-The past of two people.1-
「手を出すな!」
男たちの後ろから少年の声が陰鬱な路地に響き渡る。
「あ? 誰だテメエ」
「殺すぞチビ」
後ろの少年を振り返り、ドスをきかせる二人。少年はそれを受けながらも、臆せずゆっくりと歩み寄る。
「その子は…俺の妹だ」
「だからなんだぁ?」
「はっ、お兄ちゃんよお。痛い目見たくなかったら、おうち帰ってな」
しつこく威圧を掛けられるが、それでも少年は無視して進む。二人の間を通り抜けようとするのを、二人はもちろん許さなかった。
「シカトしてんじゃねえぞ!コラアアアッ!!」
堪りかねた一人が突き出した拳を、少年は落ち着いた動きでかわし、空を切った男の腕を掴む。そのまま体を回転させて背中を男の体に密着させて、背負い投げの要領で男を地面に叩きつける。
男が痛みに悶えている間に、少年は男の股間部めがけて力任せに蹴りつける。
「ぃぎひっ」
急所を潰された男はその痛みに、堪らず白目を向ける。
その予想外の光景にしばらく呆けていたもう一人の相方だったが、次は自分なのかと危惧し、我に帰る。
「こっ、このクソガキがっ!! いきがってんじゃねえぞ!」
少年は先とまったく同じの反応に呆れながら、もう一人も造作なく潰す。
「こんなもん、か。体の大きさや年齢だけで優劣を決めるのはよくないと思いますよ。お兄さん?」
倒れた男二人から少年は振り向き、ただ立ち尽くしている少女の前へと歩み寄る。大の男二人を簡単にねじ伏せた少年のその顔から表情は読み取ることはできない。全く素性の知れない相手だと言うのに、不思議と恐怖することはなかった。
「あ、あの、どうして助けてくれたんですか?」
「おまえはこの街の住人じゃない。家出か?」
「え?」
話はかみ合っていないが、少年のその問いかけに少女は驚きを覚える。何故分かるのか。少女がなんと応えればよいのか迷っていると、少年がその反応に納得したような表情を見せる。
「やっぱりそうか。この街の住人とは少し格好が違うからな。それに俺も似たような境遇だ」
「そう、なんですか?」
「助けたのは俺と似ていると感じたからだが、緊急事態の時に人を助ける理由なんて要らないだろう?」
当たり前と言えば当たり前の質問に、しかし少女は答えることができなかった。
身の丈二倍近くある大人二人を呼吸をするようにねじ伏せ、それを鼻に掛けることもなく、少女の心配をしてくれている少年に、感心で心が一杯になっていたからだ。
その少年はわからなかった自分の心に納得していた。
他人との関わりを避けてきた自分が、なぜこの少女を危険を冒してまで助けたのか。なんのことはない。自分と似た境遇のこの少女に同情してしまったのだ。
「あ、ありがとう、ございます」
「気にするな。それからお前、これからの生活の当てはあるのか、貴族のなりはしているようだが…」
「う… えっと、その…ないです…」
「そうか… じゃあ一緒に泊めてくれそうなところを探そう。どうだ、一緒に来てくれるか?」
少年は強制するつもりはないようだが、それこそ少女に断る理由はどこにもなかった。
「はい。もちろんです」
少女の瞳に宿る決意を受け取った少年は、初めて微笑した。それを少女が忘れることはないだろう。