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よみがえる小ネタ

地獄に納豆

作者: 京本葉一

 ここは天上界の花園。

 お釈迦さまと孔子さまが、ぶらり散歩をなされております。


 お二人は同世代の仲良しさんです。ともに素晴らしい知恵をもって多くの人々を導き、敬われ、崇められ、奉られ、神となって天上界におられるのです。天にあっても、悩み苦しんでいる衆生を救わんとして、あの手この手で光を投げかけてくださいます。


 お二人は和気藹々とした雰囲気を損なうことなく、池のほとりで立ち止まり、地獄をのぞかれました。



 ひとりさみしく、暗く寒々とした荒野で、ぶるぶると震えている男がみえます。



「どうやら人間界において、なんの精進もせぬまま、愚痴をこぼすことだけを行っていたようですね」


「そのようですな。しかし、あの者は生前、毎日2パックの納豆を食べていたらしい。運動不足ではあるが、なかなかの健康志向ではある。肉体とは自己のものにあらず。天からの、父母からの授かりもの。これを大切にすることは、すなわち、慈愛の行ではないだろうか」


 お釈迦さまは孔子さまに微笑まれました。

 お二人はいつも、こうやって救い出す理由を見つけ出されるのです。


「ええ、それでは来世の精進に期待をするということで、とりあえず地獄は卒業させましょう」





 暗く寒々とした荒野に、天から光が射し込んできました。

 ぶるぶると震えていた男は、暖かな光に涙を流しました。そして、天からおりてきた糸に気づきます。


「この匂いは、納豆? まさか、納豆を好んで食べつづけた俺のために、納豆の神が救いの糸を?」


 男は糸に飛びつき、エイヤエイヤと登りはじめました。

 綱とはいえない細さですが、切れる心配はしていません。納豆の糸がいかに頑強であるか、男は知っていたのです。気がかりは体力でしたが、休みたくなると、糸がネバっと絡みつき安心感をもたらします。

 男は地獄から逃れたい一心で、あきらめることなく登りつづけました。


「ああ、だいぶ上ってきたなぁ。ほんと、高所恐怖症じゃなくて助かったよ」


 下をみれば、暖かな光を求めて大勢の人が集まっていました。




 糸に気づいた者たちが、これまたエイヤと登りはじめています。

 しかし、登れない者たちもいました。納豆嫌いの者たちです。彼らには臭うのです。耐えられないほど臭うのです。納豆は臭いという思い込み、その想念が、地獄から逃れたいという意志を挫いているのです。

 鼻をつまみながら、ひとりが声をあげました。


「こんな細い糸、すぐに切れるに決まってるじゃないか」


 誰もが糸の頑強さを信じられるわけではありません。ざわざわと動揺が広がっていきます。


「ちくしょう、なんでこんなに細いんだ。なんで納豆臭がするんだ」

「あっ、いまなんかネバっとした」

「ちくしょう、やっぱり納豆だ。なんで納豆の糸なんだ」

「そりゃ健康にいいからだろ」

「はぁ? 意味わかんねぇよ」

「バカヤロー、発酵食品をなめんじゃねぇぞ。すっげぇ身体にいいんだからな」

「だから、それがなんだっていってんだよ。健康オタクは黙ってろよ」

「なんだとコラァ。納豆はなぁ、血液をキレイにしてくれるんだよ。すっげぇいいヤツなんだよ」

「聞いてねぇよ。どんだけ脱線すんだよ」

「いや、ちょっと待て。これが救いの糸ならば、なにか功徳があったればこそ……もしかして、身体を大切にするのは親孝行であるとか、そんな話じゃないか?」

「おおっ」

「なんだよそれ、お前らマジで言ってんの?」

「よし、それでいこう。いいか、タトゥーのある奴は登るな。ピアスで穴を開けてる奴もアウトだ」

「はぁ? 意味わかんねぇよ」

「若造は黙ってろ。むやみに身体を傷つけるような奴に、救われる資格などない」

「ふざけんなよオッサン。なんだその下腹は? 暴飲暴食で身体を壊してる奴が語ってんじゃねぇよ」


 殴り合いのケンカが始まりました。




 騒々しい現場を見下ろしていた男は、大声で呼びかけます。


「君たちも登ってこい。大丈夫だ。この糸は切れない。納豆の糸を信じろ。納豆神を信じるがいい」


 自信と思いやりの心をもって、二度三度と叫びました。

 すると、男の親切心にこたえるように、天の光が広がりをみせました。

 仏心です。これぞ慈愛の発露です。天から次々と雨のごとく、拳大の納豆がネバネバした糸をひきながら降ってくるのです。


 地獄に降り積もった納豆が、集まっていた者たちを巻き込みながらグルグルを渦をつくります。

 荒野がネバネバとしていきます。

 やがて、あたかも箸で持ち上げられたかのように、天高く糸が伸び上がり、集まっていた者たちを絡めたまま地獄から飛び出していきました。





「また、ずいぶんと多くの衆生を救い上げましたな……幾分、やり過ぎたのでは?」


 言いながら、孔子さまは愉快に笑っておられました。

 お釈迦さまは微笑み、「いいえ」と返されます。


「健康かつ元気であること。それは自身を救うだけでなく、多くの人々を救うことにつながるのですよ」



 お二人は和気藹々と光を放ちながら、池のほとりを離れていかれました。



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― 新着の感想 ―
[一言]  ふらっと来て拝見させて頂きました。  ……なんだろう。ハッピーエンドのはずのに、このモヤっと感は?  いい話のはずなのに、納豆がギャグタッチに台無しにしているようなw  これはこれで面白…
[一言]  なんで新作を書かれていなかった事に気づいていなかったんだろう^^; なかなかない発想力に脱帽です。 蜘蛛の糸の話のアレンジと考えても間違いではないでですよね!?  納豆で救われる、でも…
[良い点]  タイトルとあらすじを読んで思わず吹き出してしまいました。拳大の納豆でまた笑ってしまいました。なにゆえ拳大(笑) とても面白かったです。
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