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Part.102 リーシュ・クライヌのそっくりさん

 俺達は、『金眼の一族』が集まる街、『サイドスベイ』まで足を運んでいた。


「…………見た目、『エリゼーサ』と大して変わりないわね」


 神妙な顔でそう言うヴィティアに、俺はざっくりと街全体を見渡す。そうして、言った。


「人種を除いてな」


 まだ、エリゼーサに居た時は住人に幾らかの『人間らしさ』とでも言おうか、地上の空気と同種の何かを感じ取る事ができたものだが。


 この様子は、どうだろう。街を歩く人々は皆、銀色をベースに薄い青や赤、ピンクといった色を混ぜたような髪色をしていて、瞳の色は全員が金色。こんな人間だけが歩いている街を、俺は初めて見た。


 髪と目の色がそう感じさせるのか、『サイドスベイ』はどこか幻想的で、妖精の住む街と表現しても申し分ないと思える程だった。連中は俺達を一目見ると、少し気不味そうな顔をして通り過ぎて行く。


 …………やっぱり、歓迎はされていないみたいだな。


「『サイドスベイ』だけは少し特殊で、『金眼の一族』以外は、スカイガーデンの人間もあまり寄り付かないんだ。全員がここに訪れるのは、王家の人間に何かイベントがあった時くらいかな」


 金眼の一族の、俺達に対する反応を見てだろう。マクダフは苦笑していた。トムディは相変わらずくちゃくちゃと飴を頬張りながら、街の様子を眺めていたが。


「最近、何かイベントはあった?」


「いや、特には…………ああそうだ、もうすぐ君達の探している――……いや、探していないんだったね。王家の姫君、リベット・コフールの誕生祭が行われるよ。いつだったかな」


 そうなのか。その時には、スカイガーデンの住民はこの『サイドスベイ』に集まる事になる。…………ん?


「誕生祭って事は、リベット・コフールと会えるって事か?」


 マクダフにそう問い掛けると、マクダフは更に気不味い顔をしていた。


「いやあ、確かにそうだけど……君達は、参加しない方が良いんじゃないかなあ。まず間違いなく、良くは思われないと思うけど」


 まあ…………確かに、それはそうなんだけどさ。


 その言葉に、ラグナスがふと笑みを浮かべた。


「何を今更、と言った所だな。俺達は既に、引くことなど許されていない。こうなったら土足で踏み込んでも、そのリベットという麗しき美女を手ご…………仲間に加えるだけだ」


「お前今、『手篭め』って言おうとしただろ」


 相変わらず、女に関しては油断も隙も無い奴である。…………いや、それ以前に。リベットを仲間に加えるとか、そういう予定は一切無いからな。リーシュについての情報を聞くだけだ。


 …………しかし、視線が刺さるな。そんなに、地上の人間がここに来ることは珍しいのか。あちらこちらでひそひそと話をしている様子は、本当に妖精か何かにしか見えない。サイズこそ違うが。


「じゃ、じゃあ、僕はこれで失礼するよ。君達の仲間、見付かると良いね」


「おう、ありがとうマクダフさん。助かったよ」


 マクダフは俺達に手を振って、そそくさと去って行った。


 …………さて。再び四人になった俺達だが。


 作戦は、こうだ。俺達はこの場所で、リベット・コフールという『リーシュと似た顔』の姫が居ることを知った上で、リーシュの写真を使って住民に聞いて回る。全く知らないのであれば、「姫に会う事はできない」なんていう反応が帰って来るか、まあ『エリゼーサ』のように無視されるか、どちらかだろう。


 ところが、一度でもリーシュを見た者が居るのなら、「姫を連れ出す方法を、地上人が知っている」と勘違いして、ちょっとした騒ぎになるかもしれない。いや、これだけ潔癖な空の人間なら、絶対になる。


 どうしたって、王の所まで話が行くって訳だ。近くにリーシュが居た形跡があるなら、そこからリーシュの居場所が推理できるかもしれない。


「じゃあ手分けして、リーシュの情報を聞き出そう。そうだな…………昼に一度、ここに合流するってことで」


 俺はそう言って、全員に指示した。


「了解!!」


 返って来た返事は、頼もしいものだった。




 *




 ……………………で。


「何でお前が付いて来るんだよ…………」


 手分けして探すと言ったのに、何故か俺の後ろにはラグナスが付いて来ていた。写真を手にして住民に聞いて回る俺に対し、ラグナスは腕を組んで、ただ後ろを付いて来ているだけだ。


