1.
○月○日。
初めまして、私の親友、アリス。
今更ですが、貴女を、アリス、と名付けたことを貴女に報告します。
貴女は私の心の中を何でも知ることになる、一番親しい、私の友人です。
自己紹介をしましょう。
・・・私である、貴女に自己紹介するのは可笑しいことですが(笑)。
現実世界の私は、野々垣 有珠 。
天源台学園の11年生になりました。
普通の学制でいうと、高2、ですね。
今年は化学と物理、そして科学を重点的に、単位を取っていこうと思います。
普通の感覚からすると、小学1年の子が博士課程の授業を取る、とか。
20代の学生が小学校のカリキュラムを取ることが出来る、とか。
ある先生の授業を小1から大学院修了迄、毎期習える、とか。
有り得ないですよね。
でも数学が教授なみに得意な子が、国語も文学者なみに得意とは限りません。
好きなものをより特化して学び。
苦手な教科は自分のレベルに合わせて習得していく。
というシステムを取っているこの学校が、私には性に合っています。
規定科目と規定修了時間数が決められていて、毎シーズン、メンターと相談しながら、どんな科目をどんなレベルで習得したいかを確認して、時間割を組み立てていきます。
アリス。
私はどうも国語は苦手です。
なので、アリス、貴女を記すことは、今年選んだメンターが私に出してくれた課題です。
『ただ事象を記すのではなく、親しい友人にあてた手紙、というのはどうかしら?』
メンターの提案は、とても魅力的に思えました。
実際は郵送しませんし、用意するのは便箋と封筒ではなく、タブレットの中の日記機能ですが。
アリス。
貴女との遣り取りがこれから楽しみです。
×月×日。
アリス。
今年のクラブ活動は『不思議大好き研究部』にしました。
SFからホラー、超常現象、天文学、古代地球史。
ピラミッドにロゼッタストーン、ナスカの地上絵にストーンサークル。マチュピチュ。
モアイに、他の大陸から切り離され、取り残された独自の進化論。
そんなことを研究する、クラブです。
顧問は一角 充 先生です。
先生の外見は・・・そうですね、まずは金に近い、サラサラの髪。
時折、琥珀色にも、緑色にも見える瞳を持つ、見た目外国人のような先生ですが、純日本人だそうです。
・・・はじめ、ちゃらちゃらしている、ナンパ先生だと思っていました。
(先生、ゴメンナサイ)
しかしロボット工学の博士号を持っているそうです。
それなのに、なぜか国語を担当しています。
おまけにサバイバル術のプロだそうです。
(何かしら、サバイバルのプロって?
傭兵か何かかな?とも思いましたが、そもそも人口がインパクト・ゼロ以来激減していて、人口がまばら過ぎるこの世の中で、警察と対宇宙飛来生物部隊はありますが、軍隊はありません。
ひょっとすると政府が庶民に隠している秘密の軍隊はあるかもしれないけれど。
それでもフリーランスの軍人て今時需要があるのかなあ。)
・・・話がそれました。
アリス、貴女も、先生は一体どんな人生を歩んで来たのだろうって、気になりますよね?
え。
『気にならない。気になってるのは、有珠、貴女よね?』
・・・。
(ああっ、セルフ突っ込みがクセになりそう)
そうよっ、アリス!とりあえず聞いてちょうだい!
先生は24歳。
飛び級で大学に入ると、20になる前に、既に学士論文を書いていたのだとか。
アリス。
私の持論ですが、中途半端に頭のいい人って教えるの下手な気がします。
でも、本当に頭のいい人は、受け手側にまで降りてきてくれるから、教えてくれるの、上手だと思うんです。
私もガイダンスの際、先生の授業を見学しましたが、先生の話は面白くて、とても解かりやすかったですよ。
人気があるの、わかりました。
毎期、先生の授業を受けたい生徒が殺到して、毎回抽選になるのだそうです。
それは先生が教え上手だからであって、決して学校一イケメンだからではないです!
