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12.

・・・は、と気づくと。

夕暮れの光が斜めにさして、部室をオレンジ色に染めていた。




 腕時計を慌ててみる。

時間の国に飛ばされた時には狂ったように動き回っていた時針、分針、秒針が、落ち着いたように時を刻んでいる。

その日付は。

(時空震に巻き込まれた日のまんまだ・・!)

時空震に巻き込まれたショックで時計が狂っているのではないか、と部室にかけられている電波時計を確認しても。


(どういう事?私は夢見ていたの?)


 救いを求めるようにうろうろと目を彷徨わし、目に留まったのは、朝通学途中に拾ってきた目覚まし時計。

(やっぱり夢だったんだ)

あんな途方もない出来事が、うたた寝していた間の束の間の夢だったなんて。

有珠はがっかりして肩を落とした。

が。

「!」

 時計は、部品の腐敗や錆が朝見た時よりも進んだかのように思え、手の施しようがない程痛んでいた。

拾った時よりも時計の持つ時間だけが、急速に経過したように見えた。


・・・まるで役目を終えた、とでも言うかのように。


(これも)

有珠を次元の穴に誘い込む仕掛けの一つだったのだろう。

もう、分解掃除しても、機能しないことだろう。

「・・・」

有珠は黙ってそれらを集めるとスクラップ機械にいれて、圧縮プレスするようセットした。



 (あの白い兎を追いかけたのも実は夢だったのかな)

 真実だと実感した途端、やはり夢だったのではないかと思い始めた。

そう思える程何も変わっていない日常。

時計の劣化も実は有珠の勘違いで、分解してみたら、最初から手の施しようがなかったのかもしれない。

(そのショックで白昼夢でも見たんだろうか)


 有珠は壊れかけた玩具だのを拾ってきては修理するのが好きだった。

将来は『玩具のお医者さん』もいいな、と思っているのだ。

彼女の見立ては正確で、今迄見込んだ物は全て再生出来たのだが、これ程酷い見込み違いは初めてであったことに、ショックを受けたのだろうか。


・・・そうだったのだと思い込みたい有珠がいた。

(あの二人にもう逢えないのなら、思い込みだった方がいい。

そのほうが、夢だった方が、諦めがつく。)

「・・・」


ピー。

プレス終了を告げる音が鳴った。

もう、あの時間を思い出させるモノは、何もない。

ふう。

有珠は大きなため息を吐き出した。

躰内の中に残っている希望を残らず、吐き出すように。


 とぼとぼと有珠は自分の鞄に向かった。

(家に帰ろう)

 両親は彼女が時空震に巻き込まれたことなど知らず、和やかに夕飯を共にすることだろう。

ひょっとすると口数の少ない彼女に気づいて、事を糺すかもしれない。

(その時、私は)

 有珠は大冒険のことを両親に話すのだろうか。

そして両親は娘の言うことを信じるだろうか。


 ・・・信じてくれたとして、無事に生還したことを喜んでくれて。

 それから時空震が娘の心身に影響を及ぼさなかったかに想いが及んで、血相を変えて診療所に連れて行くだろう。

彼女がどこも何もなかったことを確信出来れば、安堵することだろう。

そして娘を抱きしめたら、歩き出し、彼女に起こった事件そのものを忘れようとするだろう。


 時空震に巻き込まれると、時空震管理庁に届け出る義務がある。

だが、有珠の両親は時空震管理庁にも届け出ず、彼女が思い出にしがみつけばしがみつく程に、有珠自身にも忘れさせようとすることだろう。


 時空震管理庁に届けると、完全隔離され、遺伝子地図迄追跡される厳重なメディカルチェックが待っている。

その後は被災後の心身への影響は勿論、今後、次元になんら影響を及ぼさないか終生、調査されるのだ。

 また、次元への影響を防ぐ為、帰還した時空震者、飛来してきた時空震者、どちらでも、とある建物の中に拘束される、と言った噂もひっそりと囁かれている。

 次元管理官が、その中に時間の国の”アリス”を拘束していたガラスの玉の事を考えると、そんな設備がこっそりと設営されていてもおかしくはない。


 両親がそんな施設に有珠を放り込む訳がない。

父も母も全力で、これまでと変わらぬ人生を彼女に歩ませようとするだろう。



 それでも、有珠の中に変わった物があった。

忘れたくても忘れられないもの。

風化しようにも、決して有珠の中から無くならないもの。

しかし、もう二度と手には入らないもの。


(ユニコーン、トーマ)


 有珠は机に顔を埋めた。

目を瞑れば、ユニコーンの笑顔が浮かんでくる。

トーマが、喧嘩をしている有珠とユニコーンを穏やかに諭す声が聞こえてくる。


(会いたい)

