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7.

 恋語り。

その言葉はもしかしたら、少年と少女の中に何かを一滴落としたのかもしれない。


 ギクシャクと起きてきたユニコーンと、そして眠れぬ一夜を過ごした有珠は、翌朝からなんとか暇を作り出しては、時間調整の訓練を始めた。

 使えるようにならないと宝の持ち腐れだし、女王の配下やトラブルに遭遇した時に対処が出来ないからだ。

 練習する時間帯は、陽光も緑色を帯びており、時間調整の技をすると躰が黄緑色の揺らぎを発することから、夜よりは朝のほうがまだ見つかりにくい、との判断であった。

 この次元では決まった時間に太陽は上ってこないから、うっかりすると『さあ訓練を始めよう』なんて準備を始めた途端、夜になっていたりもする。


 ユニコーンに技を教えて貰った時こそ、うまくかけられたのは単なるビギナーズ・ラックのようだった。

 何日も訓練を重ねるうち、自分が停止していて周囲や他人の時間を調整することは、何とか出来るようにはなった。

だが、

走っている自分の時間は早めつつ、周囲の時間は停止する。

歩いている自分の時間を遅くしながら、平行して歩いている人間の時間は早める。

落下した人間の時間を遅くする。

非常食を作る為、捌いた獲物の時間を早めて干物化する。

などいう複雑な技はしばしば失敗し、時には正反対の結果やとんでもない結果を生み出した。


 ある時は。

向こうから来る人間ユニコーンの時間を遅めながら、自分の時間を早める、という調整をしていて。

 どう間違ったのか、ユニコーンと有珠は恐ろしい勢いで接近し始めた。

『おい!』

それまで笑って傍観していたトーマが焦った声を出してきた。

 有珠もわかっていて、両方止めようとし、ついで、遅くしようとし。

最後には諦めて、せめて、どちらかの時間だけでも止めよう、あるいは片方だけの時間でも遅くしようと努力した。

 ユニコーンもこのまま衝突するとかなり痛い目に遭う、とわかって彼女の調整力を緩めようと彼自身も調整を試みたが。

 パニックしていると人の力は増大するのだろうか。

どうしてもユニコーンの調整がうまくいかず、あわや二人は唇と唇が衝突する大惨事になる処であった。


・・・鼻梁や額、もしくは有珠の突き出た胸が先に衝突しそうなものだが、何故唇と唇が衝突しそうになりそうになったのかは今もって誰にもわからない。


わかるのは。

お互いの息がお互いにかかり。

お互いの熱量がお互いの躰に影響を及ぼし。

お互いの瞳の中に、己の姿を見出したことだけ。

何秒間位、そうしていたのだろうか。


『おーい、お前らのキスって、ちゃんと唇と唇をくっつけないのか?』

とトーマに言われて、慌てて互いに飛び退ったのだ。



 一度などは、トーマの他の時間は動いているのに呼吸器の時間だけ遅めてしまったせいで、あわや憤死の憂き目に遭わせそうになった。


・・・どうして時間調整者が目の敵にされるのか、武器になるのかをそんな事で実感した有珠であった。



**********************



 彼女がこの国に飛ばされてから、主観的には数週間が過ぎた頃。

有珠とユニコーンは時間があると、授業の復習をしていた。

 いつか、学校に戻る時があるならば、この永遠の夏休みを生き延びることだけに費やしてしまっては赤点確実だからだ。

・・・尤も、生き延びるのに必死で、物理や化学、古文(『インパクト・ゼロ』以前の小説)や歴史に数学を思い出すのは寝る前の僅かな時間だったが。

 ユニコーンの知識は豊富で、しかし有珠からの情報共有もユニコーンにとって新鮮な知識であったから二人で勉強するのは楽しかったし、トーマも異次元の知識に興味津々だった。


 この時間だけは地球をたった3人で護ろうとしているレジスタンスでもなく、時空震者でもなく。

少年と少女と青年に戻れるのだった。


 そんな時のユニコーンの顔はあどけなく、緊張から解き放されていて、滅多に見ることの出来ない彼の笑顔を見れたり、彼の笑い声が聴けて、有珠はその瞬間が訪れるのを何よりも楽しみにしていた。


 3人の日常は、女王の配下に見つからぬよう気配を消し、新たな”卵”達を探しながら移動を続け、次元管理官に抵抗する策を講じなければならない日々。

 

 過酷な状況下、トーマは変わらず飄々としており、緊迫した事態であることを感じさせない。

しかし、ユニコーンは、初めて出逢った頃はどこかとっつきにくかった。

『必要以上にトーマや有珠と関わり合わないようにしよう。』

彼には、そんな空気があった。

 それでも、生活をしばらく共にしてきたせいか、有珠はだんだんとユニコーンが柔らかくなってきたのを感じていた。


 初めて少年の笑顔を見た時には。

(気のせいじゃないよねっ?!)

