6.
女王の城。
主に、女王が公務を行う執務宮と女王の私的な空間である小宮に別れている。
・・・小宮といっても、小さな町がすっぽり収まりそうな巨大な建物だ。
その小宮の一角。
女王の元に内々に大臣たちが謁見を願う、私的な宮の中でも公的な居間に彼らはいた。
女王は、どの部屋に移動するにも、輿付の玉座で移動する。
玉座に座る者こそが王。
ここはそんな国だ。
そして。
『妾が居るところが国の中心で、妾に玉座は付いてくるのじゃ』
彼女が即位して以来、玉座に大急ぎで輿が付けられた。
・・・有珠の世界で言うと、彼女の年齢は50過ぎ位であろうか。
確かに輿でなくば、己の脚で移動するのは辛かろうという、太目の体躯。
その体躯をレースとビロードのような素材のドレスで包んでいる。
飽食を感じさせる、たるんだ顔にこれでもか、と化粧が塗り込んである。
『”御成り”の触れを聞くより前に、匂いで女王陛下がおいでになられたのがわかる』
と陰でこっそりと言われる程のきつい香を身に纏っている。
頭を持ち上げることも難しいような王冠には大人の拳より大きな宝石が何個も埋まっている。
耳飾りは30cmはあるか、という巨大なものだ。
たるんだ首には重たげな黄金(と思われる素材)のチョーカーが埋まり、エメラルドやルビー、サファイヤのような煌めきを放っている。
腕にもジャラジャラと鳴る程のブレスレットをつけ、10本の指には、おのおの少なくとも1つ以上の指輪が嵌められている。
陰口をたたいた者は死刑。
命令を聞けなかった者は死刑。
そんな評判は真実だと思わせる風貌、というのがこの次元を治める女王の肖像だ。
女王は玉座に座り、宝石がはめ込んである盃を傾けながら、傍らの臣下に声をかけた。
「のう、じげんかんりかん。
そなたが言っておった、”特異な者”はどこにおるのじゃ。
もう、この世界についてるのであろう?そなたのれーだーとやらは、なんと語っておる」
「”時空震者”達と裏切り者にございますか。
何も映ってはおりませぬな。
奴ら、この世界の住人に擬態しているのでござろう」
次元管理官と呼ばれた人物は、簡易探知機を操りながらから目を離さず、そっけなく答えた。
神経質そうな髭が震え、酷薄そうな目は白い肌の中から絶えず、情報を逃すまい、と忙しなく動く。
広大な居間を覆うどっしりとした木の壁にはあます処なく彫刻されており、
金糸でかがった赤いビロードのようなカーテンでアクセントが添えられている。
クリスタルと金のシャンデリアが何基も下げられており、彫刻された壁の前には、金色の燭台が何十台も配されている空間。
・・・有珠やユニコーンがおれば、この城は彼らの次元でいう処の中世の雰囲気を醸し出している、と思ったかもしれない。
そんな雰囲気の中、彼が操作している機材は異空間から持ち込んだと一目でわかる異質な物だった。
女王は、彼の前にあるコンソールデスクについて、彼が触れると、ぱっと火花が点灯するようなスイッチ、座標や時間軸、不可解な図形を絶えず映し出すスクリーンが、この男が操る奇術だと考えていた。
「そなたの言う、妾が全ての次元を治める女王になるのは、いつのことじゃ」
女王がじれったそうに言った。
地団太を踏みしめて見せる。
「いずれ。“卵”の数がまだ、不十分でござれば。
他の次元迄影響を与えるには、まだ数が足りません」
相変わらず計器に複雑な指示を与えながら、次元管理官は面倒くさそうに答えた。
「”いずれ、いずれ、いずれ”!
