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9.

 トーマがざりざり、と地面に絵を描いた。

「ここが、ハンプが“卵”を散歩させる場所。

今いる処から山を一つ、谷を二つ、川を二つ越えた処。

時間を早めるのが一番の近道だけど、”揺らぎ”を発見されて、奴らが逃げてしまう可能性があるから、地道に近づいていくしかないな。

奴ら、眼と耳はいいけど鼻は悪いから、かなり近づけるだろう。

予め近く迄行って待ち伏せしておくんだ。」


 ユニコーンが後に続く。

「ハンプは“卵”達を花に結わえると、いつも昼寝をする。

だが、ハンプの周りには、3頭のジャバーウオックがいる。

でも、こいつらも油断しきっていて、ハンプが居眠りをした後、こっそりとうたた寝しているんだ。

で、オレ達は、ジャバーウオックに気づかれないよう、“卵”達のリボンを外す。」


「ジャ、ジャバーウオックってっ・・・?」

 有珠の声が上ずる。

(確か、アリスの本の中では竜・・・!)

翼竜より怖そうである。

 峡谷を渡る際、初めてトーマの翼竜ペットを間近で見た。

・・・距離を取っておけば有珠を威嚇してこなかったし、翼竜の見た目はペリカン、といったイメージであったので、そんなには恐ろしいとは思わなかった。

 が、ジャバーウオックとなると話が違ってくる。


「ああ」

 トーマは初めて気づいたようだった。

(おそらく、アリスの次元にはジャバーウオックという生物は存在しないんだろうな)

 トーマと同じことに気づいたのだろう、ユニコーンが解かりやすい説明は何か、と自分の中で模索し。

「アリス。竜とかドラゴンてわかるか」

(やっぱり!)

とりあえず、こくこくと頷いてみる。

「ソレ」

(”ソレ”なんて簡単に言わないでよー!)

世間はやっぱり甘くなかった、と思った有珠であった。




(竜なんてっ確か、火は吐くし、毒は吐くしっ・・・!アレ?毒は吐かないんだっけ?

でも牙は凄いし、爪はもの凄いだろうし、きっと尻尾の力だって最悪に凄い力だよねっ?

近くにいったら、噛みつかれたり、跳ね飛ばされちゃったりしない?!

そうだっ羽もあるだろうし・・)


 パニックになりつつ、有珠は、自分のいた次元の”竜”の知識を総動員していた。

しかし、思い出せば出す程、徒手空拳の自分達が勝てるとは思えない。


(そうだ、武器!)

縋る思いで二人を見つめると、それぞれ一丁ずつ鉈を持っていた。

それがどれ程、殺傷能力の高い武器かというと。


・・・その鉈でジャングルの草木を払ったり。

野宿の為に葉付きの枝ごと切り取ってきて小屋を作ったり。

捕ってきた魚を卸したり、獣の皮を剥いだり。

要するにそんな事にしか使っていない、武器とは言えないような得物しか持っていないようである。


 いくら二人が敏捷性に優れ、攻撃能力に優れているとはいえ。

トーマは元は優秀な軍人だったんだろうなと推察されるとはいえ。

ユニコーンと有珠が、時間を操る能力があるとはいえ。

・・・たった人間三人と、そんな鉈二丁でジャバーウオックに立ち向かう気なのだろうか?


彼女の恐慌状態など気にすることなく二人は会話を進めている。


「“卵”達は?何人位だったっけ?」

「20人位か」


(ど、どうしてもッ・・・、

”卵”達を解放するにはジャバーウオック達と、どうしても戦わないといけないの?!)


 有珠が提案した”卵”達を還らせる方法を取る為には、ハンプや、ジャバーウオック達の時を止める訳にはいかない。

・・・ハンプの時間だけ動かしておけばいいのだが、そうするとハンプが罠に気づく可能性がある。

 気づいたら最後、”卵”を還すことは永遠に不可能になる。


「ね、ねえ。ハンプとその竜達をやり過ごして・・・」

なんとか”卵”達を奪取出来ないかな。

言いかけた有珠の言葉は二人の高揚した遣り取りの中、霧消した。

「いやー、アリスのおかげで突破口が開けたよな!」

「ほんと、ほんと!

