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13.

・・・まさか、自分が還れるとは思っていなかった。

やがて。


 時空震に巻き込まれた場所からかなり離れていた処であったが、なんとか自宅にたどり着き、ドアを開けた瞬間、涙交じりの両親に抱きしめられて、ユニコーンは自分の次元に帰還したことをようやく悟った。


 ユニコーンは父に風呂に入らせて貰い、母親の作った食事を摂り、尽きぬ話を両親や、仕事中でTV電話の向こうの兄と交わすうちに、自分が時空震に巻き込まれてから2年もの月日が流れていたことを知った。

『とにかく、眠りに就こう。

目が醒めたら、次のことを考えよう。』

そう両親と、慌てて帰宅してきた兄と、話を結んだ時には空は白々と明るくなっていた。


 その日は両親に挟まれて眠った。

幼児に戻ったようで面はゆかったが、父や特に母の気持ちを慮れば一人で寝る、などとは言えなかった。

・・・母が成長した彼を想像して購入してくれていた寝間着はそれでも小さく、家族で泣き笑いしながら父親の寝間着を借り、兄がいつ彼が還ってきてもいいように干してくれていた自分自身の布団で、陽だまりの匂いを感じながら眠りについた。


 翌朝、親子で時空震管理庁に出頭した。

有珠のケースと違い、彼が元の次元に戻ってきた時の時空震は目撃者も大勢おり、時空震管理庁に記録されていたから、知らぬふりをしていても、おそらくは登庁要請が届いた筈であった。

 それに彼は被災者だ。

『自分達は、なんら悪いことはしていない。』

そう、家族と話し合った結果のことだった。



 厳重に警護された”療養所”で、精密なメディカルチェックを受けながら、巻き込まれた状況について記憶復元装置迄用いての詳細な『聴取』をされた。

 

 同時に、ユニコーンは”療養所”で韻を治す”治療”を受けた。この次元としてはかなり不思議な韻だったからだ。

 しかし、ユニコーンは、”療養所”の講師の前ではこの次元の韻を取り戻すよう努めたが、こっそりと時間の国の韻を反復していた。

 彼はあの韻を、どうしても自分の中から捨て去りたくはなかった。

今となっては、それだけが彼とあの国を、トーマと、アリスと繋がるものであったから。



 その後、何の異常も発見されなかった彼は『退院』を赦された。

『退院』後、確かに監視はついてはいる。

・・・監視、といっても非常に緩やかなものであるから、プライベートも尊重されており、時空震者同士集うのも赦されており、日常生活に支障は出ていないと言う。


『尤も、オレは2年間のサバイバル生活のせいか異様に気配に敏くなっちまってて、どんなに気配を消すプロがついても視線をいつも感じる羽目にはなってるけどな』

(『バードウオッチング』の話は本当だったんだ!)

 

 今では、時空震管理庁に乞われて、時空震に巻き込まれた時の対処法の講師もしているという。

(それで『サバイバルのプロ』・・・!)


 常々、先生に対して抱いてた疑問が明るみになっていった。


 少なくともある一定期間設備に収容されるのではないか、という有珠の危惧に対しては。

「時空震者をまとめて、ある建物に収容?ないない、そんなことない、完全なデマだよ。

・・・そうか、時空震者がなかなか出頭したがらない理由はそこだな。

この次元も結構時空震多いらしくて、そんな大量の時空震者を一堂に集めでもしたら、逆に歪が起きやすい」

との理由で拘束は一切無。



 その後知識欲に飢えていたユニコーンは、恐ろしい勢いでカリキュラムを修了しまくり、飛び級しまくり、ロボット工学で20歳の時、博士号を取得した。

学会で学園長と名刺交換をした際に、初めてこの学園の存在を知ったという。



どくん。

(アリスの言っていた学園だ。)

 彼女アリスに逢えるかもしれない。

時空震に巻き込まれた事を告げ、同時期に異世界に飛ばされた学生がいないか学園長に尋ねたが、行方不明になった学生はいなかったという。

・・・失望した。


 しかし、やがてアリスが言っていたことが現実になっていくのに気付いたユニコーンは、アリスが自分より未来からあの次元に飛ばされたのだと確信するに至った。


『そうだ、アリスが言っていた地球統合年号・・!』

(彼女はこれから時空震に巻き込まれるんだ・・・!)