吃驚して、でも嬉しくて、隣の大人を振り返ると、彼も笑って頷いていた。

 その日を境に、段々と、ユニコーンは大声で笑ったり、そしてトーマのように有珠をからかったりしてくれるようになった。


彼女はそれがとても嬉しかった。




・・・体育は日々実践しているから問題はない。

(せざるを得ない、というのが素直な表現だ)

 有珠はともかく、ユニコーンがこの敏捷性や瞬発力に持久力を備えたまま彼の次元に還ったら、オリンピック出場選手の候補にあがることは確実と思われた。



 朝食を食べた後、3人は居場所を悟られないようにする為移動する、というのが毎日のルーティンワークだった。

人里離れた道なき密林を、先頭がトーマ、真ん中に有珠、そしてしんがりをユニコーンが歩く。


 こういう処に女王の部下は徘徊していないのか、と有珠が2人に問うた。

「あいつら臆病だし、すぐ迷子になっちゃうのさ。

だから、迷子になっちゃいそうな処には、よっぽど揺らぎがあって、女王の命令じゃないと来ない」


「・・・他に怖いモノ、いない?」

有珠が平静を装い、聴いてみる。

(別に怖がりじゃないけど・・・っ、

私のいた世界には、人間以上の怖いモノなんて、滅多にいなかったもの。)

だが、この密林の中は、明らかに人間が余所者だ。


「そりゃー、密林だから。人を呑み込めるサイズの大蛇とか。

血に飢えたヒルに、腹を空かした獣はいるに決まってる」

 トーマがのんびりと、別次元に飛ばされた時の知識をひけらかして有珠を怖がらせる。


「あ、あそこにライオンがっ!」

と間髪を入れずにユニコーンが叫び、有珠を脅かす。


騙された、とわかり、有珠がき、と睨むと、二人は涼しい顔をして、

「俺達がアリスを護ってやるから大丈夫」

と言うのだ。

・・・そんなこと言われて嬉しくない訳がない。

しかし、嬉しい反面、

「こんな頼りない二人に護られても安心できないもんねっ」

と憎まれ口を叩くのも忘れない。



 木登りに、獣を獲る為の輪投げ。

凶暴な獣がいる時は地面を避ける為、木の蔓を使って、枝から枝へ渡り歩いたり。

『浮草』という草を撚って躰に巻いて滝に飛び込んだり、急流を渡ったり。

 有珠も運動神経もいいし、アスレチックも大好きな少女であったので、そんなにはパニックにはならずに済んだが。


・・・流石に、奥行きはおそらく100m近く、深さ50mはあろうかという峡谷を木の蔓一本で飛び渡る、という二人のプランを聞いて、実際その峡谷を目にした時には、膝が大笑いしていて動けなくなった。

 

 この次元は色々な処で大地が断裂しており、移動するには、こういった断崖の峡谷だの、絶壁にしか見えない山を越えねばならない箇所が多々あるという。


 その為、この次元の人は移動手段として、(女王の部下が乗りこなしているジャバーウオックとはまた別の種類の)翼竜を飼っているという。

 勿論トーマは物心ついた時から翼竜を乗りこなしているし、その翼竜とはペットとはいえ、親友に等しい間柄となっている。

 一方のユニコーンは当然ながら、MY翼竜など持ってはいない。


 そもそも庶民が飼っている翼竜はジャバーウオックより小型だ。翼竜の見た目こそ、全長3m、翼の端から端まで5mありはするものの、胴体部分はトーマの胴体を一回り大きくした位しかない。その躰は、殆ど翼と長い首と頭で構成されており、首の付け根にまたがって座る、つまりは一人乗りなのだそうだ。


 いわば肩車なのだが、長い首が邪魔をして前を見づらいし、方向も御しにくい為、熟練者だと背中に立って御す。しかし、背骨の下はすぐに内臓で凸凹しているうえに脚が上手く定まらない。よほどうまく乗らないとバランスが取れないし、翼竜が痛がって乗り手をふるい落とそうとしかねない。そして、羽ばたきの音や、風圧が半端ないのだ。


 トーマとユニコーンの二人が蔓で飛び、有珠を翼竜に乗せるのが一番効率がいいのだが、峡谷の底から吹き上げる風で翼竜はきりもみ状態になる可能性もある。峡谷が奇跡的に無風であったとしても、飛竜経験のない有珠をいくら何でも一人で乗せることは出来ないし、翼竜達は人見知りするあまり、知らない人間には凶暴になってしまうのだという。


 以前トーマとユニコーンが女王の許から逃亡した際は何とか翼竜に二人で乗り込んだが、二人分の重さに翼竜は失速し、あわや墜落の憂き目に遭いそうになり、おまけにその時の記憶のせいで翼竜はすっかりユニコーンの事を嫌いになってしまった。

『最近、ようやく俺に懐いてくれたんだ』とのユニコーンの言葉で、有珠は調教すら諦めていた。


 初めは翼竜をユニコーンに譲り、トーマが有珠を抱きかかえて渡ろうとしてくれたが、ユニコーンが『俺がアリスを抱えていく』と言うやいなや、トーマから有珠を奪うようにして、彼女を抱きかかえた。

しっかりと浮草と蔓を使って自分と有珠を固定する。


『・・・!ユ、ユニコーン、大丈夫だから、私・・・っ』

頑張るから、と言おうとした言葉は遮られた。

『代わりに俺の荷物もアリスが持ってくれ』

二人分の食料や敷物、毛布。

有珠が持っても、結局それらの重みは全てユニコーンが背負うのだ。


 かといって、トーマに3人分の荷物を預けることは。

彼とその翼竜にも負担であるし、万が一、トーマとユニコーンが別々になってしまった場合。

荷物を持っていない方は飢え死にしかねない。


 トーマがユニコーンをじ、と見ていた。

ユニコーンの背中の方に顔を向けている形で抱きかかえられていた有珠には見えなかったが、ユニコーンの頬は薄らと赤くなっていた。

『だって、俺が抱きかかえていた方が、不測の事態にも備えられるから!』

その言葉にトーマはにや、と笑って頷いた。

『その通りだな。』


 ユニコーンと有珠が先に渡り。

彼は前を向いているが、有珠が後ろから翼竜で渡るトーマの不測の事態に備える、という建前がそこで成立した。


・・・無事、峡谷を渡り終えても。

有珠はまだがくがくしており。

暫くユニコーンに抱えられたままの行軍となっていた。


 

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