(多分。)
・・・大人気の講師は衛星放送を使ったTV授業を薦められるそうですが、先生は人対人にこだわり定員40名迄、と決めているそうです。
あまりに大人気過ぎて、国語が苦手、という生徒だけを採択しているのらしいですが、それでも希望者を捌くことは出来ず。
惜しいことに私は抽選にもれてしまいました。
先生の授業受けることが出来たら、私の国語アレルギーは克服できたかもしれません。
(噂によるとその抽選方法が。
ダーツで選ぶとか。
はたまた藁くじを鳩に引かせるとか。
・・・相当偏屈、いやいや、好意的に解釈すれば、公平に生徒を取っている、ということでしょうね)
授業以外にも。
男子生徒とよく3on3のバスケットに参加したり。
生徒が喧嘩していると、どんなガタイのいい生徒同士であっても躊躇せずに仲裁に入り、双方の話をじっくりと聞いてくれます。
(運動部の主将達も先生の事、一目置いているようです。
あの人達って自分より技量の上の人しか言う事を聞かないイメージがありますが、・・・じゃあ先生はスポーツも万能、てことかな?)
私達の学校は、先生やメンターの人気投票を毎年しますが、先生が上位5位をいつもキープしているのがわかります。
そんな先生が顧問の『不思議大好き研究部』。
先生目当ての女子がいっぱいいると思うでしょう?
ところがそうでもないんです。
不思議ね?
先生はいつも部室で、”超常現象や、SF、アニメや特撮を、現代の科学や物理で証明できるか否か?”を楽しそうに部員と論じています。
そのくせ、(技術的にもお値段的にも)月に気軽に行けるようになった今でさえ、『ツチノコやネッシーと一緒でね。いない、と証明出来ないものはいる可能性があるんだよ』と言って、サンタクロースや月の兎の存在を擁護します。
そういう先生を見ていると、今更に『なんで物理や化学の先生ではないのだろう』と不思議に思います・・・
▼月△日
アリス。
気のせいかな、気のせいですよね、意識し過ぎだと思うんだけど。
先生と目が合うのです。
『誰と?』
意地悪言わないで。
アリス。
この日記に書く先生なんて一人しかいないではありませんか。
そう、一角先生のことです。
『双眼鏡で先生のことをバードウオッチング(失敬な!)をしてたら先生と目があった』
という逸話がある位、気配に敏い先生ですから、私がつい、先生を見てしまう視線を感じて、それで視線の主を確認しているのかもしれませんが。
でも・・・、でもね?アリス。
目が合った時の先生の目が、とても優しいのです。
そして心なしか、微笑んでくれているように口角が上がっているような・・・。
私、心拍数と体温が上昇するのを感じてしまうのです。
アリス。
・・・もしかして私は先生に恋しているのでしょうか?
『そうね』
アリス。
貴女もそう思ってましたか・・・。
でも前途多難な恋です。
なんせ、先生を狙っている生徒は星の数程いますし、先生にはとても大事な恋人がいるのだそうです。
(先生に告白して、丁重にお断りされた女生徒がリークしてましたから、真実なのでしょう)
アリス。
初恋を自覚したら同時に失恋てついてないですね。
まあ「失恋」とは「恋を失う」と書く訳で。
私が先生への恋心を喪った時が本当の「失恋」なんでしょうね。
それにしても、絶望的な片思いです。
◆月?日
アリス。
今日は我々を取り巻く世界の歴史を学びました。
毎年この授業だけは全学生、必修となっています。
地球統合年号0年。
数十万光年に及ぶ楕円形の軌道を持ち、太陽の数千倍の質量を持つ、超巨大恒星が寿命の時を迎えつつ、壮大な孤独な旅を続けていました。
その年老いた星が地球に最接近した際、唐突にその星の寿命はつきました。
恒星の爆発、すなわち超新星の爆風が地球に届きました。
これがいわゆる『始まりの衝撃』、『インパクト・ゼロ』と呼ばれている現象です。
本来地球は、その昔、巨大隕石が衝突した時のように、壊滅状態に陥いる筈でした。