「貴様が抜け駆けをしないか、監視しているだけだ。気にするな」


 何故か、少し得意気な顔をしていた。


「どう抜け駆けするんだよ。まだリーシュがどこに居るのかも分からねえんだぞ」


 全く…………こいつの思考回路は、本当に読めない。捜索を手伝う訳でもないし、これでは本当にただ、付いて来ているだけだ。


 まあ、ヴィティアとトムディが探してくれているので、三人でも昼までには粗方終わるだろうけど。


 俺は引き攣った笑みを浮かべて、井戸らしきものから水を汲み上げている女性に近付いた。…………井戸の形も地上とはまるで違う。滑らかな曲線に、大理石…………? たかが井戸が、やたら高級に見える。


 今更、ここの住民の生活に何を驚く事もないが。


「あのー、すいません。ちょっとお尋ねしたいことがあ」


「ヒイッ!?」


「…………りまして。まあ良いです、どうも」


 しっかし傷付くなー、この作業…………。


 一体、俺が何したって言うんだよ。事情は長老とやらから、一応聞いたには聞いたけど…………俺に対して驚いているこれは、多分昔の事がどうとか関係無いヤツだよな。ただ、俺の身体からスケゾーの魔力が漏れ出ているから、それを警戒しての事なんだろう。


 地上の人間は、それ程魔力に敏感ではなかったからな。今思えばスケゾーを見ても少し驚く位で、これ程過剰に反応する人間は少なかったな。


 それでも、拒否反応を示す奴はやっぱり居たけれども。


「声の掛け方がまるでなっていないな。だから怯えられるのだ」


 そして、背中のこいつが心底うざいな。俺が住民に声を掛けるたび、斜め上からものを言いやがって。


 俺は振り返って、ラグナスを睨み付けた。


「一応、俺なりに精一杯やってるつもりなんだけど?」


「最初に見せる顔、あれは営業スマイルのつもりなのか? 俺には布団の押し売りにしか見えんが」


「ちっ………そう言うならお前がやれよ」


「よし。俺が手本というヤツを見せてやろう」


 ラグナスはリーシュの写真を俺から奪うと、近くに居た住民に向かって流れるように――……踊り近付いた。…………なんだ、『踊り近付く』って。新語か。


 あまりにも怪しい動きだ。目を付けられた女性も完全に引いている。だがラグナスの外面の良さに、拒否まではされていないようだ。


「そこの美しいご婦人っ!!」


 ラグナスの事だ。またいつもと一緒で、声掛けの段階では上手く行って、途中からとんでもない事を言い出すに違いない。どうせ成功しないんだ。もう、パターン見えてんだよ。偉そうなこと言いやがって…………!!


「布団買いませんか!!」


 いやお前が押し売りするのかよ!!


「はっ…………ええ? …………布団?」


「そう、煌めく真夏のイリュージョンにも匹敵する、斬新な羽毛布団。一枚たったの九千九百九十九トラルでご提供しております」


 何だよ、その『一トラル安くすればすごく安くなったような気がする』的なヤツは!! 何を聞きたいんだよ!!


「いや、そういうのはいいです」


 普通に断られたよ!!


「ところで、この写し」


「いいです。帰ってください」


 ところでじゃないよ。不信感植え付けてから本題に入る意味が全く無いだろ。


 ラグナスは女性に背を向け、俺の所に戻ってきた。


「…………あと一歩だったな」


「お前の一歩は世界一周旅行くらいの長さがあるのか?」


 写真すら見せられなかったじゃねえか。


 馬鹿野郎。ラグナスが失敗…………無謀な挑戦をしたせいで、周囲の空気が更に悪くなったじゃないか…………!! もう、こいつに期待するのはやめよう。


 俺はラグナスが持っている写真に手を伸ばし――……


「おい。リーシュの写真、返せよ」


「ところで、この写真でリーシュさんが着ているのは、セントラルでも有名な温泉街、『ユウェッサン』のものではないか?」


「どうでも良いだろ。返せよ」


 ラグナスはリーシュの写真をそっと額縁に仕舞うと、それを何気無い素振りで、自身のアーマーの内側に入れ――――…………


「それが無いと聞き込みできねえだろ!! 返せ!!」


 写真を奪い取ると、ラグナスは不満そうな顔をしていた。…………ったく、隙あらば手を伸ばして来やがる。


「貴様、リーシュさんと温泉旅行に行ったのか!! …………おい!! …………待て!!」


 俺はラグナスを無視して、通りを歩いた。


 あれ? …………街が終わっている。歩いているうちに、いつの間にか城の近くまで来てしまったのだろうか。目の前には、背の高い城壁。城の内側は、そう簡単には見られない造りになっているようだ。


 この向こう側に、リーシュによく似たと噂される、リベット・コフールとやらが居るというのか。


 俺とラグナスは二人、腕を組んで城壁を見上げた。


「…………これが、国王の城とやらか」


「そのようだな」


 今の所、リーシュに関する情報は全く得られていない。ここに来て聞き込みをすれば、すぐに分かるだろう――……俺はそう考えていた。だが実際は、住民に怖がられてまともに話も出来やしない。


