癒えるということは
「私は父のことを小さい頃から嫌っていたの。兄のことは大好きで、兄にばっかり懐いていたわ…父は厳しい人で暴力を振るう人だった。母にも兄にも…そして懐いていなかった私にも」
季村さんはゆっくりと話す
その顔は少し強張っていた
辛かったろうに
俺も捨てられた時のことを思い出した
「あなたはひとりで生きていけるわね」
母親の背中。忘れたくても忘れられない
ドアの軋む音。光が俺を遮る
これが孤独ということ
「……そして、父は死んだの」
えっ…
この世には…いない
「兄は警察に通報したわ。私達の傷を見て、父も自分のしたことを認めた。初めて我に返ったのね。でも、私たち家族の前で自分のネクタイで首を絞めて死んだの」
う…うそだろ…?
自分の罪を家族の前で償った?
しかも自分の命で
そんなことって
季村さん、季村さん絶対苦しいよ
だってずっと残ってるんだもん
お父さんの顔。
最期を見届けてしまったんだ
「兄は後悔していたわ。俺が通報しなきゃよかったのかなって、我慢してりゃよかったのかなって」
……両者とも幸せになる方法はなかったのだろうか
季村さん達はお父さんのこと、何されていても好きだったんだ
恐怖が忘れられない
物心つかないまま暮らしてきて、お父さん嫌いはそのままに。
もっと好きでいてやっていたら
今は幸せな家族だったかもしれない
目の前の人の死にいくらなんと思っていなかった人でも忘れられないのは当たり前だ
「季村さん…」
「ごめんなさいね…私、そんな顔をさせてしまったのね…黎人くん…でもね、太知さんに会えて男の人は暴力で解決するなんていう子供のような考え、なくなった。ほんとうに私はどうかしていたの。」
「いくら!いくらそう思っても…思い出は残っています…」
「覚悟はできていたの。父は私の中にいる。消えない傷を作ったのは父だもの。既に癒えた傷はもう痛くなんてない。心の傷を作って死んでったけど、今の私はちっとも痛くないの」
季村さんの顔は初めて見た晴れやかな表情。夏の空のように爽やかで明るかった