-The distortion world.8-
「くっ、いったいどういうことなの!?」
赤髪の少女はわけが分からないといった表情だった。
(あたしの能力はあいつだけを槍で仕留めるはずだった。なのに何故誤爆? しかもあたしの視界の外にある背後まで…)
そこまで思考したところで少女ははっと気付く。
「背後!? まさか…!」
いやな予感を胸に、少女が後ろを振り返る。しかしそこにはなにもない。灯馬を閉じ込めていた風船の檻も、だ。
「あんたらやってくれたねえ…」
ゆっくりと首を戻す少女の表情は、一見落ち着きはらっているように見えたが、その瞳の奥では怒りの炎が揺らめいていた。その視線の先には先程まで捕らえていたはずの二人がいた。何故かぐったりとしている一重と、それに肩を貸して支えている灯馬である。
二人ともどうやってあの鉄壁の檻から抜け出したのか。彼らの操る風では強固な金属を破壊することは出来ないはすだ。それに先程の爆発は双方共に少女が起こすものと同じもの。だとすればあの爆発はやはり誤爆なのかと少女は思う。
「少し調べてみようかしら」
動揺を振り払い、攻めに転じようとした少女であったが、不意に左腕に痛みを覚えて立ち止まる。そこに視線を移すと、なぜか小さな擦り傷が出来ており、そこから数滴ほどの鮮血が垂れていた。
「!?」
「それ以上動けば今度はバラバラだぜ」
その少女をみて灯馬が不適に笑む。
「これは…!」
いつの間にか少女を包み込むように小さな竜巻が出来ていた。どうやら普通のそれとは違い、台風のように真ん中は無風状態で、その外側をかまいたちの群れが蠢いているようだ。無理に脱出しようとすれば、バラバラと言うわけだ。
しかし、少女は冷静を欠くことなく、静かに意識を集中させる。
「ふん。こんなんで捕まえたつもり?」
「まさか」
少女の反応を予想したように、灯馬が淡白な答えを返す。
「だよね」
そして少女はかまいたちなど気にも留めずに、右足を一歩踏み出す。そして、かまいたちに切り刻まれる寸前で、金属の鎧を生み出し守る。やがてそれは全身を覆い、それはさながら西洋の甲冑のようだ。
黄金の甲冑がが見据える灯馬の身体は、能力の使いすぎで全身生傷だらけになっていた。
恐らく灯馬の能力の代償は、風の力を使うたびに切り傷が出来ていくのだろうと、少女は考える。だがその風もこの甲冑の前には意味をなさない。
余裕を感じさせる動きで甲冑の少女は歩みを進めようとしたそのとき、今度はその甲冑が突然爆発を起こす。
「!?」
少女はまたしても混乱に陥った。
(また誤爆!? いくらなんでもそんなはずは…)
ぐちゃぐちゃになっている思考を落ち着けようとする少女の瞳に、戦意を喪失したはずの一重がニヤリと笑む姿が映る。
戦慄を感じた少女が今までの不審な点を整理、考察をして一つの仮説に辿り着いた。
「まさかあんたの能力は…」
あまりにも反則的な能力ではあるが、もし一重の能力が少女の想像通りであったならばと思い、少女の身体が小刻みに震える。
単なる思い過ごしであってほしい。少女はそう願わずにはいられなかった。この時ばかりは、少女は自分の感の良さを呪いたかった。
「君の想像通りさ。僕の能力は触れた相手の能力をコピーする力だよ」
「―――!?」
否定を望んでいた少女に、それを見透かしたかのような一重に肯定の事実を告げる。それを聞いた少女が力なく膝を折る。
その少女に抵抗の気配がないように見えていても、二人は油断をしない。
やがて、少女が独り言のようにぽつりと呟く。
「全部演技だったのね?」
「あれくらいやらなきゃ騙されてくれないでしょ」
「まあね。でも帽子野郎がやられたときにした脱力のフリは、ちょっとやりすぎだったんじゃない? 下手をすれば自分の首を絞めていたところよ?」
苦笑する少女に、一重もまた苦笑で返す。
「はは… あれはね、動きたくても動けなかったんだよ」
「何よそれ。わけが―――」
「分かる筈だよ」
「!?」
一重の追い討ちに、少女がはっきりとわかる動揺を見せて絶句する。
「僕の能力は相手の能力だけじゃなくて、その代償まで完璧にコピーしてしまうんだ。弱点まで負わされてしまうけど、逆に言えば、相手の弱点も知ることが出来る一長一短の力なんだよ」
「帽子野郎を閉じ込めていた檻を爆破させたりしたのも、あんたの仕業ね? そしてそのときついでに代償を確認したのね」
「確かにあの爆発がコピーして最初に使った能力ではあるけど、その前から代償が何なのかは、ある程度把握していたよ」
「なんですって?」
予想外の一重の答えに、少女が怪訝な面持ちになる。
「それは俺が答えるぜ。ずっと聞いてるのもつまんねえしな」
その少女に今まで黙っていた灯馬が告げる。
「俺がこいつに耳打ちしてるときがあったろ? あんとき俺はこいつに教えたのさ。『あいつの体の裏側が、時々かすかに光を反射してる』ってな」
「!?」
それを聞いた少女の体に、再び同様が走る。
「そして僕は考えたんだ。その反射しているものが金属の線で、それを身体に這わして動かしたり、肉体を強化しているんじゃないか、と。そうすれば最初の闘いの異常なまでの体術も納得できるよ。そしてわざわざそんなことをしなくてはならない理由は、君の能力の代償が身体の麻痺なのではないのかとね。
そして君はそれをばれないようにする為に、限界まで金属線を細くしたり、川の近くで派手な爆発を起こして、飛び散った水滴を利用して光の反射を誤魔化した。あとはその仮説を信じて博打にでたのさ。結果、僕らの勝利と言うわけだよ」
「全部お見通しってわけね。ここまで頭が回るやつだったなんて… 狙う相手を間違えたわね」
「いや、君も結構な策士だよ。最初から金属の攻撃で攻めずにあえて隠すことで、能力をつかってないのか、はたまた強化系なのかと思わせて、混乱させるのが狙いなんだよね?」
「ふっ、そこまでわかってたのね…」
力なく笑う少女は抵抗の素振りさえ見せなかった。その時までは。