 

 そこで彼はある計画を実行に移した。

もう一度カリキュラムを修め、国語教員の資格を取ったのだ。


「お前は『国語苦手』って言ってたし、俺も国語苦手だって言ったろ?

でも逆に思ったんだ。

『苦手な俺だからこそ、却って苦手な生徒の気持ちがわかる』って。

『だから国語教諭になって、国語が苦手な生徒が好きになれるような授業をしよう』って。

『そうしたら、お前が俺の授業を受けてくれるかもしれない』って」


(私の為?!

ロボット工学の博士号を取りながら、サバイバルのプロでありながら、私の為に先生ユニコーンは国語の先生になったの)


それだけではなかった。


「この学校に教諭として赴任してきた時、まだこのクラブはなかった。

だから、真っ先に『不思議大好き研究部』を作った。

・・・いつ、おアリスが入部してきてもいいように。」


(ああ)

有珠は涙が溢れてくるのを感じていた。

(ユニコーンはずっと、私に逢えるよう努力してくれていたんだ)


「待っていたよ。

だけど、この学園は無駄にでかい。

しかも『アリス』、なんて名前の学生は山ほどいるのに、誰もお前じゃなかった。

時空震は異次元の入口だ、『アリス』は、紙一枚ずれた次元の人なのかもしれない。

そう思い始めた時に、アリス、お前がこの部室に入ってきたんだ」


・・・思い出した。

自分を初めて見た時の、先生の妙なまなざしを。

『なんだろう、この人。

ヒトのことじろじろ見て、気持ち悪い・・・』

有珠は彼のあからさまな視線にムッとし、ちゃらちゃらした人だ、と最初は敬遠していたのだ。


 先生ユニコーンも思い出したのだろう、苦笑してみせた。

「こっちは感激の再会やろうとしてたのに、俺を初めて見た時のお前ときたら・・!」

有珠はむう、と膨れた。

「だって男の人にじろじろ見られるなんて、それまでなかったもん・・・!」


(それは)

ユニコーンは思った。

(お前が気づいてないだけだろう)

 彼女は『不思議大好き』なあまり、友人と遊ぶのに夢中なあまり、異性が彼女に投げかける視線に無頓着だった。

(どれだけ俺が、

”お前が俺のことを思い出さないうちに、他の男に引っさらわれたらどうしよう”てヒヤヒヤしてたことか!)


 尤も、自分が”ユニコーン”であることを知らなくても、有珠は自分に異性としての関心を持っているように見えた。

しかし、教師の立場でみだりに生徒に近づく訳にもいかなかった。

 それに、自分が”ユニコーン”である以上、彼女の中の”アリス”に逢って、自分の恋心を伝えたかった。


 時間の国での彼女は、なんと生命力に満ち溢れていたことだろう。

元気いっぱいに笑い、全力で生き抜こうとし、時にはユニコーンと本気の喧嘩をした。

 そんな風に他人と真剣に関わるのは実は初めてのことだった。

それまでの彼は、トーマにもどこか醒めた目で一線引いて接していたし、時間の国ではトーマ以外の人間とは接触はなかったから、有珠との出会いは衝撃的だった。


否、それまでの自分の次元でも、閉ざされた世界の中で生きてきていた。




 知能が高いが故に周囲の同年代とは馴染めず。

飛び級して、学問では同等に大人達と話すことは出来ても、彼の『子供』の部分とは分かり合えなかった。


 勢い、彼は家族と学問の中で暮らしていた。

時空震に巻き込まれた時も、親こそ帰宅時間になっても帰らぬ彼を心配していたが、両親から通報を受けた時空震管理庁が学校関係者に確認しても、誰も彼の所在を気にしている人間はいなかった。

