11.
(どうしようもない)
ユニコーンは焦っていた。
(アリス!)
二人の前には女王の城がもう目前に迫っている。
普段からジャバーウオック達に乗った兵士達が降りる処なのであろう、巨大な扉が左右に分かれて放たれている。
・・・地獄への門が空いているように思える。
ユニコーンは、ようやくアリスがジャバーウオックごと女王の城に引きずられていたことを知った。
・・・自分達を捉える罠として、アリスを使ったのかもしれない。
女王には次元管理官も付いているのだ、アリスが巻き込まれた時空震など、次元管理官は探知するのはお手の物だったろうし、下手をすると。
有珠やユニコーンが時間調整をしていた揺らぎを検知して、3人の居場所を正確に掴んでいたのかもしれない。
(わざと)
ユニコーンはその可能性に思い至った。
(アリスを俺達の手元に置いておいたのか)
ユニコーンは迷った。
アリスをいったん、敵の許に残してトーマと合流し、改めてアリスの奪還を考えるか。
幸い、ユニコーンの翼竜には、女王のおびき寄せる力は働いてはいないようだ。
(だけど)
背後で眩しい光が何度もあったことから、トーマが一部、もくしは全ての”卵”達を解放したのだと知れた。
それだけでも、次元管理官の目論見は水泡に帰す処迄後退した筈だ。
(となると)
アリスを次元管理官の許で拘束を赦したら、彼女が危ない。
(・・・。)
ユニコーンは覚悟を決めて、翼竜から降り立った。
ぱん、とその腰を叩いてやると、翼竜はトーマの許へ飛び立っていった。
二人は兵士達に剣先で脅されながら宮殿のとある一室に入った。
有珠とユニコーンの目の前に現れたのは、有珠が時空震に巻き込れた時見かけた、あのチョッキを着た白兎だった。
(あ)
ユニコーンは有珠が小さく息を呑んだことを知った。
「知り合いか?」
彼はこっそりと隣の有珠に確認した。
「・・・知り合いっていうか。
彼のこと、最初誰かが作ったロボットだと思ったの。
で、製作者に逢えるかな、と思って追いかけちゃったら、次元の穴に落ちちゃったんだよね」
有珠も小声で面目ない、という声で返事をした。
・・・この時点で二人共、有珠がこの次元に出現したこと自体、次元管理官の罠だったと考えていた。
そしてこの兎こそが、その張本人の次元管理官なのだと。
そんな二人の緊張とは裏腹に。
「ようこそ、女王陛下の城へ、お嬢さん。
そしてようやく会えたな、英雄気取りのがん細胞君?
初めまして。私はギサウ・ャチッコイラエ。」
兎がゆったりと二人に挨拶を交わす。
(えらく、落ち着きの悪い名前ね。宇宙言語かしら?)
有珠は人生最大の危機に直面しているにも関わらず、のんびりとそんなことを考えていた。
もうここまで来て、パニックになっても仕方がない。
この兎が次元管理官であることは、ほぼ確実だった。
だったら、この大掛かりな劇を仕掛けた脚本家と直接対決するしかない。
「お前達が反乱者の唯一の持ち駒だ。
そしてお前達を捉えてしまえば、反乱者など、この世界では何ほどでもない」
「俺達は二人だ。“唯一”て表現はおかしいぜ。
それにトーマは反乱者じゃない、一番この国を想っている、まともな人間だ。
あんた、地球語まともに取得してないって、それほどエリートでもないんじゃねーの」
ユニコーンは『英雄気取り』と揶揄されたことが癇に障ったのだろうか。
もしくは目の前の状況に、別に危機感を憶えていないのだろうか。
のんびりとそんな突っ込みを目の前の兎に入れてくる。
・・・どうも見た目が兎、というのはこちらの警戒心を解いてしまうらしい。
それとも二人が大分この世界に染まってしまった証なのだろうか。
有珠は改めて目の前の兎、いや次元管理官をみつめた。
チョッキに裾が膨らんだ半ズボン。
見かけた時のままだ。
そして、彼が胸元に下げている大きなガラスの玉が妙に気になっていた。
・・・そのガラスの玉が作る揺らめきが、中に人が入っているように見えるからだろうか。
ユニコーンの突っ込みは聞こえなかったのか、ギサウはチョッキから時計を見て、顔を顰め、不機嫌そうに呟いた。
「えらいこっちゃ。
時間も空間も大幅にずれてきている」
有珠はぴん、と来た。
「貴方の名前!