この世界に堕ちてくる、時空震者は尋常ならざる数ではない、とそなたは言っておったではないか、もう、聞き飽きたえ。
いつ、十分な数の“卵”が集まるのじゃ!」
ますますじれったそうに言い、靴の踵をとんとんと忙しく床に打ち鳴らした。
その音に侍従が現れ、恭しく頭を下げると、女王の盃に飲み物を満たす。
「さあて・・・時空震次第でありますからな」
女王は気に入らない、という風に頭を振った。
「まだるっこしい。
足りぬのなら、他の世界に行って、時空震者達を狩ってきてはどうじゃ」
「はて、それも妙案でございまするな」
素っ気なく返しながらも、女王の案も捨てがたい、と見え、忙しく手を動かす。
さ、と空気を払ったそこには、複雑な計算式が浮かび上がる。
女王は手品を見たように、手をたたいではしゃいだ。
(この馬鹿な女王の相手をするのも飽き飽きだ。
どれだけ重大な書類にサインしてしまったのか、この女は知らない)
次元管理官は心の中で呟く。
(この世界に少しでもまとも、と思えるのは、私の企みを察して逃亡した”卵”採集官と、そいつを唆した”時空震者”だけだ。
だが、そいつらも、今手元にいる女が”特異の者”だとは気付いてはいない)
”特異の者”。
本来。
この次元に有珠が出現したことにより、この次元に元々存在していた”有珠”はこの世界から、別の次元へと弾き飛ばされている。
質量保存の法則で、はじき飛ばれた時空震者Aの質量を埋める為に、その世界には、別の世界の同じ人物A’が飛ばされてくる。
もしくは、Aが別の世界の中に入り込む為には、その世界のA’が何処か別の世界に弾き飛ばれる必要がある。
何故ならAとA’は同じ人物だから。
同じ世界の中で同じ人物が複数、同じ座標に存在することは不可能だからだ。
それなのに、有珠と同一人物にして、この世界の”有珠”が存在している。
この城の奥深く。
次元管理官は複層次元の地球全てを無に帰す計画を立てた時、どの次元が起爆剤となりえる次元か精密に調査を重ねた。
・・・その影響は小さすぎてはいけない、大きすぎてはならない。
次に選定したのが人物の選定であった。
勿論、全ての次元が相似形を為している訳ではない。
少しずつ差異が拡がっていった結果、Aという次元と、Aに隣接しているBという次元は似通っている。
また、AとZも非常に似ているが、BとZは似ていない。
そしてAと何次元か隔てたMという次元の在り様が全く違っていることも起こりえる。
そんな無限に広がる次元の中で、この次元に存在していた人物と全く同じ質量を持つ人間。
それが有珠であったのだ。
次元管理官が予めこの城に設置しておいた『無次元の牢獄』この世界の”有珠”を捕えておき、有珠をこの世界におびき寄せる為、彼女を次元の穴に誘い込んだ。
そう、次元管理官、と呼ばれている人物こそ、有珠が見かけた『不思議の国のアリス』の兎だったのだ。
”有珠”と有珠は同じ世界に留められている以上、常に同じ処に寸分狂わず重なろうとする。
当然それは大爆発を起こす。
更には”卵”達を誘爆させ、空間の裂け目を作り、そこに多次元ごと地球を吸い込ませてしまう、というのが次元管理官の作戦なのだ。
まだ計算上、全次元の地球を呑み込める程の裂け目を創り出す程に”卵は集まっていない。
準備が整っていないうちに大爆発を引き起こす訳にはいかない。
そうなると己も巻き込まれてしまうし、せっかくの起爆剤がうまく起動せず、不発に終わってしまうからだ。
女王の荒唐無稽なアイディアにも心惹かれ、計算してみたはものの、有珠と”有珠”のような計算を次元毎に繰り返すのだ。
途方もない時間を必要とするし、次元管理官といえど、わざと時空震を起こすことは予想もつかないリバウンドを引き起こす可能性がある。
場合によっては、逆に”卵”達や有珠と”有珠”の暴走が始まりかねない。
その為、すぐに女王のアイディアは棄却した。
・・・そんな訳でわざと、逃亡している”卵”採集官と時空震者に彼女を「預けて」あるのだ。
(この世界に在りながら。この城から遠く逃げ続けていればよい)
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