これなら”卵”達を解放してやれるし、次元管理官の策は封じることが出来るし、一挙両得♪」

偉い偉い、と二人から褒められてしまった。


(・・・。)

 覚悟を決めるしかないのかもしれない。

なんせ、自分よりこの次元に長くいる人間達が、ジャバーウオック達について自分より詳しい人間達が、有珠の案を採用したのだ。

それなりに二人にはジャバーウオックを斃す、目算があるのだろう。

自分が二人を信用出来なくて、どうするのだ。


・・・気を取り直して、有珠も質問し始めた。

「“卵”は一人一人結わえられてるの?それとも別々?」


トーマとユニコーンは顔を見合わせ、頭を振った。

「・・・近くで見た訳じゃないけど、何人かでまとめてかな」

 “卵”達は、ふわふわと好き勝手に揺れているし、リボンは花の根本近くに結わえられており、しかも丈の高い植物であるので近くまでいかないと、わからないのだという。

「一人一人だと、リボンをほどいているうちに気づかれる率が高くなるな・・・」


「ハンプは一人なの?他に、女王の部下はいるの?」

 我ながら、ジャバーウオックのせいでショックを受けたらしい。

すっかり、声が震えてしまっている。

だが、トーマの答えは、有珠をもう一度震え上がらせるのに、十分だった。

「いない。

奴らは攻撃能力が高いから、ジャバーウオック達さえいれば見張りとしては十分だからな。

ハンプが一頭のジャバーウオックに乗って、もう2頭に“卵”達を結わえて飛んでくるんだ」


 青くなった有珠を見て二人は、それぞれ有珠の肩を抱いたり、叩いたりしながら

「俺達がアリスを護ってやるから大丈夫」

と言ってくれた。

いつも言ってくれるその言葉が、今日は何故だかとても重かった・・・。



*********************


 一昼夜かけて、台地の近くに到着した。

これから飛んでくるジャバーウオック達から見られぬよう、生えている草を上から被っている。

それぞれ所定位置に分散する迄の最後の時間。 


 

「”卵”をまとめて結わえてる率は高いよね。

じゃ、じゃあ、決行する前に下見しておいた方がいいよね?」

(言い出しっぺの私が動かないと!)

 有珠は決意すると、ごくり、と大きく唾を呑み込み、ぎくしゃくと動き出した。

すると有珠の三つ編みを、ユニコーンが引っ張って留めた。

ぐん!と頭を引かれ、大きく躰をぐらつかせた有珠は態勢を立て直すと、きっと二人を睨みつけた。

「イタっ首がもげるかと思ったじゃないの!」


 ユニコーンが後ろから慌てて有珠の口を塞ぎがてら、躰ごと使って彼女を拘束した。


「アリス!

もうここは女王の国に近い!

近くを周回している兵士がいるかもしれないんだ!」

 トーマが鋭く、しかし小さな声で有珠を窘めた。


(あ)

 緊張して上ずっていたことに気づき、しゅんとなった有珠がごめん、と謝ったことで、トーマがユニコーンに”放してやれ”という視線を寄越してきた。

少年は渋々、といった風情で胸の中の有珠を解放した。


 ユニコーンの腕に囲い込まれて上気していた有珠。

機会があれば、自分の腕の中に有珠を閉じ込めようとするユニコーン。

 そんな二人を(ご馳走さま)などと思いながらトーマが見つめているが、勿論とうの二人は、保護者のそんな視線には気づいていない。


(静まれ、心臓!)

俄かに踊りだした心臓を有珠は叱りつけた。

 この世に生まれて17年。

異性に抱きしめられたことなんて小学校低学年の時、父に転んで泣いた処を抱きしめて慰めて貰って以来だ。

(違うから!抱きしめられてないから!単にっ・・・、そう単にユニコーンは私の暴走を止める為だけに制止しただけだから!決して抱きしめられてなんか、ないからっっ)

・・・急激な心拍数の上昇のせいか、今まで何度もこういったシチュエーションがあったことは彼女の脳裏からはすっぽりと抜け落ちているらしい。


・・・ユニコーンの横顔をちらりと見た。

頬骨が高く鼻梁はごつごつとしている。

浅黒く焼けた肌。

厳しく引き締まれた口元と遠くを見ている眼差し。


(・・・彼は本当はいくつなのだろう。)

 初めて会った時は、自分の次元の標準に照らし合わせ、同じ歳位ではないかと推定した。

 厳しく引き締まっている今の貌や達観した表情を浮かべている時などは、20を超しているようにも見えるが、有珠に笑いかけてくれるその笑顔は14、15にも見える。


 うちに勁いものを秘めていても、見た目剽軽に振る舞っているトーマと違い、ユニコーンは表情にあまり感情を顕さず、必要最低限なことしか喋らない。


 しかし、トーマと同じ位、ユニコーンは有珠に気を使ってくれている。

ぶっきらぼうそうに見えるが、どんな時でも有珠が困っていると、トーマもユニコーンもすかさず手を差し伸べてくれる。

 最近では、「ユニ」と話しかけようとした有珠の口の開き方とか、彼女の視線に察してユニコーンが駆け付けてくれる程だ。

 トーマに申し訳ないな、と思うのだが、何故だかユニコーンに優しくして貰えるとトーマに手助けして貰うより100倍は嬉しい。



(ユニコーンと居られるのは、この世界にいる間。)