・・・ただ、学校のセキュリティを管理しているコンピュータソフトのみが熱量1、光点1が減ったことをデータとして記録していた。


 そんな彼が、時間の国に飛ばされてからの方が、生きている、との実感があった。

 運動なんてからっきしだった彼が、猛獣の餌にならないよう必死で逃げ回るのだ。

更には、『働かざる者は食うな』というトーマの指導の元、獲物を取れるようになる迄、幾度となく腹を空かす羽目になった。


(後々考えると、どうもトーマが彼を鍛えようとして、獣の咢の前に彼を放り込んだり、あえて食料を分けてくれなかったきらいはある)

 アリスが来た頃には、彼は一端の狩人になっていたし、時間の国で生き延びる術を身に着けていた。


 彼女と初めて逢った日。

異星人と出逢ってもこれ程まごつかなかったと思われた。

(戸籍に女、と記載されている生物には母親と教諭しか遭遇したことがなく。

年頃のオトコとしては、それは『女子』ではなかったし、クラスメートには敬遠されていた)

本当に、『未知との遭遇』と言って過言ではなかった。


・・・自分が大変だった分、彼女アリスにも大変さを味あわせてやろうと思ったことは少なからずある。

しかし、彼女はめげなかったし、アリスがトーマだけではなく、自分にも教えを請うてくれるのも嬉しかった。

 ユニコーンが魚を獲ると喜んでくれ、獣の皮を剥ぐ時には卒倒しそうになりつつなんとか手伝ってくれ、そして食べた後の獣の墓に手を合わせている姿に、彼は感動を覚えた。


 そんな生き生きとした少女に、おそらく最初から心を奪われていたのだろう。

いつもアリスの事が気になった。

彼女の声が聞こえ、姿が見える場所に、いつも自分が居たかった。

トーマが彼女を構うとムッとして、横から割り込んだ。


『アリスが来てから、ユニコーン、お前は俺とも真剣に関わってくれるようになったな』

トーマに嬉しそうに言われたことがある。


・・・確かに。

 時間の国でトーマに捕らわれて、彼と逃げ出してから。

トーマに年下の子供として扱って貰い甘やかされ、時には対等なオトコ同士として扱って貰えることに、醒めた振りをしながら内心は充足感を得ていたのだ。

 そしてアリスが来てからというもの、トーマのユニコーンに対する構いっぷりが激化した。

ユニコーンはその度にしかめっつらしたり、真っ赤になったり、照れ隠しにトーマを押しのけてみたり。

 素の自分を曝け出すことを余儀なくされた。

そしてどんどん己が解放されていくのを感じた。


 そう実感してからは、トーマの事がもう一人の兄のように思え、アリスのことは、ますます大事な存在になっていった。




 この次元に還って、学業に復帰した時。

世界は敵愾心ではなく友好の精神キモチに満ち溢れていることを知った。

 そう思えるようになったのは、おそらく、トーマに猫可愛がりされたのと、アリスという存在に、喜怒哀楽を教えられたからだと思う。


 色々な人間と交流し、彼の世界は拡がった。


 それでも。

トーマのことを懐かしく思わない日はなかった。

・・・何より。

アリスの嬉しそうな顔が、声が、生き生きとした姿が、この次元に還ってきてからもずっと記憶の中に、網膜の中に、そして心の中に焼き付いていた。


(アリスを探し出してやる)

ユニコーンは心に決めた。





「じゃあ、最初から知っていたの・・・」

「知っていた。

だけどアリス、お前が『何時いつ』時間の国に飛ばされるのかは知らなかったから、『何時なんだ、何時なんだ、早く時空震に巻き込まれろ(笑)』て念じながら、黙っているしかなかった」


 こんなことなら、お前が時空震に巻き込まれた月日や時間迄きちんと訊いておくんだった、と彼は笑った。




「さっき」

「・・・え・・・?」

「お前に話しかけたろ」

「うん」

「『・・・兎を追いかけて、それで・・・』てお前は言った」



(!)