 まあ、『俺がそうなる事は』半ば、理解していた事でもあったが。


 やっぱりまだ、リーシュは来ていないんだろうな。これまでの反応から察すると、そういう事なんだろう。確証は得られていないが。


 昼には、トムディとヴィティアと再会する。そこで二人も同じ反応を得て戻ってくれば、殆ど確定だ。


 …………俺だけ、何も手柄が無いというのも。少し、格好悪いな。


「城壁さ…………乗り越えたらこれ、怒られるかな」


「馬鹿か貴様は。怒られるに決まっているだろう」


 分かってる、言ってみただけだよ。


 こうなりゃ直接、そのリベット・コフールに話が聞ければ、早いものなんだけど。


 いつまでもスカイガーデンに居て、何かリーシュに悪い事があっても嫌なんだよな。


「この状況で正面突破など、愚の骨頂だ。ここは俺に任せておけ」


「何もしなくて良いから。いや、しないでください」


「敬語!?」


 何かの間違いで、姫様とやらが出て来てくれないかな。なんて、考えてしまう俺である。




「――――――――あら?」




 俺達は、声がする方を見た。


 城門の扉を開いて、出て来る人影があった。輝く銀髪に、金色の瞳。『サイドスベイ』の他の住人はただの銀髪ではなくて、薄っすらと色が付いていたが。彼女は、純粋な銀色だった。


 目を奪われるような美しさ。『サイドスベイ』の他の住人も着ていた、地上の人間としてはかなり変わった風貌の衣装を着ていた。


 少女はにっこりと微笑みを浮かべて、言う。


「こんにちは」


 出て来ちゃったアアアァァァ――――――――!!


 いや、確かに俺はそう望んだかもしれないけど!! これは神様の仕業なのか!? いや待てよ、実際この状況で姫様が出て来てしまったら、あまり状況は良くないんじゃないのか!? どうなんだ!?


 俺以外の人間が会う分には良いかもしれないけど、ここの人間は魔力に敏感だ。万一、怯えられでもしたら…………!!


 箱入り娘じゃないのかよ!!


「リーシュさん…………!?」


 えっ。


「おお…………!! リーシュさん!! 良かった、ご無事でしたか!!」


 ラグナスはそう言って、真っ直ぐに姫に向かって歩いて行く。…………な、何言ってんだ? どうしてそんな勘違いを…………こいつ、一卵性双生児だろうが何だろうが女性は間違えないって言ってたじゃないか!!


 姫様ことリベット・コフールも、きょとんとして首を傾げている。


「リーシュ? …………ですか?」


「そうです、リーシュさん!! 私の事が分かりますか!? まさか、既に何かされてしまった後なのですか!? 傷があるなら見せてください!! 俺が舐めます!!」


「えっ、えっと…………」


 おい馬鹿、やめろ馬鹿!! 何をどさくさに紛れて訳の分からない変態発言してんだ馬鹿!!


 リベット・コフールに出会えたのは確かに幸運だったのかもしれないが、今この場にラグナスが居ることそのものが、最低な不運と言わざるを得ない!!


 どうしよう。こんな下らない事で、姫様から嫌われてしまったら…………!!


 リベットは少し困ったような顔をして笑い、言った。


「…………味見?」


 良かったこいつも馬鹿だったか!!


「いえ、味見ではなくむしろ本格的に咀嚼」


 俺はラグナスの肩を背中から叩いて、言った。


「阿呆かお前は。…………どうして城から出て来た人間をリーシュだと思うんだよ」


「グレン…………!? クソ、貴様やはり俺の邪魔を…………!!」


 ラグナスを無視して、前に出る。リベットは俺の顔を見ると、相変わらずのすっとぼけ具合だ。『人違いです』くらい言ってくれよ。


「あんた、リベット・コフールで間違いないか?」


「ええ、わたくしがリベットでございますが」


「少し聞きたい事があるんだけど、良いかな」


 そう問い掛けると、リベットは花のように可憐な笑みを浮かべて、両手を合わせた。


「まあ、お客様ですの? 地上の方がわたくしを探していると聞きましたけれど、それは貴方?」


「ああ、それが俺達で間違いない」


「どうぞ、お入りになって。中でお茶でも飲みながらお話しましょう」


 意外にも。いや、実に意外だが。リベット・コフールは、これまで俺達が空の住人から受けた態度を考えると、あまりにもフレンドリーに、俺達と接していた。


 これが箱入り娘のすっとぼけ効果なのか。いや、これはチャンスだ。


「――――――――えっ」


 一瞬、ラグナスが現実世界に引き戻されたかのように真剣な顔をして、目の前の状況に驚いていた。



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