しかし、そうはならず、地球を構成していた要素の一つ、数十枚、数百枚、もしかしたら数千万枚に及ぶ次元の層がずれ、異次元への穴が突出し始めるようになりました。
のちの「時空震」です。
これは次元に出来た落とし穴のようなもので、それに落ちてしまった人は異次元に行ってしまいます。
仕組みとしては地震に似ているらしく。
マントルの上に載っている岩盤と同じで、たゆたっている時空の層が他の時空の層と衝突した時、もしくは重なり合った時に生じる、衝撃が穴を生み出します。
当然揺り戻しがあるので、異次元に行ってしまった人が元の世界に戻れる可能性は高い。
だけど、どの時代のどこに戻るのかは追跡しようがないそうです。
悲しいけど、恐ろしいけれど、私達にとっては生れた時から慣れっこの事象です。
一つの都市が消滅してしまうような大きな時空震は勿論報じられますが、人一人分を飛ばしてしまうような小さな時空震はニュースにさえ載りません。
ある日いきなりある人がいなくなる。
誘拐であれば犯行声明は届きますが、時空震であれば手がかりはありません。
そして誘拐犯人には、時空震とは違うことを説明する為に、警察に誘拐したことを宣言する義務があります。
時空震に陥った時の対処法も刻々と変化しています。
先生が「時空震に遭ったことがある人」と挙手させていたけれど、誰もいませんでした。
・・・尤も、当人や周囲にとって衝撃的で、とても特異な体験をするでしょうし、当人は黙っていたいでしょうから、先生も任意でしか確認しませんでした。
童話の浦島太郎も実は時空震に遭ったのかもしれませんね。
体験してみたいけれど、下手をすると、戻れなくなります。
友達や家族と会えなくなるような、片道の冒険をしたいとは思いません。
そして、蜃気楼としてたまに、他の次元がオーロラのように映し出されます。
今も昔も家族と私が住んで居るのは『東京』という都市ですが、私が生まれた日、「北海道の有珠山」の蜃気楼が母の産室から見えたことから、生まれた子供=つまり私=の名前に『有珠』をあてたのだそうです。
・・・どうして有珠山とわかったのか?
父が撮影した映像をスキャンし、山岳の画像データ検索した結果、シルエット等から有珠山と推測したそうです。
私を抱いた母の後ろに山がくっきりと映っている映像が今でも家にはあります。
どこの次元の有珠山であるか迄はわからなかったそうですが。
※月*日
アリス。
私はとても興奮しています。
うまく、書くことが出来るかしら。
貴女に手紙を書いたのが、まるで一年以上も前のことに思えるのに、日付を観てみると、たった、半日しか経っていないなんて!
私の人生はまるっきり変わってしまいました。
もう、あの時間を知らない私には戻れない。
戻りたいとも思えない。
この空間での半日の間に、私は何という体験をしたことでしょう!
・・・だけど、それを示す物は何もありません。
私は束の間、夢を見ていたのかもしれません。
ああ、貴女に教えておかないと、この冒険がひっそりと私の中で思い出に、いいえ、夢だったのだと思い込んでしまいます。
あんなキラキラした時間を、思い出になんて、絶対に風化させたくありません!
ユニコーンもトーマも確かにいました!
私達は一緒に目覚めて一緒に食事をし、一緒に戦ったのです。
ああ、ギサウの耳を引っ張りでもして、彼の世界と私の世界の識別ナンバーなんかがあるのなら、聞いておけばよかった。
(聞いたからって行ける訳ではないけれど。
でも、次元管理センターならば見ることが可能だったかも・・!)
しかし。
時はサラサラと零れて、零れてしまった瞬間から過去になります。
私が住んでいるのは日常なのですから。
なんとか、あの時間を取りこぼさないようにしながら、日常と折り合っていかなければなりません。
でも。
そんなこと、出来るのでしょうか?
お読みくださいまして、ありがとうございます。
9月19日、1時間ごとに次話を更新致します。
次回、どうぞお楽しみに。