 有珠は唐突にそのことに思い至った。

彼女とユニコーンの属している世界は非常にちかしい次元のようだが、戻る先は同じ次元とは限らない。

全て時空震の気まぐれなのだ。


還りたい。

その思いは相変わらず強いが、もっとこの世界に居たい、という気持ちも強くなってきた。


・・・何時の間にこの世界にこんなに馴染んだのだろう。

ユニコーンとトーマのおかげだ。

たった一人で堕ちてきて、ユニコーンに見つけて貰えていなかったら。

還れるあてもなく、一人で彷徨っていたことだろう。


 のどかで争い事などないように思えるこの次元。

・・・この次元が地球の存亡をかけてとてつもない緊張を孕んでいるのはイヤ、という程わかっているのだが。


 ユニコーンとトーマと。

二人と過ごした時間は3日位かもしれないし、3年位過ごしているようにも感じられる。

一人っ子の有珠には、トーマは兄のように思える。

ユニコーンは弟のようにも、クラスメートのようにも思っている。

でも、ユニコーンについては、それだけではないように思う。


二人の傍にもっと居たい。

・・・・正しく言えば、ユニコーンの傍にもっと永く居たいという思い。


 トーマにからかわれて、ふくれっ面をしてみせるのだが、でも満更でもなさそうなユニコーンの顔。

彼に挑発されて、でもトーマよりも勝った時のどや顔。

 かと思うと、獲物の中で一番大きな魚や一番美味そうな食べ物をアリスにぽい、とくれたりする。

そんな時、そっぽを向いているが、真っ赤な耳が、ユニコーンの心情を顕していて。



(永遠に還りたくない訳じゃない。)

でも、もう少し。

もう少し、この世界に、二人の傍に、ユニコーンの隣に居たい。


(我儘だ)

 自分のエゴだと、わかっていはいる。

トーマを家族や恋人の元へ、こんな暮らしを終りにしてあげなければ。

有珠のことを心配してくれているであろう両親の許へ還らねば。

そして何より、望郷の想いを持ち続けている彼を、元の次元に戻す努力を怠ってはならない。

 なのに、自分は。

還れる目途がついた途端、二人と、ユニコーンと別れたくないと思ってしまう。



 有珠は後ろ暗い思いを口にしてみた。

「・・・でも、作戦は一回きりだから、もっと慎重にハンプの状況を観察してから、」

 実行するのは明日以降にしない?と続く筈の有珠の言葉は、ユニコーンの言葉に断ち切られてしまった。

「いや。

女王と次元管理官は、“卵”達をこの世界に集めすぎた。

裡から溜るエネルギーにこの世界がどれだけ耐えられるかわからない以上、決行は早めたほうがいい」

 トーマも同意した。

「そうだな。

“卵”達が還った衝撃で次元管理官ヤツを追い返せるだろうし、おそらくアリスもユニコーンも元の世界に戻れるだろう。」

「ああ」

「・・・だけど、アリスの言うことも一理ある。

奴らが来る前に、ユニコーン、偵察してきてくれ。

俺がアリスを見ている。

羽音が聞こえてきたら戻って来いよ」

「わかった」

「ユニコーン、気をつけて!」

 密やかな有珠の言葉に、ユニコーンは手を振った。


 その姿が見えなくなるまで、トーマと有珠は見送り。

ユニコーンの姿が視界から消えた後、トーマは有珠に訊ねた。

「・・・アリスはユニコーンが好きだな?」

 密やかな懸念。

おそらくは有珠と同等の。

二人が還る時は、ユニコーン彼女アリスが永遠に会えなくなる時なのだ。

 トーマに隠しても仕方ない。

そしてユニコーンには言えない想いを、誰かに伝えておきたかった。


「・・・多分。」

(この世界に、もう少しだけ)


 そんな有珠の逡巡を拭き飛ばすように、トーマが言った。

「俺に会いたい人達がいるように、ユニコーンにも会いたい人達がいる。

アリス、お前もそうだろう」

(皆、在るべき世界に戻るべきだ)


 その、トーマの決断した瞳を見て有珠も覚悟を決めた。

「そうだよね。」


 3人ともこの非日常へなす術もなく、放り込まれている。

そろそろ、この状況に終止符を打つべきだ。



・・・ユニコーンと永遠に道を分かっても。



 そこで有珠は頭を切り替えるよう、話題を変えた。

「無事に “卵”達を元居た世界に還せたとして。

次元管理官の言うことをすっかり鵜呑みにしてしてまっている女王はどうするの?」


「納得させるさ。

女王だって莫迦じゃない、ただ、呆れる程素直なだけなんだ。」


 真剣なトーマの表情とは裏腹に、有珠はぽかん、と口が開きっぱなしになってしまうのを苦労して閉じようとしていた。

・・・確かに女王を納得させないと、この世界にとっての英雄の筈のトーマは死ぬまで追われる羽目になる。

でも、しかし。




(のどかだなー・・この世界の人てそうなの?)





もしかして精神的ロック以前の問題?



お読みくださいまして、ありがとうございます。

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