 あの時アリスは

ギサウのこと、最初誰かが作ったロボットだと思ったの。

追いかけちゃったら、次元の穴に落ちちゃったんだよね』

と言っていた。


 ユニコーンは心臓が高鳴るのを感じた。

(もしかしてアリス、『今日』が”その日”なのか?!)

しかし、当の彼女は沈み込んでおり、彼の方を見ようともしない。


(・・・?・・・)

『・・・野々垣・・・?』

探りを入れるように声をかけても、期待していた反応が返ってこない。

(オカシイ)


どくん、どくん、どくん・・・!

(”彼女”が、時空震に巻き込まれていたとしても。

・・・オレ達の。

”オレのアリス”ではなかったのか・・・?)

彼の胸は不安がせりあがってきて、痛い程だった。


・・・その時、ふと気づいた。

(韻が!)

 ユニコーンにとって忘れようもないあの韻を今、彼女は間違いなく発音した!

(アリス!!)


彼女は同一人物だ。

(オレのアリス・・・!)

そして勇気を出して、彼女を呼んだのだ、・・・『アリス』、と。


 そして先生ユニコーンは有珠をそっと自分の胸に頭をもたせ掛けた。

あれからユニコーンは9年も時を過ごし、大きくなってしまった。

身も、心も。

有珠はぎゅ、としがみついた。


 大きな手があやすように髪を撫ぜてくれた。

「時間の国でも、”サラサラしてるな、触りたいな”てずっと思ってた」

ようやく願いが叶った、と満足そうな声が頭のてっぺんに降ってくる。



「提出された入部届を見て、可笑しくなったよ。

有珠ゆず』じゃいくら検索してもヒットする訳がない」


 最後迄お前のトラップに引っ掛かりっぱなしだった、とユニコーンは楽しそうに笑った。


「トラップって・・・?」

「お前の名前、”アリス”だと俺達は信じ込んでいた」


(ああ)

納得した。

 トーマに名前を尋ねられた時、咄嗟に”アリス”という自分の日記に付けた名前が口から出たのだ。

・・・『”アリス”と名乗らねばならない。』

何故か、そう強く感じたのだ。


「尤も、漢字を見て納得したけど。

『ああ、無理矢理なら”アリス”、て読めるよな。』、

『それで俺達には咄嗟にアリスて名乗ったのか』、て。

お前の用心深さは大したものだった。

『・・・だからあの土壇場で、時間の国の”有珠”の前で、”自分はアリスよ”て言い切れたんだな』って」


 ガラス玉の中の”有珠”は有珠アリスが言ったことについて半信半疑だったが、ユニコーンが彼女(有珠)のことを”アリス”だと信じ込んでいたからこそ、彼女を別の質量、と判断したのだ。

・・・その僅かな差異が、”有珠”と”有珠”を同一の存在から分かち。

結果的に融合を免れた。


「トーマがアリスに感謝してたよ。

”俺達を最後までだまくらかしてくれて有難うな”って。

”でも、俺にとってお前はアリスだから。

いつまでも俺達のアリスだから”って。

会えたら伝えておいてくれ、て頼まれた」


(おトーマちゃん・・・。)




 有珠も疑問を口にした。

「先生は、ユニコーンは、なんで、ユニコーンて名乗っていたの?」

ユニコーンは、彼女を離すと、机の上のメモに己の名前を書き記した。

「よく読んでみ」

「・・・?・・・」


イチカド・ミツル・・・

イチカク、ミツル、

イッカク、ジュウ

・・・一角獣!



ユニコーン!


お読みくださいまして、ありがとうございました。

ブックマークや皆様のお言葉が励みです。

また、いつか。

別のお話でお目にかかるのを楽しみにしております。


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