどうかはさておき、きっと見ていないというのは本当なんだろうな。リベットの瞳に嘘があるようには見えない…………だとしたら、まだ連中はスカイガーデンと接触していない、という事になる。ここは何でも無かった事にして、この街で待っているのが得策だろうか。


 …………いや。でも、奴等は『ゴールデンクリスタル』の為に、必ずここに現れる。そうして、『金眼の一族』を襲うつもりだ。それはきっと、間違いない。『ゴールデンクリスタル』を探しているのは確かな訳だし、ヴィティアはそれが『金眼の一族』から作られる、という情報も得ていた。


 だとしたら…………。


「見ていないんだとしたら多分、来ていないんだと思う。…………ただ、これからどうなるか分からない。暫く、この街で滞在する猶予が欲しい」


 俺は、『金眼の一族』を狙っている奴等の話を、国王にはしなかった。


 本当の所では、リーシュは現れないかもしれない。だが、連中の誰かは必ず現れる。俺達は都合、そいつと戦わなければならない展開になる。


 それは、『金眼の一族』など関係ない、俺達の話だ。何名で現れるのかも、いつ現れるのかも分からない。…………この段階で、滅多な事は言えない。


「そうか。…………それなら、この城を拠点にすると良いよ。部屋は余っているし、生活には不自由しないだろう」


「…………えっ、良いのか?」


 国王は少し苦笑していた。正直、かなり予想外だ。地上の人間を匿っているなんて噂になったら、国王だって困るんじゃないのか。住民の態度はアレなんだぞ。


「住民の間で苦情が出ていてね。…………そうして貰ったほうが助かるんだ。その代わり、できるだけ外の人間にあれこれ聞いたりしないで欲しい」


 …………しかし。良いのか? …………俺達としては、ありがたい事だが。このままじゃ、宿が取れるかどうかも怪しいしな。


 それなら、お言葉に甘えさせて貰うか。ここに居れば住民がリーシュを見たら、すぐに報告が来るだろうし。連中が現れても、『怪しげな魔力』という事で、感知される可能性が高い。攻撃を仕掛けてくるようなら、俺達にも動き方ってもんがある。


 …………そうか。連中が現れても、スカイガーデンにはすぐに対応する準備があるのか。


「ありがとう、それならお邪魔させて貰おうかな」


「本当ですの!? 今夜はパーティーですわね!!」


 俺が承諾すると、リベットは両手を合わせて、目を輝かせていた。


「こらリベット。君は明日、誕生祭をやるじゃないか」


「…………そうでしたわね、ごめんなさい」


 叱られ、軽く舌を出して自分の頭を叩くリベットだったが。




 *




 夜になっても、トムディは帰って来なかった。


 どこかに行っているのだろうか。俺達は都合上、それぞれ一人ずつ、別の部屋に移動する事になった。流石に同じベッドで寝たいとは言わなかったヴィティアだったが、少し寂しそうにしていた…………恥ずかしいので、正直ここで一緒に寝るというのはアウトだ。


 窓の外では、美しい月が顔を出している。地上よりは幾らか大きいようにも見える…………ここは高度が高いから、雲が無いんだな。もしかして地上が雨だったとしても、ここには降らないんだろうか。


 両手を頭の後ろで組んで、ベッドに身体を預ける。そうして、俺は考えていた。


「ご主人?」


 俺の腹から、スケゾーがむくりと顔を出す。…………魔法陣があるとはいえ、人の身体から魔物が現れるというのは、中々に不思議な光景だ。


「起きてたのか、スケゾー」


「こっちの台詞ッスよ。どうしたんスか、考え込んで」


 昼間に国王と話した時、どうにも気になる事があった。


「いや…………少し、な」


 この『スカイガーデン』に住む人々は、人間の魔力にひどく敏感だ。俺が街を歩いていると、誰もが振り返る位…………だが、『ゴールデンクリスタル』は『金眼の一族』から作られる。大量のゴールデンクリスタルを製造しようと思ったら、この街を襲う以外に方法はない、という事だ。


 だけど、スカイガーデンの人達は魔力に対する警戒心が人一倍強い。連中はどうにか『魔力に過敏な』住民の警戒を潜り抜けて、スカイガーデンに攻撃を仕掛けなければならない。


 どうやって?