えらいこっちゃウサギを逆さまにしたのね?」
「・・・”だけ”、だろ」
ユニコーンが更に突っ込みを入れ。
(( センスないなあ ))
という思いが、二人の表情にあからさまだったのだろう。
それに図星でもあったようで、ウサギ、いやギサウは白い毛皮を薄らと赤く染めて見せた。
「そんな矮小なことに気づかんで宜しい。
・・・兎に角!
せっかくの”卵”達を逃しおって!!
お前たちが邪魔したせいで、次元の歪みを正せなくなったではないか!
自分たちが良ければ、宇宙がどうなってもよいのか?」
ギサウは地団太を踏んで甲高い声で叫んだ。
(どいつもこいつも!私の計画を邪魔しおって・・・!)
当初、まだ”特異の者”は召喚する筈ではなかったのに。
(それをあの女王がっ!!)
*
『・・・今、なんと。仰いましたかな、女王陛下?』
ギサウは己の耳が信じられなかった。
『ギサウ殿!恐れ多くも女王陛下の下知に対して、訊き返し奉るなど・・・!』
大臣がギサウを諫めるのを、珍しく機嫌のよい女王は朗らかに制止した。
『よい。
ギサウ、そなたが手古摺っておった、”特異の者”な。
そなたのれーだーに映っておって、それが丁度”卵”達の天日干しの場所の近くであったから、妾が臣下を”迎え”にやらせたのじゃ』
どうだ、自分は賢いだろう、とさも自慢げな響き。
ギサウは己の髭を引き抜きたくなった。
『まだ準備も整わぬうちに、”特異の者”をこの城に迎え入れたと仰いましたのか?!』
(バカかと思っておったら、無駄な知恵を回しおって!!)
有珠とこの次元の”有珠”は、お互いから、ある一定以上の距離を置くことが可能であれば反発しあうだけで済むが、その境界線を越えると急速に融合しようとし始める。
ギサウのレーダーが捉えた、”特異の者が”恐ろしい程の高速で城に向かって進んでいる理由がそれで判明した。
おまけに、”無次元の牢獄”に閉じ込めている”特異の者”も、片割れと融合しようと、牢獄を裡から破壊し始めていた。
追い打ちをかけるように、レーダーにいくつもの光が点っては急速に消滅していった。
(あやつら!”卵”達を解放しよったな!!)
ハンプティ・ダンプティの命令しか聞かぬ者たちをどうやって解放したか、ギサウにもわからなかったが。
(終わりだ)
ギサウは己の失敗を悟った。
懐中時計に見える、次元管理計を確認した。
恐ろしい程に、数値が膨張し始めている。
(もう、もたない)
このままいけば、それでもある程度の大爆発は見込めた。
複数次元を全部、と迄はいかないものの、地球を構成している次元の半分位は吹き飛ぶ程度には。
それだけでも深淵なる宇宙への影響を多少なりとも減らせることだろう。
後は。
(巻き込まれないように還らねば)
*
己の失敗に悔しがる、ギサウの言葉に二人は頭を傾げた。
「うーん・・・宇宙規模で犠牲を強いられてもねー・・・
宇宙なんて、どこかしらで超新星だの、ブラックホールだのあるんだから、いっつも歪んでるでしょう?
別に気にしなくていいんじゃないかなー」
「む」
と有珠が言えば、ユニコーンも。
「大体、自分が死んだ後のことなんて、気にしてられるかよ」
「むむ」
怯んだギサウに、更に二人は言いたいことを口にする。
「そもそもこんなことになった原因は、太陽の数千倍規模の恒星の爆発でしょ。
軌道も寿命も、そして爆風により多大な影響を周囲に及ぼすことなんて、そっち(次元管理センター)では当然、予測してたよね?