 還ってきたばかりなのに、あの次元のことがとても恋しい。

もう、時間の国ではどれだけ過ぎたことだろうか。

二人は有珠がいた記憶など、失くしてしまったかもしれない。


(ユニコーン)

彼は。

彼は、元の次元に、戻れたのだろうか。



カタン。

部室の戸口に人のシルエットが立ちふさがった。

高い身長。

広い肩幅の人物は。


「野々垣」

その声は不思議大好き研究部の顧問の声だった。

「一角先生・・・」

茫然とした有珠の声に先生は不思議そうに尋ねた。

「どうした?」

「・・・兎を追いかけて、それで・・・」

 有珠の言葉は微かで。

彼女の口の中で溶けて消えた。


 夢ではない。

しかし、夢ではない証拠は、何もない。

ただ、朝拾った時計の損傷が今見たら進んでいた程度で。

ただ、制服が朝よりくたびれている程度で。

それだけであの体験は、本当に夢ではなかったと言い切きれる勁さが有珠の中にあるのだろうか。

永遠の別れと知って尚、現実だったと思える勁さが。


ユニコーンとトーマと過ごした日々は、有珠の中にしか残っていない。


「・・・野々垣・・・?」

 訝しげな先生の声を聴いて、有珠は涙が一滴、こぼれそうになった。

涙を見られないよう俯いて、自分の私物を鞄にまとめた。

「何でもないです、うたた寝して夢を見てたんです。

帰ります」

先生の傍を通り過ぎようとした。


「アリス」


 はじかれたように彼の顔を見た。

(そんな、まさか。)

そう彼女を呼ぶのは異世界で別れた少年と、もう一人だけだ。

あの次元で有珠の保護者であった男性と、

時空の穴に落ちてしまう前にはなかった恋心と共に、あの次元に置き去りにしてしまった少年だけ。


(トーマじゃない)

 この声は。

声変わりしてしまって、低い落ち着いた大人の声だが、トーマの声ではない。

有珠の躰は硬直して動けなかった。

唯一動く唇に、恐る恐るその名を乗せた。

・・・口に出したら最後、消えてしまうかのように。

「ユニコーン・・・?」


 人物は一歩一歩ゆっくりと近づいてきて、有珠をその腕の中に囲い込んだ。

「あの時言ったろ、『また、いつか』、て」

微笑みが含まれているような声だった。

(でも!

あれは単に、私が一人で還ることを納得させるだけのユニコーンの言い訳で・・・!)

 想いとは裏腹に、有珠の手は先生の服をしっかりと握りしめていた。

・・・それしか縋るものがない、というように。


 ぎゅう、と青年も少女を掻き抱く。

(あ)

移動の時、少年に抱かれた感覚が蘇ってくる。

あの時より格段に分厚く逞しくなってしまったが。

(この感じ・・ユニコーン!)

有珠の双眸からぶわ、と涙が溢れてきたが、理性が感動の邪魔をする。

「でも、先生は24歳で・・・」

 ユニコーンは黒髪、黒目のひょろひょろの少年だった。

目の前の先生は美丈夫、というに相応しい体躯の持ち主で、瞳の色も髪の色もあまりに違う。


「こっちの世界に戻った時、髪と瞳の色はこんな風になっていたんだ。

オレが巻き込まれた時空震と、アリスが巻き込まれた時空震は違うタイプだったらしいな。

あの世界にいったのは9年前、オレが15の時で、こっちの世界に戻った時は、時空震の二年後だった」



・・・あの世界では時間の長さは一定ではなかったから滞在時間の図りようがなかった。



「あの後、翼竜に乗ったトーマが女王の城に到着して合流した。

トーマと、お互いに別れた後の事を報告し合って、アリスが還っていったこと、次元管理官の企みのことを、二人で女王に話すことになった」


 ガラス玉に捕えられている”アリス”の事も話し、トーマが牢獄管理官に掛け合い、彼女を解放してくれることになった。

・・・元々”無次元の牢獄”は、女王があまりに死刑を連発する為、彼女の怒りが冷却する迄の間、逆鱗に触れた人々を隔離させる為のシェルターなのだという。


「あの次元の大抵の人間だと、少なくとも1回は牢獄に入れられたことがあるらしい」

「・・・そうだったんだ・・・」



 有珠が次元の穴に放り込まれ、次は自分かと期待していたが、暫くの間何も起こらなかった。

だから、『今度こそ諦めて時間の国で生きよう』と思ったという。

トーマと二人で女王に事の顛末を説明にしに行こうと思った瞬間、

「歪みが出現してきて、オレはその中に放り込まれた。」


お読みくださいまして、ありがとうございました。


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