 奇襲は難しい。これだけ結束している国なら、外部からの攻撃に対策していないって事はないだろう。そして長老を見る限りでは、個々の実力も申し分ない。戦士の集合体みたいなもんだ。


 魔法を使っていなくても、魔力を感じる連中…………そんな奴等の、警戒を抜ける方法があるのか。


「なあ、スケゾー。この場所に魔物を送り込む事なんて、できると思うか?」


「連中の事っスか。まあオイラは、一匹じゃ無理だと思うっスけどね。処理されて終わりでしょう」


「だよなあ。てことはやっぱり、リーシュを攻撃に使うって事なのかな…………」


「リーシュさんを?」


 ラグナスやヴィティアは、リベットとリーシュの見分けが付かないと言っていた。それだけ似ていると言うなら、住民も間違えてしまうのかもしれない。…………そうだとするなら、リーシュを攻撃に使うってのは一つ、ありだ。


 だが、リーシュが快く連中の仲間になるとは、どうしても思えない。何かを使って強制的に攻撃させるのか、或いは洗脳とか…………。


 ウエスト・タリスマンで、ベリーが言っていた言葉を思い出す。


『そうよ、リーシュ・クライヌの隣に置いてあげるわ。私がお願いすれば、きっとそうなるから』


『…………リーシュに、何をした』


『何も無いわよ。でも、彼女は優秀だから――……貴方は彼女程の駒には、ならないかもしれないけれど』


 あの時確かに、ベリーはリーシュの事を『駒』だって言った。だから、『金眼の一族』を襲うなら、リーシュはここに現れるはずだと思った。


 その予測が、より確実な形で当たったとも言える。


 連中は何らかの方法で、リーシュを動かす事ができる。きっと、そうなっている。


 リーシュが攻撃に参加できるのなら、連中の誰よりもリーシュは適任だ。【アンゴルモア】っていう、空の島を潰すに相応しい大技も持っている。一瞬で、空の島を大地に落とす事ができるだろう。


 リベットと同じ顔をした人間に、スカイガーデンの連中が攻撃を仕掛けられるのかと言われれば。…………答えはノーだろう。


 …………俺はこんな所で、油を売っている場合では無いんじゃないか。


 そんな気持ちに、させられてしまう。


「でも、リーシュの居場所は分からねえからな…………」


「まあどんな手段かは分からねえっスけど、連中はここに攻めて来ますよ。オイラ達は、それを待ち受けるのが最も有効な作戦っス。そこは、ご主人の目論見通りで間違いないと思うっスけどね」


「…………そうだな」


 スケゾーの言葉に、少しだけ気持ちが楽になった。やる事は結局、一緒なのか。


 …………ん?


 ふと、窓の外で小さな鳥が窓を突付いている事に気が付いた。俺は窓を開けて、その鳥を部屋に入れる…………これは、出会った時に国王が指先に乗せていた鳥じゃないか。メッセージバード、なんて言ったっけ?


 部屋の中に入った鳥は、俺の周囲を飛び回る。俺に向かって、何かを話し掛けているように思える。


「な、なんだ…………?」


 扉に向かって、鳥は飛んでいく…………部屋を出ろ、って事か?


 部屋の扉を開くと、小さな鳥はすぐに廊下へと出た。既に皆寝ているのか、城は静まり返っている…………廊下も暗い。俺は掌に炎の魔法を唱えると、小さな明かりを確保した。


 小さな鳥は、まるで暗闇でも目が見えているかのように、飛んで行く。蝙蝠じゃないんだから、と思うが。


 俺を――――導いている。確実に、どこかへ。


 階段を降りて、更に廊下を歩く。向かった先は…………王室?


 扉の前まで来ると、小さな鳥は俺の周りを回っていた。


「な、何だよ。…………開ければ良いのか?」


 大丈夫なのかよ、こんな夜中に国王の所を訪れて。…………一応ノックをするが、音は無い。扉に手を掛ける…………あれ。この扉、開いているぞ。


 予想外の状況に、少しだけ俺は戸惑ってしまった。僅かに扉を開いて中を見ると、その向こう側に、国王が立っている――――立っている?


「グレン君、来たんだね」


 月明かりに照らされた、夜の空を見ている国王。銀色の髪に、光が反射して輝いている…………その美しさに、俺は思わず魅入ってしまった。


 これは、あれだ。リーシュと初めて出会った時にも感じた、造形美のような…………あの時はリーシュがビキニアーマーだったせいで、あまりにも雰囲気ぶち壊しだったが。


 こうして見ると、確かにこの人がリーシュの父親ではないかと思える。そんな気持ちにさせられた。


「悪いね、こんな夜中に呼び出して。…………実は、昼間のリーシュ・クライヌの件で、君に話さないといけない事があって」


「あ、ああ。別にその話だったら、昼間でも良いけど…………」


 その時だった。俺が扉を閉めて国王の所へと歩くと、国王は目線を下げて、俺に向かって膝を突いた。


「えっ…………?」


 目の前に広がっている光景が、信じられなかった。


「私は君に、お願いしなければならない」


 切羽詰まったような声。少しだけ、震えた――――乾いた夜の空気。高級な質感を漂わせる部屋。何も知らずこの場所に来てしまった、少しだけ場違いな俺。




「――――――――誰にも、言わないでくれないか」




 国王の、声。



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