だったら、影響が最も少ない処で、恒星を消滅出来た筈だよね?
なのに貴方達はしなかった。
地球なんて、太陽系なんて銀河系の中でも端っこだもん。
おそらく辺境の爆発なんて大したことないって舐めてかかってたんでしょ?
それが爆発が起こってみたら、思ってたより深刻な影響が出ちゃったから、慌てて後始末に来たんでしょ!」
「むむむ・・・」
「だとしたら、あんた、全次元の地球に土下座するべきだ。
それなのに、あんたは土下座して回るどころか、地球全体を揉み潰しに来たんだ。
・・・わかった。
地球近くで恒星が爆発させちゃったの、あんた単独の管理ミスなんだろう!
大方、恒星滅亡シューティングゲームとかで、恒星をもっと違う座標で撃ち落とす(=爆破=)予定が、あんたの腕が下手くそで、撃ち落とし損ねているうちに危険座標迄到達しちゃって、どうしようもなくて緊急爆破装置使ったとかじゃねーの?
だから、次元管理センターにばれないようこっそりと一人で後始末に来たんだな。
ほーんと、小役人ってセコいよなあ。
だから、あんたは出世出来ねー、ただの万年辺境次元管理官どまりなんだよ」
ユニコーンは言いたい放題だ。
(私達の前と、全然キャラが違うじゃないの)
有珠はこんな状況でありながら、ユニコーンの毒舌キャラ、悪童ぶりに唖然としていた。
(自分の次元に居た時は、元々こういうキャラだったのかな)
ユニコーンが順応能力も、応用能力も高いことはトーマも有珠も認めていた。
実際、彼のナビゲートがなかったら、有珠はこの次元にこんなにすんなりとは順応出来なかっただろう。
彼にとても高い知性を感じていたが、もしかしたら、彼の次元では神童扱いだったのかもしれない。
しかし、往々にして天才は一目置かれる分、煙たがられるというか。
通常レベルの庶民としては、一線を画したくなるものだ。
この次元で初めて、彼は、自分に萎縮するどころか虜囚として扱うトーマと出逢い。
意気投合して女王の許から逃げ出してからは、処構わず乱暴にハグして頭をぐりぐりしたり、頬ずりしたりといった、彼の、自分への愛情表現をたっぷりと浴びる羽目になり。
面倒くさそうに、それでも、”しょうがねえなー”という風情を浮かべても甘んじて受け止めていたのは。
(ユニコーンなりのトーマへの甘えだったのかな)
兄弟のように仲のよい二人に今更に有珠は腑に落ちた思いだった。
「むむむううう・・・!
(何故そこまで地球人ごときが把握しておるのだッ)」
そんな長閑な押し問答をしている間に、ギサウの後ろの空間がどんどん歪んで来た。
・・・歪を感知したのだろう、ギサウはちら、と背面を見て。
その歪みが自分を捉えたのだとはわかっていたのだろう。
それ以上、ユニコーンや有珠に危害を加えようとするつもりはないようだった。
見えない腕にひょい、と襟首を掴まれた瞬間。
ぽい、と胸のガラスの玉を取ると有珠達の方に放って寄越した。
ガラス玉に有珠の顔が映る。
否、ガラス玉の中からもう一人の”有珠”が、ガラス玉の外の”有珠”を見つめていた!
瞬間、ガラスの玉が信じられないような閃光を発した。
「「!!!」」
ギサウが穴に吸い寄せられ、どんどんその形が次元から押し出されていくなか、有珠に向かって指を突きつけながら、勝ち誇ったように叫んだ。
「それがわかるか!この次元の”お前”が封じ込められている!
お前たちの負けだ、地球は消滅する!」
(( 質量保存の法則! ))
有珠にも、ユニコーンにも、同じ存在が同じ世界の同じ座標に存在出来ないことはわかっていた。
(( 私が起爆剤だったんだ!! ))
咄嗟にユニコーンがアリスを抱きとめる。
それでも、勝手に脚はずず、と進んでいく。
ユニコーンが彼女の時を止めようとしたが制動出来ない。
見ればガラス玉は形を喪い、まばゆい光の玉として高温を発し、膨張しながら激しい旋回している。
慌てて腕の中の彼女を見遣れば、有珠も今や黄緑色の揺らぎに覆われ、その形を喪いつつあった。
・・・有珠のその揺らぎがユニコーンの術を跳ね返したのだ!
ユニコーンは必死に考えた。
(次元管理官の穴にコイツを放り込んでやる!)
・・・ガラスの玉の中の”アリス”には申し訳ないが、有珠と”アリス”が融合してしまえば、地球が毀れてしまう。
しかし、ガラス玉に手を伸ばしたが、弾かれてユニコーンの手は触れることも出来ない。
有珠がガラス玉に手を伸ばした。
「アリス!ダメだっ」
二人が融合してしまえば・・・!
有珠はガラス玉に向かって宣言した。
「私の名前はアリスよ。
”貴方”は違う名前よね。
・・・ね?
私は、”貴方”と同じ存在じゃないの」
ぶぶ、と彼女の掌に乗ったガラス玉は有珠、いやアリスの言葉を疑わしく思っているような仕草をしている。
(そうよ、私はこの世界では、アリス)
・・・有珠は、いや”アリス”は懸命に自分に暗示をかけた。
真実の名前がガラス玉の中の人物に悟られてはいけない。
・・・しゅううぅぅ・・・、とガラス玉が閃光を収め、嘘のように高熱がひいていく。
「私がこの次元から出て行くから、”貴方”はそれからこの次元に戻るといいわ」
ユニコーンは、有珠が黄緑色に揺らめいているのを見て、彼女がガラスの玉の時間を遅らせたことを知った。
「また来るからなああああ」
最後の悪あがきすらも失敗したことを悟ったのだろうか、ギサウは穴に吸い込まれながら、未練がましくも叫んで、消えた。
辺りはしん、と静まり返っている。
ガラス玉ものんびりと停まっている。
・・・ユニコーンの腕の中、有珠は、いや、アリスは恐る恐る辺りを見渡した。
女王も部下もいない。
「・・・・これで、終り?」
「・・・みたいだな」
風船がぱちん、と弾けて終わったみたいだ。
窓から外を見てみると、“卵”達が光りながら、空に昇っていく。
ハンプティ・ダンプティの軛から放たれて、自分達への次元へと還ってゆくのだ。
有珠の正面に空間の歪が出来た。
ぎゅ、と力を込めて彼女を抱きとめていたユニコーンの腕が強制的に外されていく。
ずず。
今度こそ、有珠の躰は引き込まれようとしていた。
もう一度彼女を繋ぎ止めようとして、伸ばしかけた腕をユニコーンは止めた。
「お別れだな」
「ユニコーン、一緒に」
元の世界に、帰ろう?
有珠はなんとか躰の向きを変えると、縋るように少年に手を伸ばしたが、ユニコーンは首を横に振った。
「その歪みは、お前を元に戻す為の揺り戻しだ。」
歪みはシャボン玉のように不安定なもの。
一人用の空間の揺らぎに二人の人間が入り込んだらどうなることか。
また、歪みから逃れることは出来ない。
彼であったら歪みを回避する方法を知っていたのかもしれないが、歪みから逃れることは、それこそ、時空震の大規模な揺り戻しを引き起こしかねない。
だからこそ次元管理官も、おとなしく引き下がったのだろう。
それでも、有珠は少年と一緒にいたかった。
(元の次元に戻れなくなってもいい・・・!)
少年に手を伸ばしたが、半透明になった有珠の手は、ユニコーンの腕の中に透けてしまった。
「ユニコーン!」
「また、いつか」
そうユニコーンの唇が動いたが。
そんなことは気休めだと有珠にはわかっていた。
お読みくださいまして、ありがとうございます。